2013-12-30 22:29:46

第238回_独自の名言は存在するのか?

テーマ:ブログ
「至誠にして動かざる者は未だこれあらざるなり」
吉田松陰(幕末の教育者)
意味:至誠をもって対すれば動かすことができないものはない。

これは松陰の有名な言葉として知られるが、実は本人の考えたものではない。中国の孟子の言葉であり、松陰は孟子が好きであったことから、松下村塾でもよく孟子の講義をしていたのだ。

私は名言の王国というサイトで http://meigennooukoku.net/ 古今東西の名言、語録を集めているのだが、今日(2013年12月30日)までに2285人、13260の語録を収録している。

これだけの名言、語録を収録していて気付いたことがある。初めはなるべくその人の人生観、生き様が現れるような、その人独自の言葉を載せようと思っていたのだが、その人のオリジナルの言葉とされているものでも、たいてい、過去に何人かは同じようなことを言っているということである。

そうなると、その人独自の言葉か、他人の引用かという境目が分からなくなる。

例えば『経営の知恵 トップの戦略(PHP文庫)』という本に阪急グループの創業者、小林一三の言葉が紹介されている。

「世の中で、百歩先の見える人は変人扱いをされる。50歩先の見える人の多くは犠牲者になる。ただ、一歩先の見える人のみが成功者となるのだ。しかも、ただその一歩の違いに過ぎぬが、その手前の一歩さえ見えぬものは落伍者である」小林一三

しかし、これは小林の言葉ではない。何故なら、小林一三の自叙伝となる本に、(上の言葉は)岩下清周(北浜銀行頭取)翁が常々言っていたことで、達人の高話として絶対の敬意を払っているというふうに書かれているからだ。

このように他人の言葉を引用して言っていたものが、後世になっていつの間にかその人の言葉になって定着しているということが少なくない。

GHQ司令長官のダグラス・マッカサーが残した言葉に「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」という有名なフレーズがあるが、これも、第一次世界大戦時に、兵士たちの間で流行っていた歌の一説から引用して言ったものである。

名言や語録を調べれば調べるほど、完全な本人のオリジナルというのは存在しないのではないかと思えてくる。

明治大学教授の齋藤孝先生は「書くことは、読むことよりも高度な作業である。自分が聞いたり読んだりしたことのない言葉は、書くことができない」という。

ということは、本人は引用ではなく、自分のオリナジナルの言葉と思っていても、覚えていないだけで、過去に、その言葉を読んだか聞いたかしてインプットされていたからアウトプットが出来るという理論も成り立つといえよう。

詩人、寺山修司の『ポケットに名言を』という本の冒頭に
「ほんとうは、名台詞(せりふ)などというものは生み出すものではなくて、探し出すものなのである」
と書いてあるが、この言葉はとても腑に落ちる。

名言、語録は作ものではなく、探すもの。探し出して気に入ったものを自分の座右の銘とすればそれで良いのではなかろうか。
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2013-11-20 21:46:03

第237回_食品偽装表示で思うこと

テーマ:食品

ここのところ、立て続けに大手ホテルや百貨店のレストランで『誤表示』があったと社長が釈明会見を行なっている。偽装ではなく『誤表示』と説明するが彼らは本当に責任を感じているのだろうか。ずっと会社がやってきたこと、たまたま自分が社長の時に発覚してしまって、運が悪かったぐらいにしか思っていないのではなかろうか。


今回の偽装の発覚で最も危惧することは世界から日本の商売道徳について疑いの眼で見られることである。


嘘をつかないというのは、信用を得るための万国共通の商売道徳であると思う。嘘をついて繁栄し続ける企業などあるはずがない。


日本のお菓子業界のパイオニアである森永製菓の創業者、森永太一郎の言葉に『商売は正直でなければ栄えません』というのがある。


太一郎がアメリカで12年間修業して洋菓子造りの技術を身につけ、帰国して東京の赤坂溜池で僅か2坪の作業場兼店舗を開き、「森永西洋菓子製造所」の看板を揚げたのは明治328月、太一郎35歳の時であった。ちなみに最初に製造したのがマシュマロである。


太一郎の正直さが分かるこんなエピソードがある。ようやく、商売が軌道に乗りかけた頃である。ボール箱入りの折詰をアメリカ式に「揚げ底」をなくした時に、問屋や小売店から「これでは見かけが小さくて売りにくいから揚け底にしてくれ」と要求されることがあった。しかし太一郎はこれらの要求をすべて拒否する。「揚げ底にすると、余分な材料が要るばかりか運賃もかさみます。それに受け取った人は容れ物の大きさに比べて中身が少ないため、馬鹿にされたような気分にさせます」「そんなこと言っても、揚げ底は昔からの習慣だよ」「こういう習慣は百害あって一利もないので私は断じてやりません」といい問屋や小売店に妥協をしなかった。


またアメリカでは経験しなかった日本の高温多湿の風土に製品が傷み、返品の山を築き泣く泣く捨てる日が続いたことがあった。大変な損失であったが、返品のあった得意先へは直ぐに新品を無償で届けて信用回復に努めていくことをした。


太一郎のこうした商道徳は、彼の信用を高め「森永は商人道を心得た男だ」と評判が立ち太一郎と取引を望む小売店が続出していったという。


こういう太一郎の誠実さは消費者にも伝わるのだろう。いつの間にか駐日アメリカ公使のバック公使夫人が太一郎の店のキャンデーやチョコレートを買いに来るようになり、バック夫人はよほど気に入ったのか、森永西洋菓子製造所の存在を友達や知人にも宣伝してくれた。そのお陰で青木周蔵外務大臣夫人始め、各国の公使夫人が顧客になり口コミにより「森永の洋菓子」は上流社会にも受け入れられるようになっていったという。


また、他にも正直をモットーに商いをし、外国人から信用を得た実業家がいる。世界の時計王、服部金太郎(セイコー創業者)である。最後にこの服部金太郎の言葉を紹介して終わりたい。


『正直は最善の商道である。外国商館が私の小さな店を信用し、何ぞざん新なものとか、何ぞ珍しい時計でも入荷すると、他の店よりまず私の店に売ってくれた。私の店に来れば、時計は豊富で、おのずから客足が多くなり、ここに店運発展の機運を形成するに至った』


関連サイト

森永太一郎語録 http://bit.ly/RwY7Dg

服部金太郎語録 http://bit.ly/ODurEb

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2013-10-14 23:01:20

第236回_最後のひと押しが成否を決める

テーマ:ブログ

「私たちの最大の弱点は諦めることにある。成功するのに最も確実な方法は、常にもう一回だけ試してみることだ」

トーマス・エジソン(アメリカの発明王)


発明に限らず、ヒット作品やヒット商品の誕生は準備万端で挑んだというよりも、意外にも、創作者が諦めずに最後のひと押しをしたことでギリギリ世におくり出されたというケースが多いのではなかろうか。


19701月号の「小学1年生」で連載を開始することになった漫画家の故・藤子・F・不二雄は、最後の最後まで投げ出さずに、考え続け、辛抱して生まれたアイデアが代表作となる「ドラえもん」であった。閃いたのがなんと締切りの朝だったという。ギリギリの時間まで無我夢中でペンを走らせたアイデアが後に世界中に広まるとは夢にも思わなかったことだろう。


国民的人気アイドルグループのSMAPの代表的なヒット曲「世界に一つだけの花」を作詞・作曲したのはシンガーソングライターの槇原敬之でるが、切羽詰まった状態で慌てて歌詞を書いたのが締切日の羽田~札幌の1時間半の飛行機の中であったという。


人生は紙一重。最後のひと押しが成否を決める。仕事も人生も決して諦めてはいけない。もうだめだと思った時に、最後のひと押しをしてみよう。思わぬ成功が手に入るかもしれない。



関連サイト

エジソン語録 http://bit.ly/xyxSNq

藤子・F・不二雄語録 http://bit.ly/Y61wB0

槇原敬之語録 http://bit.ly/18azMiU

草なぎ剛語録 http://bit.ly/11pIlG6

木村拓哉語録 http://bit.ly/WKtqwR

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