新アニメ・シリーズを続けます。

 

 ミニオンがやってくる

 

森のストリップ劇場に、見たことのない変な生き物たちがぞろぞろとやってきました。なんと説明したらいいのでしょうか。背が低くて、黄色い生物。潜水用ゴーグルを付けたような目だけが異様に大きい。一つ目であったり、二つ目であったりする。衣装としては吊りのジーンズをいつも着ている。訳の分からない言語で、ぺちゃくちゃ、ごちゃごちゃ喋っている。彼らはミニオンと呼ばれる生き物。

 なぜ森のストリップ劇場に来たのか不明。しかし、ストリップ劇場に来るのだから、女性の裸に興味があるということ。きっと男なのでしょう。ストリップに差別はありません。

 入場するには年齢制限があります。受付のところで背が低いから子供ではないかと最初揉めていたようですが、ほとんど頭が薄かったり禿げたりしているから若くはないのでしょう。基本的にお金さえ払えば、森のストリップ劇場に入場することは問題ありません。

 

 ミニオンたちが入場して席に座ると、劇場の中が異様な雰囲気に包まれました。

 出演した踊り子さんが驚いている。いや、驚いたことに踊り子さんがみな大喜びしているではないか。人間界のストリップからもミニオンファンであるロックの赤西涼さんや中条彩乃さんも友情出演しているほど。

 カメさんは彼らの様子をじっと眺めた。そして、なるほど!!!と納得した。カメさんの分析によると次の通り。

 彼らは黄色いバナナのような形をしているが、これはまさしく男性の性器を象っている。大きかったり小さかったりするが、全てゴムのように伸び縮みするから間違いない。

 先ほど、ミニオンには髪がふさふさしているのが全くおらず、皆、髪が薄かったりハゲたりしている。髪が薄いのは精力絶倫の証拠である。エロスが大好きなのだ。(おっ!ということは私もミニオンになる資格がありそうだなぁ~余談です笑)

 また、身体の中で目だけが異様に大きい。目が強調されるということは、視覚の遊びであるストリップにはピッタシ。これだけストリップと相性のいい生き物はいない。

 踊り子さんが喜ぶはずである。

 

 ミニオンたちの行動が面白い。

 踊り子さんがオープンショーに現れると、彼らは目を大きくさせる。いつも半目になっている一つ目のスチュワートまで目を大きく見開いている。そして、おもむろにバナナを取り出して、「はい!」っとばかりに踊り子さんに手渡しでプレゼントする。そのバナナを食べてほしいのか、使ってほしいのかは分からない。

 エロポラの撮影では、お尻だけをズームアップして撮っている。お尻好きなのか。ミニオンの身体をよく見ると凸凹が殆どない。出っ張りとしては、鼻も耳もなく、性器もない。まぁ全身が性器なのだから当然か。引っ込みとしては臍もない。ところが、お尻の割れ目だけは存在する。お尻に執着する何かがあるのかもしれない。映画の中で、コピー機をいたずらして、お尻だけをコピーする場面があったのはそういうことか。

 彼らの身体能力が発揮されたのはパンプレの時。踊り子さんがパンTを投げた瞬間にピョーンと飛んでGET。手足がゴムのように伸びる。これでは誰もかなわない。

ちなみに、パンTを取ったところで、彼らには鼻がないのに臭覚が分かるのかな。映画の中では、ジャムゼリーのまずさが分かるので人間と同じ味覚をもっていることは判明したが・・臭覚はどうか???

どうも彼らは親分の怪盗グルーへのお土産にしようと企んでいるようだ。

 ミニオンたちは、GETしたバンTを持って踊り子さんのところに行く。赤西涼さんや中条彩乃さんは喜んでパンTにサインしてくれた。そして二人の踊り子さんに「記念にボクたちのマンガを描いてほしい」とおねだりした。ミニオンは歌は得意だが、絵心はない。それに対しても二人は快く応じてくれた。

 こうして楽しい森のストリップ劇場は終わった。

 

 ミニオンたちは喜び勇んで怪盗グルーのところに帰った。

 そして、お土産としてGETしたパンTをグルーに差し出した。ところが、グルーは怒った。「こんなものを俺が喜ぶと思ったのか。俺は独身じゃないんだぞ。もう女房のルーシーがいる。彼女に見つかったらタダではすまんだろ。それに年頃の娘三人がいるんだ。教育上よろしくないだろ。少しは考えろ!」てな感じ。

 褒めてもらえると思ったミニオンたちはがっかり。

 そこで、せっかくGETしたパンTを喜んでくれる他の人を探すことにした。ストリップ関連のポラを斡旋販売している業者ト〇〇〇商会があった。そこのボスに会った。顔を見た瞬間、ミニオンたちは彼が悪党に思えて嬉しくなった。

「なに、このパンTを誰かに譲りたいって。誰のパンTか分からないでは処分できないだろ!」「えっ!? サインが書いてあるって! サインじゃダメだ。写真じゃなきゃ。」「えっ!?お尻の写真があるって。お尻だけじゃ、顔が分からんだろ!」いろいろ話しているうちに、だんだん要領が分かって来た。そこで、ミニオンたちはまたストリップ劇場に行って新しいパンTと顔写真をGETしてきた。

「しめしめ、こいつらをうまく利用したら、がっぽり儲けることができるかもしれない。」と、ボスはニヤリと笑った。

 すぐに、ボスは新たに下着泥棒業界の黒幕と手を結び、販路の拡大をもくろんだ。

 無数のミニオンを「ミニオングッズ」と称して女の子に無料で配った。女の子たちは大喜びで受け取った。そのミニオンは単なるぬいぐるみではなく生きていた。夜中になると、下着を盗んだ。しっかり顔写真も撮った。ミニオンは、女の子に御礼としてバナナを一本置いていった。

 この事件は一夜にして有名になった。すぐに怪盗グルーの耳に入る。グルーはミニオンたちを呼び集めた。「こらーっ!おまえたち、俺の知らないところで、下着泥棒なんていう情けない盗みをしやがってー!!! 月を盗んだ俺様の手下として恥ずかしくないのかー」と怒鳴った。ミニオンたちはクシュンとした。

 そして、グルーはもう一度ミニオンたちに新しい仕事を与えることにした。ミニオンたちはグルーの下でよろこんで働いた。

                                  おしまい

 

 

 

 

『ボスベイビーとのストリップ・ミッション』  

~中条彩乃さん(ロック所属)に捧げる~

 

 

人類は、子供を産まない大変な時代に入ってしまった。どの生物も子孫繁栄があってこそ発展してきたわけであるから、子供を産まないということは人類の存亡にかかわる大問題。

原因はいろいろある。ひとつは、男性の肉食化から草食化への変化である。言い換えれば男がスケベでなくなってきたのである。これまでは結婚適齢期を前にして、男性は性的にガツガツし、女性を求めずにいられなかった。それが本能として組み込まれている。ところがネットやゲームの普及により、バーチャル的な内向き志向が強まり、男性が本来持っていた外に対する野獣のような戦い志向が弱まってきた。いわゆる‘おたく化’である。

また、スケベが残っている男性にとっても、今やAVを始めとした性風俗の普及で、性処理が極めて楽になった。僅かなお金さえ出せば簡単に性処理できるので、いちいち女性にアタックする必要がなくなったのである。

社会背景もそれに追い打ちをかける。コンビニ等の普及で、男性は結婚しなくても食事面では困らない。男女雇用機会均等法等により女性の社会進出が広がり、女性も仕事をするのが当たり前になり、男性に頼る必要がなくなった。女性としても仮に結婚しても仕事を続ける人が多くなり、そうすると仕事プラス家事の負担が増え不満も募る。当然、女性も結婚したがらない。

また、最近はLGBTの社会的認知が進んでいる。LGBTとは、女性同性愛者(レズビアン、Lesbian)、男性同性愛者(ゲイ、Gay)、両性愛者(バイセクシュアル、Bisexual)、トランスジェンダー(Transgender)の各単語の頭文字を組み合わせた表現である。あえて説明を要しないと思うが、トランスジェンダー(T)とは、“自身の性と心の性が一致しないが、外科的手術は望まない人”のこと。当然に彼らは子供を産まない。そのことを批判した政治家などは吊るし上げに遭うご時世である。

 

こうした傾向は、ストリップの衰退に繋がっていく。端的に云えば、スケベでなければ男はストリップに行かないのである。最近はスト女という女性のストリップ進出現象も見られるものの、数はまだまだ少ない。

サワティ王子は、これらを強く懸念してベイビー社に相談に行った。そこでボスベイビーと出会った。

既に、ベイビー社でもこの問題は強く認識されていた。ベイビー社にある大きな円グラフがベイビーのシェアが大きく減退していることを示していた。

サワティ王子はボスベイビーと協議することにした。

 

サワティ王子は、手始めにボスベイビーをストリップに誘った。まずは、ボスベイビーにストリップを知ってもらわないと話が進められない。

ボスベイビーは親友のティム(ティモシー・テンプルトン)、そして部下である、かわいい女の子のステイシー、やんちゃな三つ子、ふとっちょのジンボを連れて行く。彼らは外見が若すぎるためにサワティ王子が特別招待枠として入場させた。ちなみに、フランシス・フランシスとユージーンは外見上問題ないので通常の大人枠でこっそり入場していた。

ボスベイビー達を見た踊り子さんは、母性本能がくすぐられ、大サービスをした。見た目の身体は赤ちゃんだが、ボスベイビー達の意識は大人である。一発でストリップに嵌った。女の子のステイシーまで「ストリップをやりたい!」と騒ぐ有様。

ボスベイビーは札束を出して、チップと言ってばら撒いた。踊り子さんは狂喜する。それを見て増々ボスベイビーはストリップに嵌っていく。最近では外見を気にしているせいか、黒縁メガネをして劇場に通っているらしい。(笑)

 

まずは、どうすれば男性のスケベを取り戻せるか!

この点に関して、ボスベイビーは「スーパーミルク」の改良型を提案した。元々「スーパーミルク(Baby‛s secret formula)」とはベイビー社の経営チームが「意識は大人の状態で、身体は赤ちゃんのままを維持する」ために作られたものだった。これを改良すれば、「身体は常に若々しいままで、スケベを維持する」ことができるというものであった。高齢になれば、徐々に性は枯れていく。しかし、このスーパーミルクがあれば、男性は永遠に「スケベ親父」のままなのである。

合わせて、スーパーミルク専用の「おしゃぶり」を提案した。おしゃぶりは女性の乳首を象っている。そのため、男性に女性の乳首を吸わせ、それに慣れさせて、スーパーミルクを与えるのである。これで効果てきめん。

中には、映画のフランシス・フランシスのように乳糖不耐症の人もいるかもしれない。また変態さんのようにスケベの度が極めて高い方もいるかもしれない。そういう人には成分を変えることもできる。例えば、変態さんにはミルクの代わりに聖水を入れる。おしゃぶりでは乳首の代わりにクリちゃんを吸わせる等。これも効果てきめん。

こうしたことは女性との接触が必要なので、最初は専門のヘルス(SMクラブ?)で行う。しかし、これだと費用が高くつくので、次第にストリップに移行させて安く提供していくというのがサワティ王子の提案であった。ストリップには、タッチショーや素人大会、またSM大会・スカトロ大会などの変化系もあるので十分対応可能と考えていた。

しかも、このスーパーミルクには若さを保つという効果があることが分かり、踊り子さんにも大いに受け入れられ、おしゃぶりを含め協力する方が続出するというおまけつきであった。

 

サワティ王子は、男性がスケベを取り戻すためには、AVやネットのようなバーチャルの世界ではなく、生の女性を観て、触れ合っていく必要があることを強調した。その一歩としてストリップをもっと活用することである。

実は、ストリップにも昔から根本的な課題があった。若いときにストリップに嵌ってしまった男性は結婚しなくなるのである。サワティ王子自身は普通に結婚し子供三人を社会に旅出させた後からストリップに嵌った経緯がある。ところが多くのストリップ・ファンは独身のまま。サワティ王子はストリップ仲間に魅力的な男性がいっぱいいるのに結婚しないのは社会的に問題だ!と認識していた。時に酒を呑んで語り合うと、彼らは「ストリップさえあれば、いちいち面倒な交際や結婚しなくても、好きなときに好きな女性に会いに行けるからその方が楽でいいですよ。今から一般の女性と付き合って、デートを重ね、相手の親に会ってなど結婚の手続きを進めることは面倒くさくてたまりませんよ。」と話す。サワティ王子は彼らの言い分もよく理解しているものの、立派な仕事をして収入もあり、彼らこそ立派な家庭を築き、子供を育てる素養のある連中なのに、あまりにももったいないと思う。「親御さんは君が結婚するのを望んでいるだろ? 」と聞くと「もう諦めたようですよ。」と彼らは笑う。そうだろうか。

人はなぜこの世に生まれてきたのか? サワティ王子は「人は‘社会貢献’と‘子孫繁栄’のためにこの世に生まれてきている」という持論を持っていた。人類は常に進化し続けている。進化を止めたら人類は衰退する。その進化のために人々は自分の役割に応じて働かなければならない。それが社会貢献である。一方、人類が地球上である一定の地位を保ち繁栄し続けるためには子孫を増やさないといけない。この両輪が働いてこそ、人類は繁栄する。

この‘社会貢献’と‘子孫繁栄’のためは、DREAM志向とLOVE志向という二つのキーワードがあって、それがスパイラルに絡んで成長していく。DREAM志向を担うのが男性で、LOVE志向を担うのが女性である。男性が外で狩りをして、女性が家庭と育児を守る。それが長い間の形であった。しかし、その構造が先ほど述べたように崩れかけているのだ。

サワティ王子にとって、ストリップ仲間の多くが仕事で立派に社会貢献しているのに、もうひとつの子孫繁栄が欠けているのは大問題と思えた。しかも、それをストリップが助長しているのだから、ストリップ推進派のサワティ王子としても耐え難いこと。

 

この点について、ボスベイビーはいいアドバイスをしてくれた。

「映画『ポスベイビー』を観てくれたかな。映画のラスト、ボスベイビーはミッションを成功させ、ベイビー社の中で地位と名誉を手にした。黄金のオマルもね。(笑)

ところがしばらくして落ち込む。そう、トップは孤独なんだよ。淋しくて堪らない。そしてティムたちの家族でいた頃が懐かしく感じられる。

最後は、地位も名誉も全て捨て去って、以前のボスベイビーだった記憶も全て消し去って、もう一度テンプルトン家の次男坊として産まれることになる。仕事より大切なものが『家族愛』なんだよ。この映画の主題はそこにあるのさ。

ストリップに嵌って結婚しない人々には、是非とも映画を観てもらい、ボスベイビーの『家族愛』を感じてほしいな。」

サワティ王子はボスベイビーのアドバイスに大きく頷き、付け加えた。

「大切なのは『愛』なんだね。一般に男女の愛というのは相手を独占しようとする。ところがストリップは大好きな踊り子を独占しようとはしない。みんなで応援するんだ。私は、これをストリップ独自の‘見守る愛’だと考えている。愛にはいろんな形があっていいと思う。ボスベイビーの云う『家族愛』もそのひとつ。もっと『愛』という面からストリップを見ていく必要がありそうだね。」

サワティ王子は、ボスベイビーとの協議を通じて、ストリップの新たなミッション(任務)を再認識させられるともに、ストリップに新たな未来が見えてきたような気がした。

 

                                   おしまい

 

 

                          

 

 

ストリップ版ボスベイビー第二弾『バーチャル・ベイビー』  

 

 

 

 巷で「バーチャル・ベイビー」というゲームソフトが話題を呼んでいた。どうもオタク人間が作ったものらしい。

 内容はこうだ。二人の異性の情報を入力むして仮想で赤ちゃんを作り、それにネーミングして育てるというゲーム。以前に流行ったたまごっちの人間場である。かなり精巧に出来ていてリアル感抜群なのである。

 そのため入力項目は多岐にわたっている。まずは、外見面の情報として、二人の男女の顔写真、全体像、それに伴う身体的な情報や特徴を入力する。生年月日、身長・体重、スリーサイズ、ホクロの位置、身体的不具合(歩き方がガニ股など)、病歴、など。次に性格面の情報。感情コントロール状況(怒りっぽい等)、思想(政治的なものを含む)、趣味、異性の好み、など。そして環境面の情報。出身地、家族構成、学歴、友達、など。

 こうした男女二人の情報を入力する。なお顔写真や生年月日、身長・体重など必須入力項目はあるものの、不明な情報は入力むしなくても構わない。このときにはコンピューターAIが適切に判断し補ってくれる。ただ、入力情報が多いほどリアル感に富む。

 ともあれ、こうした入力情報に基づいて、バーチャル・ベイビーが誕生する。

 

 産まれてくるベイビーには男女の区分も洗濯できるし、双子、次男・次女も可能である。

 オタク人間にとって、大好きな異性相手との子供が誕生するわけである。こんな嬉しいことはない。盲目のように可愛がり育てる。バーチャル・ベイビーはもちろん生身の子供と同じく夜泣きもする。めちゃくちゃ手がかかる。次第に子育てのため仕事どころではなくなる。そのためバーチャル・ベイビーを育てるために会社を退職する人も出てきて社会問題化している。

 

 また、バーチャル・ベイビーは何人との異性でも可能。当然相手が違えば別のベイビーが誕生する。顔かたちや性格が違い、その違いがたまらなく面白い。ふだんは相手にされない異性との子供をこっそり作って楽しめるのだから、オタク人間にはたまらない。

 

 先ほど、かなり精巧なゲームだと話したが、このゲームソフトは実際に現在のメガデータをベースに作られている。だから、現実に夫婦である男女カップルが入力すると今の自分たちの子供とそっくりのバーチャル・ベイビーが誕生する。もはやバーチャルとは言わないかな。それほどに成功に作られているからこそ、爆発的な人気ソフトになったのである。

 

 また、便利なことに、ひとつのバーチャル・ベイビーに飽きたらリセットするだけでいい。生身の人間と違って、子育てする責任を持つ必要ははない。簡単にリセットできるのがバーチャルの良さでもあった。しかし、リセットを繰り返していると心がだんだん荒んでくるのが分かる。これも大きな問題であった。

 

 いずれにせよ、いろいろ問題含みではあるにせよ、このバーチャル・ベイビーはひとつの社会現象として普及してきていた。

 

 

 ボスベイビーは、バーチャル・ベイビーに危機感を募らせていた。

 バーチャル・ベイビーが流行り出してから、出生率が極端に落ちだした。ゲームの中で子育てを味わえるため、実際に苦労して結婚や子育てをする必要がなくなってきた。特にオタク人間というのはそういうのが苦手な人達なので、仮想現実の中で生きていければ十分なのである。オタク人間が増えることで出生率が下がったことは既にお話しした通り。これにバーチャル・ベイビーが拍車をかけて出生率を落としているのだった。

 

 

 ストリップの世界でもバーチャル・ベイビーが浸透してきた。

 もともと踊り子というのは、スト客にとって高嶺の花。絶世の美女であればあるほど手の届かない対象である。彼女との結婚は夢のまた夢。だから、好きになった踊り子さんとのバーチャル・ベイビーを作って楽しむスト客が増えている。

 バーチャル・ベイビーそのものが直接的にストリップ界にダメージを与えることはないものの、出生率が下がれば人口が減り、いずれは踊り子も客も減っていくということになりかねない。ストリップ王子はボスベイビーと連携して、バーチャル・ベイビー対策を練ることとなった。

 

 

 ストリップ王子は、まずはバーチャルの世界ではなく、生身の人間に目を向けるためにストリップを推奨していた。これはバーチャル・ベイビー以前から、AVやインターネットの普及した頃から取り組んでいた。映像や機械を相手にするのではなく、やはり実際の人間同士の触れ合いが大事と考える。しかし、従来のストリップでは直接的な触れ合いはない。ただ間接的な触れ合いはできる。少しの会話、握手、手紙のやり取り等は可能だ。

 

 ストリップ王子は、バーチャル・ベイビーに対抗するキーワードは『愛』だと考えていた。先に‘見守る愛’ということを話したが、応援には無償の愛がある。ストリップ王子はそれ以外にも更に別の「ストリップに愛を取り込む」ことを真剣に考えていた。

 

 具体的には、ストリップを男女の出会いの場にしたい、と。

 対象は踊り子ではない。踊り子はステージを魅せる、あくまで憧れの存在として位置付ける。踊り子と客には適正な距離が存するというのがストリップ王子の持論であったからね。

 男性客の相手をするのは一般の女性。スト女と呼ばれる女性客がものすごい勢いで増えていた。特定の踊り子をカリスマとして崇め、追いかけている女性客が多かった。そこで、その踊り子が自分を応援する女性客と男性客を結びつける恋のキューピットの役割を果たしたらどうかと考えた。

 

 例えば、これまでお客が踊り子さんに渡していた手紙やお絵かき依頼、色紙依頼、もちろん差し入れも込みで、渡す対象をその踊り小を応援するスト女にまで広げる。スト女は決して女が好きで男が嫌いなわけではない。交際相手を見つけたい人はたくさんいる。客それぞれの好みを、つまり手紙好き、絵が好き、音楽が好き等を踊り子が判断し、踊り子が仲介役になって、男性客とスト女との間をとりもつのである。

 

 また劇場側は、男女がカップルになるためのいろんな企画を練る。一番簡単なのが、じゃんけんで勝ち残った男女でフィーリングカップル5vs5形式をやる。少し凝ると、じゃんけんで勝ち残った男性客と踊り子が新婚カップルの寸劇を行う。次に踊り子とスト女が交代する。とか

 ゲームで好きな女性とのデート券をGETする企画もウケる。面白いものとして、これまで通りのパンティプレゼントを踊り子からスト女に広げる。スト女としても自分がはいた下着を欲しがる男性には関心が向くよね。かわいくなって交際が始まるケースも増えるだろう。

 

 お互いストリップという趣味を共通する者同士、しかも憧れの踊り子も一緒なので、話題に事欠かず、ストリップ通いのり理解が深い。結婚しても一緒にストリップを愉しめる。これまでのように、ストリップ通いがばれて離婚するケースは減る。みんながストリップでハッピー♪ 万々歳である。

 

 ストリップ王子の努力が功を奏して、ストリップは更なる隆興となる。

 合わせて、バーチャル・ベイビーも様々な問題が表面化するとともに人気は落ち廃れてきた。

 

                                   おしまい

 

 

 

ストリップ版ボスベイビー第三弾『Tedとの共演』  

 

 

 

 ベイビー誕生に対する阻害要因を、ペット、そしてバーチャルベイビーと見てきたが、次に現れたのは‘ぬいぐるみ’であった。

 ペットは生き物だし、バーチャルベイビーも仮想空間の中で生き物のように振る舞う。ところが、ぬいぐるみは全く生き物とは違う。だから面白くないかと言うと、そうでもない。現代人は、相手が生き物のために振り回されるより、ただカワイイ顔をしている無機質な置物の方が心が休まるようなんだ。要するに、人間というのは自己中な生き物だから、自分の意に反する言動を嫌がり、自分の感情を黙って全て受け止めてくれるぬいぐるみにたまらない愛着を覚える。楽しいときは一緒に遊んでくれて、悲しいときは一緒に泣いてくれる。人間はぬいぐるみに自由自在に感情移入できるのだ。こんな人間の自分勝手を許してくれるものなんてこの世に存しない。

 しかも安く手に入るし、ペットのように処分に困らない。最終的にはゴミ扱いすればいい。そんなお手軽な対象物、それがぬいぐるみなのだ。

 

 全ての動物やキャラクターが、ぬいぐるみの対象となる。まさしく千差万別、多種多様。その中から自分のお気に入りを見つければいい。

 子供や女性の間で圧倒的な人気を誇るのが、くまのぬいぐるみである。

 よくテディベアと云うよね。なぜテディと云うか知ってるかな? テディとは第一次世界大戦のときのアメリカ大統領ルーズベルトの愛称です。彼がハンティングに行ったとき、標的にした熊があまりにも可愛く見えてしまい撃つことができなかった、というエピソードからきています。その話を聞いたドイツの車椅子の女性がクマのぬいぐるみを作り、叔父の工場で販売したところ爆発的に売れました。

 そのクマのぬいぐるみのひとつが、イギリスのクリストファー・ロビンという幼い男の子の部屋にありました。彼のお父さんA・A・ミルンはそのクマを主人公に童話を書きました。それが有名な「クマのプーさん」です。

 クマのプーさんを見れば、テディベアの魅力はなんとなく分かってもらえると思う。身体が大きく、モフモフしているよね。女性や子供は、そこに身体の大きな、頼りがいのある男性をイメージしているようです。だから、文句を言って扱いにくい生身の人間より、なんでも言う事を聞いてくれるぬいぐるみに愛着を感じてしまうようです。そうなると男性は女性からだんだん相手をしてもらえなくなりますね。

 

 さて、ベイビー社にある、一番目立つところに掲示されている大きな円グラフに、ぬいぐるみのシェアが大きく伸びてきています。バーチャルベイビーが衰退したことも大きな原因にもなっているようです。そして、このぬいぐるみの存在が出生率に大きく影響していると分かり、ベイビー社としては無視できなくなりました。

 ボスベイビーは、このぬいぐるみ対策を練る必要がありました。彼は仲良くなったサワティ王子とも相談しました。サワティ王子は、踊り子さんがクマのキャラクターが大好きなのを知っていて、彼女たちからTEDという生きたテディベアがいることを知りました。サワティ王子とボスベイビーはさっそく映画館に行って、その存在を確かめて、実際に二人でTEDに会いに行くことにしました。

 

 ご存知のように、TEDはおっさんキャラです。見た目は、もふもふとしたカワイイぬいぐるみなのですが、話し言葉や行動はおっさんそのものです。

 ボスベイビーもTEDも、お互いの本能かのように相手に拒否反応を示しました。相手を見つめる視線がバチバチと対立の炎が出ています。

「おまえかぁ~、おれの真似をしたおっさんキャラのぬいぐるみというのは~!?」とボスベイビーは叫びました。

「なにを言うかーっ!映画デビューはおれの方が先だ。おれは既に第二弾の映画にも出演しているんだ。」とTEDは切り返した。

「チビ・デブ・ハゲというのが、おっさんの条件だー。おまえはモフモフと大きいし、ハゲていないではないか。そんなんで、おっさんキャラと言えるかー。」とボスベイビーは息巻く。

「なにを言うか!? おまえは、タバコを吸えるか? 酒が飲めるか? おれなんかはマリファナだっていけるんだぞー!」とTEDは毒舌を始めた。

「そんなんで‘おっさん度’を計るなんて馬鹿げている。おっさんは心の有り様だ。かの有名なサミエル・ウルマンは『青春の詩』で、青春とは心の有り様だと言っている。青春の対語として、老人には玄冬という渋い表現があるのをおまえは知っているか?」

「そんな玄冬なんて言葉は知らない!」とTEDは言う。

「おまえはおつむが弱いようだな!」とボスベイビーはTEDを馬鹿にしたような表情を浮かべた。

「そんなことより、おっさんならどれだけスケベかで勝負しようぜ!」とTEDは言う。そして「一体おまえは、女性を満足させられるのか? おれは女房をもらったことがある。映画『TED2』では裁判で少し揉めたけど・・。まぁ、おれさまは女房を満足させられる。おまえはまだ皮がむけてないだろう・・」と馬鹿にした表情をする。

 それに対して「なにを言っているか。いまは皮をかぶっているが、いずれは立派に女性を満足させられる。将来性はあるんだ。それより、おまえの方は最初から生殖機能を持っていないだろ。」とボスベイビーは反撃する。

「身体的な欠陥を問題にする発言はやめようぜ。埒が明かないし、情けなくなる。それよりも言葉でどれだけ女性を満足させられるかで競争しよう!」とTEDは提案した。

 横で二人のやりとりを聞いていたサワティ王子は半分あきれ顔だったが、最終的にその提案にのることにした。そして、ボスベイビーとTEDの二人をストリップ劇場に連れて行って、踊り子さんの前で二人のおっさん振りを披露し、人気投票することにした。

 TEDがステージの上に上がり、かわいい顔を更に愛くるしくさせて、しかも渋い声を発して、踊り子さんに手を振る。すると、踊り子さんたちは「TED―っ!!!! もふもふしていてカワイイー♡」と悲鳴を上げる。踊り子の中には熱狂してTEDにハグをする人が現れる。すると「だいちゅきー(大好き)!」と自動音声が流れる。これまた大歓声!!!

 一方、ボスベイビーもかわいい表情から一転ニヒルな渋い顔になって、踊り子さんに手を振る。これまた踊り子さんたちが「キャー、ボスベイビー、最高にチャーミング♡ 見ているだけで濡れちゃう♡」と悲鳴が上がる。

 二人の人気は絶大だった。その人気は甲乙つけがたく、とても勝負がつくような状態ではない。

 このおっさんキャラの人気はなんだ!!! この結果を見て、肝心のスト客である並みいるおっさん達は「おれたちは一体なんなんだ」と肩身の狭い思いをせざるをえなかった。(笑)

 この状況を踏まえて、サワティ王子は「二人とも踊り子さんの人気は凄まじいものがあるね。君たちは今まさに青春真っただ中だよ。御見それしました。この際、つまらないことでいがみ合わずに、お互いの共生を目指していこうじゃないか!」と声を高めました。

 ボスベイビーもTEDも悪い気はしませんでした。

 こうしてベイビーとぬいぐるみの共生の道を見つけることに邁進しました。

 

 女性というのは、かわいいもの、美しいもの、光るもの、面白いこと、そして何よりも自分のことを綺麗だ!と褒められることが大好きです。そして、歌うこと、踊ること、お絵描きすること、お喋りすること、おいしいものを食べること、それを料理すること、などは本能的な領域です。また、おそらくエッチも大好き。そういう気持ちのいいものに目がない生き物なんですね。

 男は女性のこういう習性をしっかり勉強しなくてはいけません。そうすれば、女性はぬいぐるみばかりに目が行くようにはなりません。やはり生身の男性が一番いいのです。

 サワティ王子は、ストリップをそんな憩いの場所にしたかったのです。男と女が一緒に楽しみ、そして人間教育の場にしようと考えました。

 その結果、ベイビーのシェアは回復していきました。

 

                                めでたしめでたし

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロックの踊り子・中条彩乃さんについて、2020年7月中の大阪東洋ショー劇場での公演模様を、演目「クルエラ」を題材に、「魅せるステージへの変貌」という題名で語ります。

 

 

 

「今日は『さんぽ』と『クルエラ』という演目をやるよ!『クルエラ』は観たことなかった・・よね? この髪型の意味がわかると思う!(笑)」

 前回の栗橋で、右半分を白く染めていて、白と黒に分けた、ずいぶん斬新な髪型をしているなぁ~と思っていた。それが演目『クルエラ』と繋がっていたことを今回初めて知った。ちなみに、この新作は「すごくいいよ」とスト仲間から噂は聞いて楽しみにしていた。

 

 

 さて、この演目『クルエラ』はどんな特別な意味をもつのだろうか?

 というか、今までの中条彩乃作品と全く違うニュアンスだ。ひとつは全曲が洋楽であること。これまでの作品鑑賞は日本語の歌詞を味わうことが基本だった。今回はそれができない。歌詞よりも雰囲気を味わってほしいのか。たしかに、これまでとは違う妖しい女に変貌している。一言でいうと「魅せるステージへの変貌」か。

 すぐに、タイトルの『クルエラ』について調べた。二曲目の「Cruella De Vil」から来ている。クルエラ・ド・ヴィル(Cruella de Vil)は、アニメ映画『101匹わんちゃん』(1961)に登場するディズニー・ヴィランズの一人であり、抜群のファッションセンスを持つ悪女。アメリカ映画100年のヒーローと悪役ベスト100チャートで39位を獲得した。本名はクルエラ・ド・ヴィルだが、作中でロジャー・ラドクリフが彼女の残忍さと名前(Cruel"「残酷な」と"Devil"「悪魔」「デビル」)をかけクルエラ・デ・ビルと呼んでいる。

彼女は有名なデザイナーだが、犬を殺して毛皮を剥ぎコートを作る危険な毛皮マニア。左右で黒と白を分けたストレートな毛髪が特徴。袖なしの黒いロングタイトワンピース、白い毛皮に真っ赤な裏地のコート、真っ赤なロンググローブとパンプスを着ている。

この映画の主人公はポンゴ(Pongo)とパーディタ(Perdita)の2匹のダルメシアンである。クルエラ・ド・ヴィルはダルメシアンの子犬たちの毛皮で特製のコートを作ろうとたくらむ。目的のためには手段を選ばない性格で、手下のホーレスとジャスパー・バダンを使い、ポンゴとパディータの子犬15匹を含む、99匹ものダルメシアン犬を集める。

なるほど、中条彩乃さんの変わった髪型はクルエラ・ド・ヴィルだったのが漸く判明!

 

 さっそく、ステージ内容について紹介する。

 最初に、白と黒の毛皮を羽織り登場。右側が黒、左側が白。毛皮の裏地は赤。ちなみに、髪型は右が白、左が黒と逆になっている。

 音楽に合わせて、妖しく踊る。

 一曲目は、マドンナの「Girl Gone Wild (ガール・ゴーン・ワイルド)」。流行のエレクトロに乗せたマドンナのキャッチーなメロディ。

「Girl Gone Wild」を直訳すれば、「ワイルドになっちゃったガール」。狂っちゃった、とか、おかしくなっちゃった、という意味です。歌詞の中にも「狂喜乱舞した女の子 羽目を外したグッド・ガール(いい子ちゃん) 私はまるで羽目を外したグッド・ガール(いい子ちゃん)」が繰り返される。まさしく本演目のスタートを飾るべくぴったりの選曲。

 音楽が変わり、赤いライトに照らされる。毛皮を取ると、下には黒いブラと黒いパンツ・ルック。腕には赤いロング手袋。足には黒の斑模様のストッキング。足元は、底の高いハイヒールを履く。SMっぽい妖しさを醸す。

 二曲目は、Selena Gomezが歌う「Cruella De Vil」。

 ここで一旦、暗転。

 ヒョウ柄の薄いマントを羽織る。襟もとは白い毛皮で、金のフリンジが垂れる。

 コートの下は、上半身は裸で、下半身のみ、ガーター、パンティ、ストッキングと黒ずくめ。足元は同じく赤いハイヒール。

 音楽に合わせ、妖しく踊る。

三曲目は、Christina Aguilera(クリスティーナ・アギレラ) の「Not Myself Tonight(ノット・マイセルフ・トゥナイト)」。

赤いハイヒールを履いたまま盆に移動して、ベッドショーへ。

 ヒョウ柄のコートを盆の上に敷く。黒いパンティを脱いで、右手首に巻く。ヘアがこんにちは。

 アクセサリーとしては、黒と透明な硝子が交互になっているT字型のネックレス。マニキュアはなし。

 ベッド曲は、これまたセクシーな曲。Britney Spears(ブリトニー・スピアーズ)の「Gimme More(ギミ・モア)」。

立ち上がり曲は、レディー・ガガの「ジューダス」(英: Judas=ユダ)で締める。

選曲も全てアメリカを代表するセクシーシンガーである。しかし、彼女たちの経歴を読むと、たしかに素晴らしい才能に恵まれると同時に、苦労も多い波乱万丈な人生であり、まさしく本物のアーティストばかりだ。そう見てみると作品『クルエラ』は凄く味わい深いステージ作品である。

 

 

2020年7月                             大阪東洋ショーにて

 

 

 

 

 

 

今回は、中条彩乃さん(ロック所属)について、H30年11月中の京都DX東寺での公演模様を、もうひとつの一周年作「中条サンバ」を題材に、「中条彩乃を骨まで愛したい」という題名で語りたい。

 

 

 

 さて前置きが長くなったが、さっそく周年作「中条サンバ」の内容をご紹介する。

最初に、おどろおどろしいイントロ曲に合わせ、黒いマントに頭から身を包んだ姿で現れる。手には中条彩乃の大きな写真を遺影のように慎ましく持っている。そう、これは葬式のシーンである。中条新聞№3に次のように解説されてあった。「冒頭の雰囲気で『えっ?』って思う人、多いだろうな・・(笑) この作品のモチーフは、メキシコのお祭り『死者の日』。本名が死んだ日って意味で、最初にお葬式をしてるんです。」

そして、すぐにマントを脱ぐ。下には、オレンジと黄色を交互に重ねたハイカラな衣装を着ている。肩出しで、胸から下を、きんきらと目に眩しい鮮やかな色彩のロングドレス。腰には金のベルト。首には銀のネックレス。頭は左右に編み込み。

金のハイヒールを履いて、ノリノリの音楽に合わせサンバを踊る。

音楽は「Brazil」という曲。 オリジナルは1939年、ブラジル出身のAry Barroso。

音楽がBeth Carvalho の曲「Firme e Forte」に変わる。

ここで袖に入り衣装を着替える。なんとリオのカーニバル風に、頭にオレンジ・青・赤・黄色の大きな羽根を立てて現れる。上下セパレートの衣装。濃紺の羽根状の、ブラとミニスカート。中条さん自慢のヒップラインと脚線美が艶めかしい。最高にセクシー♡ 私はお尻好きなので、思わずこのお尻をお土産に持って帰りたいと思ったよ♡

お客はこの姿で完全に悩殺されている。恥ずかしさをかなぐり捨てて、大声で「中条コール」を始める。「中条コールは計12回。(笑) 喉つぶれない程度に叫んでください。」 私も最初観たときは唖然としたが、二回目からは我を忘れて中条コールしていたよ(笑)。

音楽がランバダに変わる。ランバダ(ランバーダ, Lambada)とは、南米から発祥し、1980年代後半に世界的に有名になったダンス及び音楽である。最高にノリノリになる♪

ここで頭の羽根を外して、軽快なリズムにのってサンバを踊る。

舞台の袖のところで、衣装を脱ぐ。黒いパンティのみとなって、大きなオレンジのマラボーを身体に巻き付ける。そのまま盆に移動しベッドショーへ。

ベッド曲は映画「リメンバー・ミー」の主題歌である。日本語で女性ボーカルが歌う。いい曲だし、日本語なので感情移入しやすい。

最後の立上り曲は「サンバ・デ・ジャネイロ(Samba de Janeiro)」で、ノリノリの音楽の中、次々とポーズを決めていく。

 

いや~選曲がいいですねぇ~。聞き覚えのあるリズムなので大いに盛り上がるね。

まさしく中条新聞№3に記載されている通りの内容です。「マントを脱いでからのステージはもう見ての通り。私らしさ全開。本名としての私が死んで、中条彩乃としての私が生きて、一年が経った今、最高にハッピーだよって事をとにかく伝えたかった。楽しくて楽しくて仕方ないっていう気持ちを共有してもらえたら幸いです。構成、振付は、みおり舞姐さん。デビューのきっかけや今の気持ちを話したうえで、せっかく10結だし、ハロウィンっぽいこともしたいなとか、中条のいろんな要素を丸っと解決してくれました。周年作に相応しい演目です。」

私からのいろんな質問にも丁寧に答えてくれた。「サンバも、サンバの衣装絶対似合うから!ってゆってくれたり、中条コールも、全部舞姐さんのアイデアです。私のキャラを理解している。」中条ファンの私からも、みおり舞さんに感謝・感謝です。

 

私は教えてもらった選曲をひとつひとつネットで調べていく中で、この演目は映画「リメンバー・ミー」を観ないといけないな!と感じた。冒頭の部分に出てくる葬式の場面からも、メキシコのお祭り『死者の日』がモチーフであるとの解説を受けていたので、ネットで映画「リメンバー・ミー」の触りを知った瞬間に、映画に対する関心が強まった。そこで、観劇レポートを「トレジャーアイランド」のついでのように簡単に済ませる気にならなくなり「レポートは少し待ってほしい。次の栗橋のときに渡すね。」と話した。「リメンバー・ミー、観てからの方がいいかもです!! 栗橋楽しみにしてます。」との返事をもらう。

 

翌週すぐにTSUTAYAでレンタルして観てみた。

<『リメンバー・ミー』(原題:Coco)は、ピクサー・アニメーション・スタジオ製作によるアメリカ合衆国のコンピュータアニメーション・ファンタジー・アドベンチャー映画。全米で2017年11月22日、日本で2018年3月16日公開。キャッチコピーは「それは、時を超えて―家族をつなぐ、奇跡の歌。」。>

最後に涙が止まらなくなるほど感動した。感じることが多々あったが、それを前回の「トレジャーアイランド」観劇レポートのようにひとつひとつ解説するより、演目「中条サンバ」と絡めて童話(小説?)にしてみたいと感じた。長くなりそうだが取り組むことにした。

 

 

平成30年11月                             DX東寺にて

 

 

 

 

 

ストリップ小説『骨まで愛して -ディズニー映画「リメンバー・ミー」を観て- 』  

~中条彩乃さん(ロック所属)の一周年作「中条サンバ」を記念して~

 

 

この話は、ストリップを通じたある父と娘の物語です。中条彩乃さんの一周年作品「中条サンバ」のモチーフである「死者の日」を反映し、かつ周年作のベッド曲で使用された映画「リメンバー・ミー」の主題歌を踏まえ、実際に映画を観てのインスピレーションに基づいてフィクション化している。そもそも映画「リメンバー・ミー」が「死者の日」の物語である。主人公の名前を彩乃をもじりアヤカにし、中条彩乃として踊り子デビューしたという設定になっている。

ちなみに、いつもはストリップ童話と銘打っているが、文量がけっこう多く、内容も短編小説のようになっているので、今回はあえて‘ストリップ小説’とした。

 

 

Ⅰ. 主人公はアヤカという少女

 

アヤカは、晴れて今年の四月から東京の大学に入る。

アヤカは関西出身で、母子家庭だった。小さい頃に父はいたが、あることが原因で母と喧嘩して父は家を出ていってしまった。母は看護婦をしていたので生活力はあり、幼いアヤカのことを一生懸命に育ててくれた。アヤカが何不自由なく明るく元気に育ったのは母のお陰だ。母には心から感謝している。今でも母は関西で、大きな病院の現役バリバリの婦長として働いている。

父はアヤカがものごころ付く前に家を出ていったので、父のことはもうほとんど忘れてしまった。家には父の写真もないから顔も分からない。ただ小さい時に、いつも抱きしめてくれていた父の温もりだけは記憶に残っていた。

 

 

Ⅱ. アヤカの父

 

 アヤカの父は作家であった。

 大学時代から童話や小説を懸賞に投稿していて何度か表彰されたことがあった。これでやっていけると思ったのか、そのまま作家になった。しかし、その手応えも彼の思い込みであったのか、作品は全く売れず、生活は苦しかった。ずっと貧乏だったので、とても嫁さんなんてもらえないと鼻から結婚を諦めていた。

 でも成人男性として普通に性欲はあったので、お金のかからないストリップにたまに通うといった程度だった。

 ある日、彼は喫茶店で小説の原稿を書いていた。そこに若い女性が入ってきて、彼の物書きしている姿に目をとめた。彼はふつうに男前だった。髪は少しぼさぼさだったが、眼鏡もしていないし、少し痩せ型のすらりとした長身。優しい顔つきだったが、原稿用紙に向かっている目つきは精悍な印象を与えた。

 彼女はビビッと来た。彼はけっこう年上だったが、母子家庭に育った彼女は父親の雰囲気を醸している彼の容貌に強く惹かれた。そして彼女の方から彼に声をかけた。彼の方はというと「こんな若くてキレイな女の子から声を掛けられるなんて夢のようだ」と彼女に一目惚れする有様。

 それから二人の交際が始まり、めでたく結婚する。若い二人にはお金がなかったので結婚式は挙げず、六畳と四畳半という質素なアパートで新婚生活を始めた。彼女の方は大きな病院に勤めていたので生活はなんとかやりくりできた。売れない作家である父はまるで彼女のヒモみたいな感じであった。母は夜勤もやっていて家を留守にしている時間が長かったので、父が家にいて執筆活動をしていた。父は気晴らしに外に出かけたが、若い頃からのストリップ通いがやめられず、たびたび劇場に出入りしていた。母は父の趣味であるストリップ通いを知っていたが、惚れた弱みもあってか見て見ぬふりをしていた。

 結婚して一年もしないうちにアヤカが妊娠した。父は子供ができたことをたいそう喜んで、大きなお腹の妻の面倒をみて、また産後も赤ん坊のアヤカの世話を自分から積極的に行った。今でいうイクメンかな。とてもいい父親であった。

 ところが、アヤカが三歳になって公立の保育園に預けられるようになってから、またストリップの虫が疼きだした。母が病院で働いていて、アヤカを預けると、時間を縫うように劇場に通い出した。

 父はストリップに通うために小さな嘘をついた。「今日は雑誌の編集長と付き合いがあるから遅くなる」等々。小さな嘘でも繰り返しているうちに、嘘はやっぱりバレちゃう。些細な嘘とはいえ、次第に母は父の嘘が許せなくなった。

「ストリップは浮気じゃないよー。単なる遊びだよ。気休めに過ぎないから~」と何度も父は母に説明した。しかし、母は既に堪忍袋の緒が切れていた。「もう二度とストリップに行かないと誓いなさい!そうしたら許してあげる!」

 しかし、その約束もすぐに破られた。「黙って出ていって!」母にそう言われて、父は泣く泣く家を出ていくことになる。

 その後、母によって、家の中にあったストリップに関わるものは一切燃やされ、父に関する写真や思い出の品までも全て捨てられることになる。そして父の記憶はぷっつりと途切れた。母の顔色を見ればとても父のことを聞ける感じでなかったし、母の前でストリップなんて言葉は絶対に禁句だった。

 

 

Ⅲ. アヤカ、スト女になる

 

 アヤカは大学生活を謳歌していた。

 ある日、コンパで飲みに行ったとき、男女数人でストリップ劇場に流れた。面白半分、酔った勢いで男性陣の後に付いて入っていった。

 まぶしいスポットライトがステージを照らし、大きな音楽が鳴り響いていた。まさに光と音の世界に、煌びやかな衣装を着た綺麗な女性が登場して音楽に合わせ舞い踊った。アヤカは本当にキレイだと思った。「なんてステキな世界なの・・・」

 ショーアップされたステージはアヤカの心を捉えた。そして踊り子が衣装を脱ぐ。男性たちの視線が刺すように鋭い。スポットライトとは別の視線シャワーを浴びながら、女性の裸体がまるで若鮎がはじけるようにうごめいた。男性客はじーっと視線を集中している。踊り子は感極まる。踊り子が決めるポーズに合わせて、大きな拍手が鳴り響く。場内は興奮のるつぼと化していた。

「お父さんが憧れていた世界とは、こんなステキなところだったのね・・・」

 

 アヤカの他にも一緒についてきた女性たちが同じ感想を抱いた。それ以来、その女性グループは今でいう‘スト女’になっていった。

 今や、ストリップは男性だけのものではない。今どきの女の子は、飲み屋、パチンコ、競馬場など、今まではおじさんの聖域であった場所に次々と進出していた。ついにストリップもそうなったわけだ。

ストリップは女の子が好きになる要素に満ち溢れていたと云えそう。楽しい音楽やダンスや衣装がある。踊り子は宝塚のスターみたいに憧れの対象になる。彼女たちには踊り子が追いかけたいカリスマ的存在になる。このようにストリップには、かわいいもの、美しいもの、光るもの、楽しいこと、そうした女性が本能的に好きなものが詰め込まれているのだ。ただエロスだけが抵抗がある。しかし、男性と同じく女性だって本質的にエロスが好きなはず。恥ずかしさや抵抗感を取っ払ってしまえば、そこは天国と化した。アヤカはその世界に強く興味を惹かれ憧れた。そしてスト女として通い始めたのだった。女性グループで行くことも多かったが、一人で行くことも増えていった。

 劇場はほとんどが男性客。しかし男性の中に入っていく抵抗感は殆どなかった。というのは、ストリップに嵌る男性というのは、中身はスケベであるものの、結局は女性に相手をされない気弱で可哀そうな男性ばかり。そう、牙のない狼たち。場内を見渡しても、最近はギラギラした若者は少なく、ほとんどが高齢者の集いのような感じであった。場内で他の男性客と接すると、みなさん紳士で女性客にとても優しかった。ある意味、こんな居心地のいい場所もそうそうない。

 

 いつしか、アヤカは卒業を考える時期に来ていた。卒業後の就職をどうするか?

 アヤカはスト女常連として通っていた劇場の扉をノックした。劇場経営者は諸手を挙げてアヤカのストリップ・デビューを歓迎した。

 ダンス経験は全くなかったが、若い頃に陸上で鍛えた肢体が自慢であった。案の定、アヤカのヌードはビーナスのような輝きを放った。元踊り子の先生にダンス指導してもらう。そしてデビュー作を作ってもらい、面接から二週間後に早くもデビューを迎えた。

 劇場側は、若いアヤカを華々しく売り出した。最初は、小鹿のように足を震わしていたが、次第に持って生まれたダンスセンスと舞台度胸の良さ、そして可愛い笑顔でお客の心を掴むようになっていく。なによりも彼女の強みは、気さくで明るい性格にあった。周りのお姐さんにも好かれ、当然のように固定客がどんどん増えていった。

 

 

Ⅳ. 父との運命的な再会

 

 アヤカは関東でデビューした。芸名を中条彩乃とした。

 関東の劇場をひととおり回った後、地方の劇場にも出演することになる。関西出身だったので、関西の劇場からオファーがあったとき最初は親バレとかマズイかなと思った。しかし、ストリップに無縁な母にばれることもないと思い、出演を承諾した。

 

 その関西の劇場でアヤカはある男性と運命的な出会いをする。

 彼はその劇場の常連客でリボンを投げていた。白髪で初老の男性だった。しかし長身で清潔感あふれるロマンスグレイなタイプ。年齢は60歳前後かな。第一印象としては、すてきなおじさまだと思った。

 彼はリボンさんなのでいつも劇場の壁際に立っていた。場内の後方か横の壁際でタンバリンを叩いているか、舞台前方からリボンを投げるか、どちらかだ。だから席に座って観劇する人ではなかった。朝早くからかぶり席でギラギラした目つきで眺めている客とは全く違う。なんか遠くから優しい眼差しで見守ってくれているような印象を受けた。

 彼もアヤカのことを気に入ったみたいで、ポラを撮ってくれて、すぐに「よかったら君のリボンになっていいかな?」と声を掛けてきた。アヤカは「こちらこそ、よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げた。

 二人はすぐに意気投合する。

 彼はアヤカが関西の劇場に来るときは毎日のようにやってきてリボンを投げてくれた。広島や小倉にも遠征してくれた。

 彼はストリップ歴が長いこともあり、ストリップのことをよく知っていて、いつも適切なアドバイスをくれた。またストリップのマナーもよく、踊り子とファンの間の適切な距離感というものをしっかり身につけていた。客の中にはよく連絡先を教えろ!と迫ってくる人もいるが、彼は一切そんなことはしなかった。

 

 ちなみに彼はいつも手紙を書いてくれた。ストリップというのは意外にも踊り子とは会話がほとんど出来ない。基本はステージを観るだけなのだ。今はポラがあるのでポラタイムで挨拶程度に話すことはできる。しかし長い会話は無理。そのため彼は手紙で踊り子とコミュニケーションを図った。彼は、どの踊り子を応援するかを手紙の反応を見てから自分との相性を判断していた。まあ彼はもともと作家なので筆まめは当然であったわけだ。

  アヤカは彼の手紙が大好きだった。自分の演目を適切に文章で表現し、時にアドバイスをくれる。それ以外にも沢山のストリップの知識を教えてくれる。アヤカは彼の文書構成力、そしてワードチョイスが素晴らしいと思った。いつもその中に‘踊り子を元気にさせる魔法の言葉’がある。彼が創作した沢山のストリップ童話も読み、どれも面白くて感動した。そこには‘ストリップを愛する心’があった。

 

 そうそう、彼のことをみんながサワティと呼んでいた。なんでそう呼ばれているのかは知らなかった。このストリップの世界ではみんなが本名を名乗らないのが常識。お互いの素性を知らない。ある意味、ストリップはカオナシの世界であった。

 アヤカは彼との片言の会話の中で、彼が作家であり、またバツイチであることを知った。「いつも私のところに通ってくれてありがとう。お仕事やプライベートでも忙しいでしょうに。奥さんに恨まれないかしら・・・」と話したときに「ボクには家族がないんだ。昔はあったんだけどね。娘も一人いた。」とこぼしたことがある。

 そのときから、アヤカの身体の中で血が騒いだ。

「もしかして、この人は私のお父さんじゃないかしら!? ・・・」

 

 

Ⅴ. ストリップは見守る愛

 

 初めて広島の劇場に出演することになったある日のこと。

 遠征してリボンを投げてくれたサワティが、「広島は広島焼きというお好み焼きが美味しいので、よかったら近くのお店でご馳走しようか?」と誘ってくれた。彼と食事するのは初めてだった。私はふたつ返事でOKした。

 焼きそばの入ったお好み焼きである広島焼きは有名だが、他の焼き物も全て美味しかった。お魚入りのガンスというのが特にビールに適っていた。お酒が進んだ。

 アヤカは頃合いをみて尋ねた。「サワティは昔家族がいたって言っていたよね。今でも会いたいとは思わないの?」

「ボクはストリップが好きで家族を捨てたんだ。今更のこのこ戻れないし、ストリップ通いをやめれない。」

「どうしてストリップがそんなに好きになったの?」とアヤカは聞いた。

「ボクの性格に適っているのかな。一般の恋愛というのは相手を独占しようとする。しかしストリップは全く違う。相手を独占しようとして、おれが!おれが!というリボンや客もいるけど、そういうのは自然と淘汰される。ストリップは好きな踊り子をみんなで見守る愛なんだ。ふつうの愛とは全く違うけど、それもひとつの愛の形なんだ。

 ふつうの恋愛はSEXを伴うよね。妻を愛し、子供を産む。それも立派な愛の表現だ。

 しかし、ボクはもっとプラトニックな恋愛が好きなんだ。昔の文豪の中には、遠くに離れている恋人との文通の中に真の愛があったと述べている。相手に触れない愛もある。ストリップにはそういう愛があるんだな。

 ストリップは触れられない愛だと言ったけど、ボクはこんな風に感ずることがある。大好きな踊り子さんがベッドショーを演じている。するとボクの魂は‘見えない手’となって大好きな踊り子さんを優しく抱きしめるんだ。そんなとき、ボクの魂と踊り子さんの魂は一体になれるんだ。心のSEXとでもいえるかな。」

「作家らしいサワティの答えね。とてもステキだと思うわ。」とアヤカは頷いた。

「でもね、家族を捨ててしまって、家族には本当に申し訳ないことをしたと思っているんだ。もう後悔してもどうしようもないけどね。ボクはこの業を一生背負って生きていかなければならないと思っている。

 ボクはストリップが単に好きだという他に、ストリップを通じて書きたいことがたくさんあったんだ。ボクは文章を通じた表現者だった。だから、それを檻の中に閉じ込めることはできなかった。自分の想像の翼を伸ばすためには自由が必要だった。かっこよく言えば、世界中の読者にボクが書いた話を届けるために家族の元から羽ばたいたんだ。まぁ・・・今のところ全く売れないけどね。(笑)」彼は苦笑いをした。

「私もダンスを通しての表現者だから、サワティの気持ちはなんとなく分かる気がする。」とアヤカは共感した表情(かお)をした。

「これからもリボンとして応援させてほしい。」とサワティはアヤカに向って言った。アヤカは黙って頷いた。

 アヤカは確信した。(この人は間違いなく私のお父さんだわ。)

 

 

Ⅵ, 一周年を迎えて

 

 時が経つのは早いものである。デビューからもうすぐ一年が経とうとしていた。

 アヤカは一周年作の準備に取り掛かっていた。踊りの先生と相談して今回はサンバに挑戦することにした。先生には、自分が踊り子になった経緯、いま踊り子になって思っている心境を丁寧に話した。その上で、先生は今のアヤカによく似合う演目を準備してくれた。

 演目名は「中条サンバ」とし、サンバを中心とした選曲で、盛り上がりにはリオのカーニバルの衣装で踊り、観客から「中条コール」の掛け声を出してもらうようにアドバイスした。また「絶対にサンバの衣装が似合うからね」という先生の言葉通り、自慢のプロポーションが映えた。最高のヒップラインと脚線美に客は萌え萌え。お陰でステージは異様に盛り上がることになった。

 

 この演目の中には隠し味があった。それは映画「リメンバー・ミー」。ベッド曲では映画の主題歌を使った。感情移入しやすいように日本語の歌詞にした。そして、一番のポイントは冒頭の部分にあった。

 最初に、おどろおどろしい音楽の中で、黒いマント姿で登場。しかも中条彩乃の遺影を手に持って掲げている。これはメキシコのお祭り「死者の日」であった。

 アヤカは、この一年間の踊り子経験の中で、過去の自分を捨て去り、今の‘中条彩乃’こそが‘ほんとうの自分’であることを表現したかった。ストリップで家族を捨てたお父さんと同じ気持ちであることを暗に示していた。

 

 アヤカはリボンさんであるサワティに、事前勉強として周年作「中条サンバ」の内容を話す。この作品はメキシコの祭り「死者の日」をモチーフにしていること、そしてベッド曲に映画「リメンバー・ミー」の主題歌を使用していることを説明し、是非とも映画「リメンバー・ミー」を事前に観てほしいとお願いした。

 サワティはすぐにビデオをレンタルして映画を観た。

 そして、翌日早めに劇場に行って、アヤカと周年作におけるリボンのタイミングについて打ち合わせた。リボンさんと言えども、なかなか踊り子と話す機会はなく、今回は特別に時間を割いてもらった。リボンの話になる前に、サワティは昨日観た映画について感想を話し始めた。

「映画『リメンバー・ミー』を昨日レンタルして観たよ。すごく面白かったし、最後は恥ずかしながら涙が止まらなかったよ。いっぱい感動したので、話したいこともいっぱいあるんだ。

 音楽をやりたくて家族を捨てた、主人公のひいひいおじいさんにあたるヘクターに自分を重ねてしまい、完全に感情移入しちゃった。作中で、主人公ミゲルが『なぜ家族を捨てたの?』と尋ねる。その質問に対して、ヘクターと一緒に音楽をやっていたデラクルスの言葉にじーんときたよ。『おれは生まれながらの芸術家だから、運命に逆らうことなんてできない。家族には収まらなかったんだ。いわば世界がおれの家族なんだよ。』世界中のみんなに自分の音楽を届けたいという使命感が伝わってくる。これが表現者(アーティスト)の心意気なんだな。ひいひいおじいさんと同じく音楽の血を引いているミゲルは、その気持ちがよく分かったと思う。」

 ここまで聞いていたアヤカは心の中で思った。「お父さんの気持ちは今になって私もよく分かるわ。ストリップ好きになって、お父さんの遺伝子が私の中にあるのを感じるもの。」

 

 

Ⅶ. 骨まで愛して

 

 サワティは話を続けた。

「彩乃さんが話していた『死者の日』のことがよく分かったよ。死者の魂を慰めるという点では日本のお盆によく通じるけど、さすがメキシコは雰囲気が全く違う。すごくカラフルでポップな感じ。派手な飾り付けに、陽気な音楽。とにかく明るい。中南米は気候的な面もあるだろうし、抑圧された長い歴史も影響していると感じたね。

 しかも、さすがディズニーだね。その死者の日をこれだけファンタジックに描けるのだからね。

 なにより、ガイコツの表情が豊かでビックリしたよ。一見ガイコツなんてみんな同じ顔に見えるようなもんだけど、一人一人の表情が違うように描かれている。生前が美人なら美人に見えちゃう。人間が人前で表す表情(かお)や外見は、かなりの部分を骨が担っていることを改めて感じたよ。映画では、ガイコツの中にある目玉のコミカルな動きがまた良かったねー。最高の演出だよ。」

 話がガイコツに言及して、サワティは最近観たというNHKスペシャル番組「人体」について話し出した。数話にわたる人体の特集であるが、その中で骨に関する話がある。骨といえば、単に体を支える棒っきれだと思いがち。ところが、骨の中にはたくさんの細胞がうごめき、なんと体全体の“臓器を若くする”ための「特別な物質」を出していることが、最新の研究でわかってきた。骨は単なる棒っきれではなく、活動的に動く体を、メッセージ物質によって応援してくれている、そんな仕組みを備えた立派な臓器だと言う。そのメッセージ物質を「スクレロスチン」と呼ぶようだけど、医学専門的な話はこれ以上は言及しないね。

よく、老人が年老いて骨折すると途端に動けなくなり死期が近づく。まさしく、若さを保つコツにある。

サワティがいつも若々しくいるのはストリップのお陰だと言う。若い女性の裸体を見て興奮することほど男性にとっての老化防止はないだろう。ストリップによって骨からたくさんの若さを保つメッセージ物質が出ているんだ。きっと魂というのは骨のメッセージ物質に通じている。

思うに、人は死んだら魂になって死後の世界に行くという思想は世界共通だけど、日本と中南米では、その魂の表現方法が違う感じ。日本では一般的には人は死んだら身体を失って人魂になる。時に生きた人間の恰好で幽霊になることもある。ところが中南米ではそれがガイコツで表現される。つまり、魂とガイコツは同義なんだね。サワティがいつも「ストリップで魂を重ねたい」と言っているのは骨に通じているんだ。

サワティは最後に、アヤカに「君のことを‘骨まで愛したい’」と言った。アヤカはその言葉に骨までしびれた。

 

アヤカは改めて自分にはステキなお父さんがいると思った。いつの日か、ストリップ嫌いの母にストリップの魅力を理解してもらい、お父さんのことを許してもらいたい。そのために私が力を尽くす。踊り子を経験した私なら必ずできるはず。私がもう一度すてきな家族の絆を取り戻すんだ。

その日がいつになるか分からない。私が踊り子を引退する日かもしれない。

それまではお父さんがリボンさんとして私の側にいてくれる。・・・

 

いつもサワティが言っている「大好きな踊り子に魂を重ねたい」という気持ちを受け止めつつ、中条彩乃は今日もステージに立っている。

 

                                   おしまい

 

 

 

 

今回は、TSの踊り子・小森ななさんとさくらさんのチームショー「Little Twinkle」をレポートします。

 

 

 

さっそく今回のチームショーの内容を紹介しよう。

最初に、どことなくベビー服っぽい衣装で登場。さくらさんがピンク系で、ななさんがブルー系で、ステージ全体を通してまとめている。

頭には、うさぎっぽい耳が立ち、ベビーハットのよう。赤ずきんちゃんのような、肩かけを羽織る。襟元の赤い毛玉がワンポイント。そして、ふわっとしたスカート。白いブーツを履いて楽しく駆け回る。

お菓子の入ったバスケットを抱える。まるで、メルヘンの妖精みたいだなぁ~♡

かわいく二曲踊った後、ハイテンポな曲になる。最初の衣装を脱いでいくと、ななさんは、上半身は体にヒットした白いシャツで、下は濃いブルーの短いスカート。シャツの胸元に金色の星バッチが付いている★(これが大事なミソ。後に詳しく解説する。) 二人でノリノリで踊る♪

次に、ななさんはネコに扮する。上下の白いふわふわ毛のセパレート衣装。尻尾もついている。胸元に「ニャン」と書いた札が付いている。ななさんがソロでにゃんこを演ずる。得意のポールでのポーズも決まっている☆

一方、その後に、さくらさんがアラビアン衣装で登場し、ソロを演ずる。

最後は、二人がいかにも星人のような恰好で登場。ななさんの頭は青いかつらで、ブルーの衣装。一方のさくらさんは、ピンク系の衣装。二人で一本のステッキ(これも大事なミソ。後に詳しく解説する。)を振り回しながら、裸足で楽しく踊る。

二人のベッドショーが始まる。絡みはなく、さらりとかわいく魅せる。

 

 

次に、今回の作品について語りたい。

最近、アニメづいている。というか、ステージを観ても、ステージのテーマが全く理解できないことがある。そういうときは殆どがアニメのキャラ。正直、私は最近のアニメを全く見ていないのでついていけない。例えば、つい最近では、先月(1月中)のTSでの栗鳥巣さんと渚あおいさんのチームショーも人気漫画「弱虫ペダル」だったし、先週大和で観た杏野るりさん(ロック所属)の出し物は少年漫画「聖闘士星矢」、少し前ではMIKAさん(ロック所属)の出し物はアニメ「攻殻機動隊」だった。

レポートを書くにはどうしてもそのアニメを知らないといけないが、今はインターネットのお蔭で容易に検索できて本当に助かる。

 

今回のTEAM「Little Twinkle」を始めて拝見したとき、最初は妖精を演じ、最後は宇宙人を演じているのかと単純に思った。ポラ時に、ななさんにさり気なく聞いたら「これはキキララですよ~」と答えてくれた。一瞬、ななさんから「キキララを知らないんですかぁ~」と不安な目で見つめられた。たじたじ~(笑) 

私はキキララの存在は知っていたが、それがどういうものなのかよく知らなかった。おじさんとしてはキキララを知らなくても生きていけるもん!と言いたいところだが、ななさんと仲良くしたいなら、ついていけるように勉強しないといけない。(笑)

おじさんが若さを保つ秘訣は、若い子が好きなものに興味をもつことである。それを面倒くさがると確実に老いていく。ここが大切な分岐点。ある意味、ストリップファンは若さを保つ機会に恵まれており、本当に貴重な有難い場である。

一見こう話すと、私がアニメは苦手なのかと思われるかもしれない。が、全く違う。童話を書く私がアニメを嫌いなはずがない。また、私は幼少の頃、漫画知識を大学ノートに詳細にまとめる「漫画博士」だった。たくさんのノートを自慢げに友達に見せびらかしていた。学生時代にたまたま勉強ができたのはこうした習慣の延長だった。そして今や、それがストリップに活かされている。三つ子の魂というのは本当に面白い。

だから、踊り子さんが演ずるアニメは最高のきっかけになる。嬉々としてインターネットを駆使して調べ上げる。まぁ~本音はアニメに興味を持つというより踊り子さんに興味を持つからだね。一旦レポートにしたら、それ以上アニメにははまらないからね。(笑)

 

では、今回の「キキララ」とは何か?

1975年、玩具の老舗、株式会社サンリオがデザインしたキャラクターのひとつで「Little Twin Stars」が正式名で、通称をキキララという。主人公のキキ(Kiki)とララ(Lala)は擬人化された双子星で、キキが双子の弟、ララが双子の姉。今回のTEAMでは、ななさんがキキで、さくらさんがララということだね。ちなみに名前の由来は、キラキラ輝く夜空の星になってほしいということから「キキ」「ララ」と名付けられたようだ。

発明家のお父さま星と、詩人で絵描きのお母さま星がある。大切に育てられたキキとララにわがまま・甘えん坊の兆候を見て取り、それを心配したお父さま星とお母さま星が、ふたりが立派に輝く星になるために地球に旅をさせるというストーリー設定。

キキの胸元にはリボンがあり星を背負うことができ、その背中の星を使うことで飛ぶことができる。一方、ララは先端に星の付いたステッキをもっていて、これによりキキの星の進行方向を決めることができる。つまり、女の子のステッキがなければ男の子は飛んでいく方向が決められない。作者は、これにより、男の子と女の子はいつでも一緒にいることができるようにした、というのが面白い。

 

 

 

H27年2月                          TSミュージックにて

 

 

 

 

 

 

 

『キラキラの宇宙ストリップ ~キキララ、ストリッパーになる~』  

 

~小森ななさんとさくらさんのチームショー「Little Twinkle」を記念して~

 

 

真夜中に月を眺めると、キラキラ光るものが見えました。

宇宙うさぎが二匹、月面を駆け回っていました。ブルーのうさぎは「キキ」、ピンクのうさぎは「ララ」と云いました。また、キキとララはペット用に宇宙ネコを一匹連れていました。宇宙ネコは木登りが得意でした。

 

二匹の宇宙うさぎは、遠い遠いキラキラ星からやってきました。

発明家のお父さんうさぎと、詩人で絵描きのお母さんうさぎは、キキとララを大切に育てましたが、わがまま・甘えん坊の兆候を見て取り、それを心配した両親は、ふたりが立派な宇宙うさぎになるようにと地球に旅をさせることにしました。

今、そのキキとララは、地球に入る手前で月に一休みしているところでした。そして、地球人の中に紛れるための計画を練っていたのです。二匹は地球の中を眺めました。

 

地球人がうさぎをとても愛しているのを見て安心しました。ペットにしてかわいがっている人もいます。驚いたのは、うさぎの格好をしたバニーガールが人々に喜ばれていることでした。(笑)

キキとララは、自分らのかわいさがあれば、バニーガールに扮して地球人に溶け込むことが容易だと思いました。そして場所はストリップ劇場にしました。

TEAM Little Twinkleとしてデビュー。

キキとララは最初に、メルヘンの国からやってきた妖精を演じました。ロリポップに乗り、楽しくダンス。二人のかわいさに観客は大喜び。

ララがステッキを振るとお菓子が飛び出す。お客に配る宇宙菓子は大好評。

途中、連れて来た宇宙ネコが、ポールに登って演技をしました。宇宙ネコは木登りが得意とあって、宇宙ネコの身軽な曲芸は観客を楽しくさせました。

最後のベッドショーが真骨頂。二人の裸体はキラキラと妖しい光を放ちました。観客は二人の裸体を観ているうちに宇宙遊泳している気分になる。二人は観客の頭の中をエロスでいっぱいにし、宇宙セックスのテクニックを使って、観客をエクスタシー状態に導きました。観客は完全にメロメロ状態♪ 

キキララのTEAMは、宇宙ストリップショーと称され、一躍人気者になりました。

 

                                    おしまい              

 

 

 

 

 

 今回は、ロックの踊り子・徳永しおりさんについて、H29年12月頭の大阪東洋ショー劇場の模様を「ロックの看板としての風格を醸す」という題名で語ります。

 

 

 

和物「月の子」は次の通り。

最初に、ピンクの着物姿で登場。なんという華やかさ。ステージに徳永しおりという美しい花が咲き乱れる。

艶やかなピンク色に、金箔模様の白い帯、白い足袋、頭には白い花輪を付け左右にガラス玉細工が垂れる。白いかつぎを高く掲げて舞い踊る。

音楽がインスト曲から、心に沁みる名曲「恋におちたら」(歌手はCrystal Kayかな?  2014年リリース、作詞:H.U.B.、作曲:坂詰美紗子)に変わる。

白・紫柄の扇子を取り出して舞い踊る。

音楽がリズミカルなインスト曲に変わったところで、帯を取り、着物を脱ぎ、白い襦袢姿になる。更にそれも脱いで全裸になったところで暗転。

別のしっとりしたインスト曲が流れ、袖の長い高貴な白い襦袢姿で現れる。

裸足のままベッドショーへ。

音楽が平原綾香の「Jupiter」(ジュピター)になる。2003年12月17日に発売された大ヒット曲。平原綾香のデビューシングル。イギリスの作曲家グスターヴ・ホルスト(1874~1934年)の「木星」(管弦楽組曲『惑星』の第4曲)の主題の1つをモチーフにして吉元由美が詞を付けたもの。今回の演目「月の子」に、同じ惑星である木星Jupiterを持ってくるのは乙だね。日本語の曲二つが演目を盛り上げている。

私は今回の和物と演目名になった漫画「月の子」とのつながりが気になって彼女に尋ねてみた。「日舞の振りの中に『忍ぶ恋』だったり『儚い夢』を感じ、月の子とのつながりがあると思いました。」とのポラコメ回答。直接ストーリー的に絡んでいるわけではなく、空気を読む感じなんだね。改めて、素敵な演目名だと思います。

 

 

 

徳永しおりさんのステージにはいつも満足させられる。

ロック最強の美貌の持ち主である上に、踊りの上手さを習得し、魅せるステージに徹している。いつもは盆周りのかぶり席だけで観劇している私だが、今週は踊りを味わいたくて舞台の近くで観劇しているほど。

また、私としては、いつもレポートを書くネタを頂き、知的刺激に満ちている。

ストリップを観ていると最近の若い女の子の関心事がよく分かる。最新のアニメやアニソン、コスプレなどのファッション等、おじさんの苦手分野も多いが、私は大好きな徳永しおりさんに一歩でも近づけるなら喜んで新しい領域に踏み込んでいきたい。今回も清水玲子さんの「月の子」という漫画に出会い、読み始めた。非常に面白い。アンデルセン童話の人魚姫をモチーフにしているSF漫画で、童話好きの私の琴線に触れた。毎日ストーリーが読み進んでいくことに心が躍る。ステージを味わい、同時並行で漫画も楽しめるなんて最高の贅沢。

今週も、しおりさんのお陰で楽しい楽しいstrip lifeを送れて感謝に耐えない。

 

平成29年12月                           大阪東洋ショーにて

 

 

 

 

『月のうさぎ』 

~徳永しおりさんの演目「月の子」を記念して~

 

 

 昔昔、月はうさぎの星でした。

たくさんのうさぎが月に生息していたのです。昔はみんな仲良く、盛大にお祭りをやったものです。その代表が餅つきでした。

月のうさぎ達は、秋になったら餅つきをします。餅つきの作業を行う多くのうさぎ達が赤いはっぴを着ます。赤いカーペットまで敷かれ、そこにたくさんの杵(きね)と臼(うす)が用意されます。毎年恒例の行事なので、うさぎ達は手慣れた感じで、蒸したもち米を臼に入れ、杵で叩きます。リズムよく餅をひっくり返します。

ぺったんこ ぺったんこ♪

出来上がった餅は細かく切られます。餅はふっくらと白い丸の形にしたうえ、二つの長い耳を付けて、うさぎの形にします。目と耳の部分に赤い色をつけます。その餅は‘うさぎ餅’と称され、とても美味しいものでした。

 

うさぎの数が多くなるにつれ、当然の原理として、縄張り争いが起こります。最終的に二つの勢力に別れて争うことになりました。

そのうち、ひとつの勢力は争いに負け、このまま月にいられなくなりました。

 元々、うさぎは、地下に穴を掘り、そこで暮らしていました。いわゆる‘うさぎの穴’です。古来から、うさぎの穴はワンダーランドの入口とも言われました。

 争いに負けたうさぎ達は、うさぎの穴の魔力を使って、月から一番近い世界である地球に移動することにしました。

 

 一匹のうさぎが日本のストリップ劇場に瞬間移動しました。名前をジミーといいました。

 ジミーは目の前のステージで、この世の者とは思えない絶世の美女がマジシャンの格好でステッキをもって颯爽と踊る姿に一目で心が奪われました。彼女の名前は徳永しおりといいました。

 ジミーは、うさぎの穴の魔力を身につけ、移動した場所に住む人間に変身することができました。その際、しおりの心を読んで、彼女の好きな男性像に合わせて変身しました。

 ステージを観ていたジミーの方をしおりがちらっと見ました。目が合った瞬間に、しおりはニコッと微笑みかけてきました。ジミーはその瞬間に恋に落ちました。

 ところが、その直後、しおりの目が驚きに変わりました。

 ジミーの後ろに、ジミーそっくりな別の男性が現れたのです。その男性こそがしおりの彼氏でした。しおりはジミーのことを彼氏だと思って微笑んだのでした。

 そうか、彼女の心を読んで好きな男性像にすると、今付き合っている彼氏そっくりになってしまうのか、ジミーは後悔しましたが後の祭りです。

 ジミーは、その恋を諦めました。

 その夜、月を眺めたら、仲間のうさぎ達が餅つきをしている姿が思い浮かび、自然と涙がこぼれました。無性に月が恋しくなりました。

 

 運命は不思議な展開を見せました。

 ジミーはストリップが気に入り劇場通いを始めました。もちろん、しおりのステージはその後観ることはありませんでした。会えば気まずくなるだけですから。

 ある日、劇場内でジミーは突然しおりに声を掛けられました。しおりが出演していないはずが、客席にしおりがいたのです。ジミーは驚きました。

 しおりは、すぐに話し始めました。ジミーとしおりが初めて出会ったあの日、彼氏は帰宅途中、交通事故に遭って死んでしまったというのです。

 ジミーは驚きながら、しおりの話を聞き続けました。しおりはジミーのことが気になって、どうしても会いたいと探していたといいます。

 しおりの目は潤んでいました。彼氏のことを想い出したのか、ジミーに会えて嬉しいのか、その真意は測りかねました。いずれにせよ、ジミーは彼女を放っておくわけにはいきません。

 彼女を誘い、一緒に食事をし、お酒を少し飲みました。

 初めて地球に来て、初めて好きになった女性です。しかも自分を探して会いに来てくれたわけです。このまま別れることはできません。

ジミーはしおりとお付き合いすることになりました。

 

 しばらくして、しおりは周年作として演目「月夜のうさぎ」をやることになりました。

 スクリーンに大きな満月を映します。その中を、しおりはピンクの着物姿で登場し、白いかつぎを高く掲げて舞い踊りました。

月のやさしい光を浴びながら、しおりは月明かりの影踏みを始めました。

とんてか とんてか とん

すると、それに呼応するように、スクリーンの中に浮かび上がる満月のうさぎ達も動き始めたのです。餅つきの格好です。一人が杵をつき、もう一人が餅をひっくり返す仕草を繰り返す。

ぺったんこ ぺったんこ♪

その周りをみんなが囲んで踊り出す。まさにお祭り。

最後に、月のうさぎ達の大合唱が始まりました。月が大きなスピーカーになります。

それは幻想的でもあり荘厳な風景。

月が発するこの光と音に呼応するように、ジミーの身体が震えました。

最後は、かぐや姫のように月に還っていく場面で、うさぎの穴を通って得たジミーの超能力が狂い始めました。

「しおり、さようなら。君に出会えて幸せだったよ。」

 うさぎの身体に戻ったジミーは、スクリーンの満月に向かって飛び込みました。

 

                                    おしまい

         

 

 

 

 

今回は、ロックの踊り子MIKAさんの新作「人魚姫」について、「人魚姫とストリップの無常観」と題して観劇レポートします。

 

 

 

今回の新作はアンデルセン童話で来たかぁ~♪ 踊り子さんが一度は演じてみたい演目№1がこの人魚姫という。今週一緒の香山蘭さんの人魚姫が一番記憶に新しい。私にとって過去最高の人魚姫として記録しているのがロックの小池菜奈さん。今から9年ほど前のことだけど、後で当時のレポートをあげるね。ちなみに、今後の過去最高の人魚姫はMIKAさんに更新されましたよー。

さっそく新作の内容を紹介する。

 

ボーという船の汽笛の音が聞こえる。波の音。かもめの声。

盆の上に、ライトに照らされたきれいな白い法螺貝がひとつある。

ステージの幕が上がると、人魚姫が登場する。一目で人魚姫と分かる。下半身が赤いきらきらした鱗で先端に白いフリルがついた大きな尾ひれ。上半身は銀色にキラキラしたブラ。首輪から綺麗な細い鎖が流れ、ブラの下にもたくさんの鎖が半円を描くように垂れている。背中まで垂れた長い黒髪に、白いリボンがさり気なく飾られている。

人魚姫は船の上の王子様を見つけたのが嬉しいのか、軽快な音楽に乗って踊る。もちろん人魚姫は立ち上がれないから、横たわりながらね(笑)。そして最後に薬を飲む。

突然、ライトが落ちて暗くなる。闇をつんざくような雷の音。

そして明るい音楽が鳴り、白いドレスに身をくるみ登場。まるで白い貝殻がドレスに変わったかのよう。波のようなデザイン。裸足で、まさに足を得た喜びを表現するダンス。

一旦、白いドレスのままベッドへ。近くでMIKAさんのアクセサリーをチェック。人魚姫なので真珠系がポイントか。真珠のネックレス。左手首に真珠のブレスレットを二つ巻く。他には、純金の細い鎖が二本きらきらと垂れるピアス。右足首にも純金のブレスレット。マニュキュアは無し。さり気なくも気品あふれるアクセサリー類。

最後に、盆から舞台に移動して着替える。白いドレスを脱いで、上半身は裸のまま、下半身に青い布を巻く。布は二枚重ね構造になっており、上部の布は銀の刺繍が施されキラキラ輝く。まさに、この青は海をイメージ。

盆に移動し、再度ベッドショーへ。白い法螺貝を強く抱きしめる。王子と結ばれない悲しみを切々と演じている。二度目のベッドショーがドラマに厚みをもたせている。

ラストシーンは、青い布をマントのように全身を包んで終わる。海の泡となって消える。

 

MIKA流の人魚姫ワールドに酔いしれる。随所にMIKAさんらしさが表現されている。

もしかしてMIKAさんが童話を演目に使うのは初めてかな。「アンデルセンの童話をけっこう忠実に再現してるつもりです♪ちょっと分かりづらいかもしれないけど原作を知ってる方からは『切ない』って声を頂きます。」

 

人魚は人間の王子様を好きになる。王子に近づくために、魔女に頼んで美しい声を失ってまでも足を手に入れる。しかし、歩くとナイフで切り裂かれるほどの痛みを感ずる。所詮、人間になるには無理がある。

しかも、人魚姫が遭難した船から王子を救ったにもかかわらず、王子は別の女性が助けてくれたと勘違いして結婚してしまう。

運命というものを強く覚えた。人魚と人間はもともと住む世界が違うのだから一緒になれるはずがないのである。

ストリップも全く同じ。私は「ストリップは空蝉(うつせみ)の世界」だと思っている。字のごとく蝉の抜け殻のようなもの。目の前に絶世の美女が現れ女体を晒してくれる。強く憧れ当然のごとく好きになってしまう。しかし手に届くことはない。夢中になって追いかけ、また「いつでも会える」と思っていた存在が、ある日突然目の前から姿を消してしまう。たまらないほどの寂寞感・無常観を何度味わったことだろう。しかし、それがストリップなのである。

人魚姫は王子を愛してしまう。愛さえなければ運命のいたずらはなかった。優しい姉妹たちと平和な海の生活を送れたことだろう。しかし愛が人魚の運命を翻弄した。愛さなければよかったと思えるが現実は愛してしまう。愛こそがドラマなんだな。

ストリップは時間とお金が許せば何人もの女性を愛することも可能。恋多きことを可能にする夢の空間。私は「ストリップは空蝉」と分かっていながらも、このストリップの世界を楽しみたい。いくら浮氣王子と揶揄されようがね(笑)。そして、この空蝉の世界を文章にしたためたい。これが私の‘生きること’なのである。

 

最後に蛇足ながら、アンデルセン童話とディズニー映画「リトルマーメイド」との違いについて言及してみる。

決定的に違うのが結末。アンデルセン童話では、優しい姉たちが魔女に頼んで妹を人魚に戻そうとする。魔法のかかったナイフで王子を殺せば人魚に戻れるからとナイフを渡す。しかし人魚姫は愛する王子を殺すことができず、自分が海の泡になることを選ぶ。その点、ディズニー映画はハッピーエンドなので、アリエル(人魚姫)はエリック王子と結ばれる。

他にも違いはたくさんある。

「リトルマーメイド」に登場する魔女アースラは絶対的な悪い魔女ですが、アンデルセン童話の魔女は良い魔女です。人間になりたいという人魚姫の願いを声と引き換えに叶えてくれたり、また、お姉さんたちが妹の人魚姫を助けようとしたときには相談にのってくれる。

 また云うまでもないが、セバスチャンのようなサブキャラはディズニーオリジナル。

 

 童話というのは原作ではかなり残酷な内容が多い。

 人魚姫の別の童話では、ナイフをもった人魚姫が王子の寝室に忍び込もうとして兵士に掴まって火あぶりにされるというストーリーもある。

 白雪姫の原作では、継母ではなく実の母親が三度も白雪姫を殺そうとする。また白雪姫に登場する王子は死体愛好家という変態で、毒りんごで死んだ白雪姫を棺に入れて運ぼうとした。ところが棺があまりにも重かったため運搬の家来が棺の中の白雪姫の背中を小突く。その拍子で毒りんごを吐き出す。白雪姫は王子の優しいキスで生き返ったんじゃないんだよー。ディズニー映画ばかりではなく、たまには原作を読むのも面白いよ。

 

 さてさて余談はこのくらいにして。

童話好きの私としては、MIKAさんにはこれからも童話の世界に取り組んでもらいたいもの。私がMIKAさんにプレゼントした童話「リング物語」を題材に使ったら面白いかも。なにせ、この中で私はMIKAさんと結婚しているからね。私のストリップに抱く無常観が一気に解消されるかもなぁ(笑)。

 

 

平成27年8月                          仙台ロックにて

 

 

 

 

『踊り子になった人魚』 

 

 

 人魚は、岩場に座り、長い黒髪を垂らし、憂いを含んだ悲しい瞳で遠くの海面を眺めていました。

 昨夜も海が荒れ、客船が一艘沈みました。

 人魚には、海に沈んだ人々の想いを察知することができました。それは決して人魚が望んだ能力ではありませんが、自然と人々の悲痛な声が伝わってくるのでした。だから、人魚はいつも物悲しい眼差しをしていました。

 

 客船には一人の有名なピアニストが乗っていました。

 彼は右腕が無く「左手のピアニスト」として有名な方で、世界中の人々に感動の音色を届けていました。

 人魚は客船に積んでいた彼のピアノを弾きました。有名なピアニストが乗り移ったように素敵な音楽が海面を響き渡ります。たくさんの魚たちが人魚の放つ音色に酔いしれました。

 

 客船には一人の有名な宇宙飛行士が乗っていました。

 彼はもうすぐ地球を発ち火星に向かう予定でした。まさに選ばれたエリート。しかし長く飛行訓練をしてきたのに彼の夢は叶いませんでした。

 人魚は風の神様に頼んで、彼の魂を天高く舞い上げました。するとタイミング良く、星の神様が手を伸ばし、彼の魂を宇宙に連れて行きました。彼の想いはひとつの星になったことでしょう。人魚は空を見上げて優しく微笑みました。

 

 その船には有名な方が他にもいましたが、人魚は、ある名もない女の子のことが気になりました。彼女は踊り子です。

 彼女は新天地で、大好きな踊りと自慢の裸体でたくさんの男性を喜ばせてあげることを夢みていました。楽しい音楽と明るい照明の中で、舞い踊りたい・・・

 彼女の強い想いが、人魚の心に伝わりました。

 人魚は美の権化。彼女の気持ちが痛いほど分かりました。

 人魚は、海の中に舞台を作ることにしました。たくさんの海の生き物たちが人魚に協力しました。舞台に向かう道に海藻が緑の林を作り、珊瑚が大理石のステージを、貝類が石段を担当しました。そうして豪華な舞台が出来上がりました。

 

 人魚がステージに現れると、大きな歓声と拍手が沸き起こりました。

 演奏団が凄い。タツノオトシゴたちがラッパを吹きます。サンマたちが笛を吹きます。フグが大きなお腹を膨らませて太鼓を鳴らします。サメがお互いの身体をこすり合わせてバイオリンの音を出します。

 たくさんの生き物たちがステージにかぶりついていました。カニはにこにこしながら大きなはさみでⅤサインを出しています。カニの目は突出してきょろきょろとしていましたが、出目金も負けずに目が飛び出でそうなほどに観ています。ヒラメやカレイは上目づかいで人魚の足元を舐めるように見上げました。

 人魚のあまりの美しさに、エビはエビ反りになりました。タコは人魚の美しさに完全に骨抜きになりました。

 ステージのクライマックスには、くじらが大きな潮を吹きました。

 

 人魚はみんなに見られながら踊るのが、こんなに快感だとは思いませんでした。また、なによりも、観ているみんながこんなに喜んでくれるとは思いませんでした。

 人魚はストリップの魅力にはまりました。機会があったら人間になりストリッパーになることを夢見ました。

 

                                   おしまい  

           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロックの踊り子・星崎琴音さんの、2019年9月結の大阪東洋ショー劇場における公演模様を、演目「君に恋してる」を題材にして、「恋の形」という題名で語ります。

 

 

 

 さっそく、新作「君に恋してる」のステージ内容をおさらいしてみよう。

 盆の上からスタート。

 ライトが点いた瞬間、鮮やかなお花の衣装にびっくり! 上下セパレートの衣装で、上半身はたくさんのお花に彩られた大きなブラ、下半身はスカートで、そのスカート上部にブラと同じお花が飾られる。スカート下部は黄色・ピンク・緑・紫とレインボー色の布になっている。背中には大きな白い羽根がある。花の精をイメージしているのかな。

 頭には、白い真珠玉の入った金のヘアバンドがキラキラ。

 両手首には黄緑のバンドを付ける。

 右足には黄緑の紐をクロス状に巻く。足元は金のハイヒール。

 ピンクに光るハート型のステッキを持って、音楽に合わせて楽しく踊る。

  途中、ハート形のピンクのクッションを四つ持ってきて、三つを観客に渡す。客は琴音さんと同じ動作でクッションを操る。琴音さんが観客と一緒に恋を楽しむ。

 一曲目は、TRUSTRICKの「未来形Answer」。ノリノリの楽しい曲だ。誰が歌っているのか思ったら、松田聖子の娘の神田沙也加だ。

ここで、一旦暗転し、音楽が変わり、着替える。

二曲目は、木村秀彬のインスト曲「さやかの妄想」。

 今度は、黄緑の上下セパレートの衣装。よく見たら、オレンジの布の上に、黄緑の布がふわふわ付いている。黄緑の衣装には中央に金線が入っている。

 すぐに音楽が、名曲「Singin in the Rain」(Cinema Screen Singers)に変わり、大きなふきの葉を傘代わりに持って、裸足で楽しく踊る。

  音楽が変わり、袖で着替える。

 花柄のピンクのロングドレス。肩出しで、肩から吊るしている。銀線が入っている胸元の大きなリボンがワンポイント。スカート部は前上がり後ろ下がり。

 音楽は、ailkoの「恋をしたのは」。

 そのまま、ベッドショーへ。ピンクのパンティを脱いで左手首に巻く。透き通るような色白の素肌と豊かな肉感に魅入らされる♡

 近くに来たので、アクセサリーを目で追う。ガラスのネックレス。左手首に純金のブレスレット。左手小指に純金のリング。指先にはピンクのマニキュア。

 立ち上がり曲は、TWICEの「STAY BY MY SIDE」。一転ノリノリで盛り上げる。

 

演目名は「君に恋してる」。ロマンチックな題名である。テーマは「恋」と教えてもらう。

最初に、お花に包まれた衣装を着て、ハートマークのクッションを持ってきて観客と戯れる。お花もハートも恋のシンボル。

さらに、名曲「雨に唄えば(Singin in the Rain)」に合わせて、大きなふきの葉を傘代わりにして楽しく踊る。恋をしていれば雨だって楽しいと言わんばかり。

さっそく曲名を教えてもらい、ネットで検索していて、ベッド入りで作品全体のメイン曲となる四曲目にailkoが歌う「恋をしたのは」が入る。これがアニメーション映画『映画 聲の形』主題歌と知り、私はすぐにこの映画をレンタルして観た。感動して何度も泣けた。今回の星崎琴音さんの作品は、私にこの映画と出会わせる縁になった。

 映画では、主人公の石田将也が、小学6年生のとき、転校してきた先天性の聴覚障害を持つ少女・西宮硝子を苛める。そのことがきっかけになり、逆に将也はクラス全員からのけ者にされることになる。自己嫌悪に陥った将也はその後、誰とも心を閉ざしてしまう。

 高校三年生になった将也は、自殺しようと決意し、その前に西宮硝子に謝ろうと考える。

そうして再会した将也と硝子はお互いに恋心を抱くようになる。しかし、お互いに想いがうまく伝わらない。特に、硝子は聴覚障害のため、「好き」と訴えたのに、将也には「月」と聞こえるありさまだった。不器用だけどお互い純粋である。

 映画のタイトルは「聲(こえ)の形」だが、私には「こんな愛の形もあるんだな」と思えた。琴音さんも当然、この映画を観ていることだろう。だから、メイン曲にこの主題歌を選んだのだろう。「君に恋してる」というタイトル名は、この二人のことを暗に示しているのだと強く感じられた。

 ステージ前半では、恋の楽しさをめいっぱい演じ、反面、このailkoの曲「恋をしたのは」を入れることにより、恋の難しさみたいなものを表現したかったのではないかと感じられた。人により、「愛の形」はいろいろなんだね。

 

 

2019年9月                           大阪東洋ショーにて

 

 

ストリップ童話『おもいでぽろぽろ -心の中のボクが泣いている- 』  

~京アニ映画「聲の形」を観て~

 

 

 しょうちゃんは足の悪い子だった。赤ん坊の頃に小児麻痺を患って左足が不自由になった。歩けるけど、びっこをひいていた。

 小さいころはよく虐められてもいた。それでも、しょうちゃんが明るい性格なのは、大家族で愛情がたっぷりだったのと、人数は少なくても仲良しの友達がいたからだった。また、しょうちゃの家はお店をやっていたので、近所のお客さんがしょうちゃんのことを可愛いがってくれたのが大きい。

 しょうちゃんは周りの子供たちのように運動クラブに入れなかったので、勉強を頑張った。だから成績は良かった。成績がいいと誰も虐めなくなる。しょうちゃんの趣味は、主にTVアニメと漫画。そして読書で、たくさんの本を読んだ。

 

 中学に入って、しょうちゃんに好きな女の子ができた。それがしょうちゃんの初恋だった。でも、足の悪いしょうちゃんは、自分が相手にされるとは思わなかった。それでも、しょうちゃんは彼女に自分の想いを告げずにいられなかった。抑えられない気持ちを手紙に託した。あえなく初恋は散った。

 しょうちゃんは「自分は足が悪いからふられたんだな」そう思った。

 

 しょうちゃんは一生懸命に勉強した。運動も恋愛もできないのだから彼には勉強しかなかった。お陰で、成績はいつもトップで、志望大学にストレートで合格した。

 しょうちゃんは大学に入り、同じサークルの女の子を好きになった。想いが募り、告白せずにいられなかった。サークルの名簿から電話番号を調べ、直接彼女に電話した。胸が張り裂けるほど高鳴った。結果はまた失恋。彼女から「あなたには私なんかよりもっと相応しい相手がいるわ」という言葉が返ってきたが、しょうちゃんは「自分には君しかいないと思って告白したんだ」と心の中でつぶやいた。

結局、しょうちゃんは「自分は足が悪いから相手にされなかったんだ」そう思った。

 

 しょうちゃんは大学で、ある同い年の男友達ができた。彼とは同郷だったこともあり仲良くなり、偶然住んでいる場所も近かった。彼のアパートは、しょうちゃんの下宿から近く、しょうちゃんは毎日のように彼のアパートに遊びに行く。

大学三年生になった春のある日の夜、いつものように友人のアパートに遊びに行ったら、たまたま彼の妹を含め三人の女の子が来ていた。三人ともとても可愛いらしい。しょうちゃんから数えて三歳年下の高校生仲良しグループで、予備校の春期講習で滞在していた。彼の妹が「みんなで私のお兄ちゃんのアパートに遊びに行こう」とやってきていたのだった。高校生の彼女たちにとって我々大学生は憧れであり興味津々。夜通し話は盛り上がる。ちなみに友人はよく喋るので、無口なしょうちゃんは相づちを打っていればよかった。そんな中、三人の女の子の中でも一番無口な女の子がしょうちゃんとよく目が合った。しょうちゃんは彼女の視線を感じるたびにニコッと微笑み返した。すると彼女は恥ずかしそうに下を向く。そんなことが一晩の中で何度か繰り返された。しょうちゃんはその子をかわいい娘だなと思った。しかし、彼女とどうこうなるとは夢にも思わなかった。

翌日、しょうちゃんがまたその友人のアパートに遊びに行ったら、彼が笑顔で迎えてくれた。そして「昨日来ていた彼女、おまえのことが気に入ったようだよ。会いたいらしいから、明日またアパートに来いや。」と話してくれた。これには驚いた。初めて女性から想われ、しかも相手があんなに可愛い娘だったことにしょうちゃんは有頂天になった。

その翌日、彼女は友人の妹と一緒に再び彼のアパートにやってきた。友人兄妹がしょうちゃんと彼女に気を遣って、席を外して二人っきりにしてくれた。しょうちゃんは情けないことに女性と二人きりで話したことがなかった。お互い無口だったこともあって話は弾まない。ただ、残り少なくなった春期講習期間中に一度だけデートさせてもらうことができた。

二度目のデートはなかった。せっかく相手の方から好意を寄せてくれたのに、恋は実らなかった。しょうちゃんは「やっぱり足の悪いボクとは一緒に歩きたくないんだな」そう思った。

しょうちゃんは、しょんぼりした。「ボクは足が悪いから彼女ができない。もしかしたら一生結婚もできないかもしれない。」しょうちゃんは深く落ち込み、自殺まで頭を過るほどだった。

でも、時間が経つと、失恋の痛みを忘れ、まるで持病の再発のようにまた恋をした。

しょうちゃんはふつうに女好きかもしれないが、遊びで女性と付き合うつもりはなかった。恋愛に対してはいつも真摯だった。結婚したい思うほどに相手を好きになっていた。

残りの大学時代、そして就職してからと、いくつかの失恋を繰り返した。間違いなく、それがしょうちゃんの青春時代だった。失恋ばかりの悲しい青春だった。

しょうちゃんは、いつしか笑いながらこんなことを話すようになった。「ボクは失恋ばかりの青春だった。でも相手に告白しないで終わった恋は一度もなかった。必ず告白し、そして見事に砕け散った。それが自慢かな。」と。

 

26歳になったとき、両親から「今度、田舎に帰ってくるときにお見合いしないか」と相手の写真が送られてきた。両親は足の悪いしょうちゃんのことを心配していた。それで見合い話を一生懸命に探してくれていたのだ。付き合っている相手もいないしょうちゃんは、言われるままにお見合いした。

しょうちゃんは一流の大学を出て、一流の会社に就職していた。だから相手もお見合いにのってくれたのだろう。しょうちゃんも一目で相手が気に入る。両親の段取りが良かったので、あっという間に結婚までの日取りが決まった。長距離恋愛なのでデートすることもままならず、お見合いも含めて10回目のデートが結婚式という感じだった。

しょうちゃんは結婚するにあたって、相手に尋ねた。「ボクは見ての通り、足が悪い。こんなボクでも結婚してくれるの?」すると、彼女は「私は足が悪いことなんて気にならない。」と返答してくれた。しょうちゃんは「この娘を必ず幸せにしてあげなければいけない」と心に誓った。

結婚生活は順調だった。転勤は頻繁にあったものの、会社の社宅制度は完備していたし、転勤のたびに昇進し給料は上がっていき、マイホームも持てた。

子宝三人に恵まれた。しょうちゃんは子供たちにたくさんの童話を読んであげた。そのうち、「これならボクにも童話が作れそう」と思って、日常の家庭生活を元ネタにして、子供たちを主人公にした童話を創り、毎晩布団の中で子供たちに語ってあげた。子供たちには大好評。自分が主人公なのだから興味津々。「お父さんのお話を聞かないと寝ない」「ねぇねぇ、それからどうなるの」と子供たちに毎晩せかされる。毎晩二つずつ寝物語を語ってあげた。しょうちゃんは筆まめだったので、話した童話をワープロでしっかり日記に記し、最後は童話エッセイ集「お父さん、お話して! 」にまとめた。いま読み返しても、楽しい家庭生活だったと思う。

子供たちも、父親の童話を栄養にして立派に成長した。絵に描いたような幸せな生活だった。自分が足の悪い身障者であることなんて忘れるほどに、人並み以上の幸せであった。しょうちゃんは、それで満足しなければいけなかった。

 

ところが、単身赴任がきっかけで人生の歯車が狂い始めた。

ふつうのサラリーマンなら、赴任先でホームシックにかかったりして淋しくなったらスナックやキャバクラなどに通ったりするもの。ところがしょうちゃんの場合、たまたまストリップにはまってしまった。

最初のうちは、ストリップは欲求不満解消のための、風俗のひとつと考えていた。ところが劇場通いしながら、踊り子さんと仲良くなり、一種の疑似恋愛を楽しむようになっていった。

どうして、失恋ばかりのしょうちゃんがこれほど踊り子さんと仲良くなれたのか?

まず言えるのは、踊り子さんも商売だからかな。「また会いに来てね」「会いたかったのよ。また来てくれて嬉しいわ」 耳をくすぐる言葉は全て商売上の決まり文句である。そこはスナックやキャバクラと同じ。しかし、ストリップの場合はキャバクラのように客から金を巻き上げようという感覚はない。だから小遣いの範囲内で楽しめる。ご挨拶でポラを買うくらいで、それ以上の追加支出はない。

また、しょうちゃんもいつの間にか男として成長していた。女性に相手にされずにガツガツしていた昔のイメージはもうなくなり、立派に家庭を構え、仕事もばりばりしている一人前の社会人になっていた。家庭をもっている分だけ、踊り子さんから落ち着いて見えたことも一理あるだろう。

しょうちゃんはいつも嬉しそうに観劇していた。今まで女性に相手にされなかったから、大好きな女性のヌードを心置きなく見れて、しょうちゃんは幸せだった。だからいつもニコニコ笑顔になる。「あなたの笑顔は、私たち踊り子を元気にさせてくれる、とてもステキな笑顔だわ。」とよく褒められた。

一番効果的だったのは手紙だった。一般にストリップというのは単に見るだけのもの。会話はポラを買うときの挨拶程度しかできない。ところが、しょうちゃんは筆まめだったので、手紙で踊り子さんとコミュニケーションができた。ふつうのお客は面倒臭がって手紙なんか書かない。そのため踊り子はしょうちゃんの手紙を喜んだ。

しかも、しょうちゃんは童話創作というひとつの得意技をもっていた。踊り子さんのステージから得られたインスピレーションでファンタジーな童話に仕上げてプレゼントした。これには踊り子も驚き喜んだ。世界でたったひとつの自分のための童話だからね。しょうちゃんも創作の喜びに目覚め、得意満面だった。まさしく、童話を語る相手が、以前の自分の子供たちから踊り子さんに代わっていったのだった。しょうちゃんにとっては踊り子さんは自分の娘みたいなところがある。

いずれにせよ、しょうちゃんは今まで女の子と文通なんてやったことがなかったこともあり、手紙の楽しさにのめりこんだ。なにせ相手が絶世の美女なのだから猶更である。

ストリップというのは、目で楽しむ遊びである。だから、踊り子さんと仲良くなるためには、せっせと劇場通いしてたくさん会いに行くこと、そしてステージでニコニコ笑顔だったり、じっと見つめたりと目のコミュニケーションを図ること、あとはポラを買うことによるポラタイムでの短い会話でのコミュニケーション、とコミュニケーションの手段はこれだけに限られる。しょうちゃんの場合は、その上に手紙によるコミュニケーションを重ねたのだから、誰よりも踊り子さんとたくさんコミュニケーションができた。ポラ代は踊り子さんに手紙を渡す切手代。他のお客以上に、しょうちゃんが踊り子さんと仲良くできたのは当然であった。

しょうちゃんは好きな踊り子に会いたくて劇場に通い、そして手紙等で会話を楽しんだ。まさしくデート感覚だった。昔、好きになった女の子のことを想ったセピア色の情景と恋心が流れた。しょうちゃんにとって、ストリップでの踊り子とのお付き合いはまさに遅ればせながらの青春であった。しょうちゃんは有頂天になってストリップを楽しんだ。

 

ただ、しょうちゃんは家庭を壊すつもりは更々なかった。あくまでストリップは遊びであり、浮気という罪悪感もないし、ましてや本気の恋愛に発展させる気もなかった。踊り子さんの中には「あなたは不思議な人よね。私たちを口説きたくて毎日のように通ってはプレゼントまでしてくれる客はたくさんいる。でも、あなたはせっせと手紙をくれるだけ。変わっているけど、それがステキよ。あなたの手紙、楽しいもの。」と言ってくれた。また中には「あなたを気に入ったから、私の連絡先を教えるわ。食事にでも行きましょうよ。」と誘ってくれる人もいた。しかし、しょうちゃんは誘いには一度ものらなかった。ストリップというものは踊り子と客が適度の距離をもって楽しむものであると割り切っていた。そして単身赴任生活が終わったらストリップ通いも終わらせようと考えていた。

 

単身赴任生活の4年間があっという間に過ぎ去った。

ところが、しょうちゃんは家族の元に帰っても、ストリップ通いがやめられなかった。仲良しの踊り子さんが出演していると会いたくて身体がウズウズする。単にヌードを観たいのでなく、会いたくて会いたくてたまらないのだ。しょうちゃんは疑似恋愛といっているけど、これはもう完全に恋愛の域である。

家族に嘘をついては劇場通いをする。「今日も残業で遅くなる」「土日は休日出勤になる」「今度の休みはゴルフになった」などなど。しかし嘘はいずれバレる。

しょうちゃんは妻を愛していた。浮気をしているつもりもなかった。妻から「ストリップにはもう行かないと約束して」と何度も釘を刺されたが、しょうちゃんは劇場通いをやめられなかった。しょうちゃんがいくら「ストリップは単なる遊びだ」と言い訳しても、彼の妻は許してくれなかった。こうして家庭は崩壊した。

 

しょうちゃんはどうして大切な家庭を壊してしまったのだろう。ストリップなんかで大切な家庭を壊すことなんて絶対に無い!といつも自分に言い聞かせていたのに・・・

妻や子供たちに申し訳ない気分でいっぱいなる。罪悪感がしょうちゃんを責めたてる。最後の妻の言葉がずしりと重かった。「あなたは馬鹿よ。踊り子さんなんて誰もあんたのことは相手にしないのよ。あなたは、身体の自由がきく今のうちはストリップ通いもできるでしょうが、いずれ足の悪いあなたは自由がきかなくなるわ。そうなった時に、わたしと別れたことを後悔するはずよ。さようなら。」その言葉がしょうちゃんの脳裏を反芻する。しょうちゃんは「女房には本当にすまないことをした。幸せにしてあげると誓ったのに約束をやぶってしまった。」と心から思った。子供たちは全員、立派に社会に巣立っていたことがせめてもの救いだった。

しょうちゃんは‘新たな業’を背負ってしまったと痛感した。と同時に、心の奥底に別の‘深い業’が宿っていることに気づいていた。失恋ばかりだった若い頃の自分が泣いているのだった。・・・

そう、しょうちゃんは、青春の残り香をストリップで穴埋めしたかったのだ。しょうちゃんは踊り子さんと疑似恋愛を楽しむことで「ボクだって、ふつうに恋愛ができたんだ」と思いたいのだった。

ストリップは座って観劇する。だから踊り子さんはしょうちゃんが足が悪いことに気付かない。単にしょうちゃんの笑顔と手紙に基づいて、彼のことを判断する。足が悪い身障者としてのコンプレックスを排除して、ある意味、健常者としての自分を好きになってくれるかどうか、それは一種のラブ・ゲームだった。疑似恋愛と言いながら、彼はラブ・ゲームを楽しんでいたのだ。その快感が、心の中で泣いているしょうちゃんの悲しみを癒してくれていたのだ。

 

しょうちゃんは泣いていた。思い出ぽろぽろ流れる涙が、青春の残り香の涙なのか、家庭を壊してしまった悔悛の涙なのか、それは分からない。

 

                                   おしまい

 

 

 

 

今回は、水鳥藍さん(渋谷道劇所属)の新作「ウーマン・リブ」と「Circle of Life」について語りたい。

 

 

 

次に、2,4回目の演目「Circle of Life」について語ろう。

まずは、単独の演目「Circle of Life」の内容について触れる。

最初に、盆の上に、藍さんが倒れ込む。ライオンから人間にされた模様。衣装とヘアバンドに赤い鳥の羽根が散りばめられる。この鮮やかな赤い羽根がライオンのたてがみを象徴しているのだろう。裸足で踊る。

上着を脱いで軽装になる。腰周りに孔雀の羽根が見える。軽装になってからのダンスが素晴らしい。ステップが凄い。ムーンウォークまでさらりとやってしまう。この場面が作品の最高の見せ場になっている。

次に、黒地にカラフルな色彩の布を貼り合せたドレスで登場。オレンジ、ブルー、グリーン、ピンク、イエローと原色が並ぶ。この色とりどりな鮮やかな色彩が「アフリカの大地」を彷彿させる。

この衣装のまま、ベッドショーへ。手の指先にキラキラ輝くマニュキュアが。さらに足の指には真っ赤なマニュキュア。

この演目を観た瞬間に、劇団四季の「ライオン・キング」がイメージさせられた。私自身は「ライオンキング」そのものを観たことはない。演目名「Circle of Life」を教えてもらい、それがディズニー映画「ライオン・キング」の主題歌であることが分かった。いずれにせよ、演じているものはしっかり伝わってきましたよ。

 

更に、中日からの限定versionでストーリーがより明確になった。

中日から、仲良しの小町れのさんがステージの最初と最後に友情出演し、作品のストーリーに深みを加えた。

れのさんは自分の出し物「クール」で仮面を付けて踊っていたが、それをそのまま藍さんの演目に使った。最初の場面、仮面をかぶった魔術師が魔法を使ってライオンを人間に変えてしまう。そして最後の場面で、人間をライオンに戻し自然に帰してやるエンディングを付け加えたのだ。れのさんは大きなライオンのぬいぐるみを持ち出し、マジックの杖を使い演出した。「限定バージョンはノリで始めたオマケなので、お金もかけられないし、チームじゃないのでよろしく観て下さいね。」これはこれで成功している。お蔭で、藍さんの演目の内容がよく理解できたのと、合わせてトップの藍さんと二番手のれのさんの作品が繋がっているように感じられ、二つのステージを合わせたところですごく見応えのあるものになった。こんな演出もあるのかと改めて感心させられた。

 

平成27年8月                            渋谷道劇にて

 

 

 

 

 

 ロックの踊り子・鶴見つばささんについて、新作「ローマの休日」を題材にして「美しさはこれほどまでに人を感動させるものなのか」という題名でレポートします。

 

 

 

さて、早速ステージ内容を紹介しよう。

アン女王に扮したつばささんがベージュのワンピースドレス姿で登場。肩出し、袖なしの形で、胸元から足元まですらりとドレスが流れる。腹部に花柄の刺繍がされており高級感を漂わせる。白い手袋をして、銀のハイヒールを履く。なんと言っても、頭にのせた銀の王冠がアン女王の高貴さを醸し出す。

アン女王はアイスクリームを片手に、街中を楽しもうとしている。

舞台が暗転。

今度はラフな格好に着替える。髪を後ろにアップにして白い花飾りのピンで留める。白いシャツをだふっと着て、動きやすいダークグリーンのロングスカートをはく。首にブルーのスカーフを粋に巻く。

舞台が明るくなり、最初の場面がアイスを食べるシーン。また暗転、次の場面はヘルメットをかぶってバイクに乗っているシーン。また暗転、彫刻の像の口に手を入れるシーンと続く。私はこの時点で今回の演目が映画「ローマの休日」であることを確信した。

アン女王が赤いハートマークを持って楽しそうに踊る。新聞記者ジョーとのデートを楽しみ恋に落ちる。

次に、衣装を全て脱ぎ、一旦全裸になる。

椅子の上に置いていた丸い彫刻像を裏返したら鏡になる。その鏡に向かって着替えを始める。まずは、てかてかしたエナメル生地の白い大きなスカートを履く。上半身は裸のまま。鏡を見ながら髪に銀の王冠を付ける。そして銀のネックレスを付ける。最後に両手に刺繍入りの白く薄い手袋をする。丸い鏡を持ってくるくる回る。

そのままベッドショーへ。長い脚を高く上げたり水平にしたりして次々とポーズを決めていく。銀色のハイヒールの先端が銀と黒の斑模様できらきらと輝く。

切れ長の眼差し。物憂げな表情。「なんてキレイなんだろう」ため息が漏れる。

ベッドでの美しさは圧巻。あの灘ジュンさんの凛とした美しさを彷彿させられた。

 

映画ファンであれば、映画『ローマの休日』でアン王女役のオードリー・ヘップバーンを知らない人はいない。またヘプバーンカットと呼ばれたショートカットが似合う、この美少女を嫌いな男性はこの世にいないだろう。映画史上最高の美少女の一人である。

果たしてこの役をストリップで演じられる人がいるだろうかと問う。既に引退されたロックの花形スターだった灘ジュンさんであれば美しさでオードリに引けを取らなかっただろう。そして今、目の前で鶴見つばささんが見事に演じている。彼女の美しさは観客をただただ黙らせる。私は感動で胸が震えた。「美しさというのはこれほどまでに人に感動を与えるものなんだなぁ」としみじみ痛感させられた。

 

映画『ローマの休日』は1953年製作のアメリカ映画。

ウィリアム・ワイラーが製作・監督。イタリアのローマを表敬訪問した某国の王女が滞在先から飛び出し、一人でローマ市内に出て知り合った新聞記者との切ない24時間の恋を描いている。トレビの泉や真実の口など、永遠の都ローマの名だたる観光スポットを登場させていることでも有名である。

新聞記者をグレゴリー・ペック、王女をオードリー・ヘプバーンが演じている。この時に新人だったオードリー・ヘプバーンは、1953年のアカデミー賞において、アカデミー最優秀主演女優賞を受賞している。

 

改めて映画『ローマの休日』のあらすじを記載しておく。

ヨーロッパきっての、古い歴史と伝統を持つ某国の王女アンは、ヨーロッパ各国を表敬訪問中であった。最後の滞在国であるイタリアのローマで、過密なスケジュール、疲労感と自由のない生活への不満により、ついにアンはヒステリーを起こしてしまう。

その夜、密かに城を抜けだした王女は、直前に打たれていた鎮静剤のせいで、無防備にも路傍のベンチでウトウトし始める。そこに通りかかったのが、アメリカ人新聞記者のジョー・ブラッドレーだった。見かねて介抱するうち、いつの間にか王女はジョーのアパートまでついて来てしまう。眠くて仕方のない王女は、詩を朗読して寝てしまう。

翌日の昼になって、彼女の素性に気づいたジョーは、王女の秘密のローマ体験という大スクープをモノにしようと、職業を偽り、友人のカメラマンであるアーヴィングの助けを得て、どうにか王女を連れ歩くことに成功する。

アンは、市場での散策を楽しむ。まずサンダルを買い、美容院で髪の毛を短くし、スペイン広場でジェラートを食べる。その後ジョーとベスパに二人乗りしてローマ市内を廻り、真実の口を訪れ、サンタンジェロ城前のテヴェレ川でのダンスパーティーに参加する。その様子をアーヴィングが次々とスクープ写真を撮っていくうち、永遠の都・ローマで、自由と休日を活き活きと満喫するアン王女と新聞記者のジョーの男女仲は、次第に近づいていくのであった。

 

今回の演目で登場した場面を少し補足する。(誤解のないように)

まず、アイスとしたが正式にはジェラート (gelato)と言う。これはイタリア語で「凍った」という意味を持つ氷菓。

次にバイクと書いたが正式にはベスパ(イタリア語: Vespa)と言う。イタリアのオートバイ・メーカー、ピアッジオが製造販売するスクーターの製品名。イタリア語でスズメバチを意味する。

また彫刻の口と書いたが、これはローマにある有名な石の彫刻「真実の口」のこと。ローマのサンタ・マリア・イン・コスメディン教会の外壁、教会の正面柱廊の奥に飾られている。元々は下水溝のマンホールの蓋であったらしい。海神トリトーネの顔が刻まれている。手を口に入れると、偽りの心がある者は、手を抜く時にその手首を切り落とされる、手を噛み切られる、あるいは手が抜けなくなるという伝説がある。映画では、新聞記者のジョーがアン王女を驚かそうとして、伝説に基づき悪ふざけで「真実の口」に手を入れて、抜けないという演技をした。このときうぶな王女はそれを真に受け、恐怖のあまり叫び声を上げ、あげくに泣き出してしまった。ここでのペックの演技は撮影時に全く台本にないオードリを驚かせるアドリブであったと言われる。

 

オードリは私にとっても憧れの女性である。

オードリー・ヘプバーン (オードリー・ヘップバーンとも表記される)(1929年5月4日生―1993年1月20日満63歳で没)は、イギリス人でアメリカ合衆国の女優。ハリウッド黄金時代に活躍した女優で、映画界ならびにファッション界でのアイコンとして知られる。米国映画協会の「最も偉大な女優50選」の第三位にランクインし、インターナショナル・ベスト・ドレッサーにも殿堂入りしている。

オードリと云えば、彼女の人気を不動にした映画『ローマの休日』で見せたアン王女役の愛らしい笑顔の印象が強い。1953年に『ローマの休日』でアカデミー主演女優賞を獲得。その後も『麗しのサブリナ』『尼僧物語』『ティファニーで朝食を』『シャレード』『マイ・フェア・レディ』など数々の人気作、話題作に出演。アカデミー賞、エミー賞、グラミー賞、トニー賞の受賞経験を持つ数少ない人物の一人。

しかし、オードリの最大の魅力はその生きざまにある。彼女は少女時代に第二次世界大戦下のオランダにいた。身内がナチス・ドイツに殺され、彼女自身もひどい栄養失調になる。戦争が終わり、ユニセフ(国際連合児童基金)が救援物資を届けてくれたことを生涯忘れなかった。後に「アンネの日記」のアンネ・フランクと同い年であったことを知り、ひどく心を痛めた。そのため「アンネの日記」の主役を求められたときに断っている。後半生はユニセフ親善大使になって、アフリカ、南米、アジアの恵まれない人々の救援活動に献身した。身体を酷使したことも重なり癌になり63歳の早すぎる生涯を終える。オードリは1954年からユニセフへの貢献を始めており、亡くなる直前の1992年の終わりには、ユニセフ親善大使としての活動に対してアメリカ合衆国における文民への最高勲章である大統領自由勲章を授与されている。

 

 オードリの美しさを、そして彼女の生きざまを感じさせてくれた鶴見つばささんに心から感謝したい。

 

 

平成29年9月                       ライブシアター栗橋にて

 

 

 

 

 

【付録】私の好きなオードリー・ヘップバーンの名言を紹介しよう。

 

魅力的な唇のためには、優しい言葉を紡ぐこと。

 愛らしい瞳のためには、人々の素晴らしさを見つけること。

 

  → 私が踊り子さんをレポートするときの基本スタンスそのものなのに驚いた。

    いかに、その踊り子さんの素晴らしさを見つけるか。

そして、いかに、それを優しい言葉で表現するかをいつも心がけている。

 

・美しい身のこなしのためには、決して一人で歩くことがないと知ること。

 

・わたしとって最高の勝利は、ありのままで生きられるようになったこと。

 自分と他人の欠点を受け入れることができるようになったことです。

 

・いばる男の人って、要するにまだ 一流でないってことなのよ。

 

・どんな日であれ、その日をとことん楽しむこと。

 ありのままの一日。ありのままの人々。

 過去は、現在に感謝すべきだということを私に教えてくれたような気がします。

 未来を心配ばかりしていたら、現在を思うさま楽しむゆとりが奪われてしまうわ。

 

・いわゆる天賦の才に恵まれていると思ったことはないわ。

 仕事を心から愛して最善を尽くしただけよ。

 

・わたしを笑わせてくれる人を わたしは大事にしますわ。

 正直なところ、私は笑うことがなによりも好きなんだと思う。

 悩ましいことが沢山あっても 笑うことで救われる。

 それって人間とって、一番大事なことじゃないかしら。

 

  → ストリップがあるお蔭で、私はいつもにこにこ笑顔でいられる。

 

・愛は行動なのよ。

 言葉だけではだめなのよ。

 言葉だけですんだことなんて一度だってなかったわ。

 私たちには生まれたときから愛する力が備わっている。

 それでも筋肉と同じで、その力は鍛えないと衰えていってしまうの・・・

 

  → ストリップがあるお蔭で、私は愛する力は衰えない。そう断言できる。

 

・なんとしても避けたかったのは、人生を振り返ったとき映画しかないという事態です。

 

  → 人生を振り返ったとき、私には仕事と家庭と、

そしてストリップがあったと思うことだろう。

 

・母から一つの人生観を与えられました。

 他者を優先しないのは、恥ずべきことでした。

 自制心を保てないのも、恥ずべきことでした。

 

・年をとると、人は自分に二つの手があることに気づきます。

 ひとつは自分を助ける手。

 そして、もうひとつは他人を助ける手。

 

・なにより大事なのは、人生を楽しむこと。幸せを感ずること。それだけです。

 

・幸福のこんな定義を聞いたことがあります。

 「幸福とは健康と物忘れの早さである」ですって!

 わたしが思いつきたかったわ。だって、それは真実だもの。