今回は、道劇所属の踊り子・水鳥藍さんについて、H29年7月結の渋谷道劇の公演模様を、演目「雨に唄えば」を題材に話します。

 

 

 

今回のレポートは、新作『雨に唄えば (Singin' in the Rain)』を中心に述べる。本作は先週のシアター上野で初出しされている。

内容は次の通り。

最初に、キラキラ生地のブルーのレインコートを着て登場。頭からフードをかぶり、だふっと着ている。赤い長靴を履いて、名曲「Singin' in the Rain」の音楽にのって楽しく踊る。

次の衣装が驚くべき斬新さを放つ。ビニールのレインコートに、肩にある青から始まって胸元の赤、そして青・ピンク・黄色と色彩豊かな大きめの水玉が張り付けられている。頭にはブルーの帽子にピンク・黄色・赤の水玉が付いている。なんともカラフルな衣装である。驚いたのは、盆前に座っている私のところに来て、そのビニールのレインコートからお腹のピンクの水玉を取って渡されたこと。胸元の赤と合わせて二か所の玉が外れるようにしてある。

雨傘を振り回す。傘の持ち手はブルーで、レインボー色彩豊かな図柄がたくさん。

最後に、ドレスに着替えてベッドへ。上着はジーンズ柄に胸元を白いリボンで飾る。スカート部は白に黒い水玉模様。頭にかわいい白いリボンを付ける。

近くでヌードを眺める。手のマニュキュアが銀色にきらめく。

 

この作品は奥が深い。

藍さんから長い解説を頂いた。「梅雨の時期だから雨が少しでも楽しくなるよーな好きな衣装と曲で作ったんだけど、全然雨降らなくて(笑)」 藍さんは自分のことを雨女と言っているが、今年は雨が少なくて残念だったね。 

衣装に相当凝っている。「3年前に考えたデザインのビニールワンピース! やっとお披露目できてうれしー! 特別オーダーで諭吉が8人飛んで行ったよ。」「衣装、小道具の総額で諭吉が14人ぐらい飛んでいったけど・・・どれも気に入ってるからまぁいいか(笑)」 衣装にお金をかけても・・という人もいるが、やはり踊り子のステージへの思い入れは衣装に確実に反映する。衣装への入れ込み具合からもこの作品への強い思い入れが伝わってくる。

この映画音楽は名曲中の名曲。その使い方が凄い。「5曲中4曲が『Singin' in the Rain』とゆー曲でアーティストは別!! 3曲目がSingin' in the RainとUmbrellaのマッシュアップ(2曲をmixすること) 4曲目がDaniel PowterのBad dayだよー。」

 

私は藍さんの解説を基に、すぐさま映画『雨に唄えば (Singin' in the Rain)』をネットで検索してみた。調べれば調べるほどに、この映画の魅力に惹き込まれた。

以下、ネット検索による。主にWikipediaなど参照

『雨に唄えば』(原題:Singin' in the Rain)は、アメリカのポピュラーソングおよびそれを主題歌にした1952年公開のミュージカル映画。

『トップ・ハット』『バンド・ワゴン』『巴里のアメリカ人』などと並ぶミュージカル映画の傑作として知られる。サイレント映画からトーキー映画に移る時代を描いたコメディあふれるバックステージ(舞台裏)・ミュージカル。ハリウッドを代表する名作のひとつであり、今なお、色あせることなく輝きを放っている。特にジーン・ケリーが土砂降りの雨の中で、主題歌を歌いながらタップダンスを踊る場面は、映画史に残る名シーンとされる。アメリカ映画協会(AFI)が発表したミュージカル映画ベストの第1位、アメリカ映画主題歌ベスト100の第3位、アメリカ映画ベスト100の第10位、情熱的な映画ベスト100の第16位に選出された。

 

久しぶりに、昔のアメリカの映画っていいなぁ~と思わせられた。

この映画の監督はジーン・ケリーとスタンリー・ドーネンとあり、しかもそのジーン・ケリーは主演を演じるのだから凄い。

数ある映画音楽の中でも最高峰と言われる『雨に唄えば (Singin' in the Rain)』をジーン・ケリーが直接歌っている。曲は勿論、雨に打たれながら軽やかに、流れるようなダンスも素晴らしい。雨と傘とタップダンスを見事に融合させた名場面には恐れ入った。しかも、雨でもhappyになれるジーン・ケリーの笑顔は本当に素敵。動きも何もかもカッコイイ! ジーン・ケリーはまさにダンス、歌、演技力を兼ね備えたスーパースターである。

ネットで検索していて、この映画はその後のミュージカルにたくさん採用されていることを知る。その中で、アダム・クーパーのミュージカル『雨に唄えば』に出会った。彼の演技、どしゃぶりの雨の中を水しぶきをあげながら踊るシーンは最高。ジーン・ケリーのタップダンスに対して、アダム・クーパーはバレエを基調としているところが違った味わいがある。水しぶきの上げ方はアダム・クーパーが上手いね。

 

久しぶりにミュージカルに心が高ぶった。

私は雨が苦手なのだが、その雨でこれだけHappyな気分になれるなんて。ほんと映画って凄いや。

いやぁ~藍さんはいつも新しい知識と感動を与えてくれるね。今回、これだけの名場面を与えてくれた藍さんに心から感謝する。

 

 

 

平成29年7月27日                         渋谷道劇にて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【参考】ネット検索による。主にWikipediaなど参照

 

■映画『雨に唄えば (Singin' in the Rain)』のあらすじ

 

サイレント映画全盛の時代、俳優ドン(ジーン・ケリー)と大女優リナ・ラモント(ジーン・ヘイゲン)はドル箱の映画スターであり、大スター同士のカップルともてはやされていた。しかし実際は、リナが一方的にドンに惚れているだけであった。そんな中、ドンは駆け出しの女優キャシー(デビー・レイノルズ)と恋仲になってしまう。

やがて世界初のトーキー「ジャズ・シンガー」が大成功をおさめたことにより、ハリウッドにトーキーの波が押し寄せる。

そこで彼らの映画会社では、当時作りかけだったドン&リナのサイレント映画を無理矢理トーキーにすることに決定。しかしながら、トーキーのノウハウを知らなかったことに加え、一番の問題はリナが致命的な悪声の持ち主であったために映画の試写会は散散な結果に終わる。そんな映画を公開したら俳優人生が崩壊してしまうと危機を感じたドンとその親友コズモ(ドナルド・オコナー)、キャシーの三人は映画をミュージカルに作り替えることを思い立つ。あとはリナの声をどうするのかが問題だったが、コズモのアイデアでキャシーがセリフも歌も全て吹き替えることになる。こうして撮り直しは順調に進むが、吹替を知ったリナは、怒りと嫉妬から契約を盾にキャシーを自分の吹替専門担当にして表に出られないようにしてしまう。

映画の完成披露試写会が開かれ、ドンとリナの歌声は観客から喝采を受ける。すると調子に乗ったリナが自らの声でスピーチをしてしまう。声が違うことを怪しんだ観客から、リナが生で歌うように迫られると、ドンと映画会社社長はリナを罠にはめることを思いつく。まず、リナの背後でカーテンに隠れてキャシーが代わりに歌い、リナには歌っているフリをさせる。そしてキャシーの歌声で「雨に唄えば」が披露されると、ドンたちはカーテンを開き、キャシーが吹き替えていることを観客に見せてしまう。こうしてキャシーはスターの座を手に入れ、ドンとキャシーは結ばれる。

 

 

■アダム・クーパーのミュージカル

 

誰もが口ずさむメロディー〜SINGIN’ IN THE RAIN〜♪。

ジーン・ケリーが雨の中で歌い、踊るあの名作ミュージカル映画 『雨に唄えば』はどれほど多くの人を魅了してきたでしょうか?

 『雨に唄えば』はハリウッド映画がサイレントからトーキーへと進化変貌する時代を描き、ブロードウェイを目指す作家と俳優のサクセス・ストーリーと映画制作の舞台裏をコメディタッチで描いたミュージカルです。

ストーリーの面白さもさることながら、ドン役を演じたジーン・ケリーのダンスシーンが圧巻でした。ミュージカル映画として誕生した『雨に唄えば』は、その後、世界中で繰り返しミュージカル舞台として製作され、長きに渡り愛され続けてきました。

そして、2012年ロンドンのウエスト・エンドで決定版と言っても過言ではない『雨に唄えば』が誕生しました。

 「レ・ミゼラブル」や「オペラ座の怪人」、「キャッツ」といった傑作ミュージカルを生んだ土壌を持つロンドンから、「世界中のすべての人をハッピーに」をモットーに21世紀に誕生したこの決定版、2014年秋の日本版にはウエストエンドオリジナルキャストのアダム・クーパーが特別出演。すべての観客を魅了し、劇場中をハッピーにしました。

そして、2017年春、アンコールの声に応えて、ふたたび日本公演が実現します!しかも、アダム・クーパーはじめメインキャストはイギリスオリジナルキャストという贅沢なプロダクション!!彼らがこの日本公演のためだけにふたたび集結!ロンドン、パレスシアターでの公演が再現され、まさに日本でしか観ることのできない、とっても贅沢な 『雨に唄えば』が誕生します!

 

アダム・クーパーがマシュー・ボーンの『スワン・レイク』(映画では「リトル・ダンサー」)で一大旋風を巻き起こして10年。スーパー・ダンサーは、ミュージカル・スターとして2012年2月から『雨に唄えば』のロングラン公演に挑みました。ロンドンの名門劇場・パレスシアターにて連日満員の盛況ぶりを見せ、英国各紙5つ星を獲得の大評判、最も成功した転身ぶりを魅せてくれました。

 華麗なダンスに歌を伴って演じた『雨に唄えば』は、作品誕生から50年、ジーン・ケリー演じた初代を超えるドン役が誕生した、といっても過言ではないでしょう。

 

今、生の舞台であの迫力の『雨に唄えば』を体現出来る時代の証言者はアダムにほかなりません。彼の圧倒的な魅力と華麗なステップの数々は、実際に私たち自らの目で見ることによって、その素晴らしさを実感出来るのです。

 

雨の降る舞台上で、あの名曲『SINGIN’ IN THE RAIN〜♪』がアダムの歌と踊りで繰り広げられるところをぜひ想像してみてください。幸せいっぱいの気持ちになれるはずです。そこにはどれほどの雨が降ることでしょうか。

 愛と勇気、涙と笑い。エンターテインメントに必要な全ての宝がぎっしりちりばめられた珠玉のショーの開幕です。駅から劇場まで雨に濡れずに来た人も、帰りにはきっと雨に打たれたくなること間違いありません。

 

 

 栗橋の踊り子・黒井ひとみさんについて、H29年11月結のライブシアター栗橋での5周年の公演模様を、周年作「上海バンスキング」を題材にレポートします。

 

 

 

周年作「上海バンスキング」を観たまま感じたままを紹介する。(まずは、演目名も知らずに観劇した状態で、私の感性に従って書いてみる。)

最初に、チャイナドレス姿の女性が登場。昭和初期のクラブかキャバレーをイメージ。

チャイナドレスの定型で丸い襟元に袖なし、緑色を基調にして金の刺繍が散りばめられた豪華な衣装である。特徴的なのがスカートの裾部のみ透け透けの生地になっている点。

頭には、長いロングのウイッグをかぶり、左側頭部に黒・赤・青の羽根飾りを付ける。

赤い大きな羽扇子を振り回し、銀のハイヒールを履いて華麗に舞い踊る。

インスト曲に変わり、チャイナドレスを脱ぐ。下にはコルセット状の赤い衣装が現れる。胸元に銀の刺繍が入った華やかな衣装である。

楽しく踊っていたところ、突然、銃撃の音。逃げ惑う観衆。ピストルの単発が次第にマシンガンの連射へと激しくなり、最後は飛行機の音が聞こえ建物ごと爆破される。

場面は変わり、波止場の風景。

カーキ色の軍人服を肩に羽織って、女性が登場。金色の煙管をくわえている。吸っているのは煙草か、それとも阿片か。きっと軍人相手の娼婦になったのだろう。

そのまま、盆の上でオナニーショーを始める。

軍服と絡みだしたので、このまま軍人とハッピーエンドになるのかと思い気や、途中から、女性の表情が険しくなる。

軍人に捨てられたのか、軍人と死に別れたのか、はては阿片で身体がボロボロになったのか、その辺の事情は分からないが、軍人との関係は続かず破局を迎える。

最後に、明るい曲に変わる。女性が白く明るいキラキラした布を身体にくるりと巻いただけの姿で登場。布は左肩のところに結ばれて、足元まで流れる。白い羽扇子をもって裸足で優雅に踊る。そこは天国なのか。彼女は死んで天国で舞っているのだろう。

 

 ここまで書いた後に、演目名になっている元ネタの「上海バンスキング」というミュージカルを調べ、また、ひとみさんから解説を加えてもらった。私の最初の印象がどう変わっていったかを述べていきたい。

ミュージカル「上海バンスキング」は、斎藤憐の戯曲。1936年(昭和初期)の上海を舞台にジャズのバンドマンとダンサーの物語を描いた音楽劇で、オンシアター自由劇場により1979年に初演された。これまでに複数回、舞台化や映画化がされている。バンスというのはギャラの前借りのことである。

次のようなあらすじ。

日中戦争が開戦する1年前の1936年の初夏、クラリネット奏者である波多野は、妻であるまどか(マドンナ)と上海にやって来る。軍国主義が広まりつつある日本を離れ、ジャズを自由に演奏できる上海に行くために、波多野は妻をパリに連れて行くとだましたのである。

2人を迎えたトランペット奏者の松本(バクマツ)はギャンブルが好きで、つねにクラブ「セントルイス」のオーナーのラリーから前借り(バンス)をしている。やがて松本はラリーの愛人であるリリーと恋に落ちる。松本に怒りを表すラリーを仲裁するまどかと波多野も、彼らとともにクラブのショーに出演することになる。

松本とリリーが結婚して間もなく日中戦争が始まり、日本の軍隊が上海にも侵略の手を伸ばすことで、上海からは自由もジャズも消えていく。やがて戦争が終わり、再び自由が戻って来た時には、波多野は阿片中毒で廃人となり、戦争に駆り出された松本は戻って来る途中で死んでしまう。

 

実際のミュージカルでは、以上のストーリーになる。ここまでの知識をもって再度ひとみさんのステージを拝見すると、改めて彼女の迫真の演技に胸を詰まらせる。

今回の演目では、音楽は全部サントラからとっている。ちなみに、劇中に使われる楽曲としては「ウエルカム上海」が唯一のオリジナルで、他は映画などのスタンダードナンバーが数多く使われている。

なお、最後の部分が原作と違うので質問してみた。ひとみさんの演目では少し変えているのが分かった。「ストーリーは元ネタのミュージカルをちょっとひねっていて、上海のキャバレーの女の人が戦争で恋人を失い、哀しみから阿片中毒になって幻覚をみながら死んでしまう・・・(レイプ) 最後は天国で幸せになる・・です。」

ひとみさんは、ジャズのバンドマンとダンサーが戦争という時代に翻弄される姿にやるせないものを感じて、どうしても最後は天国で幸せになってほしいという思いを込めたようだ。「私なりの反戦ものです。」

彼女の表現者(アーティスト)としての真骨頂を見た思いがする。素敵な作品と出会わせてくれたことを心から感謝したい。

 

 

平成29年11月                        ライブシアター栗橋にて

 

 

 

 

 

今回は、H29年4月頭のライブシアター栗橋での、演目「マッチ売りの少女」を通じて、黒井ひとみさんの復帰週の模様を語ります。

 

 

さっそく、復帰作「マッチ売りの少女」を紹介する。

ひとみさんが茶色い地味なマントを着て登場。ちあきなおみの曲「マッチ売りの少女」が流れる。この曲を見つけて使用できたことでこの演目は成功している。いやいや暗い曲風。そして場内も照明が落ちて薄暗くなる。

ひとみさんが「マッチを一本買って下さい」と縋るような声で叫ぶ。観客二人にマッチ箱を配る。

ひとみさんが舞台の上に貼られているポスターをマッチの炎で翳(かざ)す。ポスターの写真が炎に揺れる。

それから、ひとみさんは盆の上に来て、長いマッチ棒を一本取り出して火をつける。それをかぶりにいる一人の客に渡し、その前でスカートをめくり上げる。客は彼女の股間をじっくり眺める。妖しく炎が揺れ、あっという間の短い時間が経過する。エロスの瞬間である。まさにマッチはエロスとマッチする。(親父ジャグ↓)

照明が完全に落ちて場内が暗くなる。

「こうして私はマッチ売りの少女から娼婦へ・・・(長いインターバルがあった後)ならなかった。もっと素敵なことを思いついて・・・私はストリッパーになった。」というナレーションが入る。

 突然、舞台が明るくなる。まさに暗から明への展開。暗いマッチ売りの少女時代から、華やかで煌びやかなストリッパーの世界へ転身。ひとみさんが明るく演ずる。明るい曲が続く。クリステーナ・アギレラ「バーレスク」⇒シアラ「Body Party」⇒椎名林檎「錯乱」。

 

平成29年4月                        ライブシアター栗橋にて

 

 

 

 

                               H29.4

『踊り子になったマッチ売りの少女』 

~黒井ひとみさん(若松所属)の復帰を記念して~

 

 

  ある呑んべえ横丁に「マッチ売りの少女」と呼ばれている女の子がいた。

彼女の名前はひとみ。ひとみはまだ幼くて、とてもかわいい顔をしていた。

「マッチを一本買って下さい」

ひとみは甘え声でそう言って、呑んべえ横丁でお酒を飲んでいる客に声をかけて歩いた。彼女に500円を払うと、店の奥にある「ピンクの個室」で、マッチが一本燃え尽きる短い間だけ彼女の性器を見ることができた。彼女の性器はまだ毛も生えていなく、とてもきれいなパイパンだった。人によっては、性器でなく、おっぱいやお尻を見たがる人もいた。ひとみは嫌がらずにどこでも見せた。

 吞んべえ横丁の人々は彼女のことを可愛がった。ひとみには身寄りがなかったので、呑んべえ横丁の人たちがみんなで世話をしていた。店によっては客集めのため彼女専用の「ピンクの個室」を設けているところもあったが、たいがいは店の奥の隅っこやトイレを借りて‘マッチ一本、ワンコインの遊び’は行われていた。

 

 暗がりの中でマッチを擦る

 マッチ特有のにおいがする

 ぶわっと炎がつき明るくなる

 少女の穢れないパイパンが見える

 この世で最もかわいいもの(男にはそう思える)

 男の表情(かお)はほころびる

 あぁ~この一瞬よ 永遠であれ!

 しかし線香花火のようにマッチは儚く消える

 つんとくる火薬の残り香

                    

 ひとみには不思議なところがあった。小さい頃からエロスに興味があった。しかし、それは性行為とか売春とかではなかった。だから、マッチの遊びはただ見せるだけで、それ以上のことはいくらお金を積まれても拒んだ。

 ひとみは自分の性器を見せて、男の人が喜んでいる顔を見るのが好きだった。そんな男の人の表情がとてもかわいく思えた。「本当のエロスって何かしら?」ひとみは小さい頃から、そんなことを考える変な女の子だった。

 マッチの炎が、エロスの炎に見えた。マッチの灯りで、自分の性器を眺める男の人の瞳の中にエロスの炎が見えた。ひとみは自分の性器を見詰められただけで、まるで舌でちろちろ舐められているように気持ちがよくなり身体の奥からじゅわっと濡れてくるのが分かった。こうして、ひとみはマッチを売りながらエロスを売っているのでした。

 

「本当のエロスって何かしら?」

 ひとみがそんなことを考えるようになった事情を話しておかねばなりませんね。

 彼女は、見詰めるマッチの炎の中に、お父さんとお母さんが浮かぶのでした。

 実は、ひとみには仲の良い両親がいました。まだ、ひとみが物心つかない幼い頃の思い出です。

 夜中にふと目が覚めると、隣の部屋から灯りが漏れていて、お父さんとお母さんがいるのが分かりました。彼女は襖の隙間からこっそりと二人の様子を眺めました。

 ろうそくの灯りが見えます。全裸の二人はろうそくの火を使って遊んでいました。お母さんの顔が時に歪んで見えましたが、仲のいい二人のこと、お父さんがお母さんを虐めているようには見えませんでした。とても楽しそうに思えました。その記憶が、ひとみの深層心理に、ろうそくの炎の中に両親の思い出を作りました。

 ある日のこと、ろうそくの火のせいか、家が火事になり燃えてしまいました。その事故で両親は亡くなり、ひとみだけが助かりました。それからは近所の人達みんなが一人ぼっちになったひとみのお世話をすることになりました。

 いつしか、ひとみはマッチの火をじっと見つめるようになりました。マッチの火を見ていると心が安らぐのでした。炎の中に優しかった両親の面影が見えるのかもしれません。

 

 そんな彼女がストリップと出会った。

 ある日、呑んべえ横丁の客がひとみを劇場に連れて行ったのだった。彼はストリップ劇場通いの常連で、彼女の性癖はストリッパー向きとピンときた。案の定、ひとみの瞳は輝いた。「私が求めているものはここにあるわ。本当のエロスを見つけたい。」彼女はすぐに劇場の扉を叩いた。ひとみはまだ未成年だったが、劇場経営者は若くて可愛い彼女を一目で気に入った。

 さっそく踊りの基礎を教え、二か月間の研修を経て、デビューすることになった。

 

 舞台の上から客席を見ると、観客の頭がまるでマッチ棒の芯のように見えた。

 彼女は嬉しくなって彼らの頭を撫で擦った。客は踊り子に触られるのを喜んだ。

 マッチというのは先端の芯の部分にはガラス粉(塩素酸カリウム)と燃えやすい薬品(硫黄)が塗られている。箱の側面(摩擦面)には赤燐が使われている。その二つを擦ると摩擦熱で発火する仕組み。

 その点、観客の頭にはエロスの炎が湯気を立てている。頭が禿げ上がっている方が男性ホルモンの効用からか油がのっている感じで発火しやすいよう。

 彼女はオープンショーで、観客の鼻先に性器を近づけ腰を激しく振ります。今では立派に陰毛が生えているせいか、まるでやすりのような摩擦熱を放ちます。直接の接触は無くてもエアのままで客が立てる湯気に発火しました。客の頭が激しくエロスの炎を立ち昇らせます。盆周りのかぶり席のお客から発火したエロスの炎はみるみるうちに後部座席まで燃え移り、場内がエロスの炎に包まれました。圧巻の眺めです。ひとみは劇場が燃え出す様に、ろうそくで家が燃え上がった様を重ねて異常な興奮を覚えていました。ふつうならば両親を奪った火事なので逆の反応をするところでしょうが、彼女の場合は炎の中に優しかった両親の面影を見出しているのでしょう。彼女の求めていた光景はまさにこれでした。

「ここに本当のエロスがある」とひとみは思いました。エロスとは、男と女がお互いの魅力を感じ合い燃え上がる愛の営み。そこには必ずしもSEXは伴わない。いや、むしろ身体を触れ合わないSEXというものがあるのかもしれない。

 その瞬間、ひとみの身体の奥からじゅわっとしたものが吹き出ました。彼女の性器は激しく潮を噴き上げました。まるでエロスの炎を消火する放水ポンプのようです。しかし、エロスの炎は消えずにますます燃え上がります。というか、火と水が仲良く共存している不思議な空間がそこにあるのです。

 観客はひとみの潮を浴びて、メガネも顔も濡れ、ワイシャツがびしょ濡れ状態。しかし、お客の顔は最高に幸せという表情を浮かべていました。それはまさしく彼女の愛を浴び一体となっている恍惚感なのでした。

 燃え盛るエロスの炎と降り注ぐ愛の滴(したた)り、そこにはエロスの極致がありました。

 こうして、マッチ売りの少女は、エロス売りの踊り子として一世を風靡しました。

 

 その後、マッチ売りの少女が踊り子の先に何を求めるか興味があるでしょうね。ひとみの関心はマッチの火からろうそくの火に展開していきます。次なる話を期待して下さい。

 

                                    おしまい    

 

 

 

 

 

 

 

今回は、京都DX東寺所属の踊り子・葵マコさんについて、H29年7月結の渋谷道劇の周年週模様を、9周年作「アルプスの少女ハイジ」を題材に話します。

 

 

 

さっそく9周年作『アルプスの少女ハイジ』の内容をご紹介する。

最初に、あの有名なアニメのオープニング曲「おしえて」に乗って、しかもアニメのオープニング場面と合わせてブランコに乗って現れる。この登場の仕方に驚く。

衣装もアニメに合わせている。赤いリボンを巻き付けた麦わら帽子。黄色い袖の、赤いワンピースを着る。胸元にはクロス紐。銀のベルトを腰に巻く。裸足で踊る。

定番のコスプレ衣装から着替える。今度は白いワンピース。丈が短く白いズロースが見える。相変わらず裸足。ちなみに、ハイジのアルプスでの生活はいつも裸足。靴は履きません。山靴が一足あるのですが、それは冬しか使いません。岩場のある山の上の牧場(まきば)に行くときでも裸足。

二曲目が面白い。neco眠るというバンドの曲「猫がニャ~て、犬がワンッ!」。neco眠るは、元々は歌のないインストバンドだが、そのバンドに二階堂和美が参加してボーカルを務めたのがこの「猫がニャ~て、犬がワンッ!」。二階堂和美が歌うと変に説得力がある。(ちなみに彼女はジブリに見いだされ、映画「かぐや姫の物語」の主題歌「いのちの記憶」を歌っている。)

猫みたいな顔をした犬が吠える

愛の歌は歌わない 歌わなくても届くから

猫がニャ~て鳴くように 犬がワンッて吠えるように

わたしはわたしの鳴き声を持って 会いに行こう

この歌詞は、私にはひとつの哲学のように響く。まるでハイジの生き方だね。都会の生活に馴染めず、アルプスの大自然を生きる場とするハイジらしい生き方と思える。

また、その後のインスト選曲が渋いね。二曲とも京都の音楽グループで、京都に詳しいマコさんらしい選曲だね。ひとつはA-uxというグループのアルバム「Sound of KYOTO~すきま~」の中から曲「テクノ・ヨーデル」。もうひとつは未だ多くの謎に包まれる京都発のドローン・サイケデリア・ユニットSupersize me(スーパーサイズミー)というバンドの曲「Ophelia」。

ベッドへ移行。雄ヤギの模型を連れてくる。首に赤い鈴が付いている。アニメ「アルプスの少女ハイジ」に登場する「ユキちゃん」か。

マコさんがヤギの頭や身体を優しく撫で、両手で耳を掴み水平にパタパタさせ、そしてピンと上向きの尻尾をむんずと掴んでしこしこする。興奮してきたマコさんがヤギにキスをする。そして盆の上で裸になり、自分のおっぱいをヤギに舐めさせる。マコさんは気持ちのいい顔をします。次に、お尻を舐めさせます。マコさんはうっとりした顔をします。次に、あそこを舐めさせます。マコさんは悶えます。このシーンが強く印象に残る。創作童話に使っちゃえっ!

最後に、ブランコを使って空中芸を披露。このエアリアル、なかなかの腕前である。ふつうの人だと一旦くるくる回ったら止められないもんね。相当練習したんだろうな。逆さまになって開脚ポーズを決める。すごく様になっている。ちなみに、このブランコも吊り金具がハンガー状になっており苦労して手に入れたものらしい。

ラストの曲は、ハイジサントラからと、交響詩アルプスとハイジ(編集した)の二つ。選曲にもマコさんの汗の結晶を感じる。

この作品、マコさんの可愛さが前面に出ているが、相当苦労した産物であると感ずる。

 

 

私はこのレポートを執筆するにあたり、ネット検索でアニメ全52話のあらすじを斜め読みした。改めて本作は名作中の名作アニメだと感じた。極めて児童文学的な要素が強く、子供向けの教訓が散りばめられている。自然の厳しさと美しさ、人や動植物への思いやり、本当の優しさ、失敗と成功、努力することの大切さ、など生きる上で大切なことを分かりやすく教えてくれる。大人も観るに値するアニメである。

1974年(1月6日〜12月29日)に放送されており、私は中高生だったのでリアルタイムには観ていないが、これをリアルタイムで見ていた女の子は成長過程で大きな影響を受けたに違いないなと思うし、このアニメに出会えて本当に幸せだと羨ましく思える。

この作品を監督として制作した高畑勲は高い評価を受け、その後、児童文学を原作とする「名作アニメ」をシリーズで制作し「フランダースの犬」「母をたずねて三千里」「赤毛のアン」「あらいぐまラスカル」も手掛けることになる。

 

アニメ「アルプスの少女ハイジ」について色々調べたので紹介しておく。

このアニメは、スイスの作家ヨハンナ・スピリの小説『ハイジ』を原作としている。1880年にまず1~14章が出版されて話題となり、翌年にその続編として現在の15~23章が出版され、現在は二つを合わせて『ハイジ』として全世界で愛読されている。

製作は瑞鷹エンタープライズ(当時)の子会社、「ズイヨー映像」。社長の高橋茂人は本作を創るためにこの会社を興している。

この作品を制作するに当たり、スタッフは海外現地調査(ロケーション・ハンティング)を約1年間行った。制作のための現地調査で1年もいるなんて、当時では考えられないことだった。調査には、高畑勲、宮崎駿、小田部羊一らが参加しており、彼らは原作に描かれた現地の風景や生活をせっせとスケッチして歩いた。その成果が作品作りに生かされる。本作の熱狂的ファンを自称する池田香代子が、知り合いのドイツ人のおじさんに「これが日本で製作された作品だとは思わなかった」と言われたと後に語っている。欧州の人が驚くほどの写実力だったわけだ。本作以降、世界名作劇場では制作前の海外現地調査が踏襲されることになる。

それにしても、今やジブリの二大巨頭になった、高畑勲氏と宮崎駿氏の二人がこの作品に参加しているのが凄い。高畑勲氏が総監督で演出を担当、宮崎駿氏が画面構成を担当。

後に、宮崎駿は対談の中で高畑作品の中で最高傑作はアニメ「アルプスの少女ハイジ」であり、この作品はもっと高く評価されるべきだと語っている。私もその通りだと思う。

 

葵マコさんのお陰で、アニメ「アルプスの少女ハイジ」に関心を覚え、とうとうストリップ童話まで創ってしまったよー。このレポートと童話を感謝の気持ちを込めて9周年記念としてプレゼントさせて頂きます。

 

平成29年7月31日                         渋谷道劇にて

 

【参考】Wikipediaより

 

■アニメ「アルプスの少女ハイジ」のあらすじ

 

幼い頃に両親を亡くし、5歳になるまで母方の叔母のデーテに育てられたハイジは、デーテの仕事の都合で、アルムの山小屋にひとりで住んでいる、父方の実の祖父であるおじいさん(アルムおんじ)に預けられることになる。ヤギ飼いの少年ペーター、ペーターのおばあさんなどの人々。子ヤギのユキちゃん、おじいさんが飼っている犬のヨーゼフやヤギのシロ・クマ、樅の木を初めとした、大自然に生きる動植物達。厳しくも優しく、懐の深さを感じさせるアルプスの大自然。何より、共に暮らすおじいさんを通じ、ハイジは様々なことを知り、学び、健やかに育っていく。

 

だが、ハイジが8歳になったある春の日、デーテが再び山を訪れ、ハイジをフランクフルトの貿易商・ゼーゼマン家に連れていくと言う。デーテに騙されフランクフルトへ向かってしまったハイジ。ペーターやペーターのおばあさんは悲痛な声をあげるが、おじいさんにはどうすることも出来なかった。

フランクフルトでハイジを待っていたのは、足が不自由で体の弱い少女・クララとゼーゼマン家の人々であった。執事のロッテンマイヤーはハイジを愛称でなく本名のアーデルハイドと呼び、厳しい躾や勉強を強制、アルムの話題を禁止する。クララやゼーゼマン(クララの父)、おばあさま(クララの祖母)、クララの主治医、使用人のセバスチャンなど、心の支えはあったものの、ハイジはなかなかフランクフルトでの生活に馴染むことができないが、あまりアルムのことを口にするとクララが心配するため、アルムへの切ない思いを無理に押し殺すようになる。

やがてハイジは、アルムの故郷を思うあまりにホームシック(強い帰宅願望)にかかり、それによる夢遊病の状態となってしまう。ハイジを診断したクララの主治医は、ただちにハイジをアルムへ帰す様に指示する。こうして、ハイジは夢にまで見たアルムの山へ帰れることになった。

アルムの生活ですっかり元気になったハイジのもとへ、クララからの手紙が届く。ハイジが是非来てほしいと願っていたアルムへ、クララが行きたいと言う内容であった。クララは静養を目的として滞在することになったが、おじいさんとハイジに促され歩く練習を始める。

 

■原作とアニメの違いについて

 

 原作とアニメの違いについて面白い考察がある。

スイスでは原作に忠実に合わせた白黒TV映画が製作されて放映されているが、日本のアニメは放映されていないし、今後も放送予定はない。というのは、日本のアニメは原作とかなり違っているために現地の文化人を中心とした原作ファンが納得しないため。

原作は極めてキリスト教的な色彩が強く描かれ「信仰の大切さ」がテーマとなっている。これに対して、日本のアニメは宗教的な色彩を極力排除している。むしろ、自然礼賛など日本の神道思想が反映されているともいえる。

原作との違いとして、アニメではセントバーナード犬が登場する。アルプスには犬が似合うという日本流の勝手な解釈だが、ヨーゼフという神の名前を犬に付けてキリスト教を冒涜しているとスイス人は怒っている。

いつも目を大きく見開いているハイジの描写など、アニメには日本流アニメの「かわいい」という価値観が取り込まれていることを毛嫌いする向きもある。

しかし、アニメ版でのクライマックスシーンのクララが立てるようになるまでのエピソードは原作にはない。他にもたくさんの原作にないエピソードが挿入されている。そう考えれば、アニメは原作とは全く別物と捉えることもできる。

いずれにせよ、日本のアニメは全世界で受け入れられた。この事実は否定できない。従って、原作のハイジとアニメのハイジと二つが存在すると考えた方がいいと思う。

 

■オープニング曲「おしえて」秘話

 

作詞 - 岸田衿子 / 作曲 - 渡辺岳夫 / 編曲 - 松山祐士 / 歌 - 伊集加代子&ネリー・シュワルツ(ヨーデル)

曲の始めに流れるホルンとハープの音色に続き、ヨーデルのコーラスに導かれて始まる。ハイジが大きなブランコで雄大なアルプスの山々を背景に漕いでいるシーンが出てくる。歌詞の中では、ハイジの日常生活での「なぜ、どうして」といった好奇心を、アルムの山で共に暮らすおじいさんに問いかける形で歌となっている。

録音は日本での録音にスイスで現地録音したヨーデルとアルペン・ホルンをミックス・ダウンするというものになっている。当時の常識では、アニメ音楽のために多額の費用をかけて海外録音をするというのは前代未聞だったと、本作の担当音楽ディレクターだった木村英俊は後に語っている。当時、主題歌を制作したコロムビア社の経理部長は、木村に対して「スイスに遊びにいくんだろう」と毒づき、海外録音の経費を出すことを拒否した。そのため木村は、自腹を切ってミキシング・エンジニアを連れてスイスに行かねばならなかった。こうして完成したこの曲は大ヒットした。くだんの経理部長は、その後、木村と「なんでも相談を聞いてもらえる関係」になったという。

主題歌のシングルは日本で120万枚を売り上げた。ヨーロッパでもミリオンセラーになったという。1974年の第2回FNS歌謡祭の特別賞を受賞した。伊集加代子によるセルフカヴァー版(ヨーデル - トミー藤山 / 編曲 - 佐藤亘弘)も存在する。2008年には大橋のぞみがアルバム『ノンちゃん雲に乗る』でカバーした。

 

                              H29.7渋谷道劇にて

 

 

 

『ストリップの少女ハイジ』 

~葵マコさん(DX東寺所属)の9周年作「アルプスの少女ハイジ」を記念して~

 

 

アルプスの少女ハイジもお年頃になりました。

あらためて登場人物たちの年齢をおさらいしましょう。ハイジが初めてアルムの山にやってきたのは5歳のとき。そのときヤギ飼いの少年ペーターは11歳。だからペーターはハイジの6歳上。ちなみにアルムおんじは当時70歳でした。クララはハイジが8歳のときに初めて出会い、そのとき12歳でした。だからハイジより4歳上で、ペーターより2歳年下ということになります。だから、ハイジが年頃になれば、ペーターもクララも、もっと早くから年頃になっている計算になりますね。

あれから12年が経ちました。ハイジは17歳になりました。ということは、ペーターは23歳、クララは21歳になっていました。

 

ご存知のように、脚の不自由なクララはアルムにやってきて歩けるようになりました。そのとき、ハイジは9歳ですからクララは13歳でした。

歩けるようになったクララは一旦フランクフルトに帰ります。クララはアルムの山の冬の寒さに耐えられないので、フランクフルトで歩く練習をしなければならないのでした。でも来年の春には必ず戻ってきて自分の足で歩いて山の牧場まで登れるようになっていると二人に約束するのでした。

クララは来年の春には、きっとアルムの山に行き、ハイジやペーターと一緒に自分の足で歩いて山の牧場まで行こうと希望に燃え、家の階段を上り下りする訓練をやりました。そして、とうとうその夢を叶えられるほどに脚は回復しました。

それからは、毎年、クララは夏休みにはアルムの山に行き、ハイジとペーターと一緒に夏を過ごしました。

 

いつしか、ペーターはクララに恋心を抱き始めます。

誰が見てもペーターにはハイジがお似合いでした。同じアルプスの山々で育った環境、そしてアルムおんじもペーターのおばあさんも二人が結ばれることを願っていました。

しかし、月日は人の心を変えていきます。以前は、大好きなハイジをクララにとられたと嫉妬して、クララの車椅子を壊してしまったこともあるペーターでした。ところが一緒に遊ぶうちに、ペーターは都会育ちのお嬢さんであるクララに強い憧れを持ちました。三人でハイキングに行き、脚の不自由なクララをずっと背負って山を登りました。男というのは弱い女性に自然に惹かれていくものです。「おれが彼女を支えてあげたい」と。クララとしてもそのときのペーターの背中を忘れられなかったのでしょう。お互いが惹かれ合うのも自然な流れですね。

ハイジは内心ではペーターを強く意識していましたが、ペーターのクララを想う恋心を応援しようと考えました。大好きな親友クララの相手ですからハイジに迷いはありませんでした。

 

アルムおじいさんは昨年老衰で亡くなりました。ハイジが16歳で、アルムおんじは既に81歳の高齢になっていました。

ペーターの方も、すでにおばあさんは亡くなって、一人暮らしをしていました。

お互いアルムの山の中で独りぼっちの生活をしているハイジとペーターは、次の人生の選択が待っていました。二人が夫婦になってアルムで生活するか、あるいはアルムを捨てて山を下りるか。

ペーターは山を下り、クララと結婚することを決めました。ぺーターは田舎育ちでしたが、クララのお父さんを始めゼーゼマン家の人々はぺーターの人柄を知っていたので二人の結婚に大賛成でした。盛大にお祝いが行われました。もちろんハイジも結婚式のお祝いに招待されましたがハイジの心の内を知る人は誰もいませんでした。

 

ハイジも山を下りる決心をしました。あれだけ大好きだったアルプスの山々。たくさんの思い出のつまったアルムの山。だからこそ逆にペーターのことが思い出されて辛くなるハイジでした。

ハイジは教養もなかったので、健康な身体を使った仕事として、ストリップを選びました。年頃で綺麗になったハイジですから結婚相手に不自由はなったはずです。しかしぺーターに失恋したこともあり、もう他の人と結婚する気はなく、多くの男性たちに喜んでもらえる職業としてストリップを選んだのでした。

アルプスの山々を動物たちと過ごしたハイジは、まるでカモシカの足のようにすらりとした脚線美をしていました。足だけではなく、全てが健康そのものの輝く肉体美をしていました。容姿もきれいなったハイジは劇場経営者から一目で気に入られ、すぐにデビューすることになりました。

ところがハイジは踊りが全くできません。いずれ習って踊るにしても、すぐにステージで観客を満足させることはできません。そこで劇場経営者と相談して「獣姦ショー」の企画を考えました。相手はヤギです。ハイジはペット代わりに山から一匹の子ヤギを連れてきていました。名前は「ユキちゃん」。雄のヤギです。

そう、このヤギはハイジが初めてアルムに行ったときに仲良しになった子ヤギのユキちゃんの子孫なんです。乳の出が悪くて殺されそうになったユキちゃんを幼いハイジとぺーターが助けた記憶がよみがえりますね。

 

さて、ステージにおける二人(いや一人と一匹か)の企画もの「獣姦ショー」は次の通り。

最初に、ハイジはアルプスの赤い衣装を着て、名曲「おしえて」の音楽にのって登場。なんと舞台にブランコが設置しています。ハイジは運動神経が良いので、ブランコを使って空中芸を披露しました。逆さまになって開脚ポーズを決める。やんやの喝采。

次に、衣装を脱いでヌードを披露。アルプスの山々の中で育ったハイジのヌードはビーナスの輝きを放ちます。ストリップファンはそれだけで垂涎の歓びよう。

そこで、ヤギのユキちゃんが登場します。ユキちゃんはたくさんのお客さんを前に少し興奮気味。ハイジはユキちゃんの頭や身体を優しく撫で、気持ちを宥(なだ)めます。ユキちゃんの気持ちが落ち着いた頃を見計らって、戯れ出す。ハイジは両手でユキちゃんの耳を水平にパタパタさせたり、ピンと上向きに立っている尻尾をむんずと掴んでしこしこする。興奮してきたハイジがヤギに抱きついてキスをする。

そしてバターを使ったプレイを始めます。ハイジは盆の上で裸になり、自分のおっぱいにバターを塗ります。それをユキちゃんが舐めます。「ユキちゃん、くすぐったよぉ~」と言いながらハイジは気持ちのいい顔をします。次に、ハイジはバターをお尻に塗ります。それをユキちゃんが大きな舌でぺろぺろ舐めます。「ユキちゃん、そこ、そこ、強く吸って!」ハイジはうっとりした顔をします。次に、ハイジはバターをあそこに塗ります。それをユキちゃんが長い舌を使って舐めます。「ユキちゃん、そんなに奥まで舌を入れないでぇ~」ハイジは悶えます。

最後のクライマックス。ハイジは雄ヤギの股間の白い茂みの中をまさぐります。いちもつを探し当て、それを掴んでしごきます。すると、ユキちゃんのピンクのいちもつがにょきにょきと顔を出し、大きくビーンと立ちました。ハイジはそれを舌でちろちろしながら口に咥えます。そして、頃合いを見て、そのいちもつを掴んで自分の秘部に入れました。バックスタイルのまま腰を動かします。動物とはこのスタイルが自然ですね。ユキちゃんが大きな声で「メエ~」と雄叫びを上げます。(ハイジのテクニックが「うんめぇ~」と褒めたのでしょうか。) 果てたようです。

ハイジとユキちゃんは観客に一礼をして舞台を降ります。観客は初めて観る「獣姦ショー」にやんやの歓声と拍手を送りました。

 

                                     おしまい

 

 

 

 

 

今回は、ロックの踊り子・星崎琴音さんについて、「春の陽気に誘われて」という題名で、彼女の魅力を語ります。

 

 

 

今回の演目を紹介する。前半は二作目オンリー、4/5から二個出しになり2,4回目にデビュー作を拝見する。

 まずは、二作目「境界の彼方」の内容。

「今回の演目『境界の彼方』は私の好きなアニメのタイトルで、1曲目,4曲目もそのアニメの曲です。」「①約束の絆(妖夢討伐隊)、②雨、キミを連れて(egoist)、③Door(egoist)、④会いたかった空(茅原実里ちはらみのり)」

 最初にアニメ「境界の彼方」を調べてみた。「『異界士』と呼ばれる特殊な能力を有する存在が、『妖夢』と呼ばれる人間に害を及ぼす存在と戦うダークファンタジー作品。」そして「ある日、半妖夢で不死身の身体を持つ少年神原秋人は、今にも校舎の屋上から飛び降りそうな少女栗山未来を見つけ、助けようとする。彼女は妖夢を討伐して生計を立てる異界士であった。未来は秋人を討伐しようとするが、次第に秋人に魅かれ、どうしても秋人を倒すことは出来ない・・・」

 ステージの最初に、琴音さんが白地にピンクのポイントを散りばめた衣装で登場。アニメの栗山未来をイメージしているのだろう。「1曲目はアニメの中でキャラがこの曲で踊っててそれをそのまま踊ってます。」ピンクの髪飾り、黒いブーツを履いて軽快に踊る。

 次に、曲に合わせてEGOISTファッションで登場。黒いハット、白いシャツに金銀のポチシールや背中に文字がある。腰には白と銀の紐がガンマンルックのように垂れる。かっこよく決まっているよ。

 白い上着を脱ぐと、きらきらラメ入りのブラと黒いパンティが現れる。色白なので強い色彩がくっきりと映える。ブラを取ると、ふっくらした乳房にピンクの乳首が見える。パンティを取ると、薄いヘアがのぞく。たまらなくセクシーなヌードにそそられる♡

 手の指先に白いマニキュア、足の爪には青いマニキュアがおしゃれに輝く。

 

 次に、デビュー作を紹介。

 最初に、かわいい衣装で登場。上半身には青・紫・黄色・ピンク・オレンジと色とりどりの花がたくさん。下半身のスカートは黄色・赤・白・青という布地がふわふわと重なる。後ろには白いシーツが垂れる。頭には、赤と黄色の花輪。白い手袋。網網の白いストッキング。そして白と銀のハイヒールを履く。色彩のデパートのような衣装に身をくるみ、バレエ調に踊る。

 次に衣装を脱いで、ベッドへ。上半身は裸のまま、刺繍入りのパンティ、白いガータ、網網の白いストッキング、そして白と銀のハイヒールを履いたまま、ベッドショーへ。

 かわいいデビューだね。一生懸命さが伝わる。ただ曲やテーマは分からなかった。

「デビュー作『鉄血の華』。こちらは鉄血のオルフェンズというアニメ(機動戦士ガンダム)から曲を使ってます。本当は衣装もそれに出てくるキャラで揃えようと思ったのですが、いい感じの衣装がデビューまでに見つからず、ふつうにインパクトのあるかわいい衣装にしようという話になりました。そして、曲ですが①In my blood(the veron icas)、②STEEL-鉄血の絆-(TRUE)、③Departures~あなたにおくるアイの歌(egoist)、④少年の果て(GRANRODEO)です。因みにオープン曲もオルフェンズの曲です。」

 

 琴音さんが二作目を出した経緯を話してくれた。

「デビュー週がSNAで、二週目もSNAに急遽決まって、ずっと同じ演目だと飽きられるのではないかと思い、仙葉先生にお願して急遽作ったのがこの演目です。」

「仙葉先生にはデビューしたばかりだし、そのままデビュー作だけでもいいし、もしくはベッドだけ変えるとか、そんな感じで良いと思うよ!と言われたのですが、乗せてもらうからにはお客様にも楽しんでもらいたいし、自分の中で、次はこの曲使いたい!というのが決まっていたというのもあって新しく作りました。」琴音さんの前向きな気持ちが伝わる。

「アニメが好きで、他にも使いたいアニソンがたくさん笑。オルフェンズ第二弾も作りたいと思っています。」

 最近の若い踊り子さんは皆さんアニソンをよく使います。若い娘と仲良くしたいおじさんとしては必死でアニメを勉強します。ガンダムでもマクロスでも頑張って付いていきますよ(笑)。

 春早々、応援したい新人さんに出会って私の心は春の陽気のようにときめいた。

 

 

平成29年4月                          ライブシアター栗橋にて

 

 

 

 

 

今回は、ロックの踊り子・徳永しおりさんの演目「マクロス」について語ります。

 

 

 

本公演の徳永しおりさんは二個出し。1.3回目は二作目の「マクロス」、2.4回目はデビュー作「記念すべき1作目」。

今回は、二作目の「マクロス」について紹介する。

その前に、今回の作品について、しおりさんから作品解説のポラコメを頂いたのでそのまま掲載する。「今回の作品のテーマは『なりたい自分』『憧れ』ということでマクロスフロンティアに出てくる歌姫をイメージしてみました。彼女のイメージ曲は『ノーザンクロス』『What' bout my star?』『ユニバーサル・バニー』『ダイアモンドクレバス』です。自身の心細さを押し込め、人前で堂々と歌い切る銀河の妖精です。」このポラコメのお陰で本作品を理解する道筋を見つけた。

 

最初に、しおりさんが青い軍服姿で登場する。これはマクロスフロンティアに出てくる歌姫シェリル・ノームをイメージしているのだろう。

青い生地の中に、襟や袖や裏地に見える赤が色彩のポイントになっている。軍服らしく肩に白い紐の輪を付けている。黒いブーツを履いて颯爽に舞い踊る。本来はマイクを持って歌うんだろうな。しおりさんの生歌を聴いてみたいなー♪

軍服を脱ぐと、下には肩紐のない黒いブラ(ビスチェ)と黒いホットパンツというセパレートな軽装。しおりさんの白い肌に黒が映える。裸足で舞い踊る。

更に、黒いブラとパンツを脱いで全裸になる。長身のヌード、美しい顔立ち、長い黒髪、透き通るほどの白い肌、形のいいバスト、魅惑的な大きなお尻、そして眩しいばかりのパイパン。まさに、ビーナスの輝きだ。

最後に、頭にかぶる花輪から後ろに白いベールが流れる、白いウエディングドレスの雰囲気でベッドショーへ。

とてもデビュー半年足らずの新人とは思えない、堂々とした演技である。でも、しおりさんも「自身の心細さを押し込め」頑張っているのかな!?とふと感じた。大丈夫だよ。我々ストリップ・ファンは、しおりさんのように美しい方のヌードとステージを堪能できて本当に幸せなんだ。必ず踊り子として「銀河の妖精」になれるように応援すると誓うよ。

 

次に、作品の背景となる「マクロス」について話す。

私は「マクロス」についての知識は全くなかった。そこで、しおりさんのポラコメを頼りに、ネットでいろいろ検索してみた。

マクロスシリーズの最初は、ロボットアニメ『超時空要塞マクロス』が1982年10月からテレビ放送されて皮切り。これは『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』により隆盛した1980年代前半のアニメブームを象徴する作品のひとつ。ロボットアニメにSF、ラブコメ、アイドルといった当時の若者文化の流行をちりばめた個性的な作風が特徴になっている。

私は若い頃『宇宙戦艦ヤマト』に嵌まっていた。高校三年生の学園祭で我がクラスは『宇宙戦艦ヤマト』を取り上げたのが懐かしい。その後、『機動戦士ガンダム』については息子のおもちゃとして合体ロボットを組み立てたくらいのお付き合いで、それ以上の深入りはしなかった。マクロスシリーズについては関心もなく全く知識をもっていない。

調べ始めは、当初のマクロスとマクロスフロンティアの違いもよく分からず頭の中がごちゃごちゃになっていたが、調べてるうちに漸く理解できた。マクロスシリーズというのはかなり広範に展開しており、その中に壮大な世界観をもっているのに驚いた。

『マクロスフロンティア』は「マクロスシリーズ」生誕25周年記念作品で、2008年4月から9月にテレビで放送されたのがスタート。「マクロスシリーズ」のコンセプトは「戦争(戦闘)」の他に「歌」と日常の「恋愛(三角関係)」にある。特に「歌」を中心に取り上げたことに感動するものがある。戦闘しか知らない異星人に生まれて初めて歌を聴かせることで戦闘意欲を失わせるシーンがある。歌を武器に使っていることも驚きだが、歌のもつ効用を人類の財産と位置づけている。主人公が歌姫として成長していくのが物語の柱ともなっている。また、本シリーズに取り上げられた歌は単なる挿入歌ではなく、物語の根幹に位置づけられるものとして扱われ、実際にヒットチャート上位にランクインし商業的にも大成功を収めている。

 

最近の若い踊り子さんは、選曲にアニメソングをたくさん使用しているし、演目そのものがアニメであることも多い。つい最近でも、渋谷道劇の新條希さんの演目『Scool idol project』を理解するために「school idol project」⇒「ラブライブ」⇒「μ's(ミューズ)」と次々と知識を増やしていった。これによって初めて作品がよく理解できたし、私も童話「Strip Idol Project」を書き上げることができた。また、TSの時咲さくらさんの演目『戦う絵夢子』を理解するためにアニメの帝国華撃団(セガのコンピューターゲームの「さくら大戦」シリーズ)を調べたばかり。私はもじって童話「TS華撃団」を書いてプレゼントした。

最近、ステージを観ても、ステージのテーマが全く理解できないことがある。そういうときは殆どがアニメのキャラ。正直、私は最近のアニメを全く見ていないのでついていけない。例えば、少し前にも、栗鳥巣さんと渚あおいさんのチームショーも人気漫画「弱虫ペダル」だったし、杏野るりさん(ロック所属)の出し物は少年漫画「聖闘士星矢」、MIKAさん(ロック所属)の出し物はアニメ「攻殻機動隊」だった。

レポートを書くにはどうしてもそのアニメを知らないといけないが、今はインターネットのお蔭で容易に検索できて本当に助かる。正直、こうした知識なしで作品を見ても本当の面白さは分からない。踊り子の伝えたい本意を受け止めるためには客は勉強しなければならない。踊り子の若さについていきたいなら、おじさん達は最低限のお勉強は必要なのである。私は、こうした踊り子と客の橋渡しをこのレポートでしたいと考えている。

アニメだけに限らない。演目の背景を知るとステージがとても味わい深くなることが多い。つい最近でもTSの時咲さくらさんの和物の演目『お葉』で、大正時代のモデル・お葉を取り巻く画家の伊藤晴雨と竹久夢二の葛藤をポラコメで教えてもらい、かなり調べてレポートした。さくらさんが驚き感激していた。調べていて一番感動したのは私自身。この感動をたくさんのファンと共有したいものだと思う。そうすればストリップの面白さは何倍にもなる。

ストリップとしての知識・常識や、こうしたステージの演目情報をたくさんのストリップ・ファンに提供できたらいいな。ストリップでたくさん楽しませてもらった恩返しにこういう試みはどうかなと密かに考えている。

しおりさんへのレポートがかなり脱線した内容になってしまいました。すみません。

 

最後に、いつものように童話を書きたくなりました。

宇宙にまつわる話『宇宙に咲く花』を本公演の記念にしおりさんへプレゼントします。

 

 

平成28年10月                         大阪東洋ショー劇場にて

 

 

 

 

 

 

 

『宇宙に咲く花』  

~徳永しおりさん(ロック所属)の演目「マクロス」を記念して~

 

 

 暗黒な宇宙空間。

 私は一機のロケットを操縦し、今、ストリップ星に向かっていた。その星では、全宇宙ストリップ大会が催されることになっていた。

 

 実は、私が今精力的に応援しているストリッパーのシオリンがその大会に出場するために先に地球を発っていた。

話は少し溯る。若き花形スターになってきたシオリンは地球代表の選抜大会に出場したがった。まだ若いシオリンには全宇宙ストリップ大会出場は早いと思ったが、彼女の一途な想いに私は賛成せざるをえなかった。

その大会でグランプリを獲得すれば全宇宙的な人気ストリッパーになることを約束される。ただ、そうすれば、はるか彼方の星の劇場にも出演しなければならなくなり、今までように頻繁に会えなくなるなぁと感じた。でも、私は大好きなシオリンに夢をもって叶えてほしいと心から念じていた。

そして、シオリンは準ミスではあるが見事に地球代表に選抜された。私は彼女の大好きな薔薇の花束をステージに立つシオリンに贈った。彼女の歓喜する姿が目に焼き付いた。

私もすぐに彼女の後を追って、ストリップ星に応援に行くつもりでいた。

 ところが、大変な悲報が入る。シオリンの乗ったロケットが遭難したというニュースに私の心は凍りついた。その事実を受け入れられない。私はすぐにロケットで単独飛行に踏み切り、もうすぐ、その遭難現場の近くまで来ていた。そのあたりはローズ星群と呼ばれている。

 

 突然、私の目の前の宇宙空間に一人の美しい女性の姿が浮かびあがった。長い髪をなびかせ、切れ長の大きな瞳、透き通るほどの白い肌。

「シオリン・・・」 紛れもなくシオリンだった。私の目から涙が溢れた。

シオリンは私が応援に来てくれるのを待っていたかのように、私に微笑んで、踊りだした。

まるで、暗黒の宇宙に美しい大輪の花がパッと咲いたよう。

彼女がまとう衣装は薔薇のごとく赤く映え、漆黒の宇宙に薔薇のオーロラがかかる。そのオーロラはひらひらとはだけ、形のいい大きなバストが見え隠れした。なんとセクシーな光景だろう。更にオーロラの裾がめくれ、セクシーな太ももが露わになった。そして、彼女のブラック・ホールが見えた。

その瞬間、ロケットは稲妻を受けたように激しく揺れ、操縦不能になった。宇宙に激しい風が吹いているかのようだ。しかし、空気の無い宇宙空間に風が吹くはずがない。強い引力がロケットを引きつけているのだ。それは男性を魅了するエロスの力であり、私を求めるシオリンの愛の力であった。

ロケットは彼女のブラック・ホールに吸い寄せられた。私の身体は金縛りにあったように動かなくなった。そこは甘美な匂いに満たされ、温かい粘液が私の全身を包み込んだ。強い快感が渦巻いた。私はこのまま果てたい、そしてこのまま死んでもいいとさえ感じた。私は気を失っていた。

「目を覚まして!」シオリンの泣き声が聞こえた。

「死んじゃダメ!私の分も生きてほしいの!そして今までどおりにストリップを愛してほしい!」

 目が覚めると、操縦席の上に一本の赤い薔薇の花が置いてあった。ロケットの窓の外には、シオリンの姿は消えていた。私は薔薇の花を握りしめて、涙をこぼした。

 ロケットは元のように動き出した。

 

私はストリップ星に到着した。

 全宇宙ストリップ大会は盛大に催された。いろんな星から選抜されたストリッパーが集まっていた。地面につくほど乳が大きく垂れ下がっているおっぱい星人もいたし、性器がむき出しになっている星人もいた。おそらく前者は授乳を重視した女性の進化形であろう。また後者は生殖を重視した進化形なんだろうが、やはり性器はふだんは隠しておく女性らしい恥じらいがあった方がいい。いろんな体型をした星人がいたが、地球人に一番近いのは猿の惑星から来た女性かな。毛深いが体型は同じ。こちらは人間に進化する前の姿と云える。

 私には地球人の女性が一番美しいと思えた。見慣れているせいもあろうが、乳や性器という機能が突出しているわけでもなく、美とエロスがとてもバランスしている。案の定、今回の全宇宙ストリップ大会のグランプリは地球のミス代表が獲得した。シオリンが出場していたらもしかしたかも・・と思わずにはいられなかった。

 

 地球に帰還した私は、それからもシオリンの亡霊を追うように劇場を彷徨った。

私はいつも薔薇の花を持参していた。

ふと淋しいと感じるときは夜空を見上げた。ローズ星群が薔薇色に輝くと、シオリンが笑顔で踊っている気がする。だから淋しくなんかない。

 

                                    おしまい    

 

 

 

 

今回は、ロックの踊り子・徳永しおりさんの演目「カリオストロの城」について、「しおりさんに心を盗まれて」と題して語ります。

 

 

 

本公演の徳永しおりさんは二個出し。1.3回目は演目「カリオストロの城」、2.4回目は演目「Love Song」。後者の演目は銀色の衣装に身をくるみ激しいダンスを披露。半年前の前回と比べて、動きもシャープになり、ますます女性の色香を漂わせている。OPショーでもサービス精神旺盛で嬉しい限り。

 

さて、今回は、「カリオストロの城」の作品について詳しく紹介する。

前回レポートさせて頂いた「マクロス」に引き続き、アニメ映画から題材を引き出している。今回のアニメ「ルパン三世」は我々おじさん世代にも馴染の深い作品。ここで取り上げた映画「カリオストロの城」は1979年に制作・公開された「ルパン三世」劇場用映画のシリーズ第2弾で、宮崎駿監督の劇場初監督作品として知られる名作アニメ。

以下に、簡単にあらすじを話す。・・・

盗み出した大金がゴート札と呼ばれる偽札であることに気付いたルパンと次元は、ゴート札の秘密を探るため、カリオストロ公国へやって来た。そして謎の男たちに追われていた少女クラリスを助ける。

少女はこの国の亡き大公の娘クラリス。彼女は、父に代わって国を治めているカリオストロ伯爵に結婚を迫られたため、伯爵の居城から逃げ出したのだ。ルパンは追っ手を撃退したが、クラリスは別の追っ手に連れ出されてしまう。

クラリスを救い出そうと城に潜入するが、失敗して胸を撃ち抜かれる。数日後、昏睡から目覚めたルパンは、クラリスと伯爵の結婚式に忍び込み、クラリスを救出する。

クラリスはルパンについていくことを望んで胸にすがるが、短く葛藤したルパンはクラリスを置いて去っていく。

最後の場面。ルパンを追って来た銭形警部が、「ルパンは大変なものを盗んでいった。それはあなたの心です。」と言い当てると、クラリスは顔を輝かせて「はい」と答える。

 

 さて、このあらすじを踏まえて、しおりさんのステージ模様を紹介する。

最初に照明が付くと、しおりさんが盆の上にいた。白いブラウスに紫のスカートという清楚な服装で登場。襟元から赤いリボンが垂れる。なんて清純な美少女像。

黒いハイヒールを履いて、盆から舞台に移る。舞台の上には椅子が置いてあり、そこにルパンが脱いだ青緑色のジャケット。彼女はそのジャケットのポケットから一輪の赤い花を出す。少女に対するルパンの愛か。そして、そのジャケットは椅子からはらりと落ちる。(ちなみに、ルパンのジャケットは赤い時もあれば、青緑色の時もある。この映画では青緑色となっている。)

ピストルの音が聞こえ、場面が一旦暗くなる。

白いワンピースドレスで登場。肩には白い刺繍入りの布を掛け、清楚ないで立ち。結婚式のウエディングドレスをイメージしているのかな。

最後に、水色のナイトドレスに着替えてベッドショーへ。右肩のみピンク色になっている斬新なデザイン。透け透けでふわふわなドレス。盆の上でドレスを脱ぐと白いガーターが見える。下着は付けておらず、しおりさんのパイパンが目に眩しい。

かぶりの近くでベッドショーを眺める。アクセサリーとしては右手中指に指輪。他にはアクセサリーなく、マニキュアもない。しおりさんの美しさには余分なものは要らない。ただただ、彼女の素の美しさに酔いしれたい。

 ベッドショーで、しおりさんが「あの人は何も盗っていかなかったわ。私のことを救って下さったのです。」という台詞を吐く。

 ラストの場面。盆から舞台に戻ったしおりさんは、落ちていたジャケットを再び椅子に掛け直す。ルパンのことを思い出しているのだろう。

 

 観客は、自分がルパンになりきって、しおりさんの心を盗めないものかと観ている。ところが、観客こそがしおりさんに完全に心を盗まれている。そう、彼女の美しさの虜になっている。

 

 

平成29年3月                         大阪東洋ショー劇場にて

 

 

 

 

 

『ルパンが盗めなかったもの』 

~徳永しおりさんに捧げる~

 

 

 ルパンは、峰不二子にぞっこんでした。世界中の財宝を彼女にプレゼントしてもいいから、彼女のハートを射止めたいと思うほどです。

 しかし、峰不二子は、愛に縛られるのは嫌いで、自由を欲するタイプ。でも、愛されるのは大好きで、美しいと称賛されるのは大大大好きでした。しかも、一人の男性から愛されるのではなく、たくさんの男性から愛されることを望んでいました。

 

 いつしか、峰不二子はストリッパーになっていました。

 煌びやかな衣装を身につけ、自分の美貌に男の目を釘付けにするストリッパーという仕事は自分にとって天職と感じました。

 それを聞いて、ルパンは驚きました。

 ルパンは不二子を自分だけのものにしたかったので、多くの男性の目に不二子の裸体を晒(さら)すことに我慢ができません。ルパンは不二子に相手にされないことは分かっていましたが、ストリッパーになった不二子のことが気になって仕方なく、とうとうストリップ劇場に足を運んでしまいました。

 

なんと、不二子はルパン三世のテーマ曲にのって、ルパンを演じていました。目が覚めるような真っ赤なダブルのスーツ姿で登場。赤の中に黒をポイントして置く。黒いシャツを着て、黒い帽子を小粋にかぶり、黒い靴を履く。たまらなく恰好いい。不二子はルパンの気持ちに応えられない想いをその演目に込めていました。

 ステージがクライマックスになり、不二子がステージで衣装を脱ぐ。ルパンの目は不二子のヌードに釘付けになりました。

 不二子のヌードは、たくさんの観客の熱い視線を浴びて輝いていました。まさに、ビーナスの輝き、ダイヤモンドの輝き。それは、不二子の美しさは沢山の男性のLOVEビームにより高まり、ルパンという男性一人の檻の中に納まりきれないことを示していました。

 ふと、周りを見たら、あれあれ、ルパンの仲間の次元大介と石川五ェ門もちゃっかり観に来ています。また銭形警部も仕事にかこつけて観ていました。みんなが不二子の美しさにうっとり見とれていました。

 

 ルパンは思いました。

「わたしは世界中のどんな財産・秘宝をもこの手で盗むことができたが、たったひとつ、不二子の心だけは盗むことができなかった。」

 

                                   おしまい   

 

 

 

 

 

 

今回は、晃生の踊り子、羽音芽美さんの新作「ルパン三世」について、「ルパンに心を盗まれて」と題してレポートします。

 

 

 

 この週は、メイミンの新作に感銘した。メイミンには沢山の作品があり、多くのファンがメイミン作品を愛してやまない。それはメイミンがデザイナーとして渾身の思いを込めて衣装作りに取り組み、どのステージも衣装の豪華さに圧倒されるからである。まるでNHKの紅白歌合戦で小林幸子の衣装が注目されるのと同じ感覚。そしてメイミンはいつもその期待を裏切らない。(⇒メイミンをストリップ界の小林幸子と呼ぼうかな!?)

 そして、今回の作品こそがメイミン・ワールドの最高峰ではないか。少なくとも私の目にはそう思えた。

 

 今回の作品は、ひとつのファッション・ショーである。最初から最後まで豪華な衣装にこれでもかこれでもかと目を奪われる。

 最初の衣装は、金色のコート・ドレス。上半身は襟と胸ボタンのあるトレンチコートの型を取りながら、ウエストをコート紐で結び、下半身は足元までのロングドレスになっている。こんな斬新な衣装は見たことがない。金色の帽子をかっこよくかぶる。足元の白い靴には毛皮や銀の線が入っていて超豪華。

 次の衣装は、シャツの上に真っ赤な薔薇のような深紅のカーディガンを羽織る。下半身は白いパンタロンに銀色のスカートを巻く。白いパンタロンのサイドには銀の線が入っている。これまた斬新なデザイン。

 赤い上着を脱ぐ。ブルーのシャツに黄色のネクタイが現れる。かっこよくポーズを決める。私は、まさにファッション・ショーとして衣装の素晴らしさとメイミンのポージングをうっとり眺めていた。

 ブルーのシャツを脱いで、ブルーの襟首と黄色のネクタイのみの全裸になって、ベッドへ移動する。

 盆の上に、大きなグレイの袋がある。最後に、その袋から豪華な宝石が散りばめられた赤い王冠を取り出す。その瞬間に、聞き覚えのある軽快なルパンの曲が流れる。

 笑みを浮かべたメイミンが王冠を抱えながら舞台に戻る。そこには王座のような茶系の椅子が置かれている。メイミンは王座の椅子にゆったりと座り、ピンクのピストルを取り出してバーンと発砲して、幕が下りる。

 私は最初、この演目をひとつのファッション・ショー的なストーリーのないものとして観ていたのだが、突然ルパン三世の曲が流れ、この演目がルパン三世を演じていることにハッと気づいた。この演目の目玉は、華麗なファッション・ショーとラストの突然なるストーリー展開にある。

 

 私はステージを一回拝見しただけで、この作品に心酔した。ポラタイムで「この作品は最高だ」と褒めちぎった。「新作褒めてくれてすごく嬉しかったー!」

 メイミンは最初の衣装が銭形警部のコートを意識して作ったことを話してくれた。なるほど!これまた私には新鮮な驚きだった。次の衣装は当然ルパン三世をイメージしている。ルパン三世だと赤いジャケットを思い浮かべるところだが、あえて深紅のカーディガンにするところがメイミンらしい味になっている。また、赤・青・黄という原色がルパンっぽい。

 衣装デザインの斬新さが素晴らしいだけでなく、小道具にも細心の工夫が施されている。最後に登場するグレイの袋の表面にはルパンのユニークな似顔絵が描かれている。また、王冠や座椅子には半端じゃないお金がかかっている。晃生のスナックふくろうでメイミンの作品を絶賛していたら、ママさんが「あの王冠だけでも30万円かかっているのよ」と話してくれて腰が抜けそうになる。(本当かな?⇒実際はトータルで40万円らしい) それだと王座の椅子は一体どのくらいするのかなと思っちゃう。最後のピンクのピストルが玩具みたいで逆にホッとする(笑)。

 

 今回の演目名は「ルパン三世」。(英語ではLupin the Thirdと書くんだね。LupanじゃなくてLupinなのが面白いな。)

 私はルパン三世を単にTVアニメで観ているに過ぎない。実際はたくさん映画化され、音楽も多くのサントラ盤がある。メイミンは30枚もCDを聞きまくって選曲したと話してくれた。私には最後の方の一曲だけでルパン三世を認識したわけだが、実は私が知らないだけで最初から最後まで全曲ルパンだらけなのだ。ある客が「ベッドショーで映画『カリオストロの城』の曲がかかったときにしんみりしちゃった」と話していたよ。

「突然ルパンをやってみたい!!!と思ったの。私がルパンだったら・・・って思っていろいろ考えて作りました。私らしいルパンになれたかな?」

 メイミンがこだわりだしたら半端じゃないね。その探求心が凄い。今回の衣装やステージへのこだわりは「メイミンワールド、ここに極まれり!」として拍手を贈りたい。

 

 力作に脱帽。今回はルパン三世に完全に心を盗まれました。

 

平成29年3月8日                      大和ミュージックにて 

 

 

 

『ルパン三世の知られざる素顔』  

~羽音芽美さん(晃生所属)の演目「ルパン三世」を記念して~

 

 

 みなさんは、ルパン三世が男色(Boys Love)であったことをご存知でしたでしょうか?

 えっ!? ルパンは典型的な女好きのはず・・・実際、峰不二子に何度も肘鉄を食らっていたではないか、と思われたでしょう。ところが、それはカモフラージュなのです。実際にはルパンが峰不二子を相手にしなかったのですよ。

 これから、真実をお話しますから、ここだけの秘密にしておいて下さいね。

 

 ルパンの甲高い軽妙な声質は男受けする。またルパンはフットワークが軽いと言われるが、彼の物腰はまさしく男色好み。

 ルパンには、知っての通り、次元大介と石川五エ門という二人の親友がいる。長い間、男三人だけの生活を送っている。まぁ、これだけで異常な生活ですよね。

 次元大介・・・彼はルパン三世の最強の相棒。射撃の名手である。クールで義理堅く、ロマンチストでもあった。しかし、女性が苦手なのは有名な話。

 彼の持っているガンマンは破壊力抜群。ただ早撃ち過ぎるのが欠点であった。ルパンはその特徴を知り尽くし、彼の顎鬚を時間をかけて手で弄び、顎鬚を擦り合い、じっくりとじらしながらプレイした。。。

 石川五エ門・・・あの有名な大泥棒の石川五右衛門の十三代目の末裔。先祖が釜茹での刑に処されたぐらいだから、本性は釜っぽいはず(笑)。

 彼は斬鉄剣と云われる名刀を持っている。キレ味が鋭いので、ルパンは彼の長髪を名刀に巻き付けて遊んでいた。

 ズドン、ズドン、時にザクッ、ザパッ・・・

こうして三人の男色プレイは延々と繰り広げられた。

 ルパンファミリーの結束は強く、女の峰不二子なんかは相手にされなかった。彼女は単にルパンの財宝だけを狙っていたわけで、所詮女はお金に目がくらみやすい。その点、男たちの友情は熱いものがあった。

 

 ところで、ルパン三世の物語には、銭形警部が登場する。彼は長い間、ルパンを追い続けるわけだが、その関係は単なる怪盗と警部にとどまらない。

 銭形警部はいつもルパンに逃げられているが、作中でルパンが死ぬと聞けば誰よりも悲しんだり、時にはルパンを射殺するも(実際はルパンの演技だったのだが)、そのことを後悔し罪滅ぼしとして警察を止めてルパンの墓を守ろうとする。ルパンが生きていると分かると誰よりも喜ぶなど、ルパンのことを憎からず思っている節がある。こうして、いつの間にか奇妙な友情のようなものが互いに出来上がっていた。

 銭形警部は独身なのだが、実は彼も強烈な男色だった。女の尻を追いかけるようにルパンの後を追いかけた。彼は完全なストーカー症候群なのだ。しかも正義感が強い分、真っすぐなストーカーであった。

 彼はルパンファミリーに取り入れようとするが、マジメ過ぎるためにルパン達に毛嫌いされた。例えば、食事は和風ばかりだし、更にテレビは時代劇を好み、音楽は演歌しか聴かないという堅物ですからねぇ~。ルパンと全く趣向が違う。やはり男色も相性がありますよね。

 でも、きっとルパンも年老いたら、銭形警部の趣向も理解できるような気がします。

 いや、既に受け入れる準備ができているかもしれません。

 TVにはこんな場面があります。銭形警部は、ルパンは盗みを働く際には殺人を決して行わない「純粋な泥棒」であることを認めており、他の警官が「殺人犯め」や「卑劣な手で盗みをした」等と言うと「ルパンは人殺しなどしない」と必死で否定した。ルパンも「本気で俺を捕まえようとしたのはとっつあんだけだったからな。だから俺も盗みまくったのさ。本気でな」と銭形警部とのライバル関係を認めている。それを聞いた銭形警部は「我が選んだ道に悔い無し」と感涙している。

もう少し、二人の追いかけっこをTVで楽しみたいと思います。いつかは結ばれる日を祈って。はい

 

                                    おしまい  

 

 

 

 

【おまけ】銭形警部について

 最初のコート・ドレスがあまりにも素晴らしかったせいもあり、つい銭形警部のことをインターネットで検索してみた。

 TVアニメでは銭形警部のことをドジでおちゃらけた扱いにしている。ところが、原作者のモンキー・パンチさんは原作とアニメでキャラクターが異なると不満を漏らしている。原作では「かなり頭の切れる警部として描いたつもり」と話している。

 この設定の相違は、TVアニメで銭形警部の声を担当した納谷悟朗さんが、登場人物が次元を始めクールなキャラばかりなのに懸念を抱き、銭形警部をコミカルに描いてはどうかと提案したことが発端となっている。

 劇場版の中には鋭い敏腕警部として描いているものもある。宮崎駿監督が描いた名作『カリオストロの城』は有名。原作者のモンキー・パンチさんは「(監督の)宮崎駿さんの解釈がもっとも正しい」と語っている。

 

              

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回は、蕨ミニ所属の踊り子・虹歩さんについて、シアター上野2019年6月結の公演模様を、演目「ゲゲゲの鬼太郎」を題材に語ります。

 

 

 

 さっそく、虹歩さんのステージ内容をご紹介します。

 なお、この作品は先輩の園田しほりさん(現在kuuに改名)から譲ってもらったもの。音楽が全て「ゲゲゲの鬼太郎」ばかりなので、観た瞬間に「ゲゲゲの鬼太郎」ものだと分かる。よくこれだけ様々なジャンルの「ゲゲゲの鬼太郎」の曲を集めたものと感心させられる。

 最初に、黄緑の着物姿で登場。黄緑の中に、赤い花を中心としたいろんな花々が描かれている。金模様の入った赤い帯を締める。

 髪はお団子頭にして、ちょうちんがぶら下がったような赤いほおづきを挿している。

 音楽に合わせて、妖怪のポーズを取り入れて踊る。

 一曲目は、フランスの歌手クレモンティーヌが歌う「ゲゲゲの鬼太郎」。これがまた艶っぽい声なんだなぁ~♪ この歌に合わせて着物で踊るのがこれまた乙である。

 次に、音楽が変わり、着物を脱ぐ。

 下には、赤いワンピース。上半身はノースリーブで、スカートは膝上丈のミニ。

 音楽に合わせて、裸足で踊る。

 二曲目は、東京ゲゲゲイの歌う「ゲゲゲイの鬼太郎」。作詞:水木 しげる、Rap詞 東京ゲゲゲイ・堀江 ヒロアキ、作曲:いずみ たく、編曲 牧 宗孝・安宅 秀紀。

 MVを観てはまってしまった。最初は「えーなんじゃこれは!」と思ったが、次第に「こりゃすごいぞー!」と思うようになる。メンバーが妖怪に扮している。鬼太郎 mikey、砂かけばばあ MIKU、猫娘 Marie、子泣きじじい BOW、ねずみ男 YUYU。ここにはダンス、音楽、映像どこにも妥協を許さないこだわりがある。

 ここで一旦暗転。

 音楽が変わって、着替える。

 梅の花(?)をプリントした赤い襦袢姿。裸足で、そのままベッドショーへ。

 近くに来たのでアクセサリーを目で追う。純金のピアスに、純金のネックレス。

 音楽は、加藤みどりの歌う「カランコロンの歌」。誰もが知っているアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』のエンディングテーマソング(コロムビア ゆりかご会)である。

 立ち上がりは、作曲者いずみ たくがジャズアレンジした「ゲゲゲの鬼太郎」。インストではあるがノリノリのリズム。

 

 

漫画「ゲゲゲの鬼太郎」は、漫画少年だった私の心を掴んだ漫画のひとつだった。小さいころ漫画博士と呼ばれた私は、ゲゲゲの鬼太郎についても丹念にノートにメモをとっていたのを覚えている。

学校の勉強が忙しくなってから、今の今までずっと漫画の世界から離れていた。数年前、NHKで「ゲゲゲの女房」を観て、すごく懐かしく思い出された。そのとき改めて、漫画「ゲゲゲの鬼太郎」と水木しげるさんのことを調べてみたいなと思った。しかし仕事や劇場通いが忙しく、なかなか着手できないでいた。

今回の虹歩さんのステージはジャスト・タイミングだった。

 現代はインターネットのお陰で調べることは驚くほど容易になった。たくさんの長い解説を一気に読み上げた。

改めて言うが、自分の周りには気になる関心事がたくさんある。それらをじっくり時間をかけて調べて執筆してみたいと思う。ところがなかなか着手できない。その原因は気になる対象がたくさんあることと、何より面倒くさいと思う自分の怠惰に原因がある。この歳になると、私は自分が好きだと思うことしか興味が湧かない。だから実際に手を伸ばすためのきっかけが非常に重要になる。

私の場合はたまたまストリップが好きでストリップ通いしている。だから全て踊り子さんのステージがきっかけになる。踊り子さんはいろんなことに興味をもって、たくさんのネタのステージを作ってくれる。我々ストリップファンはそれを自動的に享受できる。この機会を逃す手はない。

そして、今回の「ゲゲゲの鬼太郎」のきっかけも踊り子の虹歩さんが運んでくれた。まずは、そのことに感謝である。

 

せっかくなので、私が調べて面白いと思った記事を以下にいくつか転載しておく。

◆1. 鬼太郎の誕生について

 鬼太郎が最初に世に出たのは、水木しげるの紙芝居から。当時は「墓場の鬼太郎」というタイトルだった。今回調べて知ったのが<1933年から1935年頃にかけて、民話の『子育て幽霊』を脚色した『ハカバキタロー(墓場奇太郎)』(原作:伊藤正美、作画:辰巳恵洋)という紙芝居が存在し、『黄金バット』をも凌ぐほどの人気だった。 1954年、紙芝居の貸元である阪神画劇社と紙芝居作者として契約していた水木は、同社社長・鈴木勝丸に前述のハカバキタローを題材にした作品を描くよう勧められた。作者承諾の上で、水木はオリジナルの紙芝居物語「墓場の鬼太郎」として、『蛇人』『空手鬼太郎』『ガロア』『幽霊の手』の4作を仕立てた。これが鬼太郎シリーズの原点である。>

 この4作の中で鬼太郎と目玉おやじが誕生するのだが、二人とも「幽霊族」となっており、その誕生の仕方が凄い。<鬼太郎が墓場から生まれた片目の子供という設定(『蛇人』より)と目玉おやじの登場(『空手鬼太郎』より)はこの頃からである。> 

その点について詳しく解説されていた。長い間の謎が解けた気分で、私は溜飲が下がる思いがした。

鬼太郎の誕生

血液銀行に勤める水木は、異変のあった患者に輸血された血液の調査を命じられる。水木は問題の血液の提供者が自分と同じ住所の荒れ寺に住むことを突き止め、そこで幽霊族の夫婦に出会う。幽霊族は人類が誕生する以前から繁栄していたが、絶滅に追いやられていた。最後の生き残りである夫婦は不治の病にかかっていたが妻は妊娠しており、せめて赤ん坊が産まれるまでは報告を待って欲しいと哀願する。承諾した水木は、しばらくしてから荒れ寺に様子を見に行くと、夫婦は既に死んでいた。水木は妻の遺体を葬ってやるが、夫の遺体は腐敗が酷いため放置する。

やがてある晩、妻を埋葬した墓場から赤ん坊が這い出てくる。一方、荒れ寺に残された夫の遺体からは眼球が流れ落ち、手足が生え動き始めていた。目玉として蘇った父親は墓場に行き、赤ん坊を鬼太郎と呼ぶ。父親は鬼太郎を水木の家へ連れ出し、幽霊族に同情した水木は鬼太郎を育てることを決意する。

それから幾年、成長した鬼太郎は父親と共に放浪の旅に出る。・・・

 

ちなみに、アニメにするにあたり、当初のタイトル「墓場の鬼太郎」は、墓場という言葉が暗いイメージなので、これを「ゲゲゲの鬼太郎」に改めた。「ゲゲゲ」の由来は、水木が幼い頃に自分の名前を「しげる」と言えずに「ゲゲル」「ゲゲ」と言っていたことから着想したものである。これがよかった。後の書籍のタイトルも、妻の衣枝さんは「ゲゲゲの女房」(実業之日本社)とし、娘さんも「ゲゲゲの娘」(二女の悦子さんと赤塚不二夫の娘りえ子さん、手塚治虫の娘るみ子さんとの共著『ゲゲゲの娘、レレレの娘、らららの娘』(文藝春秋))としている。

 

◆2. 原作者水木しげるの生涯とエピソード

水木 しげる(みずき しげる、1922年3月8日 - 2015年11月30日、93歳没)は、日本の漫画家。本名は武良 茂(むら しげる)。

大阪府大阪市住吉区出生、鳥取県境港市入船町育ち。幼少時、まかない婦として家に出入りしていた景山ふさ(のんのんばあ)が語り聞かせた妖怪の話に強い影響を受ける。 高等小学校卒業後、画家を目指して大阪で働きながら学ぶ。やがて徴兵年齢に達し、体躯壮健ながら近眼であった事から乙種合格となり補充兵役編入。1943年に召集され、帝国陸軍の軍人(兵)として太平洋戦争下のニューギニア戦線・ラバウルに出征。過酷な戦争体験を重ね、米軍の攻撃で左腕を失う。一方で現地民のトライ族と親しくなり、ニューブリテン島に残ることも希望したが、周囲の説得で日本へ復員した。

復員後は貧窮により画家の修行を諦め、生活のために始めた紙芝居作家を経て上京。1958年、貸本漫画『ロケットマン』で貸本漫画家としてデビュー。ペンネームは、紙芝居作家時代に兵庫県神戸市の水木通り沿いで経営していたアパート「水木荘」から名付けた。1960年から断続的に『墓場鬼太郎』シリーズを発表し始める。代表作の『ゲゲゲの鬼太郎』『河童の三平』『悪魔くん』などを発表し、妖怪漫画の第一人者となる。

 

 彼には面白いエピソードがたくさんある。ここでは三つだけ取り上げたい。

◇1. 少年時代は、比較的に恵まれた環境で育つが学校の勉強はできる方ではなく、両親が尋常小学校入学を1年遅らせたほどだった。自身も認めるマイペースぶりから朝寝坊してゆっくり朝食をとり、たいてい2時間目くらいの時間から登校するという変わった生徒だった。

朝寝の習慣は一生続いた。朝寝坊で何度も学校や仕事を辞めている。しげるはアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』の主題歌そのままに朝寝を好んでいたわけだ。NHKの『あさイチ』で水木プロダクションから生中継が行われた際も、当初から妻の布枝だけが出演する約束になっており、水木本人は普段通り就寝していた。

しかし、彼は93歳まで長生きした。水木自身、長生きの秘訣として普段から睡眠の重要性を説いており、自分はどんなに忙しくても1日10時間は寝ると語っていた。逆に、自分より年下の手塚治虫や石ノ森章太郎は徹夜ばかり続けていたために早死にしてしまったと、手塚治虫文化賞の受賞スピーチで語っている。また、水木と同じく長生きの漫画家として知られたやなせたかしも水木の意見に賛同している。

 

◇2. 水木は漫画家になって、赤貧の生活を送り、何度も人生の危機に遭っている。そんなときに、「ほんとうに困ったときに、いつも鬼太郎が救ってくれた」としみじみ語っている。

 いいキャラクターと出会い、つねにそのキャラクターを活かすために勉苦に励んでいる。水木が持っている妖怪の資料は半端ではなかったようだ。どんなに生活が貧しくても、妖怪に関する資料を買い求めたようだ。その努力が報われる。

<売れない貸本漫画家時代から、膨大な「絵についての資料」をスクラップ・ブックにしてコレクションしていた(貸本漫画家時代は100冊。晩年は300冊を超えるという)。また、「ハヤカワ・ミステリ」などの書籍も「ネタになる」と、多数購入していた。妖怪関連書も神保町の古本屋で、古いものまで集めていた。それを見た桜井昌一は、「この人は絶対、世に出る」と感じたという。また、長井勝一は「貧乏していても資料を丹念に集めるという点では、類のない人だった」と回想していた。なお、若き時代の呉智英などが、その資料の整理を手伝った。>

ある日長女に「手塚治虫先生の漫画には夢がある。お父ちゃんの漫画には夢がない」と言われ「馬鹿野郎!俺は現実を書いているんだ!」と激昂したというエピソードがある。

最近、私は妖怪の世界はパラレル・ワールドだと感じている。妖怪というのは本来八百万の神々であり、人間が感じている神々や妖精が変化したものである。現実の世界の裏側に、間違いなく妖怪の棲む世界があると思える。ところが、人間が電気という技術力を発明して暗い場所を失くしてしまったので、妖怪の棲む場所がどんどん狭められている。本当にこれでいいのかと思い始めている。

 

◇3. 水木は軍隊生活で悲惨な目にあっている。このときの体験を代表作でもある漫画『総員玉砕せよ!』に描いている。

軍内での鉄拳制裁は日常茶飯事で、特に上官から目を付けられていた水木には「ビンタの王様」というあだ名がついた。

行軍中に風邪を引いた際にマラリアを発症、高熱で錯乱状態に陥ってジャングルを彷徨い歩き、危うく行方不明になりそうにもなった。追い討ちをかけるように療養中に敵機の爆撃で左腕に重傷を負い、軍医によって麻酔のない状態で左腕切断手術を受けるなど、再び半死半生の状態に追い込まれた。

片腕を失くし、他の傷病兵と後方に送られる。送られた野戦病院では、治療の傍ら畑仕事などに駆り出された。最前線に比べれば安全な土地で死の恐怖が和らぐと、島の原住民であるトライ族と交流するようになる。他の兵隊の様に威張らない水木を気に入ったトライ族から歓待を受け、水木の側も配給のタバコをお礼に渡すなどしている内に意気投合し、やがて集落の仲間として受け入れられた。

日本が「ポツダム宣言」を受諾して終戦。連合軍の捕虜収容所に収監されて本国送還の順番を待つ間、トライ族から農地を分けるから一緒に暮らさないかと誘われ、現地除隊して永住することを真剣に考えたこともあった。しかし、信頼する上官砂原から「家族に会ってから決めても遅くないぞ」と助言され、帰国を決意した。

太平洋戦争下のニューギニア戦線・ラバウルは死ぬのが当たり前の戦場だった。だから、水木は心の底から「生き延びた!」と思い、戦場で死ななかった事に感無量だったという。

『総員玉砕せよ!』やインタビューで分かる通り、叩き上げの軍人であろうと死んでいった戦友を悼む態度を取っている。「近年自殺者が増えていることに対してどう思うか」との問いには「彼らは死ぬのが幸せなのだから(自分の好きで死ぬのだから)死なせてやればいい。どうして止めるんですか。彼ら(軍人達)は生きたくても生きられなかったんです。」と答えた。片腕を失ったことに対しては「私は片腕がなくても他人の3倍は仕事をしてきた。もし両腕があったら、他人の6倍は働けただろう」と語り、「左腕を失ったことを悲しいと思ったことはありますか」という問いには「思ったことはない。命を失うより片腕をなくしても生きている方が価値がある」と答えている。

 

 なんて深い言葉だろうと感じた。今の自分にかさなってきた。

私は足の不自由な身体障害者として育った。小さい頃はいじめも受け、なんでこんな身体に生まれたのかと悩んだこともあった。しかし、なに不自由なく育ち、多少びっこをひくものの、とりあえず歩けるし、生活面で困ることはない。歩けるだけ幸せだ。今は歩いてストリップ劇場に通えることがなによりも嬉しい。自分が自由に身体を動かせない分は、代わりに踊り子さんが自由に動いてくれる。そのステージを眺めるだけで慰めになる。

 大学時代に、失恋したとき、一人暮らしのアパートで「ふられた原因は足が悪いことにある。きっと自分は一生結婚もできないかもしれない。」と自殺が頭をよぎったこともあった。でも、一流大学を卒業し、一流の会社に勤め、運よく見合いで結婚して三人の子どもに恵まれた。十分に幸せな人生を送れた。

産んでくれた両親に心から感謝している。父親は食道癌を患い66歳で亡くなったが、母親は胃癌と腎臓癌を患ったが今も元気でいる。母親はいまだに小児麻痺で私が足を悪くしたことを悔いており、今でも「なんとか治してあげたい」と口にする。おふくろ、もうそんなことを思うことはないよ。私は足が悪くても自分の人生を満足であると思っているから。

還暦を迎え、年老いた私には、足が不自由だからカッコ悪いという意識はもうない。歩けるだけ幸せだ。ストリップを観れるだけ幸せだと思っている。水木さんが言うように「自殺して死ぬより、足が不自由でも、こうして生きている方が価値がある」としみじみ言える。私に残されている課題は、好きなストリップを題材にして書き綴ってきた童話やポエムをいかにして世に問うかだけだ。

 

 長々と述べてしまいました。個人的なことまで話してしまいすみません。最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

 

 

2019年6月                              シアター上野にて

 

 

 

 

 

 

『毛毛毛の鬼太郎』 

      ~虹歩さんの演目「ゲゲゲの鬼太郎」を記念して~

 

 

 ゲゲゲの鬼太郎がひょっこりストリップ劇場に現われた。

 鬼太郎というとふさふさな髪の毛のイメージが強いが、‘髪の毛針’攻撃のやり過ぎか、髪がかなり薄くなっていた。妖怪なので歳をとらないはずが、なぜか白髪も目立ってきている。妖怪だって疲れて老けるわな・・・笑

 

劇場ではたまたま、出てくる踊り子さんの殆どが、きれいなパイパンになっていた。

 鬼太郎は唖然とし、自分の頭髪をしきりに触りながら「なんでみんなパイパンなんだ!? 毛を粗末に扱ってはいけないよなぁー」と呟く。

 しかし、だんだん観ているうちに、パイパンの魅力に魅せられる。踊り子さんの下腹部のきれいな土手と一本の筋はこの世の究極の美しさに思えた。それは穢れなき幼女の処女性を示す聖なる性のシンボルマークでもあった。

 鬼太郎の髪の毛の中に隠れていた目玉おやじも目を丸くして眺めていた。

 隣で観ていた仲間のぬりかべは踊り子さんのパイパンに大喜び。「ぬりかべ~」と嬉しそうに叫ぶ。きっと自分と同類と思ったのだろう。

 また、その隣にいた一反木綿(いったんもめん)もそわそわしている。彼女たちのふんどしになりたいのかな・・・!?

 子泣き爺はパイパンを見たら小さく堅くなってしまいました。砂かけ婆の目を意識しているのかな(笑)

 

 ある踊り子さんはパイパンではなく、きれいな逆三角形の陰毛だった。

 彼女は鬼太郎を見つけて「あらっ! 鬼太郎さん、髪の毛が薄くなったのね。かわいそう!」と言って、彼に近づき、オープンしながら、陰毛を掴んでは、おまじないのように彼の頭の上にふりかけた。「毛が生えれ! 毛が生えれ!」

 鬼太郎は顔を少し赤らませながら小さな声で「逆‘髪の毛針’攻撃!」と囁く。すると、踊り子さんの陰毛がみるみる鬼太郎の髪の毛に吸い寄せられるように移りました。

 その後も、鬼太郎は他のお姐さん方から陰毛を奪い、ふさふさの髪の毛になりました。

しかし、鬼太郎の髪型は以前とはちょっと違うなぁ。所々に部分パーマをかけたような縮れ毛が散在。まぁ、細かいことは気にしないことにしましょう。いずれにせよ、髪の毛を得た鬼太郎は若返りました。

 鬼太郎のせいで、踊り子さんの大半がパイパンになり、そのため劇場は次々とパイパン大会をやるようになりました。

 

 鬼太郎は頻繁にストリップ劇場に通い出す。夜中にこそこそと抜け出すこともあれば、やけに朝早く出かけていくこともある。(それは場所取りをしているんだろうね。笑) 

彼を慕う猫娘が一体鬼太郎は何に夢中になっているか気が気でなりません。あのまじめな鬼太郎がしまりのないにやけ顔をしている。

ある日、こっそり彼の後を追ってみました。鬼太郎は場末のストリップ劇場に入っていきました。続いて猫娘もストリップ劇場の中を覗きました。そこは別世界。猫娘は一瞬でストリップのもつ華やかさや美しさに魅入られ、自分も踊り子になる決心をしました。

 鬼太郎の仲間たちは賛成しました。ねずみ男は自分が猫娘のマネジャーになると言い出しました。きっと、お金のニオイをかぎつけたのでしょうね。

ところで、猫娘が踊り子になるにあたり、ひとつ大きな問題がありました。猫娘は毛深いのであそこも剛毛でした。今や空前のパイパンブームなので、猫娘はなかなか受け入れられそうにありません。そこで、鬼太郎の仲間たちはパイパンブームを消す計画を練りました。

 パイパンの踊り子さんが登場したら、砂かけ婆が踊り子のあそこに砂をかける。少し黒ずんで見える。とどめは鬼太郎の‘髪の毛針’攻撃でした。先に頂いた陰毛を返していきました。

 ストリップ業界は、みるみるパイパンブームが消火し、自然ヘアに戻りました。

 猫娘はキュートな可愛さで観客を魅了しました。彼女が得意とする演目は「小悪魔キャット」でした。

さっそく内容を紹介します

椅子に絡んで、セクシーCATに扮した猫娘が登場。カールされた白い鬘(かつら)が印象的。豹柄の耳リボンを付ける。この鬘がとても似合っている。

上半身は、刺繍入りの高級感あふれる白いシャツで、襟元と胸元が黒い。黒いパンツ。そして、長いストッキングと長い手袋は白黒の縞模様。太もも前方にあるピンクのハートマークがワンポイント。豹柄の尻尾も付いている。黒いハイヒールを履いて、椅子に絡み、時に椅子の上に立ち上がったりして、軽快なダンスを披露。

次に、曲が「I’m sexy」に変わる。ロッド・スチュワートの曲だが女性ボーカルがカバー。曲にのり、CAT衣装のまま、白い下着姿になり、セクシーに踊る。そのままベッドへ。

近くで猫娘を眺める。なんてキレイなんだろう♡ うっとりする♡

今回のセクシーCATは猫娘にピッタリなはまり役であった。

猫娘は、オープンショーやポラタイムでもお客に絡みました。まるでネコのようにじゃれつくのです。これには一発で客ははまりました。ただ、お客が調子に乗って猫娘に触ろうとすると牙をむくのでご注意!

 

猫娘の活躍で、ストリップ業界は盛り上がった。

その影では、鬼太郎たちの陰謀により踊り子さんの陰毛を濃くしたりパイパンにしたりと画策された。いつしか鬼太郎は「毛毛毛の鬼太郎」と呼ばれるようになっていた。

 

                                    おしまい

 

 

 

 

 

 今回は、ロックの踊り子・星崎琴音さんについて、「ステージというパズル~星崎琴音を読み解く~」という題名で語ります。

 

 

 

次に、新作となる演目「psycho-pass(サイコパス)」を語ります。

 まずアニメ『PSYCHO-PASS』を知らないと、この演目は理解できない。『PSYCHO-PASS』は、2012年放送のアニメ作品。「踊る大捜査線」の監督・本広克行が総監督を務め、フジテレビ系列ノイタミナ枠にて放送された。

 次のようなストーリー。

舞台は、人間のあらゆる心理状態や性格傾向の計測を可能とし、それを数値化する機能を持つ「シビュラシステム」が導入された西暦2112年の日本。人々はこの値を通称「PSYCHO-PASS(サイコパス)」と呼び習わし、有害なストレスから解放された「理想的な人生」を送るため、その数値を指標として生きていた。その中でも、犯罪に関しての数値は「犯罪係数」として計測され、たとえ罪を犯していない者でも、規定値を超えれば「潜在犯」として裁かれていた。そのような監視社会においても発生する犯罪を抑圧するため、厚生省管轄の警察組織「公安局」の刑事は、シビュラシステムと有機的に接続されている特殊拳銃「ドミネーター」を用いて、治安維持活動を行っていた。本作品は、このような時代背景の中で働く公安局刑事課一係所属メンバーたちの活動と葛藤を描く。

 今回の星崎琴音さんの演目では、この『PSYCHO-PASS』に登場する槙島聖護(まきしましょうご)という人物を演じている。彼は180cm、65kg、O型で、数々の事件の裏で暗躍する青年。年齢や過去、経歴等のデータは全てにおいて謎に包まれている。つまり槙島は凶悪犯でありながらシビュラシステムにその犯罪動向に見合った犯罪係数が計測されることのない、免罪体質と呼ばれる特異な体質を持っていた。そのため「シビュラシステムの誕生以降、最悪の犯罪者」と呼ばれる。

槙島の外見は次のように形容されている。襟足が長い銀髪に金色の眼。「白い天使」「芸術のような美貌」「過剰なほど整った顔立ち」「月と雪が交わって生まれたような美しい男」等、浮世離れしたかなりの美男子であると語られている。

 ここまでの予備知識をもって、演目の内容を紹介する。

 最初に、怪しげな黒いマントを羽織り、後ろ向きに立って登場。振り向いたら異様な白い仮面を付けている。これが『PSYCHO-PASS』の槙島聖護。

 すぐに、黒いマントを脱ぐと、下には白いマントが。「白い天使」と呼ばれる槙島らしさを表現。

 一曲目は気鋭の音楽家・菅野祐悟が作ったインスト「槙島聖護」で、音楽に乗って踊る。

菅野祐悟(現在40歳)は今やたくさんのテレビドラマや映画音楽を手掛けている時代の寵児的な作曲家。代表作にはテレビ・ドラマ「ガリレオ」「外交官 黒田康作」「レジデント~5人の研修医」、映画音楽『カイジ 人生逆転ゲーム』『映画 ホタルノヒカリ』『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』などがある。

ステージは一旦暗転し、EGOISTの曲「名前のない怪物」に変わる。これはEGOISTの

3rdシングルであり、10 月からフジテレビにて放送がスタートした人気TVアニメ「PSYCHO-PASS」のエンディング・テーマソングになっている。なお、「サイコパス/ゼロ 名前のない怪物」というアニメ本編の外伝小説(著者は高羽彩)がある。

 ここで白いマントを脱ぐ。上下セパレートな衣装。ブラもパンツも、黒に金色が織り交ざる色彩。その上に透け透けの黒い布を羽織る。

裸足で踊る。

 暗転。

 三曲目は、菅野祐悟のインスト曲「PSYCHO‐PASS Symphony」に変わる。

 琴音さんが袖の近くで裸になってピンクの衣装に着替える。肩紐で吊るしたワンピースで、上半身はキラキラした高価な刺繍が織り込まれている。

裸足のまま、回転盆に移動し、ベッドショーへ。

盆のセンター席から近くで琴音さんを眺めると、改めて彼女の美貌にうっとりする。ショーヘアがかわいい。今回、目がとてもオシャレ。長い付けまつげと目の真下に銀色にキラキラした泣きぼくろ。目を閉じて演じていることが多く、目を閉じるとまつげの下の泣きぼくろがキラリと輝く。ぞくぞくっと来る。

アクセサリーとしては、水晶が垂れるピアス、そして泣きぼくろに合わせたように指先のマニキュアが銀色に輝く。

改めてスリーサイズB95・W62・H93という豊満な肉体が素晴らしい。色白で肉感的なセクシーボディ♡ こんもりとしたヘアが秘部を優しく飾る。たまらなくエロくそそられる。

ベッド曲はEGOISTの「この世界で見つけたもの」で、立ち上がり曲もEGOISTの「All Alone With You」で締める。

 我々は、星崎琴音演ずるアニメ世界を堪能するのみ。

 この作品についても、琴音さんから次の解説を頂く。

「アニメのキャラをイメージして作ってます。槙島をイメージ。」

「一見悪者に見えるんだけどそれは主人公サイドから見た話しで、逆から見たら彼も被害者かもしれない。人間の光と闇を描いた演目だよ。」

「選曲を自分、振付はMIKA姐さんだよ。」「MIKA姐さんの振り大好き☆」

「見どころは前半と後半の空気の変化かな? 曲の変化とか?」

 

 

今回のステージ観劇レポートとして、あとがきを少し書き添えたい。

正直いうと、初めてステージを拝見したとき、琴音さんが何を訴えているのか全く分からなかった。すぐに演目名と選曲を尋ねるも、演目名からテーマが見えない、知っている曲がない。曲名とアーティスト名から調べて、アニメに関するものだと漸く分かる。

私は幼少期「マンガ博士」と呼ばれるほど少年漫画に夢中だった。アニメも同世代の中では詳しい方と自負している。そんな私が50年以上の人生を送ってきて、琴音さんが演じている今のアニメには全く無関心でここまで来た。ストリップの踊り子として星崎琴音に興味を持ち、彼女のステージ作品に触れ、初めてそのアニメとの接点を持ったわけである。

私がレポートを書きながら楽しいと思うのは、これまで学校や会社を始めとした社会生活で学んできた知識を再認識する作業過程であることが多い。全く知らないアニメやアニソンを調べて、知ったかぶりでレポートするのは、あまりワクワク感がなく、これまで培ってきた自分の中の知識に絡まないため、理解するのにやたらと時間がかかるし、迷路を彷徨うような感覚を味わう。終いに苦痛になって投げ出すか、諦めずパズルを解くように楽しむか、今回その分岐点にふと佇んだ。

一般に、20代前半の踊り子さんに対して、ストリップファンは50~60代の高齢者が多く、親子ほどの年齢差がある。おじさんの知らないアニメやアニソンを使って作品を創る踊り子さんがいるのは当たり前。そこで、おじさんとしては、単に若いヌードを楽しむことに徹するか、彼女の演ずる世界を理解しようとするかの違いで、ストリップの楽しみ方に雲泥の差が出てくる。先ほどの命題「いかにパズルを解くように楽しむか」であるが、単に趣味としてパズルが好きかどうかではなく、最後はその踊り子さんにどれだけ関心があるかどうかなのだろうな、と感じられた。つい先日、ある若い踊り子さんとこんな会話をした。「今回はレポートに苦戦しているよ」と話したら「無理してリポートを書かなくてもいいわよ。太郎さんの得意な分野のものに限ってレポートしてくれればそれで十分よ。」と言ってくれた。そのアニメを真に理解するには、実際そのアニメを最初から観るしかないだろう。ネットの表面的な文字情報からだけでは本当のレポートにならないと感じている。しかし、それだけの時間が無いときには、自分なりの可能な範囲でレポートするしかない。

ある琴音ファンの方と演目について話すも、彼はアニメのことを追求するのは完全に諦めていた。今更知らないし興味の無いことには関心が向かないと言う。歳をとるとこうした傾向が強くなるが、殆んどのファンの実態はそうなのかもしれない。しかし、せっかく新しい知識にふれるチャンスがあるのに物臭的に諦めるのはどうか。今後の人生で新しい面白さを見つけることになるかもしれない。それを簡単に逃してしまうのはもったいない。

私は新しい知識を得たいので努力を惜しまない方だが、そうすることでひとつ言えることは、ある若い踊り子さんで苦労して調べた新しい知識が別の踊り子さんで活かされることが頻繁に出てくる。アニメも、アーティストも、ファッションも・・・そうしたひとつひとつの積み重ねが今の自分と若い踊り子さんとの繋がりになっている気がする。無理だと諦めるのは容易いが、それでは踊り子さんとの距離は縮めることはできないし、いつになっても仲良くなれないだろう。少しの努力を続けることが若返りにつながる。

アニメ等の理解不足でたいしたレポートになってないかもしれないが、書き上げたところで、少しでも大好きな星崎琴音さんに近づけたような気がして、自分なりに満足した今回のレポートだった。

 

平成29年11月                           大阪東洋ショーにて

 

 

 

『ストリップ版サイコパス』  

~星崎琴音さん(ロック所属)に捧げる~

 

 

1.   はじめに

 

舞台は西暦2100年のストリップ界。「シビュラシステム」による「PSYCHO-PASS(サイコパス)」の時代に入っていた。

 

この物語をするためには、時代を少し遡って話をしないといけない。

サワティ王子は、2020年の東京オリンピック&パラリンピックに向け、プリキュア戦士を募り、ストリップの再興を果たした。その過程を経て、サワティ王子はストリップ界の大きな構造改革に取り組む必要性を痛感した。

ひとつは、警察権力への対抗策。弱い者いじめのように警察のガサ入れが行われていたが、その原因を突き詰めてみると、警察側の手柄の話もないことはないが、当時、警察権力がストリップ界に介入してきた一番の理由は脱税だった。劇場経営側の脱税問題もあったが、踊り子側の個人所得漏れ問題もあった。劇場経営にとってストリップの売上というのは客の入場料の他にポラの売上があった。後者のポラ売上が特に曖昧で、この売上漏れが劇場側の美味しいところとなっていたのだ。サワティ王子は知り合いの税理士と協力して売上計上の明確化・透明性を図った。もうひとつの踊り子側の個人収入未申告の問題についてはマイナンバー制の導入により自然と修正されていった。

サワティ王子は、今のストリップは昔のエログロ路線と違って極めて健全でショーアップされているものだと繰り返し強調した。その上で、軽犯罪の抑止効果や高齢化社会における性福祉への応用などを説明した。その甲斐もあり、警察権力とは一定の均衡を保てるようになってきた。

外部の警察権力の問題より、むしろストリップ界内部の問題の方が大きかった。劇場経営者同士、踊り子同士、客同士、そして踊り子と客の関係の中で様々なトラブルがあり、その軋轢がストリップ人口を減らしてきている現実があった。それぞれの原因を徹底的に究明し、その解決方法を模索していかなければならなかった。これは一朝一夕でなんとかなる問題ではなかった。

サワティ王子は、長きにわたり、その問題の対応策を検討してきたが、彼も高齢化し死期が近づいてきた。

 

 

2. 電脳時代の到来

 

ところが医療がどんどん高度化し、義手・義足にロボット技術を付加したサイボーグ技術が発展し、最終的には脳だけを残し、それ以外の身体全体を機械化したサイボーグ人間が可能となってきた。人類の長年の夢であった不老不死が実現したのであった。しかし、その技術を享受できる人は、莫大な費用がかかること、また世間体が厳しいことより、選ばれたほんの一部の人の特権となった。サワティ王子はストリップの再興により莫大な財産を手に入れ、かつ長年のストリップ界における功績により、その特権を享受することができた。

 

ところで、サイボーグ化された身体で性の欲求はどうなるのか?

この問題を話すうえで、特筆しておきたいことがある。サワティ王子には昔からのスト仲間がたくさんいた。その中に彼の右腕ともいわれる参謀にシゲさんがいた。彼は若くして癌を患った。しかも膀胱癌。膀胱を切除した彼は男性器で排泄ができなくなり、腹部横に尿を貯める袋を付けていた。もちろん彼の性器は完全に男性機能を失っていた。ところが不思議なことに彼はストリップ通いを止めなかった。彼が言うには「大好きな踊り子さんを観ていると、おちんちんが勃ってくるんだ。」気のせいであろう。しかし、サワティ王子は友人シゲさんの気持ちがよく分かった。

もうひとり別の友人ヒロさんがいた。彼は若い頃からの酒の飲み過ぎから糖尿病を悪化させ遂に失明してしまった。ところが、その彼も長年趣味にしていたストリップ通いだけは止めなかった。目が見えなければストリップは楽しめないと普通の人は思うだろう。ところが、彼は「俺は心の目でストリップを見ているんだ!」と言っていた。懐かしい劇場の空気を味わうだけで、生きている実感があるのだろう。彼が失明した時にもう少し医療が発達していれば目のサイボーグ化に間に合ったのに今更ながら残念だ。

それを機に、サワティ王子は、エロスというのは身体ではなく心で感じるものだと強く認識するようになる。「男はいくつになっても女を求める存在であること」そして「それは身体が欲するのではなく心が欲するのだ」という「心のエロス理論」を構築する。

昔は風俗の代表格とされたストリップだったが、改正風営法の規制により本番生板ショーなどのエログロ路線で壊滅的な打撃を受け、アイドル路線への変更でどうにか生き残ったものの、AVの普及などで風俗が多角化され、ストリップの領域は狭まった。その当時から、ストリップは高齢者の遊びになっていた。若い男性は直接的な刺激を求めてソープランドのような風俗に走ったが、それを卒業した高齢者たちがストリップを支える大きな客層になっていた。ボケ防止、認知症の解消などにストリップが大きな効果を発揮することが判り、劇場は高齢者たちの居場所、市民コミュニティのひとつとして認識されるようになる。サワティ王子は性福祉の一環としてこれを大きく押し進めた。こうした背景もあり、サワティ王子の論文「心のエロス理論」は大きな反響を呼んだのである。

ちなみに、シゲさんは若かったために癌の進行が止められず48歳で短い生涯を閉じた。サワティ王子はシゲさんのような人を救いたい一心から自分の身体を永遠にして、自己の理想を追求しようとしていたのであった。

 

当時の警察権力の中に、攻殻機動隊というのが組織されていた。サイボーグ化という電脳時代の到来により、新たな犯罪に対処するための警察組織だった。

電脳化されたサワティ王子は、ストリップの市民権を確保するために、この攻殻機動隊と何度も接触した。その過程で、彼は後に彼の重要な協力者になるMIKAと出逢った。

MIKAは攻殻機動隊の中で、極めて高い知性を示していたので、すぐにサワティ王子の主張を理解した。そして何より特筆したいのが、類まれな美貌だった。身体はサイボーグ化されていたが、若いときのまま。そう、彼女は永遠の美貌をも手にしていたのだった。

彼はMIKAと接するうちに、是非とも彼女をステージに立たせたくなった。何度も何度も説得し、最後には首を縦に振らせた。こうしてストリッパーMIKAが誕生した。

彼女はその美貌で世の男性たちにエロスの歓びを伝えるとともに、優れた身体能力に基づいて新たな空中ショーの要素を取り入れたステージを開拓し観客を喜ばせた。

 

 

⒊. PSYCHO-PASS(サイコパス)」の時代へ

 

時代は更に進み、「シビュラシステム」による「PSYCHO-PASS(サイコパス)」の時代に入ってきた。

人間のあらゆる心理状態や性格傾向の計測を可能とし、それを数値化する機能を持つ「シビュラシステム」     が完成し、人々はこの値を通称「PSYCHO-PASS(サイコパス)」と呼び習わし、有害なストレスから解放された「理想的な人生」を送るため、その数値を指標として生きるようになっていた。

その中で特筆すべきは「犯罪係数」と呼ばれるもの。犯罪に関しての数値は「犯罪係数」として計測され、たとえ罪を犯していない者でも、規定値を超えれば「潜在犯」として裁かれていた。それを取り締まる警察組織が公安局刑事課であった。

 

サワティ王子は、今後のストリップ界の繁栄を盤石にするためにも、このシビュラシステムを活用し、潜在的にストリップをダメにする客を排除したり、新しい踊り子の発掘をしようと考えた。

サワティ王子は、この企画を推し進めようと警察側と接触する中で、公安局刑事課一係の元執行官である狡噛慎也(こうがみ しんや)という人物と知り合いになる。眼光の鋭い、筋骨隆々の身体をした野性味あふれる青年だった。一見近づき難いイメージがあったが、根がスケベなのかストリップが大好きでサワティ王子と気が合った。二人は誕生日(8月16日)が偶然同じだった。そんなこともあり、一緒に酒を呑みながらストリップ四方山話に花が咲き、またサワティ王子の理想に協力的だった。

そして、狡噛はひとりの女性を紹介してくれた。それが公安局刑事課一係の監視官である常守朱(つねもり あかね)だった。髪型はショートボブにした、一見、ふつうの可愛いお嬢さんだった。ところが頭脳が極めて明晰。彼女もすぐにサワティ王子の理想のストリップを理解した。ストリップの魅力に気づき興味をもってくれた。常守朱は際立った美人ではないが、真っすぐな性格のため、サワティ王子のハートを掴んだ。

サワティ王子はダメ元で、常守朱さんに「朱さん、一度踊り子になってみないかな?やってみたら面白いと思うよ。」 と勧めてみた。彼女がデビューしたらストリップ界に新しい風が起こりそうな予感がしたのだった。

常守朱さんはニコッと笑いながら「機会があったらね」とやんわり断った。ただ、サワティ王子の理想を実現させるためには、踊り子の立場になって物事を考えられる体制作りも重要だと察した。そこで公安局刑事課内から体験させる者を抜擢した。それが新任の監視官・霜月美佳(しもつき みか)だった。鼻から頬にかけてソバカスのある女の子。高校時代はポニーテールをリボンで結んでいたが、今はサイドアップを左にリボンかシュシュでまとめあげた髪型をしている。まだ職場環境や仕事に不慣れで、時に上司である朱に対しため口をきき、他の同僚ともしっくりいかない存在であった。不協和音を排除する意味もあったが、なによりストリップという厳しい世界で人間形成させたいというのが常守朱の狙いだった。すぐに若い霜月はストリッパーとして頭角を現していく。

 

 

⒋. ストリップ係数の創設

 

 先ほど「シビュラシステム」による犯罪係数の話をしたが、同じようにストリップ係数という概念を導入しようとサワティ王子は考えた。

 

 踊り子側はこうなる。

 踊り子になるための適性を判断すること、そして、それをなるべく若い時期に判定させてデビューさせることを目的とした。

 容姿などのアイドル資質、歌やダンスなどの技能資質、過去の職歴などを総合的に判断材料にする。

ストリップの場合はなによりもダンスが好きなことがポイント。いろんな辛いことがあっても、ダンスが好きなら辞めないもの。ダンスによってストレス発散ができるから。その点、ダンスに自信がなくなるとステージそのものが暗くなり長続きしない。

また、ポラなど客との応対が大切なために、性格面も重視された。いくら外見が良くて最初にポラが売れたとしても、客扱いが悪いとすぐに客離れを起こす。結局お客がつかない踊り子は長く続かない。

こうした顧客満足度の観点から、踊り子の外的・内的の両面から総合的に係数化を進めていく。

 楽屋での踊り子同士のいざこざも困る。先輩のお姐さんに可愛がられる素直さは大切である。新人の役割はどこの職場にもある。部屋の掃除やティシュ箱の買い物など。「なんで私がこんなことをしなければならないの?」と言って辞めていく踊り子は後を絶たない。これも性格判定になる。

 こうしたことがきめ細かく係数化される。

 

 次に、客側の係数化。

 ストリップをダメにする客は多い。踊り子を付け回すストーカー癖、劇場内のマナーを乱す露出魔、そういう経歴があったら入場させないのが鉄則。従来から一度問題になったら出禁にされている人が多い。ストリップにおける一種の犯罪係数である。

 劇場側の方針や特定の踊り子とのトラブルで排除される人もいる。最近多いのが特定の‘踊り子出禁’である。居眠りしたから出禁にされたとかよく聞くが、せっかくお金を出して観に来た客側が本当に悪いのか、単に踊り子側の感情的な問題なのか、一般的な判断が難しい時がある。特定の踊り子との相性が悪いだけと判断できるケースも多い。こういう客をむやみに排除するのはストリップ人口を悪戯に減らすだけである。

特定の踊り子に熱を上げすぎるのも問題。いつも皆勤する人を熱心な客と評価するか、一種のストーカーと捉えるか、微妙なときがある。これまでは全て踊り子や劇場側の主観で判断されてきた。しかし、一部の人の好き嫌いに偏り過ぎるケースもままある。ストリップ愛をどう捉えるかは極めてデリケートな問題である。変に周りが騒いで、嫌気をさしてストリップから離れていったまともな客もたくさんいる。一度リセットして考える余地がある。

サイト上での誹謗中傷は徹底的に規制することにした。これが一番タチが悪い。

 

言うまでもないが、客の嗜好も千差万別。

ぽっちゃりタイプが好きな客。スリムな体型が好きな客。熟女好き、若い子好き。

完成度の高いステージを要望する客。ただ若くて可愛ければいいと考える新人好きの客。

ステージの上の踊り子からニコッと微笑んでくれただけで満足する客、短いポラタイムに片言の会話で満足する客、ポラのコメントを求める客、もっとコミュニケーションしたいと手紙のやり取りを求める客、中には踊り子にイラストなど絵を描いてほしいとねだる客。

ポラ好きの客の中には、コレクターのようにポラ写真を撮りまくる客。エロポラを好む客。ツーショットだけ撮る客、中にはツーショットの時に踊り子にお触りしたがる困った客もいる。

まぁ揚げればきりがない。

 

 昔から素晴らしい踊り子と云われる人にはいい客が付いている。リボンなど一番客といわれる人々の存在が踊り子の魅力を持ち上げる。客が踊り子を育て、踊り子が客を育てる。お互いがいい関係としてステージを盛り上げるのが理想。

 ひとりひとりの客をストリップ愛の観点から係数化し、最適な踊り子の応援体制を整備する必要性を、サワティ王子は昔から感じていた。要は、踊り子も客もみんながストリップを楽しむためにどうするかである。劇場側としてはいい客を一人でも多く劇場に足を運ばせたい。踊り子としては、いいお客に応援してほしい。お客も、お気に入りの踊り子を作って素敵なストリップLIFEを送りたい。みんなで楽しくストリップを盛り上げたい。

    

                          

⒌. サイコパス時代のストリップが幕開け

 

 このサイコパス時代の申し子ともいえるピカピカの新人がデビューした。彼女の名前は星崎琴音さん。

 彼女は学生時代からストリップ向きの女の子として、ストリップ係数が高かった。それを知ったサワティ王子は早くから彼女に接近し、ストリップ界にスカウトした。サワティ王子の勧誘が奏功し、まさに満を持してのデビューとなった。

 そのため、サワティ王子は自分の腹心であるMIKAに頼み、教育・指導係に任命し、またデビュー作の演目構成も手伝わせた。MIKAも彼女の資質を認め、素直な性格を喜び、間違いなくストリップ界の将来を担う逸材と感じた。

 星崎琴音は若くて可愛いだけではなく、ぽっちゃりした肉付きがストリップファンの喜ぶエロス体型であり、かつ性格が優しくてポラ対応などがまめなために、客側から接していると癒されるとの声が上がり評判になる。

 同時にデビューすることになった霜月美佳とは対照的ではあったが、二人はよきライバルとなり、その後のストリップ界を盛り上げた。

 そうそう、二人のデビューの時には、サワティ王子は狡噛慎也も常守朱も招待していた。楽しそうに観ている二人に対して、サワティ王子は「今度は朱さんのステージも観てみたいな」と笑顔で片目をつぶった。

                                    おしまい