今回は、ロックの踊り子、MIKAさんについて、H26年11月中の仙台ロック公演での新作「攻殻機動隊」をレポートします。

 

 

 

早速、新作の内容を紹介する。

最初に、黒いマントで頭からすっぽり全身を包んだ、おどろおどろしい恰好で登場。さっと黒いマントを取ると、中にはパープル系の髪の毛の女性が。このMIKAさんのウイッグ姿にビックリ。ポラの時に「宇宙人じゃないわよぉ~」とMIKAさん。作品全体を通して、このパープルのウイッグを付けている。

衣装も独特だ。黒いランニングシャツ、白系のズボン、外してある白いサスペンダー、そして上着に皮ジャンを羽織る。黒いブーツを履く。ヤンキーぽい感じはするものの、衣装の意味はよく分からず、私としては、かっこいい、スタイリッシュなイメージを覚える。

激しいダンスの中で、一瞬暗くなったかと思うと、二本のペンライトを照らし、赤い光が交錯する。次に両手に白い手袋をし、五色の光を発する。以前、演目「Body Feels Exit2」で魅せた光の舞い。暗い空間であるからこその光の演出。この世は暗い世界であるからこそ光に救われるのかな・・・。

次に作品のクライマックスへ。

裸体に、紐が巻かれる。右足には、頭髪と同じパープル色の紐をクロス。上半身に青い紐、右手首に緑の紐を巻く。そして、腰に黒いベルト、両手の腕と右手首にも黒いベルト。なんと、この青い紐と緑の紐はLEDになっている。よく見ると、各ベルトにバッテリーが取り付けてある。

場内が暗くなり光の演技が始まる。手首に巻き付けてある緑の紐をほぐし、それを絡ませてポーズを切る。

ベッドショーにかなり苦心している。光をキレイに魅せようとすれば場内を暗くしなければならないが、そうすると肝心のヌードは見えなくなる。このジレンマを、うまく照明を使うことで解消していた。

ステージとしては、幻想的な光の演出と捉えられるが、さて本題は何かな!?

 

MIKAさんが解説してくれた。「新作のタイトルは『攻殻機動隊』です。アニメの『攻殻機動隊』(そのまんま)がテーマになってるの。主人公の女性を演じてます。近未来のお話だよー↑」

「攻殻機動隊」という名前は聞いたことがあったが、内容については全く知らなかった。早速インターネットで調べた。・・・

「攻殻機動隊」はもともと士郎正宗による漫画であり、それを1995年に押井守監督が劇場版アニメ映画とした。この映画を観たことのない人でも、これがハリウッド映画「マトリックス」に大きな影響を与えたことで、一般人の認知度が格段に上がった。そして、2002年に神山健治監督のTVアニメ「攻殻機動隊」が連載。

 私としては、まず予備知識の無い状態で、神山健治監督のTVアニメ「攻殻機動隊」の第一話「公安9課」を観てみた。主人公の草薙素子を見た瞬間に、MIKAさんの格好が全て理解できた。そのままだ。登場人物たちの首の後ろから、コードをつなげ、インターネットに入っていくのを見て不思議な感覚になる。私が得意なファンタジーとは一味違ったSFの世界。男の子なら誰でも憧れる世界。私も小さい頃からSFアニメは大好きだったから、MIKAさんに火を付けられ、興味を持ってインターネットを検索し始めた。

「攻殻機動隊」のあらすじを紹介する。(ウィキペディア「フリー百科辞典」より引用)

 時は西暦2029年。第3次核戦争とアジアが勝利した第4次非核大戦を経て、世界は「地球統一ブロック」となり、科学技術が飛躍的に高度化した日本が舞台。その中で、マイクロマシン技術を使用して脳の神経ネットに素子(デバイス)を直接接続する電脳化技術や、義手・義足にロボット技術を付加した発展形であるサイボーグ(義体化)技術が発展、普及した。結果、多くの人間が電脳によってインターネットに直接アクセスできる時代が到来した。

 生身の人間、電脳化した人間、サイボーグ、アンドロイド、バイオロイドが混在する中で、テロや暗殺、汚職などの犯罪を事前に察知してその被害を最小限に防ぐ内務省直属の攻性公安警察組織「公安9課」(通称「攻殻機動隊」)の活動を描いた物語。

 その主人公が草薙素子。幼少の頃に、脳と脊髄の一部を除く全身を義体化した女性型サイボーグで、公安9課の実質的なリーダー。年齢は25~26歳。冷静沈着な性格に加え、統率力、身体能力において突出した才能を発揮する。

 リングの演技をやってのけるMIKAさん、そのものだ。MIKAさんが草薙素子に憧れて今回の演目を創り上げた気持ちがよく分かる。

 

また、攻殻機動隊というアニメには深い哲学を覚える。人間とアンドロイドやサイボーグ、AIなどとの対峙で浮き彫りにされる。人間の人間たる所以はどこにあるのかという疑問などを独自のスタイルで紡ぎ出している。

このことをMIKAさんは作品の中でうまく演じている。「新作、ラストでLEDの紐に囚われているのは、今のテクノロジーがこれから人間に与えていくであろう(今もある)ネガティブな部分を表現しているの♪」

 

私はストリップを趣味として時間を費やしているため、TV・映画も殆ど観なくなり、他のことに全く疎くなった。だから世間でこれだけ話題になっている「攻殻機動隊」のことも無知。ほんと踊り子さんを通じて教えられることばかりです。情けないけど仕方ないかな(笑)

 

平成26年11月                          仙台ロックにて

 

 

 

『踊り子がアンドロイドだったら』 

~MIKAさんの演目「攻殻機動隊」を記念して~

 

 

 

最近、ストリップで踊り子の新人デビューがありません。

困った劇場関係者はストリップ版初音ミクを作ることを思いつきました。

全ての男性が気に入るよう計算され尽くしたアンドロイドの踊り子です。

外見はルックス、スタイルはもちろん、下の顔だって、どういう色・形が男性を興奮させるか綿密に計算されたもの。

声は既に初音ミクがあります。かわいい声でお客の耳をくすぐります。

踊りも全世界のダンスをデータ化し、精密に再現できるようにしました。踊りは音響・照明とともにシンクロナイズされ、一切のミスが無いステージ化が可能でした。

ポラは目の前の初音ミクだけでなく、希望があればデータ化されているAV女優のものを出力することもできました。

またポラタイムでの会話対応にAI(人工知能)が活用されました。お客情報をデータ化することで「また会いましたね」「いつも応援してくれてありがとう」と笑顔で応対してくれます。ポラサインはお手の物。きれいなデッサンを付けてプリントされますし、コメントも瞬時に書き上げます。季節柄や客との経歴情報をさらりと書き込みます。客サービスには一切の手抜かりがないよう徹底しました。

こうやって完璧なストリップ版初音ミクが完成しました。

客は面白がりました。話題性があって人気が出たので、穴埋めだけでなく、各劇場に一台の割合で普及させました。

 

ところが、すぐにお客が飽きだしました。どこの劇場に行っても、同じような初音ミクがいるわけです。

エロポラと言えども、これでは家でAVを観ているのとなんら変わりません。生の実感というか、ストリップ本来の臨場感がないのです。

劇場関係者もすぐに手を打ちました。ワンパターンの初音ミクだけではなく、過去に人気があった踊り子コピーを製作しました。本物そっくりに仕上げました。

しかし、これでもやはり本物ではありません。客は見向きもしなくなりました。

 

ストリップは人間対人間の遊びです。

ストリップは踊り子に恋をする場。

「人間はアンドロイドに恋はできない」これが結論です。

 

                                    おしまい           

 

 

 

  

                                      2021.4

童話『鬼滅のストリップ』について

 

1.     はじめに

 

吾峠呼世晴原作の漫画『鬼滅の刃』がすごい人気を呼んでいます。さらに昨年2020年10月26日に公開された劇場版「鬼滅の刃」無限列車編は爆発的ヒットを記録し日本映画の歴代第一位となり、社会現象化したほどです。

それを受け、ストリップでは多くの踊り子がステージでアニメの主題歌を使用したり、『鬼滅の刃』をモチーフに作品を作って演ずるようになりました。

私が応援している踊り子のJUNさんもその一人。彼女のステージを観ながら、いつものように童話を創ってみました。私の人気シリーズ「踊り子になった〇〇〇」の一環としてストリップ童話『踊り子になった禰󠄀豆子』を書き上げてプレゼントしました。これが踊り子に大好評。たくさんのイラストまで描いてもらい、私としても大満足。そこに、他の踊り子から続編をリクエストされ、私も機嫌よくOKしました。そして思いつくままどんどん書き進みシリーズ化していき、二か月強かけて全24話が完結しました。

内容はストリップ版『鬼滅の刃』であり、登場人物は漫画の人気キャラクターをそのまま使わせてもらいました。彼ら彼女たちがストリップ劇場で活躍する内容です。人気女性キャラクターが踊り子になってステージに立つと考えただけで書いている私自身もドキドキ興奮してきます。ストーリーはストリップなので、完全な私のオリジナルです。人気のキャラクターの他に、般若、酒呑童子、雪男・雪女、天狗など有名な鬼やら、私のオリジナル・キャラクターとして「スケベ鬼」「ヘンタイ鬼」「エロス鬼」などが出てきます。

「鬼滅の刃」ファンであれば本作をパロディとして読んでもらうこともできます。「鬼滅の刃」の原作を知らない方のために、「鬼滅の刃」のキャラクターについては詳しくプロフィールを載せています。また、ラストで石田スイ原作の『東京喰種(トーキョーグール)』を取り上げ、キメツとグールとをコラボさせました。古くから漫画界で鬼は取り上げられていますが、『東京喰種』あたりから鬼の存在感が変わってきていると感じていたので、どうしても入れ込みたくなりました。漫画ファンには納得してもらえると思います。

あくまで私はストリップファンなので、本作のテーマは「ストリップにおける鬼」です。鬼とは何か? なぜ人は鬼になるのか? 鬼とは退治しなければならないのか? 鬼と共に生きる道はないのか? 等をストリップを題材にして語ります。ストリップが好きな人はもちろん面白く読めるでしょうが、鬼の一般論としても楽しめる内容にしたつもりです。

題名は、ストリップ版『鬼滅の刃』なので、あえて童話『鬼滅のストリップ』というタイトルにさせて頂きました。

是非お読み頂け、何かを感じて頂けると嬉しいです。

 

2.   あらすじ

 

鬼とされた妹の禰豆子を救うために、炭治郎は禰豆子を踊り子にして一緒にストリップ劇場で働いていた。ところが禰豆子が鬼ということが知れて、劇場で働けなくなった。それを見ていた鬼殺隊「柱」の冨岡義勇が炭治郎に鬼殺隊に入ることを勧める。

鬼殺隊の一員となった炭治郎と伊之助と善逸は鬼退治を始める。

前半は、ストリップ劇場に、般若、酒呑童子、雪男・雪女、天狗などの鬼が出現する。また、劇場ではお客たちも簡単にスケベ鬼に変貌する。鬼殺隊となった炭治郎たちは、そうした鬼と対峙することで、鬼はもともと人間であることを知る。

どうも人間の心の奥底に鬼が棲んでいて、それが人を鬼へと化えていくようだ。では、どういう原因で鬼になっていくのかを炭治郎たちは調査を始める。そして、他の鬼殺隊メンバーも次々と劇場に潜入していく。

ある日、スケベ鬼から進化したヘンタイ鬼に、鬼殺隊の胡蝶カナエが殺害されるという事件が起きる。  

鬼殺隊主力「柱」の甘露寺蜜璃の加勢で、犯人逮捕でき、さらにヘンタイ鬼やエロス鬼に対抗するためのストリップにおけるエロス改革が行われる。

同時に、炭治郎たちは劇場内外における鬼の存在を突き詰める。劇場内における踊り子と客、劇場関係者(経営者やスタッフ)だけでなく、外にも警察権力などが鬼として存在した。また鬼となる原因究明にも力を注いだ。

そうこうする中で、新たな鬼の存在が分かってくる。「東京喰種」である。

東京喰種は人間との闘争を望んでいなかったが、警察側は東京喰種を殲滅させるべく「桃太郎計画」を進めていた。東京喰種であるカップルのカネキとトーカは、炭治郎たちに東京喰種と警察側の仲介を依頼する。しかし既に時間的猶予がなく、東京喰種と警察側の鬼ヶ島決戦が始まろうとしていた。鬼殺隊としては主力「柱」たちを集結して、その闘争の集結に向かう。そして、無事、終焉することができた。

炭治郎たちは、これからストリップ劇場を人間や鬼たちの憩いの場とすべく話し合うのだった。

 

3.   目次

 

第一話 踊り子になった禰󠄀豆子

第二話 般若とスケベ鬼の登場

第三話 酒呑童子の登場

第四話 雪男と雪女の悲恋

第五話 鱗滝左近次が天狗を語る

第六話 仏面(ほとけづら)と鬼心(おにごころ)

第七話 人の心の中に棲む鬼

第八話 鬼殺隊女子・胡蝶姉妹のストリップ参入

第九話 ヘンタイ鬼の登場と胡蝶カナエの死

第十話 鬼殺隊柱・甘露寺蜜璃のストリップ参戦

第十一話 ストーカー男の正体

第十二話 エロス鬼の出現と甘露寺蜜璃のエロス改革

第十三話 不老不死への鬼の誘い

第十四話 山椒大夫という人買い鬼

第十五話 忍びの鬼

第十六話 睡魔が呼びこむ鬼

第十七話 鬼より怖い警察のガサ入れ

第十八話 なくならない陰湿なストリップいじめ

第十九話 パニックが惹き起こす鬼

第二十話 鬼殺隊女子・栗花落カナヲと神崎アオイのストリップ参入

第二十一話 新種の鬼「東京喰種」

第二十二話 鬼ヶ島の実情

第二十三話 鬼殺隊「柱」の集結

第二十四話 新しいストリップの世界へ

 

 

4.   全24巻を書き上げたあとがきとして

 

全24話が長いのか短いのか。たくさんの踊り子さんに「すごく面白い!」と喜んで読んで頂けた。私も踊り子さんの反応が良くて、原稿をお渡しするのが楽しかった。中には「これで終わるのが悲しい」「私にとってキメツと言えば『鬼滅の刃』より『鬼滅のストリップ』です」とまで言って下さった方がいた。作者冥利に尽きる。

 

機会があったら、続きや外伝を考えてみたいと思う。

というか、一通り書き終えた今も、次から次へネタが浮かんでくる。これがまた不思議でもある。

今回「ストリップにおける鬼」というテーマで書いたわけであるが、鬼のネタは尽きないのだと思う。

改めて、人間誰しも鬼になる可能性がある。食べることに常に困っていた貧しい時代は特にそうだったが、食べることに困らなくなった豊かな現代でも、鬼は発生する。権力をもった政治家や警察がいかに鬼になっているか、毎日の報道を見ればわかるだろう。「鬼」というネタが尽きない理由がよく分かる。

そういう意味で、今回の童話『鬼滅のストリップ』が一投石になればと願う次第である。また本テーマをもっともっと感じて更に掘り下げていきたいと思っている。

 

いずれにせよ、読者である踊り子さんの反応を見ながら、今後のことは考えたい。

 

                                   おしまい

 

 

 

 

楠かほさん(道劇所属)について、2020年3月頭の渋谷道頓堀劇場での公演模様を、新作を題材にして、「時をかけるおじさん(笑)」という題名で語りたい。

 

 

 

今週も一個出し。というか、三週連続での新作発表に度肝を抜かれた。昨年12月頭の演目「ラブソティー」、今年1月頭の2周年作「東京ガール」、そして今回の新作。以前の新作発表ペースに比べるとすごく意欲的だ。まるで踊り子魂が爆発した感じだね。それだけ今の自分を表現したいという強い現れだ。

前作の「東京ガール」では男性曲を使ったりして従来の自分の殻を打ち破ろうとしたチャレンジ作だったが、今回は女性曲だけの従来の優しい繊細な路線に戻った。では、いつもの手嶌葵さんが登場するのかと聴いていたら、全く聞き覚えの無い歌声が続いた。はて、誰かな? すぐにかほさんから曲名を教えてもらった。なんと原田知世さんだった。

一曲目はマライア・キャリーの代表曲「Hero」なのだが、その後の三曲は原田知世の曲が並ぶ。まさしく今回のHero役は原田知世さんなのだ。

かほさんのコメント「原田知世さんにハマってます。声がきれい♡」を見て、ハッと思った。かほさんが原田知世さんに見えてきた。原田知世さんの透明感のあるイメージはかほさんそのものだと。

ということで、今回の観劇レポートは原田知世さんを中心にして語ることになる。(笑)

 

なにはともあれ、最初に楠かほさんの新作ステージ模様から紹介します。

いつものように清楚な出で立ちで現れる。花の刺繍入りの白いドレスだ。白い首輪。胸元と長袖は透け透けの薄い生地になっている。袖口は開き気味で、白い手袋をしている。頭には白二つ・ピンク一つの花飾りを右側に添える。銀のハイヒールを履いて、音楽に合わせて軽やかに踊る。

一曲目は、マライア・キャリーの代表曲「Hero」(ボサノヴァバージョン)。1993年の作品。聞き覚えのあるメロディで一気にかほさんの世界に入っていく。歌詞の意味は「あなたは私のヒーロー。ヒーローはみんなの心のなかに生きている。諦めなければ誰もがヒーローになれるの。」という内容。

音楽が終わり、一旦暗転し、着替える。

今度は、白いワンピースの軽装。頭は同じ。肩出しで、衣装を吊るした肩紐を首の後ろで結ぶ。白い衣装は金の刺繍入りで豪華。スカートはミニでふわふわして四層になっている。

音楽に合わせて裸足で踊る。バレエのポーズを綺麗に決める。驚く私に「バレエは好きで少し習っていたコトがあります。」とのコメント。今更ながら、かほさんが踊り子を続けている理由が分かった気がした。

二曲目は、原田知世の「空と糸-talking on air-」。作詞:LINDA HENNRIC 作曲:鈴木慶一。NTTドコモ「ケータイ家族」CM曲。

歌い出し♪「 Out across a deep blue sky Five white birds go flying by Wing to wing, so high and free Together like a fa...」を聴いて私はてっきり洋楽だと思ってしまった次第。ここから原田知世さんの曲が最後まで続く。

音楽が終わり、また暗くなり、着替える。赤くライトアップされる。

白いブラに白いミニスカートの軽装。白く長い蔓状のポイを巻く。音楽に合わせ踊る。

三曲目も、原田知世の「              Marmalade」 (マーマレード)。作詞: 原田知世・天辰京子、作曲: ヴァルゲイル・シグルドソン。

歌い出し♪「When night is gone, when light still shines.」これまた英語の歌詞。

そのまま盆に移動。白いブラを取り、白いミニスカートを脱ぐ。下には白いガーターとピンクのパンティ。パンティを脱いで右太ももに巻く。

ラスト曲も、原田知世の「銀河絵日記」。作詞:高橋久美子 作曲:伊藤ゴロー。元チャットモンチーの高橋久美子氏が手掛けた宮沢賢治「銀河鉄道の夜」をモチーフにしたファンタジックな世界観の歌詞と、アルバムのプロデュースも務めた伊藤ゴロー氏によるシンプルかつ美しいメロディラインが融合したナンバー。中でも、「辿り着くだけが旅じゃない」や「消えてゆくから愛を知る」といった人生の哲学すら感じさせる味わい深い歌詞が惹きつける。

敬愛している宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」がモチーフと知り、私はこの歌を聴きこんだ。たまらなくキレイな歌詞だ・・・童話「銀河鉄道の夜」は、孤独な少年ジョバンニが、友人カムパネルラと銀河鉄道の旅をする物語。

「ジョバンニ 夜汽車にゆられて ライン川を眺めてる 君とまた旅をしてみたい 帰りの予定も決めずに

草原に寝転がって見た星空 宇宙が掴めそうだったね 自分を抜け出して初めて 自分があることを知ったの

エメラルドの夜の中 言葉はいつも流れ星 ひとつ ふたつ みっつ よつ 消えてゆくから美しい

ジョバンニ 名前のない星に 私の名前つけたよね 好きな子の話だけしてたいね 叶うかどうかは別として

銀河みたいだよ 都会のネオンだってさ 一つ一つが奇跡の灯火 自分であることを迷わないで 遠く離れてても一緒さ

半熟の朝の中 思いはいつも流れ星 ひとつ ふたつ みっつ よつ 辿り着くだけが旅じゃない

ときどき うしろ振り返って 君がくれた花を愛でる 冬休み手をつないで歩いた どこまでも続く銀河

エメラルドの夜の中 言葉はいつも流れ星 ひとつ ふたつ みっつ よつ 消えてゆくから愛を知る

真っ白の日記帳に 私の銀河描きましょう ひとつ ふたつ みっつ よつ 辿り着くだけが旅じゃない

原田知世自身も、「50代になって初めての作品で、早くも代表曲ができた」と太鼓判を押している「銀河絵日記」。ミュージックビデオは、初のアニメーションとのコラボレーションで、イラストレーター前田ひさえ氏の作品と実写の原田が共存したものになっている。

ふと、私も毎日ストリップ通いして「ストリップ絵日記」を作っているのだと気づく。童話を書いて、踊り子さんにイラストを描いてもらう。私と踊り子さんの共同コラボこそが「ストリップ絵日記」なのだと。50代の原田知世さんに負けずに私は60代で「ストリップ絵日記」を作っていることが誇らしくなる。

 

音楽を聴きこんでいくうちに、どんどん「原田知世」という人に引き込まれていく…きれいでとっても素敵な歌声だ!

これまでもヒット曲「時をかける少女」などを聴いて、か細い彼女の歌はプロではないと感じていた。あくまで女優の傍らとしてやっているのだと思っていたからだ。ところが、かほさんのステージを機に、私の原田知世観は一変した。間違いなく、原田知世は女優であり歌手でもある。彼女のことをもっともっと知りたくなる。

 

 振り返れば、もう四十年前になる、私の大学時代。松田聖子や中森明菜がアイドル歌手として全盛を極める中、突如カドカワ映画から若き薬師丸ひろ子と原田知世がツートップとして頭角を現し、また二人の歌が松田聖子や中森明菜たちに負けじと人気を博した。

原田知世さんと言えば、スクリーンデビュー作の『時をかける少女』(1983年)を思い出す。彼女は、「角川三人娘(薬師丸ひろ子・渡辺典子・原田知世)」の末っ娘としてアイドル的な人気を得る。当時、私の大学時代の学友も、薬師丸ひろ子派と原田知世派で人気を二分していた。かくいう私は映画「野生の証明」(1978年公開)を観た影響で、どちらかといえば薬師丸ひろ子派になっていた。で正直ながら、原田知世の映画『時をかける少女』は観ていなかった。

ちなみに、筒井康隆原作のヤングアダルト向けSF小説『時をかける少女』(1967年3月鶴書房盛光社刊行)といえば、1983年公開の原田知世主演、大林宣彦監督による実写映画『時をかける少女』、2006年公開の細田守監督によるアニメ映画が有名だが、私にとっては1972年のテレビドラマ『タイムトラベラー』が強烈な印象を残した。本作品はNHK「少年ドラマシリーズ」の第1作で、1972年1月1日から1972年2月5日まで放映された。当時小学校六年だった私はリアルタイムで観て強烈に感動した。一番印象に残ったキーワードは「ラベンダーの香り」だった。

 

とにかく、原田知世さんのプロフィールを見てみよう。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』参照)

原田 知世(はらだ ともよ、1967年11月28日 – 現在52歳)は、日本の女優、歌手。長崎県長崎市出身。ショーン・ハラダ所属。原田貴和子は実姉。バンド・pupaではボーカルを担当。

<経歴>

出身地の長崎にて、2歳の頃より姉の貴和子とともに鳳洋子に師事してバレエを習う

⇒おやっ! かほさんと同じだね!!!!

1982年、中学3年生の時に映画『伊賀忍法帖』のヒロインを一般公募する「角川映画大型新人女優募集」に応募。映画『魔界転生』を観て真田広之のファンになり、『伊賀忍法帖』の主人公を演じる真田に会えるかもしれないという動機からだった。当時14歳で、応募資格の「15歳以上」を満たしていなかったが、九州地区予選でプロデューサーの角川春樹の目に留まり、応募総数57,480人の中から本戦進出18名に選ばれる。4月の最終審査で特別賞を受賞し(グランプリは渡辺典子)、角川春樹事務所の専属女優となる。

14歳で芸能界入りしてからはデビュー直後からテレビドラマや映画でヒロインを演じ、スクリーンデビュー作の『時をかける少女』(1983年)では日本アカデミー賞ほか各映画賞の新人賞を受賞。薬師丸ひろ子に次ぐ大型新人として話題になり、「角川三人娘(薬師丸ひろ子・渡辺典子・原田知世)」の末っ娘としてアイドル的な人気を得る。高校進学後も学業の傍ら主演映画を撮影し、『愛情物語』(1984年)『天国にいちばん近い島』(1984年)、『早春物語』(1985年)を公開。歌手としても松任谷由実が提供した『時をかける少女』などの映画主題歌を歌い、「ザ・ベストテン」や「NHK紅白歌合戦」などの歌番組に出演する。

1986年に角川春樹事務所から独立。同じく角川春樹事務所に所属していた二歳上の実姉・原田貴和子と一緒にショーン・ハラダを設立し移籍する。その後、ホイチョイ・プロダクション原作の『私をスキーに連れてって』(1987年)、『彼女が水着にきがえたら』(1989年)でトレンディ映画のヒロインを演じた。また、後藤次利のプロデュースでオリジナル曲をリリースする。

1990年代以降は本格的に歌手活動に取り組み鈴木慶一やゴンチチ、羽毛田丈史、伊藤ゴローらとのコラボレーションによる数々のアルバムを制作。スウェディッシュ・ポップブームの立役者トーレ・ヨハンソンをプロデューサーに迎えたアルバム『I could be free』(1997年)で新たなファンを獲得し、オール・スウェディシュ・メンバーとの国内ツアーなどを行った。2007年には高橋幸宏らとバンド「pupa」を結成。オリコンチャートによると、原田のシングルの累計売上は2010年までに194万枚、アルバムは2005年までに81万枚を記録している。

女優業では透明感のある清廉なイメージを保ちつつ、NHK連続テレビ小説『おひさま』(2011年)、『半分、青い。』(2018年)などで母親役を演じている。ドラマ『紙の月』(2014年)、『運命に、似た恋』(2016年)では若い恋人との出逢いに揺れる中年女性を演じた。

私生活では、2005年5月にイラストレーターのエドツワキと結婚したが、2013年12月に離婚した。

 

原田知世さんのことをネットで検索し、歌を片っ端から聴いてみた。やはり聴き慣れているせいもあり映画の主題歌「時をかける少女」が一番いいなと思えた。今聴いても全然古くない。改めてユーミンの凄さを思い知った気分。

私には、原田知世といえば清純派女優であり、歌手としてのイメージはあまりない。正直、歌がうまいとは思っていなかった。ヒット曲「時をかける少女」は映画の主題歌なので、たまたま主演の原田知世が歌ったのだろうくらいに思っていた。しかし、かほさんが言うように「原田知世さんの声は優しくて癒される」。これはかほさんが好きな手嶌葵さんに通じる。原田知世さんが歌手としても一級品であることを初めて認識させられた。

歌声も若いが、その外見は昔と全く変わらないほどに若い。10代の頃からアイドルとして活躍し、どの時代も安定した人気を維持してきた原田知世。52歳になった現在もCMや雑誌に引っ張りだこで、好感度の高さには定評がある。たしかに52歳でこんなにかわいい女性を見たことがない。こんな老け方をするなんて女性の理想だよね。そして、このことは、かほさんにそのまま通じる気がしてきた。

 

今週初日にこの新作を観て、原田知世の歌を聴いたのを機に、原田知世主演の映画『時をかける少女』を無性に観てみたくなった。私は自分の青春時代に、とても大切な忘れ物をしている気分になったのだ。

すぐに近くのTSUTAYAに走った。絶対に在庫があるだろうと思った。TSUTAYAの中に入って検索機で場所を確認し棚の前に立った。一本だけだが、あったあった・・と思い気や、えっ!? レンタル中!!!!  いったい誰が今更こんな映画を観るのだろうか!?  不思議な気持ちになった。

ともあれ、二日後にもう一度TSUTAYAに行ったら返却されていた。ほっ、よかったー今週中にかほさんにレポートできるよんー

すぐに映画を観る。原田知世のかわいさに浸っていたら、あっという間の104分だった。

またDVDに添付されていた大林亘彦監督のインタビューが印象的だった。これを見たら、大林監督は間違いなく原田知世に惚れていたのが分かる。

ネット検索すると、この映画の後日談(エピソード)がたくさん載っていた。先ほどの大林監督のインタビューを裏付ける話だった。ひとつ紹介したい。

この映画の制作者である角川春樹は「本当は自分が結婚したいくらいだけど、年齢の差で無理だから、息子の嫁にしたい」というほど原田に惚れ込んでおり、「彼女に1本だけ映画をプレゼントして引退させようと思う」と大林監督は伝えられたという。本作の制作費1億5千万円は角川春樹のポケットマネーだった。角川と大林は本作1本を原田にプレゼントして映画界から辞めさせようと本気で考えていたようだ。これほどに、大のおじさん二人が完全に原田知世に惚れ込んでいたわけだ。

たしかに原田知世のような純真な少女はいない。とくに都会にはね。だから映画のロケ地を広島県尾道市にしたらしい。

では彼女の若さが魅力なのだろうか。そうではない。

原田知世さんは現在52歳になる。今でも少女のようにかわいい。原田知世出演のCMを見たことがあるだろうか。味の素AGFのコーヒー『ブレンディ』のCMに1995年から起用されており、原田知世さんがブレンディのコーヒーを飲んでくつろぐ姿がすごく人気。原田知世さんのやわらかな表情に、私の心はキュンとなる。

週刊女性PRIMEが実施したランキング企画「美熟女グランプリ」では、原田知世が天海祐希に次ぐ二位にランクイン。

思えば、昔憧れていたアイドルを久しぶりにTVなどで拝見し、その変わりように唖然として「俺の青春を返せ!」と叫びたくなることは多々ある。ほとんどのアイドルは今までのイメージを壊して新しい自分に挑戦し、だいたい失敗する。かくいう薬師丸ひろ子も最近の映画「ALWAYS 三丁目の夕日」で母親役を演じ、あえて日本の「おふくろさん」となった。原田知世が永遠の少女であるのと実に対照的だ。原田知世は自分のイメージに合わない役柄はきっぱり断るらしい。

彼女のイメージとは、かわいさ、透明感、清潔感、清純さ。「時を経ても褪せないかわいさ」こそ、原田知世の最大の魅力なのである。まさしく原田知世は永遠の少女なのである。「リアル時をかける少女」「“時かけ”エイジレス」などと称されている。うまい表現である。

 

一体、この魅力はどこから出てくるのだろうか。(50歳になる直前のインタビューから)彼女のコメントを拾ってみる。

「年を重ねることは悪いことではなく、その年齢にしかない自分らしさがあるので、いつも今がいちばん幸せだと思っています。」

「14歳でとても幸せなデビューをして、気がついたら、たくさんの作品に出演させていただいてきました。

 忙しさに追われるなか、20代から自分探しを始め、25歳からは大好きな音楽を本格的に始めました。そうして女優とは違う自分を見つめ直すことができ、等身大になれるようになり、それが実ってきたのが30代だと思います。ファンの方は私を丸ごと応援してくださる方ばかりだったのですが、女優の部分ではなく、音楽だけを聴いてくださる方も増えました。年下の方と交流する機会が増えたのも、このころからです。 

 40代は、実りの時期ですね。芝居と音楽の両方がうまくかみ合うようになって、心地よく走れるようになった感じがします。もうすぐ40代も終わりますが、充実していたな、と感じています。」

彼女がドラマの収録に向かう姿勢を示した言葉がある。撮影期間中はどのシーンも演じる喜びを感じながら、日々を過ごしたという。

「ワンシーン、ワンカットでも逃したくないと思っていたんです。台本は何回も読み、セリフを録音して何度も聴きました。物語の流れを自分なりに箇条書きにして、主人公の感情を考えたりする作業も細かくやりました。

 そして、臆することなく、今ある自分を全部出しきりたいと、夢中で演じました。」

また、原田知世さんについて、産経新聞(2018年12月7日付)では、次のように書かれている。・・・

時をかける少女は、今「時」や「時の流れ」を強く意識している。35周年という区切りを迎えたことに加え、「半分、青い」で61歳で病没する和子を演じ、「61歳って、あと10年しかない。時間には限りがあるのだ」との思いを強めたからだ。去年50歳になったのも理由の一つだ。

「これから先、どう生きるのか」と自問した。「一瞬一瞬を楽しみながら暮らそう」と決めた。・・・

「一瞬一瞬を楽しみながら」時を過ごす。簡単そうに思えて、実は難しい生きかた。そんな素敵な考えがあるからこそ、原田知世さんはいつまでも美しく、可愛らしいままなのですね。

そして、インタビューでこうも言っている。

「今の私があるのは両親や家族の愛、そして人との出会いのおかげだと思います。人生を振り返っても、絶妙のタイミングで、とても素敵な出会いがありました。魅力的な人や作品との素敵な出会いで、次の道を開いていただいたからこそ、ここまでこられたんだと実感しています」

最後は感謝の気持ちですね。やはり内面の気持ちが優しくて澄んでいるからこそ、この若々しい透明感が我々の心を掴んでくるのだと思う。こんな素敵な女性がいるんですね。私はしみじみ原田知世と同じ時代を生きてこれて幸せだと思える。

 

以上、駆け足で原田知世さんのことを述べた。彼女のことを調べながら、自分と重ねながら、かほさんのことを想いながら、さまざまに思うことが出てきて、到底ここでは書ききれない。追って、童話(自叙伝?)「時をかけるおじさん」を執筆したくなったよ。本当に書くよー楽しみにしててー(笑)

いまさらであるが、私は「あなたは薬師丸ひろ子派ですか、それとも原田知世派ですか」という質問には迷わずに「原田知世派です」と即答する。いや、楠かほ派というのが正解かな(笑)

 

最後に、本作のタイトルについて。

「タイトル名・・・実はまだ決まっておりません。募集!」

今回の作品は原田知世なくして語れない。そして、原田知世と言えば、やはりデビュー作(出世作)の「時をかける少女」。そして「時をかける少女」の中で、私が一番印象的なのは「ラベンダーの香り」と先に話しましたね。タイトル候補として「ラベンダー」をあげたい。

 

 

2020年3月                                 渋谷道劇にて

 

 

                                       2020.3

ストリップ小説『夢列車に乗って 〔副題〕時をかけるおじさん』  

~楠かほさんの新作を記念して~

 

 

1.  ある踊り子との出会い

 

私はストリップ通いを趣味とするしがない初老のおじさん。ストリップ通いを呆れられ家族にも逃げられる始末。もう60歳を越えたので仕事もしていない。自由気ままではあるが女に不自由しているので毎日ストリップ通いをしているというありさまだ。

 

ある日、かわいい踊り子に出会う。若い感じはしない。年齢不詳。若くはなくても若々しくてかわいいのである。

この顔、前にどこかで見たことがありそうだが思い出せない。それにしても品のある優しい笑顔だ。

音楽に合わせて、ゆっくり優雅に踊る。最初、英語の歌詞なのでてっきり洋楽だと思っていたら、日本人の歌手だと分かった。同じ声が続き、三曲目が日本語の歌詞だったので日本人だと気づいたわけ。

あっ! そう、この声は原田知世だ。ずいぶん昔、ユーミンが提供した「時をかける少女」を歌ってた原田知世の声だ。

あっ! そういえば顔も原田知世だ。

私の知っている原田知世は1983年公開映画「時をかける少女」のスクリーンの顔。今は2020年だから、あれから37年が経過している。当時15歳だった原田知世ももう52歳になっているはず。目の前の踊り子が原田知世としても、これだけ若いはずがないな。

しかし、当時の面影が残っている。というより、この少女のような透明感は当時のまま。

「彼女は本当に原田知世なのか!?」 私は気が動転し、頭が混乱した。

 

2.  学生時代にタイムスリップ

 

 私は大切なことを学生時代に忘れてきたような気がした。それは何か?

 

ふと目が覚めたら、そこは学生時代の友人のアパートだった。カレンターの日付は1983年とある。22歳の自分がそこにいた。

私は今、友人のアパートに遊びに来ていた。部屋の壁には原田知世の等身大のポスターが貼られている。彼は原田知世の大ファンだった。

「原田知世、本当にかわいいよなぁ~。スクリーンデビューの『時をかける少女』(当時原田知世は高校1年の15歳。) 最高だったよー!」と友人がしみじみ言う。横にいる私に同意を求める目つき。

彼は本日封切りの映画を一人で観てきたばかり。たしか私は映画に誘われたが用事があるからと断っていた。

 当時、私は同じ角川事務所専属の薬師丸ひろ子のファンだった。5年前に封切りされた「野生の証明」(当時薬師丸ひろ子は中学1年生で13歳)以来、角川女優としては薬師丸ひろ子を押していた。薬師丸ひろ子は原田知世の三歳年上になる。そういう立場上、新人の原田知世に傾くわけにはいかなかった。

 

 そのため、私はあれだけ有名な映画「時をかける少女」を未だに観ていなかった。

 

3.  映画「時をかける少女」という忘れ物

 

私の意識は劇場に戻っていた。いま目の前にいるのは、原田知世か。

ちょうど彼女のステージが終わったところだ。

 

彼女と出会った衝撃は大きかった。60歳にもなっているのに一目で恋に落ちた気分。忘れかけた青春の何かを思い出したようでもあり、同時に青春の何かを忘れている気持ちに駆られた。

「あっ! そうだ! 映画『時をかける少女』を観ないといけない!」

私はすぐに近くのTSUTAYAに走った。絶対に在庫があるだろうと思った。TSUTAYAの中に入って検索機で場所を確認し棚の前に立った。一本だけだが、あったあった・・と思い気や、えっ!? レンタル中!!!!  いったい誰が今更こんな映画を観るのだろうか!?  一瞬、不思議な気持ちになった。

 

二日後にもう一度TSUTAYAに行ったら返却されていた。ほっ、よかったー

すぐにDVDを借りて映画を観る。往年の原田知世のかわいさに浸っていたら、あっという間の104分だった。

観終わって、ため息をつく。俺はなんで学生時代に原田知世ファンにならなかったんだろうと今更ながら後悔の念が襲ってきた。

またDVDに付録として添付されていた大林亘彦監督のインタビューが印象的だった。これを見たら、大林監督は間違いなく原田知世に惚れていたのが分かる。

この映画の後日談(エピソード)がある。

この映画の制作者である角川春樹は「本当は自分が結婚したいくらいだけど、年齢の差で無理だから、息子の嫁にしたい」というほど原田に惚れ込んでおり、「彼女に1本だけ映画をプレゼントして引退させようと思う」と大林監督に伝えたという。本作の制作費1億5千万円は角川春樹のポケットマネーだった。角川と大林は本作1本を原田にプレゼントして映画界から辞めさせようと本気で考えていたようだ。これほどに、大のおじさん二人が完全に原田知世に惚れ込んでいたわけだ。この映画公開のとき、角川春樹41歳、大林亘彦45歳。まだ若いじゃん。DVDの大林監督は髭面なので一見老けてみえるが、今60歳の私よりずっと年齢が若いのに驚く。私でさえ15歳の原田知世に一目ぼれするのだから、この二人が惚れ込むのは当然だと理解できる。

たしかに15歳当時の原田知世のような純真な少女はいないよな。とくに都会にはね。だから映画のロケ地をあえて広島県尾道市にしたらしい。

 

 

4.  歌手としての原田知世

 

ともかく、私はまた彼女に会いたくて劇場に行った。

ステージ上の彼女は、原田知世である自分の歌をバックにして、踊っている。

プロフィールにあったように、バレエ経験があるため、身体の切れはシャープだ。

 

そもそも原田知世と言えば、女優だ。たしかに映画の主題歌を歌って、ヒットした曲はある。しかし、か細い声で、とてもプロの歌手には叶わない。だから、私はプロフィールの後半にあった歌手としての原田知世の実績は知らなかったので驚いた。

ある時期から、彼女は女優を辞めて歌手になっていた。

その転機は映画「早春物語」であった。ここで監督・澤井信一郎の厳しい演技指導を受けた彼女は、薬師丸がそれで女優として更に飛躍したのと対照的に、女優としての壁にぶつかってしまった。演出が求める役割ができない自分、その要求を拒否したくて仕方ない自分。「―――こんななら、女優なんてやりたくない」その思いが結果、歌手業へと彼女を傾倒させることになる。

 

原田知世はもともと歌が大好きだった。たしかに映画のお陰で、彼女が歌う主題歌はそれなりにヒットした。しかし、か細い声だったので、プロの歌手としては今ひとつだった。

しかし、彼女の人を惹きつける魅力が優れたミュージシャンの心を動かしていった。プロフィールにもあったように、鈴木慶一やゴンチチ、羽毛田丈史、伊藤ゴローら優れたミュージシャンとのコラボレーションによる数々のアルバムを制作した。YMOの高橋幸宏らとバンド「pupa」を結成して彼女はボーカルを務めた。

彼女はこう言っている。「忙しさに追われるなか、20代から自分探しを始め、25歳からは大好きな音楽を本格的に始めました。そうして女優とは違う自分を見つめ直すことができ、等身大になれるようになり、それが実ってきたのが30代だと思います。」

その後、プライベートでは37歳で結婚し、8年後、離婚したとは聞いていた。子供はいない。しかし、それからの消息はプツッとなくなった。

なぜ、今、原田知世はストリップ劇場にいるのだろうか。往年の大女優が落ちぶれてストリッパーになったというのか。それとも女優、歌手と続き、さらなる表現者としてストリップに挑戦しているのか。

いや、待てよ、そもそも本当に目の前の彼女は原田知世なのだろうか。

 

5.  サラリーマン生活にタイムスリップ

 

そんなことを考えていたら、私は35歳の自分にタイムスリップした。

 

私は小さい頃から勉強はできた。というより、生後すぐに小児麻痺にかかり、左側の手足の機能に障害が残った。身体が不自由なため、他の子供たちと同じく遊びまわることができず、その分、読書をしたり勉強する子供だった。

お陰で、中学・高校と常にトップの成績で通した。中学三年のときに県の新聞社主催の共通試験で上位50人が新聞に名前が掲載された。私は県内18番だった。それから私は地元では「10年に一人の秀才」と言われるようになる。

成績は良かったものの、ただ私には将来の夢はなかった。成績の優秀な者はたいがい理系に進み医学部を目指す。ところが当時の担任は私の身体を慮ってか私を文系にした。だから大学は就職に有利な法学部を選んだ。

一流大学を出て、一流の会社に就職した。

会社では経理の仕事を主に担当した。数学が得意だったので数字に強いと思われたらしい。本当は数字よりも文章の方が好きだったが・・・というより、会社での一番大切な仕事は人間関係だった気がする。会社に入った時点でも、私にはまだ特にやりたいことが明確に見つかっていなかった。

 私は自慢できる容姿ではないが、一流大学出、一流会社勤務ということで、田舎で見合いをして綺麗な女性と結婚できた。順調に昇格して収入も上がる。三人の子宝に恵まれ、マイホームも取得。絵に描いたように幸せなサラリーマン生活を送ってきた。

 忙しいサラリーマン生活。二時間もかかる通勤時間のせいか、たしかに疲れもあったことだろう。いつしか、これが本当に自分が求めていたものだったのかと自問自答するようになる。

 

 私は音楽が好きだった。テノールというのかな、私はけっこう高い声が出たので小学校の演奏会ではよく前に出て歌わされていた。しかし、手足が不自由なこともあり楽器をおぼえなかった。たいがい音楽の好きな子供はギターなんかを弾きだすものだが、私は勉強ばかりやっていた。そして誰に聴かせるわけでもなく一人で歌謡曲を歌っていた。音域としては当時アイドルであった野口五郎の歌も平気で歌えた。

 そんな私が大学時代にカラオケにはまる。

 友人が連れて行ってくれたカラオケハウスでステージに上がって歌ったら、一発で初段に認定された。ボトルが無料で一本贈呈。友人が驚いていた。「おまえ、めちゃくちゃ歌が上手いよ!」

 私は自分が歌がうまいのは知っていた。しかし、身体も不自由だし人前で歌おうとは思っていなかった。それがカラオケの普及で、私の趣味が活きだした。会社でも私のカラオケ好きは有名になった。自分が上司になってからは、若い連中をよくカラオケに誘った。もちろん女性社員も同伴。恒例の私のカラオケ道場と称された。部下の手前いつもお金は私が払った。

 

私の声はロックバンド「LUNA SEA」のヴォーカルをつとめる河村隆一によく似ているらしい。あるときスナックで彼のソロ曲「GLASS」を歌ったら、同じ曲をもう一度歌ってほしいとリクエストされた。河村隆一の声は10年に一人の美声と言われるらしい。似ていると言われるのは大変光栄である。

昔あるスナックで歌手の瀬川瑛子に会ったことがある。代表曲「命くれない」がヒットする前だったので、私は瀬川瑛子の名前を知らなかった。ところが一緒に行った先輩は彼女のヒット曲「長崎の夜はむらさき」を知っていて、彼女にサインを求めていた。その瀬川瑛子さんが私の歌を聴いて褒めてくれた。今頃になって、なんて光栄なことかと思う。また、あるスナックで元巨人軍の四番打者である吉村禎章選手に会った。私がカラオケで歌い出したら、吉村選手が話を止めて私の歌を聴きだし、歌い終わったときに「君は歌がうまいね」と褒めてもらった。いい思い出である。

 

 もうひとつの趣味、私は文章が得意だった。小学生の頃から読書感想文ではよく表彰されていた。

 子供が生まれ、よく絵本を読んであげた。図書館で借りてきた童話が多い。読んでいて私自身が感動した。そして、これなら自分でも書けると思い、自分で創作して寝物語として子供たちに話してあげるようになった。子供たちが主人公の童話だ。運動会や遠足など毎日の生活がすべて童話になった。毎日二話ほど創って話す。そしてこれをワープロにして残した。こうして、電話帳のように沢山の「ジュンジュンとチーチーの物語」ができた。子供たちが大きくなるまで続いた。創作童話はここで一旦お休みとなる。

 これを機に、私は物書きの楽しみを知る。日記代わりに、エッセイなどを書き続けた。

 

 30代半ばに本社転勤となる。仕事が忙しいうえ、片道二時間の通勤が待っていた。疲れるし、なにより通勤が時間の無駄だと思えた。

 このとき、私は妻に相談した。「おれはサラリーマンとしてこのまま働くより、物書きになった方がいいと思うんだ」と。それに対して、「お父さん、なにをバカなことを言っているの? 子供たちにこれからお金がかかるのよ。今の会社はお給料も悪くないんだから、このまま頑張って働いてよ。」とたしなめられた。

 妻に相談しても無駄だと思った。物書きに夢中になると部屋にこもってしまう私にいつも愚痴を言ってくる。私の趣味など理解してくれない。少しでも家族サービスに時間を割いてほしいと要求する。妻の気持ちも分からなくもない。

 私も子供はかわいい。子供たちに創作童話を語っていた事が一番楽しい思い出だ。お陰様で子供たちは皆いい子に育ってくれた。

 

 私は次第に、会社で出世していく情熱が湧かなくなっていた。私はビジネスマンというより、アーティスト向きではないかと思うようになる。私の尊敬する上司は、私のカラオケ好きや文章好きを知り、「おまえは本来アーティストだ」と喝破していた。

 

6.  歌への想い

 

女優であり、歌手であり、そして今は踊り子としての原田知世が目の前にいる。

たしかに、表現者であれば、表現する手段はいろいろある。

 

最近、私は無性に歌が歌いたい。カラオケに夢中になっていた自分を振り返れば、今の自分は「歌を忘れたカナリア」だなと思っちゃう。

自分の夢はシンガーソングライターになりたかったことだったと気づく。詩が書け、歌が歌える。楽器ができないのが今更ながら悔やまれる。

今はたくさんの童話がどんどん書ける。昔は宮沢賢治のように童話がいっぱい書けたらいいなと思っていた。人間というのは「願えば叶う」もので私も自由に童話が書けるようになる。もちろん宮沢賢治にかなうはずもなく、内容レベルの問題は別にしてね。だから音楽も同じように、たくさんの曲を作れた気がする。

どうせ残すなら、童話より、歌を残したかったなーと思う。

60歳にしてそんなことに気付くなんて、あまりに遅すぎたよね。(笑)

 

ふと、シンガーソングライターの自分の姿が浮かぶ。

もう一人の自分が楽しそうに歌っている。そう思えるだけで幸せな気分になる♪

 

原田知世さんは、女優に行きずまり、大好きな歌に救いを求めた。そして歌手としても成功する。先に話したね。

関わっていったアーティストたちが凄い。彼女の人柄が彼らを突き動かしたんだね。

映画「時をかける少女」のエピソードで大林監督がこんな話をしていた。

この映画を撮るとき、原田知世は15歳。ちょうど中学を卒業し、高校に進む時期。角川も大林も映画を撮り終えたら、女優を辞めさせ、そのまま彼女を普通の生活に戻してあげようと考えていた。この映画は彼女へのプレゼントと考えていたわけだ。だから、彼女の春休みを利用して一気に映画を撮り切ろうと考え強行軍28日間で撮影した。通常1本の映画を撮るのは最低でも35〜40日、メジャーだと2ヶ月はかかる。必然的に映画「時をかける少女」の撮影は徹夜が続いた。原田知世が「今日は暗いうちに帰れますか」という名言を残している。徹夜なので一日7回も食事があったらしいが、知世は明るく率先して食べて、疲れてげんなりしている周りのスタッフや俳優陣を元気づけたらしい。みんなが「この子のために頑張ろう」と思わせる、原田知世はそんな人柄だった、と大林監督は語っている。

 

そんな頑張り屋の原田知世も、女優の仕事でストレスを感じたんだね。そんなときに好きな音楽が彼女を救ったわけだ。改めて、音楽の力、魅力というのは計り知れないよね。

 

7.  妻との別れ

 

55歳の自分に戻った。

目の前に別れた妻がいる。妻の口から三行半が出る。

「あなたは馬鹿よ。踊り子なんて、あなたのことをなんとも思っていないのよ。お金を払ってくれるから相手しているだけなのよ。そんなことも分からないの。

あなた、今は元気だから何とも思わないかもしれないけど、年をとって身体が動かなくなってきたときに私と離婚したことを後悔するのよ。」

妻にはストリップは単なる遊びであって浮気じゃないと何度も話したが、もう聞く耳をもってくれない。

私は間違いなく妻を愛していた。なんの不満もない。

今でも、なぜに妻と別れてしまったのかと自責の念にかられる。私なんかのところに嫁いでくれた妻に心から申し訳ないことをしたと思う。この業は私が一生背負っていかなければならない。

 

 もともと私はストリップで家庭を壊すなんて微塵も思っていなかった。万一のことがあったら、すっぱりストリップから足を洗う覚悟はできていた。

 もともとストリップ通いは40代での単身赴任がきっかけとなり、暇つぶしで始めた。ふつうのサラリーマンなら淋しくなったらスナック通いをするのだろうが、私は好き者のせいかストリップにはまった。そこまではよかった。

 ところが、ストリップをネタにエッセイを書き、踊り子さんに観劇レポートを書いて喜んでもらい、さらに子供の代わりに、踊り子さんに向けて童話を書くようになる。私の中に流れる物書きとしての表現者の血が騒ぎ出す。これが抑えられなくなる。

 ストリップだけだったら辞められたと思う。ところがストリップと執筆の趣味がふたつ重なってしまい、辞めれなくなってしまった。

 

もうひとつ、私は親父が66歳で死んだことが頭を過った。年を重ねるごとにそのことが重くのしかかってくる。

私も父と同じく66歳で死ぬかもしれない。そう思うと、自分に残された時間はそんなに長くはない。そのとき、そう強く感じたのだ。

私は童話好きなので、宮沢賢治をこよなく敬愛している。彼は38歳で死んだ。

私が同じく38歳のとき、敬愛する宮沢賢治の命日(9/21)に、いつものように早朝五時ごろに早起きをし、書きものをしながら「あぁ、賢治さんはこの日に亡くなったのかぁ。私はこの先まだまだ生きていくことになるのだろうが、今からの時間は賢治さんにとっては余生になるんだな。これから先は私にとってもプラス・アルファの時間と考えよう。いつ死んでもいいように生きていこう」と思うものがあった。

その思いが父の死で拍車がかかる。

まだまだ書きたい物語がある。また、これまで書き溜めたものをなんらかの形で公開したい。そう思うようになった。

同時に、これからは好きなことだけをやって生きていきたいと思うようになった。もう嫌なことを我慢して生きていくのは止めよう。ストリップ三昧もいい。好きなときに好きなだけ執筆活動もする。自分の好きなことだけに時間を費やす。自分を理解してくれる、自分の好きな人とだけ付き合う。嫌いな人に合わせるなんて、時間の無駄だ。嫌いな人は相手にしない。そう思った。

残された時間を無駄にしたくない。私はストリップ劇場に通いながら、好きなことを書き続けている。好きな踊り子を観るだけでなく、ステージから得る、テーマや音楽、映画やアニメまで、興味をもったら、とことんのめり込む。どんなに時間があっても足りなくなる。

 

私はただただ、本当の自分になりたかったんだ・・・

 

同じ思いで、目の前の原田知世にも夢中になった。もしかしたら、彼女なら、今の私の気持ちを理解してくれるかもしれないとも思う。

60歳の私が、52歳の原田知世に恋したっておかしくない。そう思えた。

 

8.  夢列車に乗って

 

 ステージの上から、原田知世の曲「銀河絵日記」が流れてくる。

 タイトル名から察せられるように宮沢賢治の童話「銀河鉄道の夜」をモチーフにした世界観である。童話「銀河鉄道の夜」は、孤独な少年ジョバンニが、友人カムパネルラと銀河鉄道の旅をする物語。

この曲は、作詞:高橋久美子 作曲:伊藤ゴロー。元チャットモンチーの高橋久美子氏が手掛けた宮沢賢治「銀河鉄道の夜」をモチーフにしたファンタジックな世界観の歌詞と、アルバムのプロデュースも務めた伊藤ゴロー氏によるシンプルかつ美しいメロディラインが融合したナンバー。

敬愛している宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」がモチーフと知り、私はこの歌を聴きこんだ。たまらなくキレイな歌詞だ・・・中でも、「辿り着くだけが旅じゃない」や「消えてゆくから愛を知る」といった人生の哲学すら感じさせる味わい深い歌詞が惹きつける。

<ジョバンニ 夜汽車にゆられて ライン川を眺めてる 君とまた旅をしてみたい 帰りの予定も決めずに

草原に寝転がって見た星空 宇宙が掴めそうだったね 自分を抜け出して初めて 自分があることを知ったの

エメラルドの夜の中 言葉はいつも流れ星 ひとつ ふたつ みっつ よつ 消えてゆくから美しい

ジョバンニ 名前のない星に 私の名前つけたよね 好きな子の話だけしてたいね 叶うかどうかは別として

銀河みたいだよ 都会のネオンだってさ 一つ一つが奇跡の灯火 自分であることを迷わないで 遠く離れてても一緒さ

半熟の朝の中 思いはいつも流れ星 ひとつ ふたつ みっつ よつ 辿り着くだけが旅じゃない

ときどき うしろ振り返って 君がくれた花を愛でる 冬休み手をつないで歩いた どこまでも続く銀河

エメラルドの夜の中 言葉はいつも流れ星 ひとつ ふたつ みっつ よつ 消えてゆくから愛を知る

真っ白の日記帳に 私の銀河描きましょう ひとつ ふたつ みっつ よつ 辿り着くだけが旅じゃない >

 

 「消えてゆくから愛を知る」かぁ・・妻と別れて愛を知る。これまでもたくさんの愛が芽生えては消えていった。ひとつ ふたつ みっつ よつ・・今までどれだけの愛を求めて旅をしてきたかな。でも、愛に到達点はなかった。それに対して「辿り着くだけが旅じゃない」と言われると何かホッとする。

 今また、60歳にして目の前の原田知世に恋をしている。孤独なおじさんである私が原田知世と一緒に人生を歩んだっていいじゃん!! そんなことを夢想していた。

 

 

あらっ! 目の前に、楠かほさんが踊っていた。

今までのはすべて夢だった。原田知世は夢の中で踊っていたんだ

不思議と、彼女の周りに、ラベンダーの香りが漂っていた。

 

かほさんは原田知世に似ているなと思う。ショートカットでかわいい。

また原田知世に負けないほど優しく性格がいい。大好きな踊り子。

こんな踊り子と出会えただけで私の長いストリップ歴は報われる。

今の私は彼女に夢中である。

 

 今週もかほさんが私の童話をネタにお絵描きをしてくれた。私はたまらなく嬉しくなる。

ふと、私も毎日ストリップ通いして「ストリップ絵日記」を作っているのだと気づく。童話を書いて、踊り子さんにイラストを描いてもらう。私と踊り子さんとの共同コラボこそが「ストリップ絵日記」なのだと。50代の原田知世さんの「銀河絵日記」に負けずに、私は60代で「ストリップ絵日記」を作っていることが無性に嬉しくもあり誇らしくもある。

 

                                   おしまい

 

 

 

 

 

 今回は、TS所属の箱館エリィさんについて、H29年10月頭のシアター上野の模様を、新作「媚・妹・baby」を題材に語ります。

 

 

新作の「媚・妹・baby」は前週9中のミカド劇場で拝見済み。今回、エリィさんから解説してもらったので内容を紹介したい。

 

「お兄ちゃん!」と二度優しく囁く声、そしてユーミンの名曲「やさしさに包まれて」が流れる。

セーラー服姿のエリィさんが現れる。髪を左右二つに三つ編み。白いブラウスに紺のスカートという公立校ルックス。首周りに赤のスカーフを巻き、首の後ろには定番の四角い襟が垂れている。白いソックスにこげ茶色の靴。紺の手提げカバンにはピンクのくまのぬいぐるみがぶら下がる。

お兄ちゃんとの楽しい日々。青春真っ只中という感じで楽しそうに踊る。ただ「やさしさに包まれて」のラストの歌詞「カーテンを開いて 静かな木洩れ陽のやさしさに包まれたなら きっと目にうつる全てのことはメッセージ」さて、今回の演目ではどんなメッセージなんだろうと思うと意味深になる。

ここから音楽が小島真由美さんの曲「はつ恋」(1997年)に変わる。甘いノスタルジーを掻き立てるような声質とメロディーだ。ここでお兄ちゃんへの特別な気持ちに気付いていく。

エリィさんはカバンからラブレターを取り出し、中身を読んだ後、びりびりと千切ってしまう。

そして、髪を解き、セーラー服を脱ぐ。暗転。

また小島真由美さんの曲「私の恋人」(1998年)が続く。聴いたことのある曲だなと思ったら小島真由美さんは1995年デビューのベテランのシンガーソングライターで現在45歳。エリィさん、よく知っていたね。

白いバスタオル一枚を身体に巻き付けて現れ、盆に移動。盆の上でバスタオルを取って全裸になる。

片手にシャワーの取っ手を握って、シャワーを浴びる格好。最初に頭部から浴びて、次に胸へ、そして下腹部へ。秘部にシャワーの水を当てオナニーを始める。突然、ドアの開く音がして「お兄ちゃん」と声を出す。

音楽が「亜美のGuilty Night!」(くりいむレモン主題歌)になる。

ここからがクライマックスのベッドショーが始まる。お兄ちゃんとのSEX場面。正常位からバック、騎乗位へと体位が変わっていく。そして途中からエリィさんのフェラをやるシーン・・手で掴んで口に含む動作。舌でほっぺを膨らませて臨場感を出すなんて、すごい迫真の演技にドキドキしちゃいました。更にSEX場面が続く。

ラストに「お兄ちゃん」という二度の声。そしてガラスの割れる音。

 

「今回の作品は自分で振付してみましたぁ~。」「台詞は4曲目以外は自分で吹き込んだよ。夜、一人でお兄ちゃん~ってずっと言ってた。(笑)」

いやぁ~本当にエリィさんは妹キャラがよく似合うね。まさにエリィさんの持ち味だね。今週から新人さんがデビューし後輩ができると喜んでいるけど、新人の美雪さんと一緒に並ぶとエリィさんの方が妹に見えてしまう。(失礼!)

私は最初にステージを拝見したときに、そういう単純な感想を抱いたわけだが、エリィさんから作品の解説を頂き、その中に「太郎さんはくりいむレモンって知ってますか?? 30年前くらいの元祖エロアニメ!!! テーマです♪」とあったのでいろいろ調べてみた。

くりいむレモンとは、1984年から発売されたアダルトアニメ作品のシリーズ名。

 1984年というと私が25歳の頃。まだ結婚していなかったが、当時の私はAVとか殆ど観ていなかった。ましてやアニメには全く興味がなかった。もっぱら‘生’ですよ(笑)今回、私は調べていて、初めて「媚・妹・Baby」が「ビー・マイ・ベイビー」と呼ぶの知った程度。

 今回、初めて映像を観て夢中にさせられた。実際見てみると基本的にはエロ目的のOVA作品な割に重みのある恋愛ドラマっぽい質感ある流れがストーリーにある。しかも詩的な描写が光る。亜美シリーズは画期的な価値として、オタク族にカルト的な支持を得たのがよく理解できる。

 

第一作のあらすじを紹介しよう。これを読めばエリィさんの演出がいかに上手にされているかよく分かる。

亜美は高校生。よそよそしい再婚者家庭であてどなく過ごす亜美は、自宅でも学校でもつきまとう居場所の無さを埋める存在として、義兄のヒロシを慕っていた。ところがある日、義兄の同級生に恋文を託され、未知の衝動に囚われる。恋文を破り捨てて帰宅した亜美は浴室で情欲のまま自らを慰め、惨めさに押しつぶされる。しかし、帰宅した義兄に湯上がりの裸身をさらすハプニングから、なだれ込むように身体を許してしまう。実は相思相愛であったことを知り、破瓜の痛みに歓喜する亜美だったが…。

 

 ちなみに、妹キャラのエリィさんなのに、最近「私、縛られたいの」等という過激な発言が目立つ。これはきっと、くりいむレモンシリーズの中の、女子校でのSM同性愛(レズ)を描いた「エスカレーション」シリーズの影響ではないかと感じる。

 

平成29年10月                            シアター上野にて

 

【参考】出典 ニコニコ大百科、Wikipedia、「はてな匿名ダイアリー」等より

 

くりいむレモンとは、1984年から発売されたアダルトアニメ作品のシリーズ名。

ロゴの形から「くりぃむレモン」と誤記されることが多いが、正式には「くりいむレモン」である。

「第1作『くりいむレモンパート1 媚・妹・Baby』が発表される。制作はフェアリーダスト、発売は創映新社(現在はAMGエンタテインメント)。家庭用ビデオデッキが手に届く価格で発売され、OVA(オリジナルビデオアニメ)が登場し始めた80年代に発売されたアダルトアニメの先駆的シリーズ。日本初のアダルトアニメではないが、アダルトアニメを認知させて後続の作品を流通させる市場すら作ったとも言える点で、エポックメイキングなシリーズである。」

「『美少女アニメ』とも称されるアダルトアニメの先駆けで、『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙』に登場するセイラ・マスの入浴シーンを映画館でカメラに収めているアニメファンに、ビジネスとしてのヒントを得たのが起源とされる。」

 

 一作目のあらすじを紹介したが、その後の亜美シリーズの概略ストーリーは次の通り。

第一作のラストで亜美と宏は母親に情事の現場を見られてしまう。

第二作、それが原因で母親は宏を海外に留学させて亜美と別れさせられている。大好きな兄と別れて傷心の亜美は女友達に誘われてクラブに行くが、その際に酔った勢いで遊び人で有名なイケメン河野という男にお持ち帰りされる。酔って河野を兄と勘違いしながらのノリノリH。その時に兄のことを呼んだことを聞かれて兄との関係を河野に知られる。

そのことで脅されて素面で関係を持つ。河野に「兄のことを忘れさせてやる」と言われたことに亜美は怒る。

第三作、兄・宏が一時日本に戻ってきて嬉しい亜美だが、宏は亜美に、もうああいう関係をやめようと告げる。ショックを受けた亜美は自ら河野の部屋に行ってヤケクソH。

河野は元々遊び人で愛人いたりしながら亜美と付き合ったり求婚したりする野郎だけど、宏は宏で別れさせられても自分を慕う亜美を拒絶して、海外から婚約者連れてきておいて結局亜美を忘れられずに婚約者を失望させて亜美に求愛してしまう野郎だったりして、河野が悪で兄の宏が善ともいえなかったりする。

亜美が最後に出した答えは二人を拒絶して自分は自分、もう誰にも囚われないとか宣言する。そんな亜美を「コイツやっぱいい女だわ…」みたいな笑みを浮かべながら見る河野。

 

ちなみに、亜美が何故かその後スカウトされてアイドルとして活動しているという設定の『それから』シリーズが始まるが、それからシリーズは恐らく亜美ファンの大半には認められていない。なぜなら、声優が違うし、作画も不安定で亜美もあどけなさの残る妹的なキャラデザではなくなってしまう。そして内容的にも妹萌えを感知できる成分はほぼ皆無。

 

次に、「くりいむレモン」シリーズ全体の作品群を挙げておこう。

◆亜美・シリーズ:義兄との禁断の愛を描いた「媚・妹・Baby」(いわゆる「野々村亜美」シリーズ)

原点にして頂点。亜美が初体験時、絶頂に達して発したセリフ「亜美飛んじゃう!」はオタクの間で流行語に。 これを越える作品が出なかったことが、後のシリーズ迷走の一因となった。

◆エスカレーション・シリ-ズ:全寮制の女子高でSM百合(レズ)を描いた。余談だが『くりいむレモン FourSeasons』では制服が濃緑色のボレロ+ハイウエストスカートに変更されていた(本来はセーラー服)。

◆ラル・シリーズ:ビキニアーマーと淫獣の触手。

「触手姦」ジャンルの祖となる作品。ビデオやレーザーディスクでは、「相手が人間ではない」「世界設定などが極めて現実から乖離しているので問題無い」などの理由から、性器が無修正だった。

◆いけないマコちゃん(前後篇):多重人格

◆POPCHASER:アニメ界の超大物スタッフが匿名で参加したとされ(少なくともここを見てる人間なら大半が知っている)、出演声優も今では考えられない大物が目白押し。 

スーパーバージン:色んな意味で話題となった作品、別名エロム-ミン。

 

 

 

 

 

 今回は、TS所属の踊り子・箱館エリィさんについて、シアター上野H30年9月結の公演模様を、演目「ビューティフル・ドリーマー」を題材に語ります。

 

 

 

さて、エリィさんとは7月結の大阪晃生以来、二か月ぶりになる。

今回初めて、うる星やつらの演目を拝見する。この演目は4月に発表していたらしい。そういえば、私がエリィさんからポラ袋にラムちゃんのマンガを描いてもらったのが5月27日の大和だったので、この時には既に本演目は披露されていたんだと分かる。

私はそれを知らずに、エリィさんがアニメ「うる星やつら」を好きだと判断して、ネットで本アニメを見まくった。そのときに映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』も観ていた。この映画は特に良かった。それらに基づいてMY童話「うる星やつらがやってくる-うさかめver-」が出来上がり、さっそく7月頭のシアター上野にのっているエリィさんに持参した経緯があった。

そして、今回初めて、エリィさんに念願のお絵描きをしてもらう。遂に夢が叶った。やはり得意のラムちゃんだった。期待通り、すてきな絵に感激した。ようやくエリィさんの絵が私の秘蔵コレクションに加わった。

こうして、私の想いとしてのMY童話創作、そして本演目とラムちゃんのお絵描きが全てつながっていった。この経緯にじわじわと感激するものがあった。種をまいていた努力がようやく実を結んだ感じかな。(笑)

そして、この感動をすぐに観劇レポートにしたくなった。

 

さっそくステージ内容を紹介する。

最初にウエディングドレス姿で登場。ベールの中に、緑色のウエッグ、黄色い角が見えたのですぐにラムちゃんだと分かった。花束を持ってルンルン気分で踊る。

すると結婚相手の諸星あたるが浮気をしている声が聞こえる。

その瞬間に「ダーリン!」と叫んで、ラムちゃんの雷が落ちる。

一旦、暗転して、ラムちゃんの恰好で再登場。上下ビキニと脚絆は、お馴染みのトラ柄。

そして、お馴染みのアニメ主題歌「ラムのラブソング」に乗って、ノリノリで踊る。

ここで、ラムちゃんが袖に入り、ダーリンの黒い学ランをもって現れる。そして憧れのダーリンのことを想う。

音楽は、同じくアニメソング、ヘレン笹野の歌う「心細いな」に変わる。

そのまま、ブラを外し、学ランを持って盆に移動。学ランを抱きしめて泣く。

ベッド曲は映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』の主題歌「愛はブーメラン」。

手の透明なマニキュアがピカピカと輝いている。

 

エリィちゃんのお陰で、私もラムちゃんのファンになれ、こうして素敵なステージを拝見させてもらい、しかもラムちゃんのお絵描きまでしてもらい、私は最高に幸せです♡

 

 

平成30年9月                            シアター上野にて

 

 

 

【参考】映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』

 

本映画は、高橋留美子原作『うる星やつら』の劇場版オリジナル長編アニメーションの第2作。1984年2月11日に東宝系で公開された。

テレビシリーズのチーフ・ディレクターである押井守が脚本を兼ね、前作『うる星やつら オンリー・ユー』から引き続き監督を務めた。押井作品の原点であり出世作でもある。興行収入は前作を下回ったが、当時の『キネマ旬報』において、読者選出ベスト・テンで第7位(邦画)に選ばれるなど作品の評価は高かった。

 

 この押上守監督は癖の強い監督のようだ。原作者の高橋留美子先生とも意見があわず「この映画は押上監督の作品であり、私の作品ではない」と言われたほど。

 私の好きな宮崎駿監督とも意見を戦わせる強者のようである。(笑)

 だからこそ、これだけの名作が生まれたのであろう。

 

【箱館エリイさんからのコメント】

・レポートありがとう♪ 花丸100点!

・でも昨日はカットが入っちゃって、立上りの前は「ラムのラブソング」? が入ります♪ 

・ジブリも好きだけど、押井守も大好き!! 「イノセンス」っていう映画が好きです♪ 

 

 

 

『うる星やつらがやってくる ―うさかめver―』  

~箱館エリィさん(TS所属)に捧げる~

 

 

 根っからの女好きである諸星あたるが、とうとうストリップに目覚めてしまった。ストリップには絶世の美女がたくさんいる。しかも、毎週のように新しい踊り子がデビューしてくる。次から次へと現れる美女たちに会いに、あたるは鼻の下をびよーんと長く伸ばして、毎晩のように劇場通いを始めた。

 同棲しているラムは最初のうちは「この浮気者―!!!」と電気ショックを与えていたが、それでもあたるがストリップ通いを止めないため、次第に諦めて「これは、あたるの病気。ストリップは浮気じゃないし。」と大目に見るようになった。

 ところが、あたるのストリップ通いはエスカレートしていく。劇場に通う回数・頻度は増えるわ、せっかくの休日というのにラムをほったらかしにして遠征はするわ、そしてとうとう人間の女だけに飽き足らず森のストリップ劇場にまで足を伸ばした。

 

 あたるを追っかけて、ラムは森のストリップ劇場に向かった。

 そのラムを追いかけて、ラムの従弟で鬼族の幼児であるテン、遊行僧の錯乱坊(チェリー)とその姪の巫女サクラ、その他にも、元クラスメートである面堂終太朗、三宅しのぶ、藤波竜之介、ラム親衛隊(メガネ、パーマ、チビ、カクガリ)、まさしくうる星やつらの面々がぞろぞろと森のストリップ劇場にやってきた。

 あたるは、かぶりセンター席を陣取って朝からストリップを眺めていた。

 あたるのその緩み切った表情を見て、錯乱坊(チェリー)はラムに言った。「ストリップのお客は皆、浮気者じゃ! そんなやつと結婚しても幸せにはなれない!」と。

 ラムは首を振り「そんなことはない!うちのダーリンは私のことを愛しているっちゃ!」と答える。錯乱坊(チェリー)は「ラム、目を覚ませ!あのあたるの目を見ろ!とてもラムのことを大事に思っている目ではないぞ!」。それでもラムは目を潤ませ「馬鹿なダーリン。でも・・・でも、うちはやっぱりダーリンが好きだっちゃ。」と言うのでした。

 

 ふと、ラムと錯乱坊(チェリー)がステージの横を振り向く。

 そこには、うさぎちゃんに対して一生懸命にリボンを投げているカメさんの姿があった。

 二人はカメさんに声をかけて一緒に話をした。・・・

 ラムとあたるの出逢いは「鬼ごっこ」に始まった。ことの経緯はこうだ。宇宙から地球を侵略にきた鬼族は圧倒的な軍事力の違いから勝敗は目に見えていた。それでは面白くないからと鬼族の伝統に従って「鬼ごっこ」で勝敗を決することにした。鬼族代表のラムと地球代表のあたるが地球の命運をかけて「鬼ごっこ」をすることになる。その結果、あたるが勝利し、ラムがあたるに惚れて同棲を始めた経緯を知る。かくして、恋多き男・あたると宇宙から来た押しかけ女房・ラムの果てしなき鬼ごっこが繰り広げられる。あたるの浮気性は一向に収まらず、一途なラムは「ダーリン、お願いだっちゃ。一言うちを好きだって・・・」と何度も迫る。そして、ドラマの最終回にはラムが愛想をつかしてあたるの元を離れ、あたるがラムを追いかけるという、二人の「鬼ごっこ」でクライマックスを迎える。二人はまさに「鬼ごっこ」を機にして繋がったカップルであった。

 同じく、うさぎちゃんとカメさんは「かけっこ」で衝撃的な出会いをした。カメさんがうさぎちゃんをストリップに誘い、カメさんはリボンとしてうさぎちゃんの応援に努めた。そして今、カメさんはうさぎちゃんの愛を受け入れられずに悩んでいることも話した。

 すると、錯乱坊(チェリー)は今一度「かけっこ」することを勧めた。そうすれば何かが変わると。

 

 うさぎちゃんとカメさんは昔のように「かけっこ」をすることにしました。その競争には森のストリップ劇場の踊り子や常連客を始めとして、たくさんの動物たちが参加しました。ですから、その中には、うさぎちゃんだけでなく、可愛い女の子もたくさん混じっていました。

カメさんは相変わらず、マイペースでのろのろ進みました。うさぎちゃんは以前のように速くは走らず、つねにカメさんのそばにいました。うさぎちゃんは長いカメさんとのお付き合いの中で、決して速く走れることが一番いいとは思わなくなりました。「カメの歩み」こそがゴールへの一番の近道であることを学んだのです。

女の子たちがのろのろと進む愛嬌あるカメさんに盛んにちょっかいを出しました。「カメさん、出したくなったら私の顔にかけっこしてもいいわよ!」と。カメさんは苦笑いしながら彼女たちにきっぱり答えました。「ぼくは、うさぎちゃんじゃないと、かけっこできないんだ!」と。

 うさぎちゃんは、そのカメさんの言葉を聞いて涙ぐみました。

 そして、カメさんの手を取って、カメさんの歩みに合わせて、一番最後に二人でゴールしました。

 森のストリップ劇場の面々を始めとして、たくさんの動物たちが二人のゴールに拍手しました。周りには、うる星やつらの面々も拍手をしていました。

 

 うさぎちゃんとカメさんの結婚へのゴールは近づきつつありました。

 

                                    おしまい

 

 

 

 

 TS所属の踊り子・箱館エリィさんについて、シアター上野2020年7月頭の公演模様を、演目「リボンの騎士」を題材に語ります。

 

 

 

さて、上野でエリィさんが新作「リボンの騎士」を披露。

実は私は手塚治虫の大ファン。彼の漫画を子供の頃にたくさん読んでいた。たまたま、今回のコロナ自粛期間中、私はジブリの宮崎駿監督について調べていて、宮崎駿と手塚治虫との関係をレポートしていた。そのため手塚治虫のことも改めて勉強し興味が湧いた。

そこで、もう一度、手塚治虫の漫画を読み返そうと思った。私はコロナ自粛期間中、近くの漫画喫茶でたくさんの漫画を読みふけっていたので、手塚治虫の作品も探してみた。ところが、代表作の「火の鳥」「ブッダ」「ブラックジャック」はかろうじてあっても、それ以外の作品は全く置いていない。昔の漫画を読む人は今やいないために置いていないと店員から言われた。正直がっかりした。

そんなこともあって、エリィさんが手塚治虫の「リボンの騎士」を作品にしているのを観て、驚くやら、めっちゃ嬉しくなった。エリィさんに私が手塚治虫ファンなんだと告げたら、エリィさんから「そういえば太郎さんは手塚治虫に似ているわね」と言われた。光栄至極である!!!

 

さっそくステージ内容を紹介する。

ミュージカル「リボンの騎士」がベースにある。音楽は「リボンの騎士 ザ・ミュージカル」ソング・セレクションというオムニバス(映画・演劇・ドラマなどで、数編の独立した話を並べて一つの作品に構成したもの)から選曲している。

最初に、金のマスクを付け、黒いマントを羽織って登場。黄色の大きな帽子をかぶる。黒いマントを颯爽と取ると、下には赤いマントを羽織った、白と青がミックスした「リボンの騎士」定番のコスプレ衣装が現れる。白い手袋に白いブーツ。

一曲目は「リボンの騎士」。父親に向けて語る歌詞。しっとりと聴かせる。この曲で私は一気に作品の世界に入り込む。

二曲目で、剣を持って舞い踊る。

音楽が変わって、一旦暗転し、着替える。

 肩から足元までのロングドレス。刺繍入りの白地に黄色いフリルが肩から足元まで流れる。頭には白と赤の大きなリボンを付ける。小さなリボンが十字形に交差している。

 赤いハイヒールを履いたままベッドショーへ。白いパンティを左ふとももに巻く。

 両手首にプラチナのブレスレットがきらり。白いマニキュア。

 

 リボンの騎士は、女性が戦う男性を演ずるもの。

 時にストリップのステージで、ベテランの踊り子が「男装の麗人」を演ずることがある。その男装がめちゃくちゃ似合いすぎて、同じ舞台で次に女性役を演ずるとなんか見劣りして見えることがある。それは男装がはまりすぎているからだ。「男役」と「娘役」の両方をうまく演じ分けるのは本当に難しいんだなぁと感ずる。

 私は前から「リボンの騎士」をうまく演じられる人こそが理想なんだろうなと個人的に思っていた。

 エリィさんの場合は、かわいいリボンの騎士だ。残念ながら、今回の作品からは男装のかっこよさは感じない。チャーミング過ぎるエリィさんの持ち味だね。(笑)

 

 最後に、手塚治虫の「リボンの騎士」について簡単に触れたい。

『リボンの騎士』とは、手塚治虫による少女漫画作品。手塚の20代の頃の連載漫画代表作の一つであり、少女向けストーリー漫画の先駆け的な作品。

天使・チンクの悪戯で誕生した、男の心と女の心を持つサファイア王女(王子)をヒロイン兼ヒーローに据えたファンタジー作品。お姫様が「男装の麗人」となって悪人と戦うという、当時の少女漫画としては斬新な内容であった。

手塚自身が幼少のころから親しんだ宝塚歌劇団の影響を強く受けており、サファイアのモデルは元宝塚歌劇団娘役の淡島千景である。当時、淡島の大ファンだった手塚が、娘役である淡島がたまたま男役を演じた舞台を観劇して、それをヒントにサファイアを考え出したという。

少女漫画としては一般に記憶される初の「戦う少女」であり、今で言うところの変身、コスプレ、ツンデレなどの萌え要素を先駆け的に含んでいた。

 この作品「リボンの騎士」ひとつ取っても、手塚治虫の斬新的な天才性が光る。

 

2020年7月                            シアター上野にて

 

 

 

 

 

2020.7

『ちから姫』続編1 -リボンの騎士編-

~箱館エリィさん(TS所属)に捧げる~

                   

 ミーン ミーン

蝉が鳴いているような声が寝室から聞こえます。今夜も、ちから姫と王子が愛し合っているようです。この音が聞こえているときは、侍従たちは決して寝室の扉をノックしないようにしています。

そうそう、ちから姫のお相手の王子の名前を言い忘れていましたね。彼はサワティ王子と言いました。

 

ちから姫のいるゴールデン王国には平和が続いていました。

ところでゴールデン王国の周りには七つの王国がありました。そのひとつにシルバー王国があり、ゴールデン王国と隣接していました。今回はそのシルバー王国の話です。

 

シルバー王国には若いエリィ王子がいました。まだ12歳です。

実は、このエリィ王子は女の子でしたが、表向きは男の子として育てられました。というのは、シルバー王国では王位を継承できるのは男子のみという仕来たりがありました。一人っ子のエリィ王子が王位を継承できないとなると、王様のたった1人の従兄弟で腹黒いジュラルミン大公に自動的に王位を継承することになってしまいます。それをどうしても避けたかったシルバー王国の王様はエリィを男の子として国民に公表したのでした。こうしてエリィ王子は男の子として立派に武芸を習い、勝気な性格だったので男勝りの王子に育ちました。

エリィ王子はその服装から‘リボンの騎士’と呼ばれていました。本人は女らしさを押しつけられることに反発しており、服装も動きやすいパンツルックです。ブルー系の上下に、白い半袖、白いストッキング。全体としては、フランスの文豪デュマの小説「三銃士」ぽい中世ヨーロッパの騎士の恰好を想像して下さい。そして、‘リボンの騎士’という由来のごとく、黄色いツバ(ひさし)が大きく広い帽子で、上部に大きな赤い羽根のようなリボンが付いているのが最大の特徴でした。

 

昨年のこと、隣のゴールデン王国で武闘大会が開催された時も、エリィ王子は自分も参加したいと思っていました。しかし、武闘大会の趣旨がちから姫の婿取りであり、また若いエリィ王子は年齢制限もあり、参加することはできませんでした。

エリィ王子は観客席から武闘大会の様子を眺めました。ちから姫の圧倒的な強さにエリィ王子は驚愕しました。本来、同じ女子でありながら、あれだけのパワーを見せつけられると負けず嫌いのエリィ王子はちから姫と勝負がしたいと思いました。ライバル心と憧れに胸をときめかせたのです。

昨年、めでたくちから姫とサワティ王子の結婚式が挙げられた時、その祝賀会に隣のシルバー王国を代表してエリィ王子も招待されました。はじめて、ちから姫の前に立ったエリィ王子は、ちから姫の神々しさに身体が震えました。同じ女性として畏敬の念を抱いたほどです。

そのときエリィ王子は武闘大会のことを話題にし、是非ともちから姫と決闘させてほしいと願い出ました。ちから姫も、エリィ王子のことをかわいい妹というか、いや、かわいい弟のように感じ、快く決闘の申し出を受けました。

日にちを変え、練習試合ということで二人は決闘を始めました。エリィ王子は前日の結婚式の正装とは打って変わり、普段着である‘リボンの騎士’の恰好で登場。試合は圧倒的にちから姫のパワーとスピードが勝りました。戦っている最中に、ちから姫はエリィ王子が女の子であることを察しました。その勝負を機会に、ちから姫とエリィ王子は深い絆で結ばれました。ちから姫はエリィ王子のことをまさしく自分の妹分として可愛がるようになりました。

 

エリィ王子はその可愛らしい容姿から‘リボンの騎士’として国内外に名を馳せました。

シルバー王国内では、エリィ王子のことを女の子ではないかと疑っているジュラルミン大公が陰でエリィ王子の命を狙って暗躍していました。しかし、エリィ王子はジュラルミン大公の企てを鍛えられた武芸の腕で跳ねのけました。

 ちから姫は、エリィ王子の裏事情を知り、心から心配していました。ゴールデン王国では女系でも王位を継承することができたので、隣のシルバー王国で男系のみが王位継承できるという仕来たりをおかしなことと思いましたが、隣の国のことをとやかく言うことは内政干渉になるので口出しはできません。ちから姫はあくまで相談役として協力するしかありませんでした。でも大丈夫です。きっとエリィ王子は立派に乗り越えてくれることでしょう。

 

 さて、隣のシルバー王国の話はこれくらいにして、ゴールデン王国の方に話を戻します。

 ちから姫とサワティ王子は深く愛し合っていました。

 ミーン ミーン ミーン

 今夜も二人の寝室から蝉のような鳴き声が聞こえます。二人の「大木に蝉」という密やかな夜の営みが行われているようです。しかも今夜は激しい様子。

 そして、とうとうちから姫は妊娠し、かわいい男の子を出産することになります。

 次回は、ちから姫の赤ちゃん‘ちから王子’のお話をいたします。

 

                                    おしまい   

 

 

 

 

 

今回は、H29年5月結のミカド劇場における、箱館エリィさんの新作「パリの橋の下」について語ります。

 

 

 

今週は、箱館エリィさんが新作を披露。エリィさんがすぐに手紙で丁寧に新作の解説をしてくれたので紹介する。

「演目のタイトルは『パリの橋の下』です。画家の女の子が眼を悪くして心を病んで、ホームレスになるというストーリーです。(笑) 『ポンヌフの恋人』を基にして作りました。大好きな映画。タイトルは一曲目からきています。一曲目と四曲目は違いますが、あとは映画のサウンドトラックです。四曲目は私の大好きな曲を使いました。これでオナニーに気合いが入ります(笑)。色々説明しちゃいましたが、好きに解釈して楽しんで頂けたら、と思います。」この解説に沿って、ステージ内容を紹介する。

 

 主人公のミッシェルは画家を夢見る画学生。赤いリボンの付いた白い衣装を着て、赤いベレー帽をかぶり、すらりとした脚には赤い靴下と白いズック。

手にはスケッチブックを抱え、楽しそうにスケッチして回る。客席に向かって客の顔を描いていたと思ったら、犬や猫の絵だった。(笑)

一転、ラフな衣装で登場。黄土色のチェック柄のカラーシャツ。破れたジーンズの半ズボン。そして、目にはガーゼの眼帯。(実際にはガーゼ生地を鉢巻きのように巻く。見えないと動きづらいからね。)

 目が見えなくなった若い画家の苦悩を描く。舞台の上を転げまわる。

 最後に、透け透けのシュミーズに赤いマントを羽織って、ベッドショーへ。

 映画の余韻に浸るように、オナニーに励むエリィ・・・

 

 この演目は映画『ポンヌフの恋人』を知らないと深く味わえない。二日間ほど釘付けにされた。こんなにも激しいエゴとエゴがぶつかり合う恋愛シーンを見せつけられて、心が締め付けられる想いがした。

 エリィさんのお陰で、素敵な映画に出会えた。心から感謝する。

 

平成29年5月                            池袋ミカド劇場にて

 

 

【参考】映画「ポンヌフの恋人」

ネットで検索してみた。Wikipedia参照

 

□.概要

 

レオス・カラックスによる監督作品で、アレックス三部作の三作目。

ポンヌフ橋で繰り広げられるホームレスの青年と、失明の危機にかられた女画学生との純愛を描く。

この映画の完成までに3年も費やし、カラックス自身の実生活の恋人でもあったビノシュとの破局や、膨大に膨れ上がる予算の問題もあったが、それでもなんとか完成にこぎ付けた。

美しいポンヌフ橋で繰り広げられる花火のシーンや、地下鉄のポスターに火を放つ姿は圧巻。

製作中に費用捻出の問題から何度も撮影中断に追い込まれ、撮影後もパリの街の巨大なセットを解体する費用が出せずそのままの形で残っている。

 

□.ストーリー

 

閉鎖中のポンヌフ橋で暮らす天涯孤独の青年ホームレスのアレックスは、いつものごとく酒を飲みながら夜のパリを放浪していたが、車に片足を轢かれてしまう。そこに通りかかった女は恋の痛手と失明の危機から家出放浪中の女画学生ミシェル。アレックスはミシェルの美しさに初めて恋の心地を知り、ポンヌフ橋を仕切っている初老の浮浪者のハンスにこの家出娘のミシェルを置いてくれるように頼み込む。そして二人のホームレス生活が始まる。ジュリアンというチェリストへの恋の未練と画家としての失明の恐怖を両手に抱えたミシェルと、他人との繫がりをあまりにも持たずに生きてきたアレックスとの間にも徐々に愛情に似た親愛が芽生え始める。フランス革命200年祭を祝う夜のパリの街に花火や音楽が乱れ交う。アレックスは見物客に火吹き芸を披露して、ミシェルも感動する。

眼の病気は治るからこの人を捜してという、ミシェルを探すポスターが町中に貼られるようになり、アレックスはミシェルに見られないように一つひとつはがしていくが、ついにはこのポスター張りの仕事をしている車を燃やし、業者も焼死する。そんな橋の上での生活にも慣れてきたある夜、ミシェルは携帯ラジオから自分を探すアナウンスを耳にする。アレックスは警察に捕まり、服役中に眼を直したミシェルが会いにきて、ポンヌフの上で再会しようと約束する。雪の中、出会ったアレックスはミシェルともども川の中に落ちるが、ル・アーブルに向かう船に助けられる。そして、「まどろめ、パリ」というセリフが流れる。

 

 

 

 

 

 今回は、東洋の踊り子・渚あおいさんの6周年について、「二つの6周年作」という題名で語ります。

 

 

 

 なんと、周年作が二つ披露。ひとつは天使もの「An Angel」、そして映画をモチーフにした「シザーハンズ」。

 

 

 次に、演目「シザーハンス」。

 映画『シザーハンズ』(原題: Edward Scissorhands)は、1990年のアメリカ映画。純真無垢な心を持つ人造人間と少女の交流を描いたファンタジー映画。

ティム・バートン監督、ジョニー・デップ主演の『シザー・ハンス』は、手がハサミの男エドワードが出てきて、主人公の娘キムが恋に落ちる物語。

 

 最初に、手がハサミの人造人間に扮して登場。黒いギザギザのワンピース姿。頭には背中まで垂れる長いグレイっぽいウイッグをかぶっている。膝上まである黒いロングブーツを履く。

 ハサミ男と娘は恋に落ちる。白いワイシャツを抱きしめるシーンがある。手がハサミであるがゆえに、大好きな彼女を傷付けてしまうために抱きしめられない悲しみを演ずる。

 ところが、二人の愛には障害が立ちふさがる。ハサミ男は赤い縄で宙吊りにされる。赤いライトを付け、照明効果を上げる。

しかし、ハサミでもって縄は切られる。

血に染まったワイシャツを持って、盆に移動する。ワイシャツを抱きしめながらベッドショーが始まる。

 ハサミ男の哀歌を見事に演じている。拍手。

 

 以上のステージ感想を贈ったところ、実はストーリーが全く違っていることにビックリ!

なんと、シザーハンズの男女逆転を演じているのだ。渚さんから「ハサミ娘が男性と恋に落ちるのです。少し話を変えて、好きになった人が傷付けられ、自分の代わりに殺されてしまう。そして初めて抱きしめられたっていうBAD END・・・」とのコメントを頂く。これには仰天した。あまりにも原作の映画にとらわれすぎましたね。さすがです。一本やられました(笑) 

でも「また違うように感じて観てもらえるのも嬉しいなぁー」と言ってもらえて良かったよん。ほっ!

 

なぎファンに聞いたところによると、当初は周年作「シザーハンズ」ひとつだったのだが、この作品はどちらかというと暗いイメージなので、明るい作品「An Angel」を追加して二つにしたらしい。

そう言われてみれば、衣装の白と黒とを合わせ、演目「An Angel」の白いイメージと演目「シザーハンズ」の黒いイメージが見事に白黒コントラストされて、六周年を引き立てている。

 

 

平成29年11月                           大阪東洋ショーにて

 

 

【参考】映画『シザーハンズ』 Wikipedia参照

 

<あらすじ>

寒い冬の夜。「雪はどうして降るの?」と孫娘に聞かれた祖母が話し始める。

昔々、町外れの山の上の屋敷に孤独に暮らす発明家がいた。屋敷の中で、全自動クッキー製造機などの数々の発明品を作り出した彼は、遂には生命の創造に挑み、1人の人造人間を生み出す。彼はそれにエドワードと名付けて愛情をもって接する。不完全な部分を自らの発明品で補うために、ハサミを使って作った仮初の手を両手に、それから大きなハート形のクッキーを選んで心臓とする。そして、彼はついに本物の人間と同じ形をした両手を作り出すが、それをエドワードに披露した矢先、急な発作を起こり、エドワードを一人残してこの世を去ってしまう。エドワードは、両手がハサミのまま、屋敷に1人残された。

ある日エドワードの住む屋敷に、ペグという化粧品のセールスの女性がやってくる。心優しい彼女は、奇怪な姿をしたエドワードがを発見したのち、彼をパステルカラーの家が並ぶ町に連れて帰ることにする。手がハサミのエドワードは食事さえままならないが、植木を綺麗に整えたり、ペットの毛を刈ったりして人気者になっていった。やがてエドワードは、ペグの娘キムに恋をする。

ある時エドワードは、キムのボーイフレンドのジムに利用されて窃盗行為を働き、逮捕されてしまう。キムを気遣ったエドワードは真相を語らず、周囲の人々は彼を避けるようになったが、キムはエドワードの優しさに惹かれ始め、ジムは嫉妬を募らせてゆく。

クリスマスの夜、氷の彫刻を作って美しい雪を降らせていたエドワードは誤ってキムの手を傷つけ、ジムによって家を追い出されてしまう。キムはジムに怒りを覚え、絶交を言い渡した。怒り狂ったジムはやけ酒を飲み、飲酒運転の車でキムの弟のケヴィンを轢きそうになる。間一髪でケヴィンを助けたエドワードだが、その際にハサミでケヴィンに怪我をさせてしまう。危険な化け物として街の人々に責められたエドワードは、屋敷へと逃げ込んだ。

エドワードを案じたキムは彼の後を追うが、さらにそれを追ってきたジムともみ合いになり、エドワードは彼を殺してしまう。キムはエドワードに別れを告げると、屋敷に残されていた、かつて発明家が作り出したエドワードの両手とはまた別の「ハサミの手」を持ち出すと、屋敷に押し寄せてきた町の人々にその手を見せてエドワードは死んだと偽り彼を匿った。

それ以来、エドワードが来る前には降らなかった雪が、毎年クリスマスの時期になると町に降るようになったのだという。

「どうしてそんな話を知ってるの?」と尋ねる孫娘に祖母は答える。「そこにいたからよ。彼には今も見えるはず。彼が降らせた雪の中で踊る私の姿が…」。その言葉の通り、山の上の屋敷では昔と変わらない青年の姿をしたエドワードが両手のハサミで氷の彫刻を作っていた。彫刻を作る最中に飛び散った細かい氷の粒こそが、空から降る雪の正体だった。そして、その氷の彫刻が模っているのは若き日の祖母、すなわちかつてのキムの姿であった。

繊細で心優しき人造人間エドワードと人間の娘キムの間に芽生えた愛が、今もなお生き続け、そしてささやかな奇跡を生み出しているのを明かす形で、物語の幕は下りる。

 

<エピソード>

主人公のエドワードを演じたのは、ジョニー・デップ。相手のキムを演じたのは、ウィノナ・ライダー。この2人は、この映画をきっかけに付き合いが始まり婚約までしました。結局は破局となってしまうのですが、現実でも恋に落ちた2人が演じているので画面の中から演技ではない愛を感じます。

 

 

 

 

豊田愛菜さん(ロック所属)の、大阪東洋ショー劇場のH31(2019)年1月結におけるステージ模様を、演目「0(ゼロ)」を題材に、「0からのスタート」という題名で語りたい。

 

 

 

 

さて、今週の出し物は、1,3回目は演目「出逢い」、2,4回目は演目「0(ゼロ)」。両方とも和物ですね。愛菜さんは和物がお好きなんですね。とてもよく似合っている。

 前者の「出逢い」は前にレポートしているので、今回は後者の「0(ゼロ)」を観劇レポートしたい。この演目は前に拝見した記憶があるのでだいぶ前に初披露していますよね。

 

ところで「0(ゼロ)」とはどういう意味だろうか。愛菜さんが「生まれ変わってもまた君に恋するロマンティックストーリーです。」と解説してくれた。選曲を調べてみたら、0(ゼロ)という名に係わる曲がたくさん。ひとつひとつ見ていこう。

 

最初に、紫の着物姿で登場。その上に、水色を基調とした薄い打掛けを羽織っている。その絵柄も高貴な雰囲気を醸す。そして金色に刺繍された緑色の帯が華やか。髪は白い髪飾りで後ろにひとつ結び。白足袋を履いて音楽に合わせ華麗に舞い踊る。

一曲目は、中島美嘉の「一番綺麗な私を」。名曲中の名曲。女心を切々と歌い上げる。

 一旦、暗転。

 音楽が変わり、着替える。

 内掛けを取り、紫の着物の上に金の袴を履いて、動きやすい恰好で再登場。白い髪飾りを取る。黒いアイマスクが忍者みたいで恰好いい。音楽に合わせて颯爽と踊る。

二曲目は、福山雅治の「零 -zero-」で、すごくいい感じ。ここから演目名を採ったのかと思っていたら、なんと、このゼロという意味付けは劇場版映画「名探偵コナン『ゼロの執行人』の主題歌に通じている。この映画には安室透(あむろ とおる)というキーパーソンが登場し、彼の本名は降谷(ふるや れい)。そして彼は警察庁警備局警備企画課「ゼロ」に所属する公安警察の捜査官。まさにゼロだらけ。

三曲目に心が奪われた。AA=の「DRONE」。初めて聴いた。エコーが強く利いている。歌詞に引き込まれた。♪「ねぇ、何故? 空は青いんだろうねぇ、何故? ここにいるんだろうねぇ、何故? 鳥は飛ぶんだろうねぇ、何故? 僕は飛ぶんだろう何で? 何で?その時声がした雲は晴れた目の前が見えたそこは広がった鳥になったんだ。あの頃みたいに広い世界に引き金引いたんだ ...」すぐにYouTubeで確認したら曲とMVにのめり込んだ。これは世界平和の歌じゃないか。まるでひとつの名作映画を観ているような気分になった。この曲と出会わせてくれただけでも愛菜さんに感謝である。そして、AA=の世界にしばし釘付けになった。

舞台の袖部で、愛菜さんが袴を脱ぐ。更に紫の着物を脱ぎ、ビーナスの裸体が現れる。そして、最初に出てきた薄い水色の内掛けを襦袢のように着てベッドへ向かう。

ベッド曲も、中島美嘉の「明日世界が終わるなら」。中島美嘉の歌は和物にとてもマッチするね。この曲、なんかジブリの世界観を彷彿させられた。

ベッドショーでは愛菜さんの美しいヌードに酔いしれる。首から垂れる長いY字型のガラスのネックレスがキラキラ輝く。

立ち上がり曲は、サザンオールスターズの「蛍」で決める。桑田佳祐がオーケストラをバックに情感豊かに歌い上げる美しいバラード。最高の選曲である。

この曲をネット検索して面白いことが分かる。この曲は、累計280万部を超える大ベストセラーの映画化である『永遠の0』の主題歌なんだね。興味が湧いたので詳しく調べてみた。・・・

「蛍」は、サザンオールスターズの54枚目のシングル「ピースとハイライト」のB面に収録されている。2013年6月25日のデビュー35周年記念日に活動再開の告知と同時に発売が発表された作品。サザンオールスターズはこの作品まで5年間、メンバーソロ活動を主体とした活動を行い、バンドとしての活動は一切行わなかった。

映画の制作者側から「サザンでぜひ主題歌を」という熱烈なオファーを受けたサザンサイド。制作途中段階の映画を見た桑田佳祐が、作品に強く共感し、この「蛍」を主題歌として書き下ろした。楽曲は、この『永遠の0』という作品に寄り添いつつも、決して戦争の時代だけに限らず、身近な人に先立たれた大人や、先の震災で大事な人を亡くした方々の心情にも通ずる、普遍的な平和への祈りを歌う、非常に美しく、そして壮大なスケールのバラード。映画では「歌が流れるエンディングでもう一度泣ける」と評判になった。

桑田佳祐は次のようなコメントを寄せている。「『家族のために必ず生きて帰る。それこそが愛ではないか。』そう信じ、『待っている人がいる』ことそのものが生きる力となり、生きる原動力となっている。現代を生きる私たちにも通ずる、そんな主人公宮部久蔵の姿に非常に大きな感動をいただきました。この映画の中に流れている『平和への祈り』のようなメッセージを、私なりに音楽という形を通じて、多くの方々に伝わっていくためのお手伝いが、少しでも出来ればと思っております。そして、この映画が大成功されることを心よりお祈り申し上げます。」

私は『永遠の0』という映画に興味が移った。山崎貴監督がこの「蛍」という曲について次のようなコメントをしている。「切なさの中に希望や覚悟が内包されている素晴らしい楽曲だと思いました。映画本篇に続けてこの曲を聴いたとき、何か「救われた」という想いがあふれてきました。画面には雲が映っていましたが、そのどこかで宮部さんが微笑んだような気がしたのです。この曲が観客の胸のさらに奥深い場所に映画のメッセージを届けてくれるであろうと思います。」

ちなみに、ネットで「蛍」と『永遠の0』を検索していて、それに寄せていた次の投稿の言葉にも感動した。「永遠の0は戦争賛美でもましてや反戦映画でもありません。先の戦争で犠牲になった多くの人から託された未来(現代)は彼らに胸を張って自慢できる未来になったのでしょうか?麻薬やドラッグが蔓延し、いじめが原因で自殺者が出る、ストーカー殺人、通り魔殺人、幼児虐待死・・・これが先の戦争で身を挺して守りたかった日本という国のかたちだったのでしょうか?ということだと思います。」

 命を懸けて守ろうとしてくれた先達たちがいるから今の私たちがある。衰退著しい今のストリップだって、この世界の魅力を知り、頑なに守ってくれた人たちがいたからこそ今がある。周りからはストリップで平和ボケしているように見えるかもしれないが、私は今を精一杯生きている。自分はそう信じて疑わない。還暦を迎え人生が終わったわけではない。これから別の人生が始まるんだ。もう一度「0(ゼロ)」からスタートしたい。

岡田准一主演のこの映画を是非観てみようと思う。いや、日本人なら必ず観ないといけない映画だと感じた。

いろいろ考えさせてくれた豊田愛菜さんの演目「0(ゼロ)」に心から感謝する。

 

 

平成31年1月                         大阪東洋ショー劇場にて

 

 

 

【豊田愛菜さんからのポラ・コメント】

レポート感動しました。細かいところまでちゃんと観て頂けて嬉しいです。色々調べて下さったんですね。私の知らない事もあったりして、新たな発見、「0」の演目つくってよかったなと思いました。もともと「永遠の0」の映画が好きでそれを元にしてみました。戦争の話だけどどうしても着物を入れたくて・・・一言では表せないけれど、昔の戦さの時代にも共通する。「待っていてくれる人がいる」「守りたいもの」色々を詰め込んだストーリーです。

小説もおすすめです。「永遠の0」百田尚樹著

 

⇒よほど感激したのか、レポートを渡した翌日のポラタイムで、「あのレポートを私のSNS貼り付けたいのですが、いいですか」と尋ねられたけど、断った。

 

 

 

 

 

ロックの踊り子・ショウコさんについて、「赤毛のアン」と題して観劇レポートする。

 

 

H27(2015)年1月16日(金)、会社を早退して仙台ロックに前乗りした。新幹線で仙台に向かい、夕方七時過ぎに劇場に到着。

今週の香盤は次のとおり。①美咲遥(DX歌舞伎)、②ショウコ、③空まこと、④初芽里奈、⑤鈴木ミント〔敬称略〕。美咲遥さん以外は全員ロック所属。

 

 ショウコさんの出し物は「赤毛のアン」。前作の白雪姫に続いて、童話シリーズ第二弾。

 内容を紹介しよう。

 最初に、赤いドレスの上に白いエプロン姿で登場。髪型がかわいい。白黒の縞模様のリボンが付いたおさげ髪を二つ前に垂らす。

 帽子を小粋にかぶり、黄色いバックを持ち、黒いブーツを履いて軽快に踊る。

 この場面は、初めて孤児院に行くところか。

 持ち物を取り去り、赤いワンピース・ドレスになる。

 さらに、ドレスを脱ぐと、白いセパレート衣装へ。エナメル生地で金縁。アンの奔放な明るさが伝わってくる。

 最後に、白い透け透けのドレスを着てベッドショーへ。

 アンのヌードって、ショウコちゃんみたいなのかな!?とよからぬ想像をして・・・(笑)

 

 途中でNHK朝ドラ「花子とアン」の主題歌・絢香さんの『にじいろ』が流れる。H26年度前期のNHK朝の連続テレビ小説「花子とアン」は、「赤毛のアン」の翻訳者・村岡花子の生涯を綴ったもの。山梨の貧しい農家に生まれるも、アンのように明日を信じ、夢見る力を信じて生きてきた花子の波乱万丈の生涯は強く心に響く。私は車通勤なのでカーナビで毎朝観ていた。物書きにとって「夢見る力」というのは必要不可欠なもので凄く共感させられた。

また主役の吉高由里子さんがチャーミングで、彼女はH26年度のNHK紅白歌合戦の司会者にも抜擢されたことは記憶に新しい。

 

最後に、私の好きなアンの言葉をひとつ紹介します。

「曲がり角をまがった先に何があるのかは、分からないの。でも、きっと一番良いものに違いないと思うの。」

 曲がり角があるから人は成長できる!というモンゴメリのメッセージが伝わってきます。

 

平成27年1月                          仙台ロックにて