つづきです。
土を喰らう十二カ月
以下 映画の内容について
触れていますのでご注意ください。
主人公のツトムさんの家に
かろうじて電話はあったけれど
テレビやスマホはもちろん
冷蔵庫も映し出されず
冬の暖は囲炉裏
夜の灯りはロウソク
という現代からだいぶかけ離れた生活。
あ でも 精米機はあった!
ご飯を炊く場面が何度も出てくるのだけど
精米したてのお米を洗い
薪をくべ 火加減を調整しながら
お釜で炊いたご飯はおこげが出来て
手間暇かけた質素なおかず
もう それだけでいいって感じ。
つくる料理は素朴なのだけど
ツトムさんは来る人を
手作りの食でもてなすのね。
自分よりも先に
相手の分をよそって 食べさせてあげる。
自分の分を
「これも食べてごらん」と差し出す。
「〇〇がほしい」と言う
相手のリクエストに応えてあげる。
量が足りなければ
手間暇かけて またつくる。
そんな様子を観ていたら
「ツトムさん」がだんだん
「自然」に見えてきて…
ツトムさんと真知子との掛け合いの中に
「自分勝手なだけよ」
と言う真知子の言葉があって まるで
「自然」と「人間」が話をしている
ように感じました。
相手が変化することを
「それも仕方がない」
と穏やかに受け容れ 見送る。
そんなツトムさんの姿勢は
人間に与え続ける
「自然」そのものだなあって。
終盤 人間であるツトムさんは
心臓発作で九死に一生を得たことで
死生観を見つめ直します。
ここでのツトムさんの一言が心に響いた。
死の瀬戸際で
「『死ぬのが嫌だ』と思った」
と言うの。
「自然」と一体化していたツトムさんのこの言葉。
聞いた途端 なんだか切なくなった。
自然の思いなんて考えてもみなかったけれど
もしも自然が「死ぬのが嫌だ」と思っているとしたら?
ツトムさんは
「どうして『死ぬのが嫌なのか』考えてみる」
と言い
執筆にとりかかった所で映画は終わります。
なので劇中に答えはありません。
この問いを考えるのは
「人間」の方なのだと思います。
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