熱があるうちに

熱があるうちに

韓ドラ・シンイ-信義-の創作妄想小説(オリジナルキャラクターがヒロイン)を取り扱っています
必ず注意書きをお読みください
*ヨンとウンスのお話ではありません

こちらはシンイ-信義-の創作妄想小説(オリジナルキャラクターのヒロインがメイン)を取り扱っております
公式様等とは関係ございません
完全非公式の自己満足妄想小説置き場です

*ヨンとウンスのお話ではありません

無断転載・流用・晒し等は禁止
誹謗中傷、苦情はご遠慮ください
誤字脱字等ありましたら、ご報告ください

  • 注意書きに目を通してから、お読みください

  •  

    絶望に震えながらも足を懸命に奮い立たせて来た道を戻ろうと逃亡を図る。

    しかし、達人から逃れることは容易ではなかった。
    すぐに腕を引かれ、千音子の肩に担がれる。

    「その先は崖だ」

    そういえばさっき岩を登ってきたんだった。

    「この阿呆面は貴女しかいないわね」

    私の顔を凝視しながら頬をつつく火手引は「天仙の力はどうしたのよ」と続ける。

    「もともと、そんな力は持ってない」

    天仙の能力など最初から無い。
    しかしこの世界に来て【気】を感じ取り、調整しコントロールさえ出来るようになり、内功の力を消滅させたり奪ったりしてきた。
    血は丸薬にすれば一般人の回復に使えたというのに。
    ウンスのように医療の知識もなければ、本編も最終回を迎えているので先の事は分からない。
    特技があるわけでもない私。なんの役にも立たない人になってしまった。

    小屋に連れ込まれて放り投げられたが、すぐに殺されるという雰囲気ではなかったので、バッグから絆創膏を出して切れた指に巻く。
    この世界にきてから能力が備わったと思っていたが、神の話を思い出した。
    彼がいうには、奥方の欠片が私に入ったから作られたこの世界。
    そして本編には登場しないチェ・ヨンの姉の末裔という繋がり。

    「もしかして……」

    神に欠片を返したから、特殊能力が消えたのかと思い至った。

    「えっと、チェ・ヨンのお姉さんは存在してる、よね?」
    「なによその変な尋ね方は」
    「…存命だ」

    存在しているという質問を生きているかと捉えてくれたらしく、腕を組んで壁に寄りかかる千音子が答えてくれる。
    奥方ハヌルの欠片が抜かれたとしても、作られた世界はそのままだしそこに登場した人物は存在していた。

    「良かった」
    「どこが良いのよ」
    「こうしてまた火手引と千音子に会えたから」

    この世界の二人は、死ぬ運命を免れて生きている。二人の心に変化が起きたからだ。

    「誰に奪われた」

    真剣な眼差しで問う千音子は、私の能力が奪われたと思っているらしい。

    その相手を引きずり出すような殺気を漂わせている。やめて本気でやめて。

    「奪われたんじゃなくて、借りてたのを返しただけだから」
    「意味が分からないわ」
    「普通の人間なの、私は」

    もともとは平凡な人間だったのだ。それに戻っただけの話。

    「さてと。二人には申し訳ないけど、また天門まで案内してくれる?」

    ちゃんとお礼はするよ。と、バッグから化粧品を取り出した。
    役に立たない一般人は、早々に現代へ帰ることにする。

    「新色の口紅でしょ、潤いの椿油やまとめ髪用のも持ってきたよ」

    火手引は興味津々で口紅の色を確認していたが、千音子は興味がないが「いいのか」と言う。

    「いいのいいの。そんなに高額な物じゃないから」
    「違う、皇宮のことだ」

    化粧品のことではない、千音子が言いたかったのはウンスや王達のこと。
    私が戻るのを待ってくれている人達がいるのは分かっているけど、能力がない私はお荷物だと思う。
    ちゃんと話して別れを伝えたいけど、会ったら心がぐらっぐらに揺らぐから彼にも会いたくない。

    「この品々もいいのだけど、王様から報酬が出るのよねぇ」
    「報酬?」
    「貴女を無事に連れ帰ったら、褒美をくれるって」
    「護衛だ」

    そうだ、二人の舎兄である徳成府院君は元(げん)のキ皇后の兄だった。
    府院君の繋がりがで私を元へ連行するつもりだ。

    「勘違いしているだろうから言っとくけど、王様ってのは恭愍王よ」
    「は? え? 二人は、どうして……?」

    高麗で悪事を働いた二人はなぜ許され、いくら報酬が出るからといっても王に従っているのか。

    「五年も投獄されて鞭打ちなんて、傷が残っちゃったわよ」
    「へ、へぇ…」

    この時代あれだけの罪を犯して鞭打ちで済んだなんて、寛大な処置を下した王様に心から感謝を送る。
    火手引が言うには、天門の見張りと私達が戻った時に皇宮までの護衛を条件に、牢屋から出されたらしい。
    ウンスも八ヶ月前には天門に現れ、ぎゃあぎゃあ騒がれながらも皇宮へ送り届けたそうだ。
    彼女はこの世界で運命の人を見つけ、結婚して幸せに暮らしていくだろう。

    「だから、貴女を連れて行かなきゃならないのよ。牢屋行きはもうごめんよ」
    「じゃあ、これはあげない」
    「いいじゃない。この色、私のためにある色じゃないの」

    買う時に火手引姐さんを思い浮かべたけど、私の希望に沿ってくれないなら交渉決裂です。

    「天門が開いているとは限らない」

    千音子の言い分は理解しているし、おそらく今は開いていない。
    しかし私の天門渡りと、ウンスの計算通りの天門とは違いがあると思う。
    気がついたら天門をくぐってましたという感じだったし、谷に落ちたら実家の裏山に戻っていたし、私が望めば開くと──

    「あ。欠片がないから、そんなご都合主義な展開があるわけなかった……」

    今まで実家の裏山の祠から何度も渡れたのは、私の中にこの世界を創造したハヌルの欠片があったからだと項垂れた。

    じゃあ、もう現代に戻れないのか。

    「日が出ているうちに、皇宮に着きたいのだけど」

    この見張り小屋から、早く出発したいらしい火手引。

    「天仙の能力がないから、報酬は出ないんじゃないかな」
    「それを決めるのは王だ」

    そだねー。
    足取りが重い私を立たせて小屋から出て、皇宮へ向かい歩いていると前方から黒いモノが勢いよく走ってきた。

    「ブ、ブラックサンダー!?」

    いつも私のピンチに駆けつけてくれた黒い馬。

    奥方の欠片があったから助けてくれたと思っていたけど、天仙でなくなったのに来てくれるんだねと擦り寄ってくる鼻を撫でた。

     

    黒馬をを追って来たのか、また違う馬が駆けてくるのが遠目に見える。

    服装からして近衛隊っぽい。
    私は慌てて黒馬に跨り、腹を蹴りながら馬に頼んだ。

    「逃避行に付き合って」



    ***



    太陽が落ち、空がオレンジ色と変化していく。
    思えば遠くへ来たもんだ。そろそろ私の尻と股が限界を向かえていた。
    咄嗟に逃げたが、それが最善の策と思っていない。
    風をきって駆けたお陰で、頭を冷やして考えた。

    いつも逃げる選択をしてしまう自分。何の解決にもなっていない現状。

    頬を叩いて喝を入れて来た道を戻ろうと手綱を引くが、ブラックサンダーの足に投石紐が投げ込まれ馬の足を封じられてしまう。

    危うく落馬しかけたが黒馬が持ちこたえてくれて、私は安全に降りることが出来たが。

     

    「山賊…?」

     

    近衛隊か火手引達かと見回すと、賊らしき男たちが草むらから出てきた。
    馬と女と大きなバッグという三拍子揃った恰好の餌食を前に、山賊の五人は舌舐めずりをする。
    これは、バッグの中の全財産を渡しても逃がしてくれなさそうだ。
    馬の足には紐が絡んだままで走れそうもない。

    この黒い馬は何度も私を助けてくれた馬、その子を置いて逃げることはしたくない。
    五人の位置を把握しながら、懐に忍ばせた果物ナイフと特性唐辛子スプレーの使い所に思考をフル回転させていると呑気な声がかかる。

    「誰かと思ったら、天仙か?」

    どこから声が、とキョロキョロと見回しているうちに木の上から軽く降り立った男。

    今まで昼寝でもしていたのか、欠伸を漏らしながらこちらに歩いてきた。

    「なんだお前!?」

    どうやら山賊とは無関係らしい。
    髪も髭も伸び放題なので誰かと思ったら、岩の内功サナギンであった。

    「この女に何かあったら大護軍様が黙ってねぇぞ。どうする?」
    「大護軍!?」

    驚いたものの、そんな存在が私や無精髭ボサボザの男と関係があるわけがないと、山賊たちは笑い飛ばす。

    そして各々持っている武器を振りかざし、サナギンに襲いかかる。
    チェ・ヨンが大護軍になって天門周辺の領土を元から奪い返した話があったなと、明後日の方向に意識を飛ばしているうちに、山賊達はあっという間に倒されて足を引きずり仲間を担ぎ山へと逃げていった。

    「よお、何年振りだ」
    「生きていたのね」

    天門前での死闘で府院君は完全に凍ってしまっていたが、火手引たち二人は生きていたのでサナギンも生きているだろうと予想はしていたが、まさかここで遭うとは。

    「死ぬかもしれねぇって絶望しても、結局まだ生きている生きられるってぇ瞬間に快楽を覚えちまってな」
    「変態」

    生への執着が凄まじいのか、それともドMなのか?
    そんな変態でも謝礼はせねばとバッグを探り、この世界で稼いだ小銭を渡した。
    おそらく彼も私を助けた目的は金だろう。山賊に加担しても、金は手に入らないと分かっていたから。

    「助けてくれてありがとうございます。それではまた」
    「おいおい、どこに行くんだ。また賊に襲われてぇのか?」

    馬の足に絡んだ紐を取り外し、手綱を引いて歩き出そうとした私を止めるサナギン。

    彼の意見は尤もであるが、彼を雇う金は無い。

    「お金はないよ」
    「それは後で考える。お前に関わっていると面白ぇから、ついていこうかなぁって思ってな。いいだろ?」

    この男は、いいだろとお伺いを立てているようで、拒否しても強引についてくるタイプだ。おもしれー女認定しないでいただきたい。
    護衛としてお願いすると、汚れた顔をボリボリと掻きながら休める場所を教えてくれた。
    彼のいう場所まで歩を進めると、小さな村に到着する。
    宿屋に向かおうとするサナギンの腕を掴んで引き止めた。

    「金がないって言ったじゃん」
    「とりあえず、コレで払っときゃいいだろ」

    私が渡した小銭の入った袋を掲げて宿屋に入り、馬を繋いでいるうちに勝手に部屋を取ってしまったらしい。

    「上の端の部屋だ。俺は川に行ってくる」
    「勝手だな自由だな相談しない男だな」

    「ははっ、それよく言われてたわ」

    「笑い事か。……川で魚でも釣ってくるの?」
    「汚れを落としてきてくれって店主に言われてな」
    「それはそう」

    何日も野宿し整えることがないまま自由に生きてきた彼の姿は酷く汚れており、そのまま寝台に横になられたら後々の掃除が大変だろう。

    「先に寝てろ」
    「ちょい待ち。まさか一緒の部屋?」
    「仕方ねぇだろ。他の客で埋まってんだからよ」

    金も掛かるだろ。と言われれば我儘を言っている場合ではないことは理解した。
    馬に水を与えながら、首元を擦るがやはり【気】は拾えない。

    「ごめんね。もう疲労を軽減できないの」

    遠くまで駆けてくれて疲れが溜まっている馬は、濡れた鼻先を震わせて「大丈夫」と言っているようだった。
    筋肉痛になりそうな足腰を労りながら、宿の二階にあがり部屋の寝台に倒れ込む。

    「こんな調子で、私、ここでやっていける?」

    天井を眺めながら、今後についてあれこれ考えた。
    もう一度、天門に戻って様子を見てみよう。
    そして火手引と千音子に逃亡してしまったことを謝り、一緒に皇宮に戻れば二人は牢屋に入ることもなく報酬を貰えるだろう。
    ウンスは怒るかもしれないが、王様達に力が無くなったことを伝えれば帰ることを許してくれるだろう。

    帰れるのがいつのなるのか分からないから、どこかで働き口を探さないと。
    チェ・ヨンはおそらく倭寇や紅巾軍との戦いで多忙を極め、高麗を不在にしている可能性が高い。
    今は、会いたいけど会いたくない複雑な心境だった。

    明日、朝一にここを出て二人がいた小屋を目指そう。
    そう考えがまとまると、自然と瞼が下がり睡魔に襲われた。

    「無防備すぎんだろ」

    サナギンが戻ったのだろうか。
    しかしもう私は夢の淵へ浸かりかけていたので、応えることが出来ずにそのまま眠ってしまった。





     

    我が生涯に一変の悔いなし!という、某キャラのポーズを取り落ちていく身体。
    だが、いつになったら衝撃を受けるのだろうかと目を開けると真っ暗闇が広がっていた。
    もしかして既に谷底に落ちて死亡してて地獄に到着しているとか。
    よいしょっと立ち上がると、徐々に暗さに慣れた目で周囲を確認。

    「え。祠?」

    何故か裏山の祠の前にいた。どういうことだってばよ。
    谷に落ちたはずなのに、いつの間にか天門をくぐっていたのだろうか。
    底にも、時空の裂け目みたいな空間が広がっていた?
    考えても埒があかないので、とりあえず実家に戻ることにした。
    なんでだろう?と疑問が脳を占めて夜しか寝むれない。
    次の日、支度をして再び祠に向かったが祠は静かにそこにあるだけで、しばらくそこに居ても何も起きる様子はなかった。

    ウンスも百年前に行き、それから一年後に開いた天門を渡ったので、私も一年ほど待てば開くのだろうかと両親の遺品を整理しながら過ごす。
    もし開いて向こうに行くことになればもう帰ってこない。ならばと東京のアパートを解約した。
    そうして実家の中を片付けていると、食器の棚の奥に立てかけられた木の板を発見する。
    東京へ行く前に、なんかお母さんが言ってたな、程度の記憶しかないのだけど。
    木の板を外すと、通帳と印鑑、木の箱と宝石類が入った箱があった。
    通帳と印鑑を家中探していたのに、こんな所にあったんかいと誰もいない部屋で一人ツッコむ。
    通帳の残高で、寺に永代供養をお願いして宝石類はバッグに詰めた。
    現金は向こうでは使えないが、宝石なら鑑定できる人がいればそれなりの値打ちがつくはずだ。

    「これ、なんだろう?」

    残った木の箱を振っても掠れた音がするだけ。
    随分と古そうな箱を開けて、目を見開いた。

    「嘘、でしょ…」

    中にはボロボロで酷い状態であったが覚えている。
    まだ記憶に新しいソレは、丸薬を入れていた袋だった。
    袋の中には何も入っていなかったが、これはチェ・ヨンの姉ジウにお駄賃として渡した袋。

    「待って…待って、どういうこと?」

    向こうの世界の袋が何故、こちらの世界に存在するの。
    それにこの袋がうちにあるということは、姉ジウと何かしらの関係があるということ。
    韓国語で子守唄を歌う祖母の声を思い起こす。
    チェ・ヨンの姉と知り合いか親類か、あるいは子孫ということ?
    木の箱をひっくり返したりしても、何も書かれていないので答えは見つからない。
    家中を改めて探しても、この家系のルーツなどの資料は出てこなかった。
    また高麗へ行けば解ける謎なのだろうか。

    そうしてボロボロの袋を崩さないよう透明プラスチックバッグに入れ、両親の位牌も持ち再び祠へ向かう。

    「今度こそは開いてくれよ」

    懐中電灯を消して月明かりの中、願い続けた。
    カサカサと枯れ葉が動き、風が吹き始める。

    「きた!」

    祠に向けて光の渦が発生し、私はそこに飛び込んだのだった。

    周囲は眩しいままで、一向に高麗の地を踏んだ気配がしない。まだ光の渦の中らしい。

    「来たか」

    その声に振り返ると吉●亮が立っていた。

    「…………神?」
    「そうだ」

    こんな場所に登場する人物といえば自称神しかいない。雰囲気もそんな感じだし。
    しかし前は佐●健の顔面だったのに、今回は●沢亮なのね。自由に変えられるって便利ですね。

    「勝手にお前がそう認識しているだけだ」
    「人の心を読まないでください」

    なるほど。神の顔は誰にも認識できない尊い存在。
    勝手に私の願望が顔面に反映されてしまうのね。それはそれで有り難い。拝んどこ。

    「崇拝対象ではあるが、お前に拝まれてもな」
    「その顔で冷たいお言葉。堪らん」
    「顔は存分に見ても構わんが、時間がない。本題に入るぞ」

    綺麗なご尊顔を凝視しつつ「どうぞ」と言えば、溜息をつかれた。

    神の話によると、彼の奥さんが亡くなりその魂の欠片が流れ星となり私に落ちたらしい。なんとメルヘンな。
    それが原因となり、ドラマと似た別の世界が作られた。
    時は遡り、チェ・ヨンの姉ジウの子孫が誤って天門を抜けて、こちらの日本に住を移す。
    そうして神の奥方の欠片は、母の中にいた私に入り運命が動き出したという。

    「理解が追いつかない」

    うちの母方がチェ・ヨンのお姉さんの血筋?
    天門を抜けて日本に来て、私が生まれて私の中に神奥方の欠片がいる?
    奥方が流れ星になったから世界が誕生し、チェ・ヨンの姉が登場した?

    「????」

    卵が先かニワトリが先かみたいな因果性みたいな?
    私の誕生とこの世界がどのように始まったのかの話?

    「おおよその繋がりは理解できただろ」
    「そこは横に置いといて、」
    「横に置くのか」
    「後で回収しなくもない」
    「そうか。それで?」
    「その、…奥さんの欠片はお返しした方がいいですよね」

    神が少し驚いたような表情をしたので、変なことを言ったかなと不安になった。

    「返してくれるのか」
    「そもそも、返せるんですか?」

    借りてるもの?なので返さなければ借りパクと同じではないか。
    すると神は私の前に立ち、いきなり私の鳩尾に手を突き刺した。

    「うわぁ!?」

    痛みはないし血は出ていないので物理的な接触ではないけど、事前に申請してください。
    目を白黒させているうちに手は抜かれ、その中に光る珠があった。おそらくそれが奥方の欠片だろう。

    「では、遠慮なく返してもらうぞ」

    なんだか少し寂しい気もするが、彼の愛する人をずっと私が独占していては彼の方がつらい。

    「いま来た道を引き返せばもとの現代に戻る。このまま進めばあの世界へ辿り着く」

    あのチェ・ヨンが生きている世界に行けるのかと思うと、心が跳ねた。

    「では、達者でな」
    「ありがとうございました!」

    深々と頭を下げてお礼を言う。
    そして彼が待っているであろう光へ走ったのだった。



    ***



    光の渦が消え、新緑の香りがする地へ降り立つ。はたして何年後だろうか。
    おそるおそる例の大きな木の根本まで行き、ぐるりと見渡したが人の姿はなかった。
    太陽の日差しが暑くて、かぶっている変装用のウィッグが熱を持つので外す。

    「あっつ…」

    木陰に入り涼んでいると突然、声を掛けられて驚いて振り返ると見知った顔があった。

    「そんな所で呑気に座って、何をしているのかしら」

    赤い衣をまとった火手引が見下ろしてくる。背後には千音子もいた。
    私に話しかけたということは、知っている二人だと思っていいのだろうか。

    「あれから、……何年、たったのかな?」

    様子を窺うように尋ねてみると、答えはすんなりと返ってきた。

    「六年よ、六年」
    「既に医仙は一年前に戻ってきている」

    詰めていた息を思いっきり吐き、緊張していた体を脱力させる。
    ああ、よかった。知っている世界に戻ってこれた六年後だけど。

    「あれからどうなったのか聞いてもいい?」
    「いいけれど、場所を変えるわよ」

    そうか。天門の付近は元から奪還しているから、高麗の近衛兵達がうろついているという本編の展開があった。
    二人が生きていることは嬉しいが、まだ犯罪者として逃亡中なのだろうか。
    崖を越えるため、私を担ごうとした千音子にストップをかける。

    「そこは歩いて行ける場所にないの?」
    「遠回りになるのだけど」

    不貞腐れながらも私に合わせて回り道を歩いてくれる二人に、ワガママに付き合わせてごめんと謝った。
    だって姫抱っこは恥ずかしいじゃん。

    「六年経っても相変わらずね」
    「あー…、私的には一年も経ってないので」

    火手引姐さんに襟首を捕まれて顔を覗き込まれるが、六年経過しても姐さんは綺麗ですよと言ったのにキレられる。
    女性にとって歳をとるということの重みは分かるが、私に八つ当たりしても過ぎた時間は戻らない。

    この世界と天門の向こうでは時の流れが違うと説明したが、理解してくれたのかどうか分からないが「あ、そう」でその話は終了した。
    緩やかな斜面を登り獣道を草木を掛け分けて歩き、千音子の手を借りて岩を登った先に小屋が見える。
    二人はここで生活をしているという。ちょうど天門が眼下にあるらしい。

    「あれ…?」

    彼の手を握った時に違和感を覚えて手を開いては閉じてを繰り返しても分からず、先を行った彼の腕を捕まえてみた。
    思わぬ行動で驚いた千音子は避けることもできず、しかしすぐに私の手を払う。

    「ごめん、確認させて」

    おかしいな、手を握っても【気】を感じない。
    千音子の腕を捕らえようとするも、相手は身をひるがえし掴ませてくれない。

    「何してんの」

    火手引は可笑しな動きをしている両者をみて、腰に手を当てて小屋の扉を開けたまま待っていた。
    彼を捕まえるのを諦めて、周囲の【気】を感じようと集中しても全く【気】がつかめない。

    「……嘘でしょ?」

    現代に戻ったからリセットされたのか?

    「千音子、剣でちょっと斬って」

    驚愕しつつ訝しげに睨む千音子。

    「ここ、ここをちょこーっとだけね。血を確認したいの」

    切ってもあまり支障がなさそうな左の中指の腹を指して懇願すると、意図を察してくれた彼が剣の刃を少しだけ出して指に当て滑らせると、チリっとした痛みと共に赤い線ができた。
    一滴、一滴と土に赤が染みていくのを観察しても、ただ痛いだけ。

    「申し訳ないけど、舐めてもらってもいいかな…」

    本当に申し訳ない。血を自身で舐めても、何の効果は得られないのだ。
    千音子が困惑したまま赤を見詰めているうちに、大股で近づいてきた火手引が私の腕をむんずと掴んで、彼女の妖艶な紅で縁取られた口の中に指が入っていく。

    「う、うわぁ……」

    その行為に羞恥が勝り、痛みなどぶっ飛んだ。
    しかし火手引の整った眉が歪められ、掴まれていた腕を払われる。

    「甘くない」

    血に糖分が含まれていたらやばいでしょ。
    そういえば私の血を舐めて甘いと誰かが言っていた気がしたが、内功の使い手にはそう感じていたのだろうか。

    「体調とか、回復しない?」

    少々歩いて登っただけでは体調に変化など起きないし、血で回復するような怪我も負っていないので効果の程は定かではないが、使い手である彼らなら何かしら感じ取ってくれるかと期待をしたのだが。

    「普通の血じゃないの」

    彼女の返答に呆然とする。
    この世界に来てスキルがついたと喜び、みんなを助けられると分けていた血。
    それらがすべて無かったことになっている。

    「平凡なただの人間…」

    集中して私の【気】を探っていたような素振りをみせていた千音子から漏れた言葉に、頭を殴られた気分になった。

    「あんた、誰よ」

    火手引から疑念の眼差しを向けられる。
    私は絶望に押しつぶされて、目の前が真っ暗になったのだった。




    シ ン イ (二次創作:オリジナルキャラクターヒロイン)置き場 (2)

      *ヨンとウンスの恋のお話ではありません

    *目次(1)は、こちら

     

    ◆ 『陽炎稲妻水の月』

      *注意書き

     

     

        101話 / 102話 / 103話 / 104話 / 105話

     

      106話 / 107話 / 108話 / 109話 / 110話 

     

      111話 / 112話 / 113話 / 114話 / 115話 

     

      116話 / 117話 / 118話 / 119話 / 120話

     

      121話 / 122話 / 123話 / 124話 / 125話

     

      126話 / 127話 / 128話 / 129話 / 130話

     

      131話 / 132話 / 133話 / 134話 / 135話 

     

      136話 / 137話 / 138話 / 139話 / 140話 

     

      141話 / 142話 / 143話 / 144話 / 145話 

     

      146話 / 147話 / 148話 / 149話 / 150話 

     

      151話 / 152話 / 153話 / 154話 / 155話 

     

      156話 / 157話 / 158話 / 159話 / 160話 

     

      161話 / 162話 / 163話 / 164話 / 165話 

     

      166話 / 167話 / 168話 / 169話 / 170話 

     

      171話 / 172話 / 173話 / 174話 / 175話 

     

        176話 / 177話 / 178話 new

      

     

     

     

    ◆番外編

     

      Happy? Halloween : 序章 / 降参(チャン侍医) / 銀狼(千音子) 

     

                    小悪魔(チェ・ヨン)前編 / 後編 

     

      アナタと聴きたい(千音子) / しとしとしっと雨(チャン侍医)