175話:夜空に誓う | 熱があるうちに

熱があるうちに

韓ドラ・シンイ-信義-の創作妄想小説(オリジナルキャラクターがヒロイン)を取り扱っています
必ず注意書きをお読みください
*ヨンとウンスのお話ではありません

 

キ・ウォンとク・ヤンガクの処分について、先駆けでテマンが隊長のもとを訪れていた。
明日には他の兵達が彼らを引き取りに来るのだろう。

私は宿屋の窓格子を開き、夜風に当たっていた。
集中し【気】を探るが、岩の気配も氷や火も音も感じない。
天門で待ち構えているのは確実に徳成府院君。それに、金で雇われたサナギンだろう。もしかしたら、あの二人もいるかもしれないが。

「ん?」

風に乗って微かに鼓膜を震わせる笛の音。
ただの風の音かもしれないが、そうではないかもしれないと外に顔を出し耳を澄ます。

「ユチョン…?」

千音子として戦う時とは違い優しい音色だったから、彼の本名が自然と口から突いて出ていた。
突如、後ろに引っ張られ開けたままの窓がバタンと強く閉じられる。
閉めた本人は黙ったまま、手に持っていた鬼剣を壁に立て掛け寝台に腰を落とした。
俯いているのでチェ・ヨンの表情は読み取れない。
広げていたバッグの中身を元に戻して、典医寺からもらってきた薬品の包みを取り出した。
薬を取り出し、どれが何に効くんだっけと首を捻る。

「怪我を?」

傷薬を手にした私を見て勘違いし腰を浮かすが、それを制止した私は彼の隣に座った。

「うん。貴方がね」
「いりませぬ」

拒否すると分かっていたけど、少し腫れた頬が痛々しいから塗りたい。綺麗な顔なんだから傷を残したくないじゃん!

「折角チャン侍医からもらって来たんだから、使わないと」

軟膏を指で掬い取った私を見て、逃げても無駄だと悟ったらしい彼は大人しく塗らせてくれた。
唇の傷に塗れる薬草はなかったので、他を【気】で診てみる。
あれだけの戦闘を繰り広げておいて、唇と頬だけってさすがチェ・ヨン。
塗っている時や彼の身体を診ている時も、めっちゃガン見されていたんだけどナニ?
視線を合わせて首を傾けると、黙っていた彼がぽつりと零す。

「……先程、医仙から聞きました」

ウンスからなにを?と、薬を片付けようとしていた手を止めた。

「天門が開いたら、ご両親に会ってくるから、」
「うん」
「チュモを天門まで同行させてほしいと」

彼女にお願いされれば拒否できないだろう。

「貴女は、……」

言葉を一旦止め、一呼吸して続けるチェ・ヨン。

「ソラも、ご両親に会いに行くべきかと」

なんか助詞が変化している気がするが、「いいの?」と尋ねると当然のように首を立てに振られた。
四十九日の法要も終わっているのに片付いていない実家を思い出す。戻ったら、遺品や実家の整理をしよっと。
軟膏の蓋を閉めて、容器を手で弄びながら続ける。

「あのね、天門を行き来すると年月の違いが起きるの」

太陽の黒点の爆発による地場が影響しているとかなんとか。時空の歪みというやつ。そういう系にはズレが生じるのはあるあるだ。
彼女と私の現代の年代も差があったな。

「だから、五年ほどの誤差は大目に見てね」

ウンスを待ち続けるチュモに伝えてほしい。

「ええ。いつまでも待ちますゆえ」

顔にかかっていた髪を耳に掛けられ、彼に表情を読み取られる。

「……そのようなお顔をせずとも」
「私は、五年じゃ済まないかもしれない」

今まではドラマの展開をなぞったウンスの物語だったから、予測できたことだ。
自分の未来がわからないのは当然で、天門という時空の歪みにより自分の世界に戻れるかも不明である。

「ソラ」

彼は自分の襟の中に手を入れ首から下げている物を取り出した。
紐の先端には小さな巾着のような袋が付いていて、それを開き中から割れたラピスラズリを取り出す。
彼の手にころんと転がる半球は、曇り一つ無い夜空をそこに映しているようだった。まるでチェ・ヨンの心のように。

「この石のような夜が幾度過ぎようとも、」

言葉に出さずとも「待ちます」という決意の眼差しで、私の不安は消し飛んでしまった。その顔面は反則だ。
そしてラピスラズリを取り出したということは、私も出してほしいという現れだろう。
バッグの中から化粧ポーチを取り出し、その中に入れていた石を出した。
いや、なんでそんな所に入れてんのって?使用頻度が高くて忘れないポーチだからですよ。

「また、こうして合わせるためにも、貴方のともに……」

「戻って来るから」と彼の手の中の石と、自分が持っている石を合わせる。
カチリと音を鳴らして一つになった瑠璃色。
そのまま彼の手に自分の手を重ねて見つめ合う。
やっといて何だけど、誓いの宣言か何かな?



***



翌朝、寝台から落ちそうになり目が覚める。
隣の寝台はもぬけの殻であることから、チェ・ヨンは早くに起きて行動をしているということ。
起き上がり背伸びをしていると、戸を叩く音がしてウンスが入ってくる。

「その顔は、昨夜はぐっすり眠れましたって顔ね」
「長時間、馬で駆けましたから」
「そうだったわね」

あの後、彼と少しだけ話をした気がするが、昼間の疲れもあってかいつの間にか寝落ちていたのだけど。
なんだろう。心なしか彼女が落胆しているように見えるのだが。
支度と朝餉を済ませ、天門に向けて出発する。

「その時の父の顔が面白くって!」
「仲の良いご両親ですね」

前を歩くウンスは、チュモと腕を組んで会話を弾ませていた。
気の利いた話題も思いつかず、もともと彼も饒舌ではないため私とチェ・ヨンは始終無言。
しかし私の歩幅に合わせて歩いてくれる様子に、彼の気遣いがうかがえた。
会話はなくても隣に並ぶ彼の気配だけで満足だ。ご飯三杯はいけます。

「ぁ……」

ふと触れた小指と小指。
彼と目が合うと、小指同士を絡ませてきた。
まるで指切りげんまんをしているように、離れないまま歩く私達。
普通に手を繋ぐより何故か照れる。

そうして天門前の大きな木があるあの場所に差し掛かると、緊迫した空気となりチェ・ヨンは小指を離して私の前に出た。
前を歩いていたチュモも、ウンスを庇うよう前に立ち剣を抜く。
そこにはふらふらと足元が覚束ない虚ろな目をした徳成府院君。それを支える千音子と火手引、それにサナギンが待ち構えていた。

「医仙、天仙よ。天門を渡るには何が必要か」
「……ただ入るだけだけど?」
「そんなわけなかろう!」

府院君が怒鳴ったので、ウンスは肩を縮めて訳が分からないという表情でチュモの後ろに隠れる。
彼は天門に拒絶された。それは予想通りである。

「だから貴方は通れないって言ったでしょう」

チェ・ヨンの後ろか出て、ドヤ顔で言ってやった。

「矢張り、天人がいなければ入れぬか……」

ぶつぶつ呟いたかと思ったら府院君は舎弟達に指示を出す。

「どちらか連れこい!」

府院君の怒号により、戦いの火蓋が切って落とされた。

サナギンとチェ・ヨン。徳成府院君とチュモが争う。
私とウンスは戦闘から距離を置き、火手引と千音子は様子を見ているのか動かない。
岩と雷が衝突し、砂埃が舞い視界が悪くなった。

「きゃあ!?」

隣にいたはずのウンスが悲鳴を上げて消えたので、慌てて周囲を見渡すといつの間にかサナギンに腕を引かれ天門の側へ移動しているではないか。

チェ・ヨンはどうしたのだろうかと探すと、両瞼にかけて一直線の傷ができ、両目が開かないようでふらついていた。
おそらくサナギンに目を攻撃されたのだろう。
チュモを探すと府院君の氷功を受け、身体に霜がつき震えて倒れてしまった。
それを目撃したウンスの悲痛の叫びが木霊する。
みんな大ピンチで、動けるのは私だけ。

「ウンスさん!」

私は懐に忍ばせておいた特性唐辛子スプレーを取り出し、サナギンの顔に吹きかける。
予想だにしなかった攻撃をくらい悶絶する彼はウンスから手を離すが、勢いがよかったのか彼女はふらついてそのまま天門に吸い込まれ、瞬く間に姿を消した。

ウンスを引き込んだ天門は、落ち葉を巻き上げながらまだ開いたまま。
彼女の消える様子を目の当たりにした徳成府院君やサナギン、火手引と千音子は残った私に視線を向けた。

「て、天仙よ…共に…」

過剰な氷功を使用した府院君の身体は、限界を迎えている。
その時、彼の身体を貫く剣先。

何が起きたのかわからず己の胸から生えた剣を見て、ゆっくりと背後に視線を移す府院君。

背後に立つチェ・ヨンが、剣を更に深く挿し込む。

切れた瞼から血が流れ視界を奪うものの、眼球は無事の様子。


「おいおい」

サナギンは、まだ両目が完全に開いていない彼に殴り掛かり府院君から彼を離す。
よろめく府院君を支えようと火手引が触れるも氷功の力が上回っており、凍傷を負った彼女は手を離さざるを得ない。
千音子は刺さっている剣を抜いて、二人を心配する。
徳成府院君の命令で人を殺めることを躊躇いだしたが、矢張りきょうだいの絆は簡単には捨てられないらしい。彼らは最後まで舎兄の側にいるようだ。

「天界へ、……連れて、行け」

もう身体は凍っている。刺された痛みもないだろう。
しかし天界へ渡りたいという欲だけで、徳成府院君は私に手を伸ばす。
拒否されるのを分かっているし憐れんだ心がそうさせたのか、私は府院君の手を握った。

「冷たい」
「お、おお。天仙よ」

吸引が増した天門に近付くと私の身体はその渦に巻き込まれていくが、徳成府院君は弾かれてしまう。
そして彼は完全に凍って動かなくなった。
離れた手を見ると手の平は赤くただれている。

「ソラ!!」

愛しい人の声に顔を上げると、渦に飲まれながらも向こうの景色が見えた。
サナギンにやられたのか、チェ・ヨンは足を引きずりながらも手を伸ばしてくる。

「ヨン!」
「ソラ!」


「また、ね…」

光に飲まれながら手を振り続けた。