109話 : 名を呼ぶ | 熱があるうちに

熱があるうちに

韓ドラ・シンイ-信義-の創作妄想小説(オリジナルキャラクターがヒロイン)を取り扱っています
必ず注意書きをお読みください
*ヨンとウンスのお話ではありません

 

スマホのカレンダーを開く。
確か本編のウンスは、自分でカレンダーを作り、過ぎた日にバツを記入していた頃だ。

今日は、22日
天門が開く日は、来月の15日。

護衛をしてくれているトクマンから、隊員達の事を聞いた。
王と王妃を皇宮まで守護し、命を落とした者達のことを。

本編とは若干異なり人数は少なかったが、チュソクを始め甲の隊員は全滅らしく、涙を堪えるトクマンを軽く抱きしめた。

それから別例祈恩都監全体を大掃除し、綺麗にする。
暫く人の利用がないと、瞬く間に埃や砂が溜まってしまうのだ。

そんな事をしている内に、あっという間に太陽は傾き、暗くなる前にイプチュン達を自宅に返す。

明かりを灯した蝋燭を机に置いて、バッグから例の暗号が書かれた紙を取り出した。
急いで詰め込んだので、くしゃくしゃになっている。

続きを解読していると、部屋の外の戸に立つトクマンが動いた。
隊長が来たからだ。

何やら短く会話を交わすと、トクマンは此処から離れていく。
護衛の任務を交代したのだろう。

声が掛かる前に私から戸を開けると、目を少し見開く彼の表情が面白くて頬が緩む。

しかし彼は、覇気がなく顔色は明らかに悪かった。

部下を失い、食事を摂っていない。
自分の責任だと、己を責めているのだろう。

私が記憶がなかったばかりに、助言出来ずにごめんなさい。
そう謝ると「私の責任です」と繰り返すばかり。

私ではウンスのように明るく振舞い、彼を元気付けるなど無理な話だ。

向かいに座った彼に手を出すように言うと、躊躇いがちにゆっくりと机の上に両手を出してくれる。


「ごめんなさい。私にはこれしか出来ないから ……」


彼の手の上に自分の手を重ね、集中して【気】の巡りを整えた。

整えるだけでなく、与える事が出来ないかと模索してみるが、与えるという感覚が分からない。
血や涙で怪我が治るが、ただ傷が癒えるだけなのか?

私の血で作る丸薬。
何故、それを大量に作っておかなかったのかと、今更ながらに気付いく。

チュソク達に私の血丸薬を渡せていたら、怪我を負っても帰ってこれたかもしれない。
矢張り、記憶が戻った時点で黒馬に乗って向かっていれば、直接にはなるが血を与えられたかもしれない。

【かもしれない】などと、ifを考え後悔しても遅い。
もうその時には、戻れないのだから。

チュソクと会話をした時の事が、脳内に回想として流れる。



「名前をご存知で?」


「ああ! 天眼通のお力ですね、御見逸れしました」




視聴した記憶で補えるから勘違いしてしまい、つい名前を呼んでしまった。
天眼通だと思い、目をキラキラさせていた彼。

本編では、最期まで火手引を行かせまいと立ち向かっていた。
この世界の彼も、同じように命を懸けて食い止めようと、あの山道で ──


「…… ソラ」

「ぁ、…… あはっ、目にゴミが入ったみたい」


目尻から零れそうになった涙を慌てて拭い誤魔化す。
私が泣くのはおかしいでしょ。
辛いのは彼なのだから。


「そうそう。おにぎりが残っているのだけど ……」


ミョンスクから頂いたお米を使ってご飯を炊いた。
おにぎりを握って、手軽に食べられるようにしておいたのだ。

茶碗におにぎりを入れ、小鉢に乾物、そして緑茶を用意する。
冷えてしまったおにぎりに、温かい緑茶を注ぎお茶漬けを作った。


「食事を摂ってないって聞いたから、はい、『お茶漬け』。ただの塩にぎりにお茶を掛けただけだから、味気ないかもしれないけど」

「……」

「食欲ない?」

「いえ。これはソラが?」

「お米はミョンスクからで、炊いたのはイプチュンだけど、にぎにぎしたのは私。でも、この方がサラッと食べれるかなぁと思って」


おにぎりや茶漬けって、ここでは不思議な食べ物になるのかな?
だが私の心配を他所に、彼はスプーンを手に取り一口食べ始めると、すぐに掻き込むように食べ始めた。


「都堂(トダン)会議は明日?」

「ええ」


綺麗に完食してくれた器を下げながら尋ねると、茶を飲む彼が短く肯定する。
キ・チョルが自宅謹慎を言い渡される日だ。


「片がつくまでお待ちください」


此処で大人しくしていてくださいと、付け加えられる。


「チェ・ヨンさん、…… 明日、ウンスさんのとこに行ってもいいですか?」

「典医寺ですか。必ず護衛を伴い移動してください」

「うん」


明日もトクマンかな?


「ウンスさんの毒のこと。チュモくんには、内緒ですからね」

「何故です?」


二人の関係を知らない?
知っていても、何故と聞き返しそうだけど。


「ウンスさんが話したくなれば話さないし、話すなら自分で言うはずですから」


納得したような、しないような微妙な表情で「分かりました」と頷いた彼は、席を発ち部屋を出ようとして立ち止まり、踵を返して私の前に来た。
腰のポケットから何かを取り出し、眉を下げて握っていた手を広げる。


「これって、」


私があげたラピスラズリの石だ。


「申し訳ございませぬ。強く握り割ってしまいました。直りますか?」


鉱石を割っちゃう握力スゴイ。


「綺麗に真っ二つに割れたねぇ」


二つに割れた石を手に取り、割れた部分同士をくっつけてみるとピッタリとはまる。
針金みたいな細い紐でぐるぐると固定すれば、また一つの石になりそうだ。


「預かっていい? 直してみるよ」

「お願いします」


軽く頭を下げた彼は、踵を返し部屋を出ようとしたので引き留めた。


「チェ・ヨン隊長は、口元に米粒をつけて何処へ行くというのですか」


自分の右の口元を突いておどけた口調で言うと、彼は自分の口元を探り米粒を摘んで食べる。
他にも付いていないか裾でぐいぐいと口を拭う彼が面白い。


「もう付いてないよ、ふふっ」

「…… ソラ、」

「ん?」

「いつになったら名で呼んでくれるのですか?」


突然ですね。


「呼んでなかった? チェ・ヨンさんって」

「では私も、イムジャとお呼びしますが」

「反則だ!」


イムジャは違うと散々言っているのを分かっている筈なのに、嫌がらせか。


「ヨンさん。…… これでいいでしょ」

「二人の時も、それですか?」


呼び捨てにしろと?
年上でしょ?


「わ、分かった。他ではチェ・ヨンさんとか隊長って呼ぶから。二人の時だけかららね」

「はい」

「……」

「…………」


えっと、なに?

その期待に満ちた顔は。

今、ここで呼べと?


「……………… ョ、…… ン」

「何か言いましたか?」


いじめかな?

この歳になると異性を下の名で、しかも呼び捨てにするなんて恋人みたいで恥ずかしいだろ。

私達、恋人なの?
いや、両想いだけど、付き合ってないし?

そもそも、付き合うって概念がないだろうけど。


「…… ヨン。………… あ、待って、」


名前を呼んだら、キスを迫られるってどういう事なの。
つい、両手で彼の口を覆ってしまった。


「ごめん。その、えっと、…… お、おやすみなさい!」


そのままグイグイと部屋の外へ押し出して戸を閉めてしまう。
我ながら酷いと思うが、貴方そんな積極的なキャラじゃなかったでしょとツッコミを入れたい。

いや、それ以前にキスを拒む理由は、私にあった。

徳興君に辱められ汚れているから。

そして、それを知られてしまう事を恐れているから。