108話 : 別例祈恩都監 | 熱があるうちに

熱があるうちに

韓ドラ・シンイ-信義-の創作妄想小説(オリジナルキャラクターがヒロイン)を取り扱っています
必ず注意書きをお読みください
*ヨンとウンスのお話ではありません

 

本編通りだけど、許せなかった。
徳興君は、飛虫の毒をウンスに打ち込んだ。
だから私には何もせず、簡単に解放したのだと。


「徳興君。あいつ、やっぱり殴る」


そう呟いて典医寺を飛び出た所で、人とぶつかった。


「隊長! ソラ殿を捕まえてください!」


頭に血が上って、近づく気配に気付かなかった。
チャン侍医が叫ぶと、すぐさまチェ・ヨンは横を通り過ぎようとした私の腕を掴む。

私が彼に敵うわけがなく、そのまま典医寺へ踵を返すことになった。


「戻ってきたというのに、また何処へ行こうというのです?」

「あー、…… 徳さんの、 ……」

「は?」


若干キレ気味で怖い。


「ああ、えっと。…… 別例祈恩都監 (ピョルレギウンドガム)に、身を隠そうかな、と」


元々そこに居ようと思っていた私の居場所。
イプチュン達も心配だし、ここでは邪魔になってしまう。

出来る限り、ウンスとチュモの時間を作ってあげたい。

本来ならそれ程、接点はなかった二人。
だから今後、どうなるかは予測不可能。

この後も、数日もしないうちに皇宮を発たなくてはならないだろう。

それに、天門が開いたら、彼女の意思とは関係なく百年前に行ってしまうと予想している。
手帳が何よりの証拠。

あのハングル文字は私には書けないし、手術道具も彼女の物だ。


「身を隠す?」

「徳興君が身を隠せって。10日後には、元(げん)より勅書が届くとか」

「10日後、…… そうですか。では、別例祈恩都監まで送ります」

「チッ、」

「何です?」

「何でもないです」


奥から私のバッグを持ったチャン侍医が隊長と呼ぶ。
私のバッグなのに何故、彼を奥まで呼ぶのかと怪しんでいると、二人は小声で会話をしている。

徳興君を殴りに行こうとしていたことを告げ口したな侍医。

睨んでいると、気づいたチャン侍医がこちらに来るので狼狽えた。
怒っているような呆れているような、そんな雰囲気を醸し出しているから。


「もう二度と、あんな想いはしたくはないので ……」


アンナオモイ?

首を傾けると彼は手を伸ばし、髪に触れるか触れないかの所で止めた。
この時代は、異性に触れてはいけないルールでもあるの?


「…… 結いが解けていますが、どうされたのですか?」


そう言われて初めて、乱れた髪に気付いた。


「うっわ、ボサボサだ。…… あ~、ブラックサンダーが簪を取って行っちゃって、それで解けたのだと思います」

「ぶ、ら?」

「黒い馬の名前です」

「どこかで聞いた事がある名前ね」

「有名なお菓子の名前から取ったので」


それで。と、納得するウンス。
二人はキョトンとした表情をしているので、彼女が得意気に言い放つ。


「【黒い雷】ってことよ」


直訳すると、そうですね。


「…… 雷、ですか」

「…… 、」


チャン侍医が呟きながらチェ・ヨンを見遣る。
顔を逸らしながら咳払いをした彼は、私の腕を掴んで「もう行くぞ」とばかりに引っ張り典医寺を後にした。


「あっ、黒い雷ってお菓子の名前ですからね。そのお菓子が好きで、だから …… 雷で貴方を連想するけど、違いますからっ!」


何故か言い訳めいた事を言っていた。
いや、本当に食べたいお菓子だったのよ。

彼の背後で待機していたチュモに、すれ違い様に目配せした彼。
チュモはこのまま、典医寺の守護に就くようだ。


「たまにはこっちに顔を出してね」


手を振っていたウンスは、チュモを見ると慌てて左腕の包帯部分を隠す。
このウンスも、想い人には飛虫の毒を告げないのかと、いじらしく感じた。







**


別例祈恩都監に到着したが、イプチュン達は自宅へ戻ってしまう時間帯なので、室内は誰もおらず真っ暗であった。


「明かり、明かり」


思わず癖で壁に触れるが、電気のスイッチなどあるわけがない。
この時代は、蝋燭の火が唯一の明かりであった。

担当の女官達がやってきて、蝋燭に点けていた事を思い出す。

火打石と火打金で一度火を点け、それを火種に移し器に入れ、それを持ち歩き各部屋へ回って火を灯す。
現代の文明も便利だが、昔の物も逆に新鮮で興味深い。

チェ・ヨンはこの暗さに慣れているのか、二階の部屋まで私を引っ張っていく。
窓から差し込む月明かりを頼りに部屋へ着く頃には、目も段々と慣れていった。

しかし明かりがないのも不便だが、仕方ない、今夜は明かり無しで過ごすか。


「ソラ」


呼ばれて振り返ると、突如、抱き締められる。
戸惑ったが、彼は離さないとばかりに強く腕に閉じ込めるので、肩の力を抜いて彼の背中にそっと手を添えた。

別例祈恩都監の辛気臭い匂いと、チェ・ヨンの匂いに包まれて、戻ってきたんだと実感する。


「生きた心地がしませんでした」

「ご心配をお掛けしました」

「記憶は完全に戻りましたか?」

「…… うん」

「脳や身体に痛みや違和感はありませんか?」

「うん。大丈夫」

「本当に?」


腕中から解放されたが、今度は肩を掴まれ瞳を覗かれる。
嘘を付いていないか、視線を読む気だ。
疑り深いな。

特に体に異常はないので、しっかり見据えていると肩の力を抜いて息を吐く彼。


「貴女という人は …… なにゆえ解毒薬を飲まなかったのです!」


説教が始まった。


「いくら侍医の薬が取引の条件だとしても、命に関わる解毒薬は貴女の方だったのですよ!」


そうね、三途の川を渡ってたわ。
なんて言った日には、鬼の形相で長時間の説教が待っているのかと思うと恐ろしや。


「記憶が戻ったというのに、再び徳興君のもとを訪れようと?」

「だって、ウンスさんが、」

「聞きました、医仙が毒を打たれたと。 …… だからといって、貴女が徳興君のもとへ行っては、奴の思う壺です!」


私が己の事より周囲の人物を大切にする者だと理解している徳興君は、今度はウンスを陥れた。
そうして弱味を握り、私を意のままに操りたいのだ、あいつは。


「また何をさせられるのか、…… 私は、平静でいられませぬ」


あのチェ・ヨンが平静を保てないなんて、


「…… もう二度と、徳興君には近づかないでくれ」


低音でゆっくりと訴えるかのように呟き、再び抱き締められたら、

 

私は頷くしかなかった。