104話 : 名前を知る | 熱があるうちに

熱があるうちに

韓ドラ・シンイ-信義-の創作妄想小説(オリジナルキャラクターがヒロイン)を取り扱っています
必ず注意書きをお読みください
*ヨンとウンスのお話ではありません

『 』= 日本語

 

 

起きると賃貸アパートで、遅刻しそうだと慌てて支度をする夢を見た。
だから、目を覚ましたら現実に戻れると思っていたのに。


目を開けると、ウンスが心配そうに覗き込んでいた。
まだ隣国の過去にいるらしい。


「大丈夫? ア~ …… Are you OK?」

「…… I'm OK. 」


体は重いが、大丈夫だと答える。

あの四人でおやつを食べた時の雰囲気。
落ち着いていた私の心。
その時の感覚は間違っていない。

ウンス達は友達だ。

何故、彼女が此処にいるのかは上手く会話が出来ずに伝わらなかったが、心配をして駆けつけてくれたのだと察した。


「『大丈夫。えっと』 Are you OK?、…… クェン、チャ、ナ? 大丈夫?」

「OK!『ダイジョブ』── 、 I'm OK. クェンチャナヨ」


よく使用しそうな単語を覚えようと、教えてもらうことにした。
挨拶と、今のような返答の単語のみだが。


そんな事をして気を紛らわしていると、女官の中でも一番上の位っぽい人が来た。
しかし会話が出来ず、私が日本人だということを知った彼女は渋い顔をする。
この時代、こちらの人にとって日本人は疎まれているのだろう。

ウンスを通して女官にお風呂に入りたいと告げると、用意をしてくれた。
古い時代でも皇宮なので、形のある風呂場で安心した。

ウンスから貰った石鹸で、体を洗う。
彼女とチャン先生で作ったらしい。

凄いな、彼女は。
こんな訳の分からない所に来ても、医者として人々を助け、便利な物を作っている。

私は記憶がなくなる前、何をしていたの?
ここに置いてもらう為に、働いていた?

私なんて会話すら成立出来ないし、何の取り柄もないから、どうしていたのだろう。

思い出せない。

忘れたい事は、覚えているのに。

いくら婚約者だからといっても、強姦まがいな事をされて平気でいられる訳がなかった。

唯一の救いは、眠っている間に終わっている事。
睡眠薬を飲まされるなんて、まさか自分の身に起きるなど予想もしなかった。

毒やら睡眠薬やら、一体何なんだこの世界は。


石鹸が半分になってしまうまで、体を洗っていた。
物理的には綺麗になる。

でも、徳興君にされた行為は、綺麗に洗い流せない。


『私の初めてがぁ ……』


あんな最低な奴に、【初めて】を奪われるなんて最悪だ。

こんな扱いを受ける為に、私はタイムトラベルされたのか?
私は何の為に、此処にいるの?

誰かこれは夢だといってくれ。


『帰りたいよぉ ………… っ ……』


風呂場で声を殺して泣いた。





**


スマホの充電もなくなりつつあったので、バッグから太陽光充電機器を取り出す。
その拍子に、綺麗な布に包まれた薄い四角い物が飛び出した。

ソーラーパネルを窓に配置し、スマホを充電しながらその布を手に取る。

入れた覚えのない物。
しかし、自分のバッグに入っていた物なので開封してみた。

布の中には、畳まれた紙。
表紙には『そらへ』と書かれている。

私宛の手紙のようだが、開くと見覚えのある棒人形が書かれていた。

一見、踊りの手順イラストのようで、しかし手足が無かったり旗を持っていたりと意味不明な棒人形。

これは、とある英国探偵物語に登場する換字式暗号の【踊る人形】だ。

人形の手や足の有無や形によってA~Zを表している。

この癖のある字は見覚えがある。
自分の字だ。

自分にしか分からないような暗号にして、自分に読んでもらう為に描いた手紙?
記憶がない今では、全く心当たりがない。

解読すれば分かるか?

バッグからノートとボールペンを取り出し、記憶を頼りに人形の動きにアルファベットを当てはめていく。

ふと、外に誰か居るような気配がした。
暗号解読を見られるのはマズイ。

窓から身を乗り出して確認すると、男が壁に背を預け腕を組んでいた。

髪は銀髪、服は白。
眩しいな。

手には竹か何かで出来た棒を持っている。

私の監視?

それにしては、よく見かける兵士達とは雰囲気が違う。


『貴方は、 …… ああ、通じないか』


誰かと尋ねようとしたが、日本語が通じない事を思い出して止めた。

しかし、白って目立つし、そんなヒラヒラした生地って存在するんだ。

よくよく考えると、かなり昔の時代なのに煌びやかな衣装が多い。

皇宮だから?
いくら国の中心だとしても、私が着ているようなこんな鮮明な生地ってある?

顔が整った人が多い事も可笑しい。
いくら美女や美形を揃えたとしても、美的感覚は現代寄り。

この人もイケメンだ。
こんな綺麗な銀髪なんて、漫画か映画でしか見た事ないんだけど。

全体的に、色々なモノが整い過ぎている。
しかし、矢張り自国ではないし、会話も通じないので分からない。


『う~ん、分からん』


脳が疲れた。

そういう時は、甘い物。
机の上に置かれていた菓子を二つ手に取り、再び窓へ。


『はい』


銀髪男に菓子を差し出すが、こちらに視線だけ寄越しただけで、すぐに興味なさそうに目を瞑った。


『ひとりで食べても楽しくないから、一緒に食べてくれますか?』


通じないと分かっていても、雰囲気で察してくれそうだったので強引に渡す。

彼が仕方ないという表情で受け取り食べ始めたので、私も頂きますと口を開ける。


「 ── !」


だが、その銀髪男は私の菓子を叩き落とした。


『ちょっと、なに!? なんで!?』


お菓子が勿体ないじゃないか!

男が短く何か言った気がするが、ごめん分からない。

すると彼が咳き込み、食べた菓子の欠片を吐き出して長身の体がぐらりと揺れた。

慌てて窓から精一杯手を出し彼の体を支えようとしたが、ソーラーパネルの上に乗ってしまい滑って窓から落ちそうになる。

地面に頭から突っ込む衝撃を予期し目を瞑ったが、ふわりと体が浮いた気がして目を開けると部屋にいた。

何が起きたのか分からないが、どうやら彼に助けられたようだ。

助けようとした方が、逆に助けられるとは恥ずかしい。

しかし動きが、一般人のそれではないような気がする。

横抱きにしていた私を床に下ろすと、銀髪の彼は膝を折り崩れた。


『だ、大丈夫? あ、くぇンちゃな、違うか 「クェン、 …… 大丈夫?」』

「!?」


発音どうかな、通じてるのかな?
もう一度、「大丈夫?」と尋ねてみると「大丈夫(クェンチャナヨ)」と返ってきてホッとした。

どうやら、菓子に何か仕込まれていたようだ。
徳興君の仕業だろう。

この人は私を助けてくれたの?
彼も、記憶がなくなる前の私の事を知っているの?


『私は、ソラ。貴方は、私の事を知っているの?』


呼吸を整えながら、壁に寄りかかり座る銀髪の彼に問うてみる。

言語が通じなくて首を捻る姿が、ちょっと可愛いと思ってしまった。


「………… チョヌムジャ、」

『チョ、? え、何て?』


何がチョなんとかなの?
名前?


「チョヌムジャ」

『ちょにゅ、ん゛!』


噛んだ。
言いにくい。


「………… ユチョン、──、」


そっちが名前なの?
さっきのは役職か何か?

チェ・ヨンは、テジャンだかホグンだか何か付いていたけど。


「ユ、チョ、ン。…… ユ、チョン? ユチョン、ユチョン! ユチョ~ン!」

「 ──、」


煩い。とか、文句的な事を言われた気がする。


「ユチョン、大丈夫?」


お菓子にどんな毒か薬が仕込まれていたのか分からないが、彼はすぐに立ち上がるので心配になった。


「ソラ、── 」


名前を呼ばれたのは分かるが、他は全く分からん。
でも、この人も名前で呼んでくれる人だ。

手が伸びてきて、頬に触れられる。
徳興君に叩かれ、少し腫れが残るそこを慈しむような瞳と触れ方。

嫌悪感はないし、鳥肌も立たない。

貴方も友人なの?


だが、すぐにその手は引っ込められ、ひらりと窓から外へ出て行ってしまった。

どうしたのだろうかと訝しんでいると、突如、部屋の戸が開く。

暗号の紙が出しっぱなしだ。
慌てて袖に突っ込む。

ノックも無しで、徳興君が入室してきた。
いくら婚約者でも失礼じゃない?


『すみませんが、一声掛けてください』

『声は掛けつもりだったが?』


本当か?


『書き物でも?』


紙を隠した所を見ていたのだろう。


『…… 答える義務はありませんよね?』


私にしか分からない暗号でも、暗号というからには私にだけ伝えたい【何か】があるはず。
特に、この男には知られない方がいいと直感した。

お菓子に何か仕込むような男だから。


『婚約者でも?』

『一度、寝たからって婚約者という権限で許されると思わないでください』

『寝た? …… ああ、致したと思っているのか』


小さな声で呟いているのだけど、聞き取れない。

徳興君のお付きの男性が入室し、何か言っていた。
女官の人達も私の後ろに控え、待機している。

え、何?


『これから婚礼の儀を執り行う』

『は? 今日!?』


最初は来月の15日だと言い、次に日取りを早めると言い、急に本日だと言う。
どういうことなの!?


『ちょっと待って。この格好で?』

『すべて普済(ポジェ)寺にある。既に重臣が揃い、皆で寺に向かう。待たせるな』

『せ、せめて、化粧をさせて』


徳興君は先に行っていると言い残し、踵を返す。
女官が残り、私の様子を監視していた。

隠した暗号の紙をバッグに詰め、窓の外に落としたソーラーパネルとスマホを取りバッグに入れると、そのまま外に置いた。


『お願い、ユチョン …… 』


姿が見えないが、おそらく何処からか私を監視している筈。

私のバッグの監視もお願い。
此処には信じられる人がいないから、もう貴方を頼るしかないの。

そう心の中で願いながら、急いで化粧をし、部屋の外で待機していた官服の男性に従い移動するのであった。