あの後、茶を持ち部屋に入って来た姉弟の母親に現状を目撃され、千音子に抱きかかえられて逃走することになった。
辿り着いた場所は、府院君邸で、
「なんで殺したの!!」
私は、千音子に怒号を放つ。
「殺さなかったら、貴女が殺されてたけど、…… 死にたかったの?」
きゅっと口を閉ざす。
分ってる。
でも、分かりたくない。
私を助ける為とはいえ、隊員が殺されたなんて。
他の方法があったのではという考えは、甘いのだろうか。
「俺達は、人を殺める技しか知らない」
殺しの技。
そういう世界で生きて来た二人。
頭では理解していても、心が追い付かない。
私の所為で、隊員の命を奪ってしまった。
冥福を祈ることしか出来ない。
「…… 下ろすぞ」
寝台の前で声を掛けられる。
無言で放り込みそうな千音子が、声を掛けるなんて珍しい。
ゆっくりと寝台へ下ろされた。
「…… 助けてくれて、ありがとう」
お礼は述べなければと、離れようとする彼の服を掴んでポツリと零す。
「医仙は呼べないけど、この辺りでは一番の者を呼びに行ったから、もう少し我慢しなさいね」
「あ。 ……そうだった! いだあ゛! 足、痛い痛い痛いぃぃぃぃぃぃ!!」
「忘れていたのか」
そうだ、足を斬られていたのだと思い出した途端に痛みが増幅し、寝台の上で悶える。
止血の為に、ぐるぐると巻かれていた布が赤く染まっていた。
医者らしき人物とキ・ウォンが入室すると、彼は火姐さんの後ろに隠れながら言い放つ。
「これで、か、借りは返したからな!」
借りとは?
首を傾けたが、治療が始まりおもむろに衣を膝上まで捲られて足が露わになると、男達は一斉に視線をそらしながら部屋を出て行く。
この辺りで一番という割には手際も悪く、終わった頃には気絶するように眠りについた。
微かな笛の音色に目を開けると、千音子が監視役としていた。
あれから一日ほど、眠っていたようだ。
「包帯とっていい?」
何故か動けないように大袈裟に巻かれた足の包帯。
「この紐、外していい?」
脱走しないように、その足首に紐が結わえてあった。
「…… 駄目だ」
このやり取り、三度目である。
絶対に首を縦に振らない千音子。
「ちょっと移動したいのだけど」
「何処に行く気だ」
「皇宮、ぁ …… 厠! 厠に行きたい!」
「いま皇宮と言っただろ。大人しく此処にいろ」
「別例祈恩都監に出仕しないと」
「やめておけ」
隊員が殺され、母親に目撃されている。
隊長に報告が上がり、更には王の耳にも入っているだろう。
別例祈恩都監に出仕しない私を、イプチュン達が訝しんで騒いでいるかもしれない。
だが、千音子の監視は緩まない。
さて、どうしたものかと熟考しようとした時、バタバタと慌しい足音が響き、戸が勢いよく開いて驚愕に固まる。
「千音子、お前を連行する」
チェ・ヨンが乗り込んできたからだ。
まさか私を迎えに? なんて淡い期待は、彼の放った言葉で粉砕される。
「既に、火手引は牢獄でお前を待っているぞ」
「なに?」
火姐さんの姿が見えないと思ったら、まさかそんな事になっているとは。
笛を構えようとした千音子だったが、チェ・ヨンが素早く動き、笛を叩き落とす。
彼の首にチェ・ヨンの剣が突き付けられた。
「待って」
「…… 何か」
相変わらず無の表情がそこにある。
しかも視線を千音子から外すことなく聞き返された。
「二人の投獄は、王命なの?」
「はい」
「…… 殺した、罪?」
「ええ。スンミンを殺害し、天仙に怪我を負わせ、拉致した罪です」
「はあ?」
ドラマ通り、二人の牢屋行きは免れないとしても、私に関することは冤罪だ。
千音子は隊員に囲まれると諦めたように肩を落とし、されるがまま縄で縛られていく。
「違うの」
「連れていけ」
「はっ!」
「待って!」
千音子は隊員に引っ張られ、連行されていく。
チェ・ヨンは私の言葉に耳を傾けてくれない。
立ち上がろうとして足の紐に捕らわれ痛みが走る。
「つぅ」
顔を顰めた私に、チェ・ヨンが手を伸ばそうとして止まった。
「天仙様! …… ご無事で」
それを見たのか分からないが、トクマンはすぐさま私に駆け寄り、足の紐を切ってくれる。
「トクマン、天仙を」
「え? …… あ、はい」
彼は私を一瞥し、トクマンに任せ、そのまま部屋を出て行った。
自分でいいのだろうか。
トクマンはそう疑問を持ちつつも、言われたまま「失礼します」と、私を背負う。
「あ、あの、トクマンくん。私の怪我は、……」
彼に斬りつけられた。と背中から言おうとして口を噤んだ。
スンミンは姉を助ける為に、私の心臓を狙っていた。
そんな事を言っても、信じてくれないだろう。
【血】の効果を説明しても、仲間がそんなことをするはずがない、そう思っているだろう。
近衛隊の結束は固い。
今の私の言葉は、チェ・ヨンには届かない。
それに、彼が心配であった。
私を傷つけ殺そうとしたのはスンミンだと知れたら、その上司である彼はどうなってしまうのか。
誤解されたまま投獄される二人を救いたいが、本当の事を言って近衛隊を傷つけたくはない。
私は、どうしたらいいのだろうか。
**
私の居場所は薬草園の隣にある元ウンスの部屋となったが、動き回れるほど傷は浅くはなかった。
それに、ウンスから安静を言い渡され、暫く此処から出れそうにもない。
府院君邸に居た時と、何も変わらない状態だった。
そして、王とチェ・ヨンが率いる近衛隊数名が征東行省へ向かったと耳にする。
ドラマ通りではキ・チョルが待ち構えており戦闘となるのだが。
府院君は徳興君を差し出して私を邸宅に置いた。
その彼が、徳興君と手を組むことはないと思うのだが。
「はい、また化膿しないように、きちんと薬湯を飲んでね」
足の怪我の包帯を巻き終えたウンスは、顔を上げて明るく告げる。
この明るさは、ドラマ通りに元(げん)の使臣の所へ行き、処刑の理由を知った故の彼女の強さが現れていた。
彼女は、足掻いてでも、この世界で生きようとしている。
手術道具を盗まれ、解毒薬を踏みにじられるのも、同時期だ。
まずは、それを阻止したい。
「手術道具を借りてもいいですか?」
「いいけど、どうして?」
「…… 断事官の狙いは、それです」
この後、起きるであろう事をウンスに告げると、少し考え込まながらも納得してくれ、私に道具一式を預けてくれたのだった。
・