『 』=日本語
徳興君の用意してくれた解毒薬を飲むと、頭痛もなくなり体調も回復していった。
だが、動けるようになると部屋に閉じこもっているのが退屈になってくる。
外に出ようとすると剣を携えた厳つい顔の人がいて、部屋に戻された。
この部屋から出ては駄目ということ?
部屋の中の探索も飽きたのでスマホで遊んでいたら、画像ファイルに残された写真を見て驚いた。
慣れた感じでポーズを決めているウンス。
彼女はスマホを知っている。
現代人というのは嘘ではない。
驚いて目を見開くチャン先生の姿も、おさめられていた。
薬作りをする、彼の手元の写真もある。
それほど近くにいた存在だったの?
そして、何故かたくさんあった、あの人の画像。
視線はこちらを向いていないという事は、これは盗撮?
え、私、この人のストーカー?
兵を次々と倒して、王代理であり私の婚約者に剣を向けた人。
私はあの人に、何か悪い事をしたのだろうか。
とても怒っていて、そして傷付いた表情をしていた。
私の画像もあった。
楽しそうに笑う私。
いつ撮ったの?
誰が撮ったの?
全て、記憶にない。
もう少しウンスに聞きたい。
この画像のこと。
あなた達との関係。
私の記憶の事。
**
部屋の出入り口には赤い鎧の人達がいる。
窓から出るしかない。
私、脱走が手馴れてるのだけど。
職業は、忍者かスパイなの?
しかし外には出られたが、ウンスのいる病院施設がどこか分からない。
皇宮って広いわ。
角からひょっこり顔を出し、右を見て左を見てまた右を見る。
横断歩道を渡るより慎重に廊下を歩く。
背後で音がした気がして振り返ると、あの赤い鎧の兵士がいた。
私を尾行していたらしい。
いつでも私に剣を向けられるように、腰の剣に手を添えている。
『ごめんなさい、戻ります戻りますから! …… あ。』
だが、兵士はその場に崩れ落ちた。
横からあの人の手刀が入り、一瞬のうちに気絶させたようだ。
うわ。ワンパンだ。
そうだ、この人は強いんだ。
たくさんの兵に囲まれても怯まず、剣を抜くこともなく鞘に収めたまま兵を次々と倒していった。
この人は確か、チェ・ヨン。
徳興君から教えてもらった。
彼が王になることや、婚約の事を快く思っていない者だと言っていた。
『あ、あの …… ウンスやチャン先生の所に行きたいの。えっと、病院、じゃなかった診療所。ああ。日本語じゃダメか ……』
彼女の名を出せば連れて行ってくれるかもと思った。
彼は悪い人ではないと感じる。
だってイケメンだし。
画像フォルダにたくさん残っているという事は、それだけ近くにいた人ということ。
スマホを取り出し、彼を画面に表示させ指で示す。
『これ、貴方ですよね? チェ・ヨン、さん。私の事、知ってます?』
日本語では通じないと分かっていても、日本語で話しかけてしまう。
彼は眉間に皺を寄せて、私を見詰めている。
いや、スマホの貴方を見てよ。
これ、髪型が違うけど貴方よね?
もしかして、また怒られる?
「ソラ、」
『えっ?』
私の名前を呼んだ?
ウンスもチャン先生も私の名前を呼んでいた。
そういえば、婚約者である徳興君からは呼ばれたことはない。
再び私の事を尋ねようとしたが、何かを察知した彼はそちらの方向に意識を向け、私の腕を掴み速足で歩きだした。
手からスマホを落としたが、すかさず彼が床に落ちる前に拾い上げる。
『ありがとう、ございます』
こっちの言葉だと何だっけ。
「…… カム、サハムニダ、…… ありがとうございます」
急に立ち止まり振り向かれた。
『え、あってる? 間違えてます?』
発音が微妙なのかな?
旅行パンフに載ってたので、たまたま覚えていた単語。
彼は何も言わずに私の腕を引っ張りながら、時々隠れたりまた歩いたりを繰り返し、見たことのある建物へ到着した。
「…… 典医寺(チョニシ) ──、」
『チョ、チョニ、シ、? えっと、「典医寺」 OK?』
OKはウンスにしか通じなのか。
しかし彼は少しだけ、眉間の皺を緩めた。
チェ・ヨンという人が私を連れて来たので、驚いているウンスとチャン先生。
あ。私のゴテゴテの衣装に驚いているのか。
チャン先生の目の布は取れているけど、治ったの?
あれ、治った?
何で私は【治った】と思ったのかな。
私は早速、ウンスに画像の事を訪ねた。
『ウンス、picture. えっと、…… 』
こんな事になるなら、韓国語や英会話教室にでも通えばよかったわ。
しかし彼女は察してくれ、私の手にあるスマホを覗き込んで説明してくれる。
私とウンス、チャン先生とチェ・ヨンは四人でパートナーを組んでいたらしい。
パートナーの定義って何だ?
チームみたいなもの?
仲間かな?
それで、こんなに親し気な画像が残っているのね。
窓から、あの黒い馬が此方を覗いでいた。
優しそうな瞳の馬。
恐る恐る手を伸ばすと、馬は触れやすいように顔を下げてくれた。
賢い馬だ。
そして飲んだことがありそうなお茶をチャン先生が淹れてくれ、トギという女性がお菓子を用意してくれたので食べた。
皆、とても私の事を気に駆けてくれる。
ピリピリした緊張するあの部屋や、全く私を見ない徳興君とは違う。
此処には穏やかな空気が流れ、言葉は通じなくても視線を合わせて、身振り手振りで教えてくれた。
だから私は安心して、お菓子を頬張った。
徳興君はチャン先生が毒を盛ったなど言っていたが、あれは嘘だな。
そして気が付いた。
みんな、顔面偏差値が高すぎだわ。
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