160話 : 内功の鎮め方 | 熱があるうちに

熱があるうちに

韓ドラ・シンイ-信義-の創作妄想小説(オリジナルキャラクターがヒロイン)を取り扱っています
必ず注意書きをお読みください
*ヨンとウンスのお話ではありません

 

別例祈恩都監に到着し、湯が整うまで再び蓑虫状態。
椅子に腰掛け、足を抱えて布にすっぽり覆われて、傍から見たら変な生き物だ。

そんな生物の前に跪いて、私に視線を合わせながら「ソラ」とはっきり名前を呼ぶチェ・ヨン。


「【気】を整えるには、呼吸を落ち着かせてください」


いまだ体内で暴れ回る氷功は、徐々に私の体力と気力を奪っていく。

彼が真剣に内功の扱いを助言してくれているのに、私は他の事が気になった。

今度こそ確実に私の名前を呼んだ。
幻聴ではなく、しっかりと耳に届いている。

私の事を思い出したの?


「丹田に集中し、押し込めるのです」

「…… あの、いま、…… 名前を、」

「呼びましたが、なにか」

「…… 記憶が?」

「その事は後でもよいので、集中してくだされ」


そんな事はどうでもいい。
そう捉えた私は、どんどんと卑屈になっていく。

そうだよね。記憶を奪うような女だもの、恨んでいるよね。

私が【天仙】だから、丁寧な対応をしてくれているだけ。

迷惑もたくさん掛けた。
言う事を聞かない女なんて願い下げよね。

ウンスをじっと眺めていた彼を思い出す。
記憶を失くしたから、本当に寄せるべき相手へ心が向いた。

私ではないと気付いたはず。

ドラマ通りに、彼はウンスを慕っている。

それは、ずっと望んでいた事だけど。

彼が好きだと自覚した今は、心が千切れるほど痛い。

そう思うと凍る速度が一気に早まり、全身が凍り付いていく。


「…… ぁ、…… あぁ、」

「ソラ!!」


両頬を包む大きな彼の手。
チャン侍医とは違う、剣を握ってきた武人の固い手。

真っ直ぐ私を見詰める瞳の中には、私が映っている。
ああ、酷い顔をしているなぁ。


「ソラ!」

「記憶、…… ごめん 」


それだけは謝りたかった。


「記憶の事はいいから! 氷功を鎮めてくれ!」

「…… はなれ、て」

「死ぬ気ですか!!」


そう叫んだ彼は、頬を包んでいた手を離し、体全体で私を包み込んだ。


「たとえ、また奪われたとしても、思い出すゆえ!」


すぐに思い出せなかったくせに。

氷功の所為なのか、心がどんどんと冷えていく。

このまま彼と一緒に凍ってしまおうか。

ずっと一緒にいられる。

一緒に、


なんて馬鹿な事を考えたんだ私は!


「離れて!!!!」


私は力一杯に彼を撥ね退け、立ち上がり仁王立ちした。


「ダメ駄目だめ、ダメ!!」


危うく氷功に飲まれて彼を巻き込むところだった。


「触れないで。凍らせてしまうし、奪ってしまう」


【気】を操れると過信し、結果、記憶を奪ってしまう。
氷功を奪っておきながら、それを処理しきれなかった。

そんな私なんか。


「私の事は、いいの」

「よくありませぬ!」

「いいの!! 貴方は、もう気付いたでしょ。本当は誰を慕うべきかを!」

「…… 何のことを、」

「ずっと見て来た! 貴方と、彼女の物語を!」

「彼女?」

「だから! 私が、帰れ、ば …… もとに、」

「ソラ?」

「…… ん?」


あれ?

あれほど体内で暴れていた氷功が感じられない。
痛くて寒くて辛かった体も、倦怠感が残るだけ。

氷功はどこにいったの?

丹田?

え、まさかまさかの?
腹から大声を出して、その勢いで丹田に抑え込んだというオチ?

体内の【気】を探ると、若干弱いが正常に巡っている。


「…… えっと、なんか、氷功が治まった、みたい?」

「真ですか?」

「腹の底から叫んだから …… ?」

「体は?」

「大丈夫」

「真に?」


信用がないのか、疑いの眼差しのまま彼は私の左肩を掴む。
そこは、キ・チョルから直接攻撃を受けた所だ。


「いっ!」


痛いってばよ。
彼に嘘がバレてしまい、溜息を付かれた。

そういえば、千音子が彼に左肩を意味ありげに指差していたな。


「あ、あのぉ …… 」


私達が静かになったのを見計らってか、イプチュンがおずおずと声をかけてくる。
お風呂の準備が整ったようだ。


「寒さは治まったから、」

「温まってください」


チェ・ヨンのその一言により、イプチュンとミョンスクが戸を開け、どうぞと誘う。
そこまでされたら入るしかない。

一歩踏み出したところで足に違和感を覚えたが、そのまま湯屋に入った。

浅い桶に、濁った湯が張ってある。
おそらく薬草入りなのだろう。

左肩は矢張り青黒く変色している。
そして、足の先と指先は赤く腫れていた。

最初は熱かったが、入っているうちに適温になってきたのか、心地よい温度になってくる。

ウトウトとしながら、先程のチェ・ヨンに放った言葉を思い出し、あれは余計な一言だったなと反省した。

チェ・ヨンはウンスに心を寄せ始めたが、誠実で堅物な彼は、部下と彼女の仲を裂く気はない。
心の奥に留めておきたかった気持ちを指摘されて、困惑しているだろう。

チェ・ヨンも幸せになって欲しい。
どうしたらいいかな。

残りの日数はあと僅か。

やっと現実に戻れるという安堵と、読めない今後の展開への不安と、近づく別れの日を思うと自然と涙が零れた。

女という生き物は厄介だ。
感情が先に来てしまう。

別れたくない。

皆と一緒にいたい。

でも、私が天門をくぐる事は確実だろう。

別れは避けられない。

もとの物語に戻って欲しいという願いも嘘ではない。

だけど、彼を想う気持ちも偽りではない。

彼と一緒に、この世界を見守っていきたい。

葛藤は続く。

はぁと大きな息を吐いた。


「ソラぁぁ!!」

「ぎゃあ!?」


湯屋の戸が勢いよく開き、ウンスの怒気を含んだ声が湯屋に響く。

まるで母親に叱られる声色に似ていて、湯の中で身を縮めた。

目を吊り上げたままウンスは、私の身体を隅々まで検診し終えると、脈診をしながらぽろぽろと涙を流す。


「え、え、ウンスさん?」

「私の処刑を取り消す為に、なんで自分を差し出すのよ!」

「あ、ああ、えっと、それはですね」

「なんでいつもボロボロになって帰ってくるのよぉ」

「こ、これはですね、ああ、泣かないでください」


ウンスに泣かれると本当に困る。

彼女を救いたい一心で動いたが、結果、彼女を泣かせている。

チェ・ヨンを救う。ウンスを助ける。
皆の死亡を書き換えたくて動いていたが、結局それは、自分が納得する結末になるように動いていただけのこと。

 

ただの自己満足に過ぎない。

 


私は彼女にキチンと説明し、泣き止むまで「ごめんなさい」と謝り続けていたのだった。