両側に女官が付いて連行される私を、鼻息を荒くしたウンスが「ガード!」と叫んで女官を退けた。
控えめに言って惚れる。
徳興君ではなく、ウンスと結婚したい。
男官とウンスが言い争っていると、チェ・サングン? と呼ばれていた女官のまとめ役の人が現れた。
ウンスとその男の間に入って会話をしているが、私はただ見守ることしか出来ない。
婚儀に反対しているような雰囲気のウンスとサングンさん。
簡単に覆るような婚姻なの?
王族の婚儀に反対して、二人は大丈夫なの?
すると、ちょび髭の男性が現れ、偉そうに喋り始めた。
誰だお前。
ウンスは私を隠すように前に出る。
しかし、どうやら言い負かされているようだ。
何を言われたのだろう?
彼女の表情は悔しそうに歪まれている。
「ウンス。ありがとうございます。大丈夫」
覚えた単語を並べて伝えると、彼女は泣きそうな瞳で見詰めてきた。
この結婚はどうしても避けられないのだろう。
再び二人の女官が私の両脇に控え、腕を掴みながら歩き進めるので、足を動かすしかない。
大広間のような場所に出ると、両側にいた重臣達が立ち上がり私に頭を下げている。
寺の住職まで揃っていた。
真正面の王座から、徳興君が立ち上がる。
訳も分からない世界で、酒や菓子に何か仕込むような人と結婚するのか。
人生、一度は結婚を経験した方がいいと祖母が言っていたが、こんなのは嫌だ。
徳興君の隣に並ぶと、私を横目に満足そうに呟く。
『普済寺は近い。ゆるりと参ろう』
私は真顔に徹し、何も答えずただ隣を歩くだけだ。
誰かこの婚儀をぶち壊してくれないかな。
いっそ私が暴れるかな。
脳裏に浮かぶのはあの人。
いつもピンチになると思い出す人。
パートナーという仲間だけど、それだけなの?
貴方は私のなに?
私の片思い、とか?
それとも ──
『えっ、』
目の前に、今まさに考えていた人物が現れたので、一瞬 幻かと思った。
突如、入ってきたチェ・ヨンに抗議するかのように彼の前に出るちょび髭オジサン。
こちらに向かってくる彼を制止するオジサンの手が、みるみるうちに凍り、ドライアイスのように白い煙を上げる。
すると彼はその手を掴み、今度は彼から稲妻のような光が放たれた。
は??
能力か技なの、それ?
そういう世界だったの!?
目の前で繰り広げられる漫画や小説では一般的な技は、彼の方が勝っていたようでオジサンは腕を押さえる。
「ソラ」
名前を呼ばれたので「はい」と条件反射で返事をし、前に出た。
私を見詰める彼の瞳は揺れている。
何かを迷っているような、そんな瞳だった。
『私は大丈夫です。あ、えっと 「大丈夫、」 …… 大丈夫、だから』
きっとこの人も、ウンスと同じように婚儀に対して抗議をしに来たのだろう。
徳興君が、この人は婚約を快く思っていないと言っていたし。
「大丈夫」
だから、そんな辛そうな顔をしないで。
「 ──、」
彼は決意の瞳を向け、手を伸ばしてきた。
その手は首の後ろに回り、引き寄せられ ──
『えっ』
── 唇を奪われる。
ど、どういうこと???
突然のキスにフリーズする私。
逃げないと判断したのか、チェ・ヨンは首の後ろから手を離し、左耳の側で何かをした。
「んっ」
左耳から心地よい【何か】が流れ込み、脳内を巡り、どこか遠くで鍵の開く音がした。
ずっと靄がかかったような記憶が、鮮明に現れる。
「…… ぁ、」
ああ。
そうだ。
私は、現代からこのドラマの世界に来たのだ。
思い出した。
何もかも。
貴方のことも。
貴方への想いも、
「…… ん。」
一方的だったキスから、今度は私が応えるように唇を押し付ける。
下手でごめん。
目を瞑っていた彼が見開いたので、至近距離だが瞳で頷いた。
忘れてて、ごめん。
気づいた彼は目を細め、左耳から再び首の後ろに手を回し支える。
そして、お互いを求め合うようなキスに変わる。
角度を変えて、何度も唇を重ねた。
唇の間から漏れる吐息が熱い。
「…… はっ、…… ん、」
唇がとろけそう。
脳が痺れる。
好きが溢れて止まらない。
貴方が愛しくて堪らない。
とても長くキスをしていたような気がする。
重なっていた唇を離し、呼吸を整えながら冷静になっていく自分がいて、羞恥心が込み上げてきた。
本編で、こんな口付けをしていた?
人がたくさん居る所で、何をしていたの私?
ウンスやチェ尚宮にも見られた!
「は、恥ずかしいぃぃぃぃ、馬鹿あぁぁぁぁぁ」
小さな声で叫んで、赤い顔を覆う。
彼は私から体をずらし、徳興君を真っ直ぐ見据えた。
「…… よって。婚儀は認めませぬ」
チェ・ヨンの威厳に満ちた声が宣仁殿に響く。
「王族の婚約者を辱めた狼藉者を、獄へ入れよ!」
徳興君が言い放つが、禁軍は近衛隊と対峙していて動けない。
婚儀を中断され苛立つ徳興君をなだめるキ・チョル。
チェ・ヨンは、この場では取り押さえられることなく去る。
この後、わざと投獄されることを知る私は、ずっと彼の去っていく背中を眺めていた。
本編通り、彼は振り返る。
私も見詰め返したのだった。
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