106話 : それは口付けとともに | 熱があるうちに

熱があるうちに

韓ドラ・シンイ-信義-の創作妄想小説(オリジナルキャラクターがヒロイン)を取り扱っています
必ず注意書きをお読みください
*ヨンとウンスのお話ではありません

 

両側に女官が付いて連行される私を、鼻息を荒くしたウンスが「ガード!」と叫んで女官を退けた。
控えめに言って惚れる。
徳興君ではなく、ウンスと結婚したい。

男官とウンスが言い争っていると、チェ・サングン? と呼ばれていた女官のまとめ役の人が現れた。
ウンスとその男の間に入って会話をしているが、私はただ見守ることしか出来ない。

婚儀に反対しているような雰囲気のウンスとサングンさん。
簡単に覆るような婚姻なの?
王族の婚儀に反対して、二人は大丈夫なの?

すると、ちょび髭の男性が現れ、偉そうに喋り始めた。
誰だお前。

ウンスは私を隠すように前に出る。
しかし、どうやら言い負かされているようだ。

何を言われたのだろう?
彼女の表情は悔しそうに歪まれている。


「ウンス。ありがとうございます。大丈夫」


覚えた単語を並べて伝えると、彼女は泣きそうな瞳で見詰めてきた。
この結婚はどうしても避けられないのだろう。

再び二人の女官が私の両脇に控え、腕を掴みながら歩き進めるので、足を動かすしかない。

大広間のような場所に出ると、両側にいた重臣達が立ち上がり私に頭を下げている。
寺の住職まで揃っていた。

真正面の王座から、徳興君が立ち上がる。

訳も分からない世界で、酒や菓子に何か仕込むような人と結婚するのか。
人生、一度は結婚を経験した方がいいと祖母が言っていたが、こんなのは嫌だ。

徳興君の隣に並ぶと、私を横目に満足そうに呟く。


『普済寺は近い。ゆるりと参ろう』


私は真顔に徹し、何も答えずただ隣を歩くだけだ。

誰かこの婚儀をぶち壊してくれないかな。
いっそ私が暴れるかな。

脳裏に浮かぶのはあの人。
いつもピンチになると思い出す人。

パートナーという仲間だけど、それだけなの?

貴方は私のなに?

私の片思い、とか?

それとも ──



『えっ、』


目の前に、今まさに考えていた人物が現れたので、一瞬 幻かと思った。

突如、入ってきたチェ・ヨンに抗議するかのように彼の前に出るちょび髭オジサン。

こちらに向かってくる彼を制止するオジサンの手が、みるみるうちに凍り、ドライアイスのように白い煙を上げる。

すると彼はその手を掴み、今度は彼から稲妻のような光が放たれた。

は??

能力か技なの、それ?
そういう世界だったの!?

目の前で繰り広げられる漫画や小説では一般的な技は、彼の方が勝っていたようでオジサンは腕を押さえる。


「ソラ」


名前を呼ばれたので「はい」と条件反射で返事をし、前に出た。

私を見詰める彼の瞳は揺れている。
何かを迷っているような、そんな瞳だった。


『私は大丈夫です。あ、えっと 「大丈夫、」 …… 大丈夫、だから』


きっとこの人も、ウンスと同じように婚儀に対して抗議をしに来たのだろう。
徳興君が、この人は婚約を快く思っていないと言っていたし。


「大丈夫」


だから、そんな辛そうな顔をしないで。


「 ──、」


彼は決意の瞳を向け、手を伸ばしてきた。

その手は首の後ろに回り、引き寄せられ ──


『えっ』


── 唇を奪われる。


ど、どういうこと???

突然のキスにフリーズする私。

逃げないと判断したのか、チェ・ヨンは首の後ろから手を離し、左耳の側で何かをした。


「んっ」


左耳から心地よい【何か】が流れ込み、脳内を巡り、どこか遠くで鍵の開く音がした。

ずっと靄がかかったような記憶が、鮮明に現れる。


「…… ぁ、」


ああ。

そうだ。

私は、現代からこのドラマの世界に来たのだ。

思い出した。

何もかも。

貴方のことも。

貴方への想いも、


「…… ん。」


一方的だったキスから、今度は私が応えるように唇を押し付ける。
下手でごめん。

目を瞑っていた彼が見開いたので、至近距離だが瞳で頷いた。

忘れてて、ごめん。

気づいた彼は目を細め、左耳から再び首の後ろに手を回し支える。

そして、お互いを求め合うようなキスに変わる。

角度を変えて、何度も唇を重ねた。

唇の間から漏れる吐息が熱い。


「…… はっ、…… ん、」


唇がとろけそう。

脳が痺れる。

好きが溢れて止まらない。

貴方が愛しくて堪らない。


とても長くキスをしていたような気がする。

重なっていた唇を離し、呼吸を整えながら冷静になっていく自分がいて、羞恥心が込み上げてきた。

本編で、こんな口付けをしていた?

人がたくさん居る所で、何をしていたの私?

ウンスやチェ尚宮にも見られた!


「は、恥ずかしいぃぃぃぃ、馬鹿あぁぁぁぁぁ」


小さな声で叫んで、赤い顔を覆う。

彼は私から体をずらし、徳興君を真っ直ぐ見据えた。


「…… よって。婚儀は認めませぬ」


チェ・ヨンの威厳に満ちた声が宣仁殿に響く。


「王族の婚約者を辱めた狼藉者を、獄へ入れよ!」


徳興君が言い放つが、禁軍は近衛隊と対峙していて動けない。
婚儀を中断され苛立つ徳興君をなだめるキ・チョル。

チェ・ヨンは、この場では取り押さえられることなく去る。
この後、わざと投獄されることを知る私は、ずっと彼の去っていく背中を眺めていた。

本編通り、彼は振り返る。

私も見詰め返したのだった。