会議が行われている部屋の前で、止められた。
呼ばれた者しか、中に入れない。
喧々囂々と議論する声が聞こえる。
王は重臣達を信じ、征東行省から逃亡しない。
チェ・ヨン達近衛兵は十二名で王を守護しながら戦っている。
右手に震えは起きているのだろうか。
「良からぬ事が起きると、見えましたかな?」
此処まで何も説明をせずに連れてきてしまったのに、今まで尋ねてこなかったカン・ユンボクが問う。
「いえ。…… 【見た】ままなら、王様も近衛隊も無事です」
時間は掛かるが、重臣達が結論を出し禁軍を出兵し、彼等は無事に帰還する。
「…… ソラ殿?」
ドラマ通りならば、無傷だ。
チャン侍医が私の顔を覗き込むが、険しい表情を崩せなかった。
不安要素は、元赤月隊の岩功の使い手、サナギン。
ドラマでは登場しない人物が、相手側にも存在する事が私の胸騒ぎを増長させる。
しかも、火手引や千音子より手強いだろう。
キ・チョル級の相手。
出来る事なら早く禁軍を向かわせ、征東行省を制圧したい。
「正面突破かな」
不安を拭うように頬を叩いて、会議室の扉を見詰めた。
体当たりすれば、開かなくとも中の重臣達が驚いて開けてくれるかもしれない。
「お待ちください」
やる気満々な私を制止するチャン侍医。
「こちらに」と私とユンボク先生を会議室の正面ではなく、回り込んだ裏口へ誘導する。
チャン侍医は扉を少し開けると、近くに立つ兵士に小声で何かを伝えた。
するとその兵士は、内官ドチに耳打ちする。
そして彼は扉を開けてくれ、私達を中に招いた。
招かざる客が中に入っても、重臣達の論議はヒートアップしていて気付かない。
「王妃様の容態に配慮し、チャン侍医とその助手が同席します」
ドチが声を張ると論議が止まり、視線を集めた侍医は一礼をし、王妃の斜め後ろに控えた。
彼の後ろに隠れていた私も、その後ろから付いてきたユンボクも一礼すると、驚愕した重臣数名が立ち上がる。
「天仙!?」
「カン私淑!」
「カン・ユンボク先生!」
矢張り私の読み通り、彼らはユンボク先生を知っていた。
彼が居る事で、良い方向に行けばいいが。
「私の助手です」
私とユンボクは、あくまで助手として入室したと言い張るチャン侍医。
扉を蹴破り乱入するよりは、穏便に事が運べた。
ちらりと侍医を見遣ると、にっこりと微笑んだので軽く頭を下げる。
「天仙、…… いえ、助手の女人にお尋ねします」
「へ? あ、はい」
イ・ジェヒョンが立ち上がり、天仙としてではなく、ただの女人として問うらしい。
「この国は、どうあれば良いでしょうか」
とてもざっくりな問いが投げ掛けられた。
いま、それ、関係ある?
焦っている私は、冷たい言い方をしてしまう。
「それを考えるのが貴方達の役目では?」
「ご尤もです」
「ただの女人の意見としては、皆が幸せに暮らせれば良い国と言えましょう」
「我等も、そうありたいと願っております」
何を尋ねたいのか分かっていた。
天仙に、この国の行く末を語って欲しいのだろう。
「願うのではなく、有言実行でしょ!」
本来なら男共を奮い立たせる役目は王妃だけど、うだうだと論争をしている場合ではない。
「私が何故、ここに来たのか。…… 知っているからではなく、どうなるか見届けに来ました」
「見届けに、…… ですか?」
「此処は誰の国ですか? 何処からともなくやってきた変な女人の先見に、頼らなければ成り立たない国ですか?」
他人に頼るな、お前達はこの国の重臣だろうが。
私の睨みに委縮したのか、重臣達は頭を垂れる。
母親に叱られた子供か。
「己の利しか考えない徳興君と、貴方達を信じて待つ王様を天秤にかけているのですか?」
重臣達の民を思う気持ちも分からなくはない。
征東行省に禁軍を向かわせれば、元国と戦になり兼ねない。
そうなれば、傷付くのは民達だ。
重臣達はざわざわと話し合い始めたが、まとまらないようだ。
「── いっそ、王を見殺しにすると申せ」
今まで黙っていた王妃が、声を上げた。
王を案じて心穏やかではないのに、虚勢を張るように声を出す。
王は家臣を信じ、いつまでも待つ覚悟があるというのに、と。
「捨てる勇気も、救う勇気もないのか」
凛とした声が響き、ざわめきが止み、静まり返る部屋。
沈黙が続く。
早く決断下せ。
「ほほほっ、女人に此処まで言わせておいて、我ら男達は立つ瀬がありませぬなぁ」
痺れを切らして野次でも飛ばそうと思った矢先、ユンボクが一歩前に出て柔らかく笑う。
「あなた方の目に、あの王はどう映っておる。己の心と命を預けられぬ王なのか?」
再び重臣達は隣の者同士で話し合いつつ、答えを見出していく。
斯くして、満場一致で征東行省へ向けて軍を派遣し、アン・ジェ率いる禁軍が制圧し戦いは終息を迎えた。
徳興君を逃がしてしまい、成果を上げられないまま帰還した近衛隊の表情は硬い。
そして、私の懸念が現実となってしまった事に、自分の存在意義を問いたくなってしまったのだった。
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ユンボク先生が思ったより活躍できなかったすまん