イプチュン達に熱い湯を用意してもらい、ゆっくりお風呂を堪能することにした。
お風呂と言っても、大きな桶に30センチにも満たない湯が張られているだけだが。
それだけでも十分だった。
今まで、どれだけ贅沢をしていたのか改めて感じる。
半身浴で長時間も浸かっていれば、汗を掻くぐらい体が温まってきた。
温まると、心も満たされたように感じる。
氷功とは、周囲を凍らせ、己も凍らせ、心も凍るのかと感じた。
凍ってしまうから、両親も彼を抱き締められなかったのかもしれない。
腫れ物に触れるような扱いを受けて来たのでは?
友達もいなかったのでは?
心が埋まらないのは、そういった要因では?
徳興君だって、己だけが大切という考えに至るまで、過去には様々な事があったのだろう。
と、勝手に彼等の過去を分析し、偉そうな事を言っているが、私は心理学に詳しいわけでもないし、医者でもなんでもない。
悪役にもそれぞれの壮絶な過去があり、結果、それが悪と呼ばれる道を歩む事になってしまっただけ。
という、サイドストーリーを妄想してしまう私の漫画脳からきているのだが。
「…… 手、」
もうすっかり温まった手を見詰めた。
チェ・ヨンの大きな手で握られた手。
武官として、剣を握り続け戦ってきた手は、皮が厚く骨ばった漢の手だった。
「ほっぺ」
頬も冷たいと両手で優しく挟まれ、困惑した。
彼の想いが伝わり、心がときめくとはこういう事かと、戸惑いつつも嬉しかった。
ドラマのウンスと彼のシーンを思い起こすと、胸がぐっと押されたようになり、手がジンジンと痺れる。
変な病気に罹ったのかと心配したが、【嫉妬】という単語にストンと落ち着いた。
彼女と同じ台詞を言われ、苛立ったのもそれなのかと納得する。
「恋とは、難しいものだな」
用意されていた衣を着て湯あみ場から出ると、イプチュンが布を持ち待っていた。
「ごめん。待たせちゃったね」
かなり長風呂をしていた気がするが、彼女は文句ひとつ漏らすことなく、いつものように濡れた髪を拭ってくれる。
お風呂はいい。
独りになれて、色々な事を考える場に良い。
「天仙、」
チェ・ヨンが部屋の外から声を掛けてきた。
「先程、王様から呼び出しがありました」
それ、早く言ってよ。
のんびりお風呂に入っている場合じゃないじゃん。
私は急いで支度を済ませると、彼と共に康安殿に向かった。
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二人の到着を告げると許可が下り、部屋に入りるとすぐに頭を下げた。
「此度は、」
「余の王妃を救ってくれ、感謝する」
御子を救えず申し訳ないと謝罪をしようとしたが、先に王が私の言葉を遮り、感謝を述べられる。
罵倒されるか、怒りをぶつけられる覚悟であったのに。
何故、感謝されるのか?
「い、いえ! …… 知っていながら間に合えず、お救いすることが出来ず、誠に申し訳ありません」
「我らの事を気遣い、チェ尚宮とチャン侍医だけに留めておいたと聞いた」
「私の判断ミス、…… 過ちです。なんなりと処罰を申し付けください」
知っていた罪。
救えなかった罪。
私を罰したところで、両陛下の心痛は消えないのに。
「なにを罰することがあるのか。そなたはいつも余と王妃を助けてくれている」
「そんな事はございません。それより、今は王妃様のお側にいてあげてください。王様が思っているより、王妃様は自責の念を抱えております」
「…… そうか、」
「はい。母親とは、そういうものです」
そういう友人を見たことがあったから。
子供に何かあれば、女は自分を責める。
お腹に子供が出来ると、女はすぐに母親になるから。
ドラマ通りではあるが、救えたかもしれない命。
でも、御子を救ったらその反動が何処に返ってくるのか恐ろしかったのも事実だ。
「…… では、手短にしよう」
どんな罰も受けようと心構えたが、王の口からは「詫びねばならぬ」と首を傾ける言葉が飛び出す。
「詫びる、とは?」
「ああ。…… あのような会議の場で、天仙の心を傷付けたのではと思うて、…… 貢女の件だ」
一瞬何のことを言っているのか呆けてしまったが、生娘事件だと思い立ち慌てた。
「あ、ああ! それは仕方がないことですので。え、ええ、別に、気にしていません」
貢女の条件が生娘ではないとダメだなんて、元国は処女厨かよ。
デリケートな部分を公でぶっちゃけられてショックではあるが、断事官に伝えなければならない事項だ、隠し通す事は出来ない。
「余が心苦しかったのだ、嘘を伝えたことに」
嘘を伝えた?
誰に?
「え、…… 嘘、ですか?」
「天仙はまだ、その、…… 徳興君の報告を受けた時に、経験がないと医仙から聞いたが、」
徳興君が皇宮で王代理として好き勝手していた頃の報告のこと?
私が記憶を無くしたり、徳興君と婚姻を結んだり、犯された事?
「…… 貢女として要求されたゆえ、嘘を、」
「待ってください」
王様に手を出して言葉を止めてしまう。
パニックに陥る。
「えっと、嘘? 徳興君にされたのに? 経験がない? 過去のことでなくて? え、嘘ですか? なら私は、…… え、ええ?」
どういうこと?
徳興君と、していないの?
奴も否定しなかったよ?
めっちゃ彼氏面していたし。
「違うのか?」
狼狽える私に、王様も困惑の色に染まる。
「王様。その事ですが、」
王と私の会話に、チェ・ヨンが入ってきた。
待って。邪魔しないで。
まだ私の中で解決できてないのに。
そんな私の視線などお構いなしに、チェ・ヨンは話を続けた。
「王様は、嘘を付いておりませぬ」
は?
何が嘘で何が真実なの?
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