116話 : 守りたい人(チャン侍医side) | 熱があるうちに

熱があるうちに

韓ドラ・シンイ-信義-の創作妄想小説(オリジナルキャラクターがヒロイン)を取り扱っています
必ず注意書きをお読みください
*ヨンとウンスのお話ではありません

 

典医寺の私室に、チェ・ヨン隊長が暗い表情を隠そうともせず現れ、椅子に腰かけたと思ったら頭を垂れ、言葉を発することもせず無言のまま彼是 半刻が過ぎました。

私も解毒薬の完成を急がねばならぬので放っておきましたが、チェ尚宮が来訪したからには放置というわけにはいきません。

茶でも準備しますか。


「ヨン。何だ、その面(つら)は」

「突然、何だとは何だ」

「だから何だ、と聞いておる」

「だから、何だ?」


「………… どうぞ」


叔母と甥の、少し子供のような会話が始まったので、茶を出して止める。

隊長は使臣の条件内容を聞く事と暇(いとま)の許可をいただくため戻ってきましたが、ソラ殿は「王様には会えないかも」と言っておられたが、その通りでした。
しかし、会えなかったから塞ぎ込んでいるわけではなさそうで、おそらくソラ殿に関りがある気がします。


「王は、二人を連れて逃げろと仰せだ」


尚宮は、王が天仙と医仙の引き渡しを決断した、と続ける。


「天仙は既に手裏房に滞在している。医仙も先程、チュモとそちらへ向かわせた」

「早いな。…… 天仙の先見か」

「…… ああ」

「ならば、王命が下る前に発ったことにせねば、背いたことになる。早く逃げろ」

「…………」


考え込んでいるのか、隊長は口を結び険しい顔をしたまま、また俯きました。

私は、引き渡された後の話を尋ねてみます。


「チェ尚宮、天仙と医仙は引き渡されたらどうなるのでしょうか?」

「…… 二人は国を騒がせた妖魔として処罰される。医仙は公開処刑、天仙は元国へ貢女として贈られることになった」


ソラ殿は、条件の内容までは仰らなかった理由が分かりました。

隊長は拳を強く握り、静かに怒りを抑えているようです。

それは言わなかった彼女にですか?
医仙を処刑し、彼女を欲する元国に対してですか?


「妖魔とするならば医仙と同じ処刑ではなく、なにゆえ、天仙は貢女となるのでしょう。お力を欲しているのでしょうか?」

「そうだろうな。妖魔だとて、天眼通を持っておる女人は貴重だろう」


いえ。それだけではないと思われます。
ソラ殿は、使臣と徳興君は繋がっていると助言くださいました。


「いや。内功の力を欲しているのだろ」


隊長も気づき、二人の繋がりにより、欲している理由が分かったようです。


「内功の? …… まさか、断事官が例の話を知り、信じたというのか?」


【内功の始祖】の交合により授けられると、徳興君から使臣の耳に入っているのなら、貢女として献上しろと言うのも頷けます。

耐えきれぬと隊長は勢いよく立ち上がり戸に手を掛けますが、立ち止まり、踵を返し再び椅子に座りました。


「何をしておる」

「…… 天仙から、王妃を守護しろと言われた」

「何かあるのか?」


先程から隊長が苛ついている意を漸く理解しました。

ソラ殿から、そう命じられては隊長も従うしかなかったようです。


「ソラ殿はこう仰りました。── 数日後、王妃宛に書簡が届き、王妃様は使臣からと信じ、普済(ポジェ)寺へ向かい、姿を消す。しかしそれは罠で、拉致され監禁される、と」

「なんと!? 何故、王や王妃に言わぬ!」

「お怒りはご尤もですが、ソラ殿の先見は確実ではありません。お二人に報告し、不安を煽ってはいけない、苦しめてはいけないと、」

「それは、…… しかし、」

「王妃様の体調に気を付けて欲しいと。精神が不安定では、体に障るのでと気にしておられました」


これから朝晩、冷え込んできます。
王妃は、体調を崩すのかもしれません。


「私達で、秘密裏に王妃様の拉致を阻止しなければなりません」

「誰がそのような事を、…… 徳成府院君か。いや、奴はそんな回りくどいやり方はせんな。…… あやつか」

「はい、徳興君です」


そんな大それた事を起こそうとする者は、ただ一人。
王座を狙うあの者だ。

チェ尚宮は大きく溜息を吐いて、天を仰いだ。
捕らえられない相手、私達が手を下せる相手ではないと嘆いておいでです。


「お前はどうする」


まさか徳興君を捕獲しようとは思うなよ。

と、釘を刺す尚宮に、隊長は握っていた剣を床にドンと打ち付けて「わかっている」と言い放つ。

尋問すら王に止められたので、捕獲などもってのほかです。


「王妃が寺へ赴くまで、俺は皇宮を出た事にして、暫く身を隠せと ……」


ソラ殿に言われ納得はせずとも、彼女の意図を汲んで此処に留まっているのですね。

自分より王妃を。

彼女らしい発言ですが、納得できません。


「そうか。ならば頼んだ、」

「お待ちください」


私は叔母と甥の間に割って入る。

尚宮として王妃が一番だということは承知です。

ですが、私達にとって一番は、


「チェ隊長。貴方は、手裏房へ向かいソラ殿と医仙の守護をお願いします」


私の発言に二人はぽかんと呆けています。


「こんな状態の隊長に、王妃様の護衛が勤まるとは思えません。王妃様の方は、私とチェ尚宮で対処致しましょう」

「こんなだと」


隊長は立ち上がり睨んできますが、覇気がありません。


「此処に来てから、幾度溜息を付いたと思いますか。そのような状態では、守られる王妃様が不憫です」


反論できずに佇む隊長。
もう少しですかね。


「貴方が行かぬなら、私がソラ殿達の護衛に向かいますが?」

「お前 ……」


本当なら自らソラ殿を守りたい。

ですが、私は典医寺の侍医。
此処から動くことが出来ぬ身。

貴方に託すしかありません。


「あ、ああ。そうだな。心ここにあらずの甥など役に立たぬであろう。さっさと行け」


ソラ殿の怒りをかってでも、彼女を守りたいのなら側にいるべきです。

そう瞳に込めれば、隊長も意を決した瞳を私達に向けました。


「私物を処分したら発つ。あとは頼む」


もう皇宮には戻らない覚悟ですね。

ソラ殿と逃亡の道を行くとなれば、もう此処には戻れないでしょう。
近衛隊長が皇宮を離れ女人達を守護するということは、そういうこと。

王と部下を捨てる事になる。
その事を彼女は知っていて、此方に留めたかったのですね。

隊長は剣を握りしめ、人目に付かないよう裏手から去っていった。


「では、王妃様の体調や不審な動きがあれば、ご報告を宜しくお願いします」


尚宮も周囲に気を配りながら去っていく。


「…… ソラ殿」


扇子を開くと、チンダルレの花が描かれています。

貴女のような花。

これを選ばれた時は、私の想いを読まれたのかと焦りました。


「この子がいいです。この子ならチャン侍医を守ってくれます」


そう言われた時、私は「貴女に守られるのではなく、守りたいのです」と願い出たかった。

しかし、貴女の言葉の意味が、今なら分かります。

扇子が私を守るとは、可笑しな表現だと感じたのです。

もしかしたら、私がこの扇子を使い戦う事を知っていたのですね。

無意識ながらにも、このチンダルレの扇子を選ばれた。

貴女が側にいるようで、心強いです。


この命の代えてでも、王妃様をお守り致しますゆえ、


貴女はどうか、捕まることなく逃げ果せてください。