130話 : やましい事はしていない | 熱があるうちに

熱があるうちに

韓ドラ・シンイ-信義-の創作妄想小説(オリジナルキャラクターがヒロイン)を取り扱っています
必ず注意書きをお読みください
*ヨンとウンスのお話ではありません

 

チャン侍医に強引に血を飲ませるには、この方法がいいと思ったんだ。

発熱の所為だとしておこう。
熱は引いてるけど。

あの暗号に書かれた【ちゃん、し】。
彼の死は避けたい。

このまま傷が悪化する可能性もあるし、今後の典医寺襲撃事件がある。
だから早期回復を望んだのだ。

なのに ──

ごくんと、彼の喉が動く音がした。
飲んでくれたと安心したが、まだ飲み足りないのか、彼の唇は私の口の横から離れない。


「…… むうっ、」


思い起こせば、物凄く申し訳ない事をしていたわ私。

口角だとしても、口付けに近いことをしてる。
ある意味、キスだな。

いや、違う。
口の隅っこだから。

チャン侍医に、好きな人とかいたら本当にごめんなさい。
こんな私の唇をぶつけてごめん!

でも、口角だから!


「…… ふぁ?」


私が覆いかぶさっていたのに、気が付くと逆転していた。

背中に敷き布団の柔らかさを感じ、彼の顔の奥には天井が見える。


「…… ちょっ、…… ぁ、んっ、……」


この貪られるような行為は、チェ・ヨンの時にも感じた恐怖。
あの冷静で優しいチャン侍医が。


「…… ふっ、…… はぁ、…… まっ、」


待って。

彼の舌が、口角以外の唇を這う。


「…… ぅ、ん、…… 」


血を吸っては舐めて、時々漏れる吐息がエロい。
舌と唇の動きがエロいやばい。

もうエロいしか出てこない。
語彙力を失うとはこのこと。

何なのこれ!?
少ししか飲めないから足りないの?

でも、もういいよね?
退きたいが、顔を背けないように顎を捕まれている。


「……ちゃっ、…… ぅ、……」


チャン侍医!

怪我とは反対の肩をバシバシ叩く。
駄目だ。止めてくれない。

仕方ない、ごめんね!

怪我の肩を、強くぎゅっと掴んだ。


「ぐっ!」


呻き声を上げて肩を庇い、私から離れたチャン侍医。


「ごめんなさい! ………… 大丈夫、です、か?」 


恐る恐る声を掛ける。
正気に戻っているだろうか、と顔を覗き込む。


「…… ぁ、………… ソラ、殿」

「チャン侍医?」

「…… あ、ああ。何という事を、失礼しました」

「私の方から強制的に飲ませてしまったので。すみません」


慌てて私から退いて、身なりを整える。
いつもの彼に戻ったようだ。
ほっと安堵する。


「あ、今のはキス、じゃない、口付けにカウント、えっと、数に含まれまされませんから。安心してください」

「…… 口付け、」

「今のは違います。治療です。ですが、想い人がいらしたら、本当にごめんなさい」


深くお辞儀する。
だから、とても複雑な表情をしていたチャン侍医に気付かなかった。

切った唇を舌で探ると、まだ血が滲んでいるようだ。
地味に痛い。
ペロリと舌で舐め取る。


「……っ、」


息を飲む音がして、出所のチャン侍医を見遣ると、何故か視線を逸らされた。


「こ、このような事は、何度か試されたのですか?」

「初めてですけど ……」

「強引に、く、ゴホン …… 唇から、血を与える事はお止めください」

「…… 指先ならいいですか?」

「もう二度と今回のような方法を行わないと、約束していただけるのなら」

「誓いま~す」


真剣味が薄い返事に、チャン侍医は呆れている。
自分でもまさか、こんな大胆な事をしでかすとは思いもしなかったよ。


「唇を切るなど、…… 腫れますよ」

「だって、血はいらないって言うから、ついカッときて、…… っ!」


切れた状態を診察し、布で血を拭ってくれた。
間抜けな私は喋って痛みが走る。


「…… もう、あまり口を動かさずに、」

「ん、」


閉口したまま返事をすると、彼の指がそっと切れた唇の側に触れた。
視線は私の唇に注がれ、徐々に覗き込むように顔が近づいてくる。

まだ診察中?


「……あ、」


この部屋に近づいている気配を察知する。
私の声に止まるチャン侍医。

どうしたのかと私に声を掛けようとしていた彼が漸く気配に気付くと、部屋の前で声が掛かった。


「侍医。いるか」


チェ・ヨンだ。


「…… チェ隊長? どうされました?」


私を横目に、チャン侍医は書斎の方へ行く。

彼の部屋は、寝室と書斎の二間続きで、その間に一枚の衝立が置いてあるのみであった。

私は奥の寝室から動けない。

逃げ道はない。
いや、なぜ逃げる?
やましい事はしていないぞ。


「天仙がチュソクに担がれ典医寺に駆け込まれたと聞いたが、何処にも姿がない。どういうことだ」


チェ・ヨンが肩で息をしながら口早に放つ。
四方八方、私を探していたのか。


「…… そもそもソラ殿は何故、チュソクと共に戻られたのですか?」

「それは俺が聞きたい」

「そうですか。…… では、ご説明いただけますか? ソラ殿」

「何?」


は?

此処に居る事を言っちゃう?

チャン侍医が衝立に視線を移すと、チェ・ヨンもそれを追う。
見付かるのは時間の問題かと、意を決し衝立からおずおずと顔だけ出す。


「…… お、お疲れ様です。ウンスさん達も一緒に、」


戻ったよね?

とまで言わせてくれず、チェ・ヨンは鬼の形相で衝立を勢いよく横に退かす。

隠れる場所がなくなり、彼と対峙する形になる。


「共に戻りました」


彼が私の背後の寝台に視線を移し、そして再び肩を竦めている私に戻す。
怖い。怒気が凄まじい。


「此処で、何を?」


地を這うような低い声に、震えながら説明した。


「あ、貴方が戻ることを許可してくれないから、あのままだと剣客にチュモくんが殺されてたかもしれないから、私、一人なら連行出来るよって、囮(おとり)のようにして皆から離れさせたの。丁度、皇宮に向かっていたチュソクさん達が運良く私を見付けて剣客から助けてくれて、戻ったら王妃様は誘拐された後で。その際、チェ尚宮達が賊に襲われ負傷されてて。チャン侍医も。だからここで看病をしてたの」


一気に話す。
息切れするわ。


口角が痛いが、そんな素振りなど見せられない。

チェ・ヨンは私の言葉が真実か確かめる為、チャン侍医に視線を投げる。
彼は軽く頷いた。


「どれだけ我らが、気を揉んだと!!」

「…… すみません」

怒鳴られるのは想定内。
ウンス達にも謝罪しないと。


「私も、道中で体調を崩したから、チュソク達と共に戻ったとばかり思っておりましたのに。…… 囮、ですか?」

「ええぇぇ ……」


なぜチャン侍医まで怒っているの?
普段が緩やかな声だから、後半の部分の声の低さが尋常じゃない怖い。

長身の二人からの威圧、胃がきゅっとなるわ。


「あ、あの場は、ああするしかなくて、…… 今度は、ちゃんと相談します」

「貴女の相談は一方的すぎます」

「…… ご自分の考えを話し、相手の考えもしっかりと聞いてください」

「反省」


反省だけなら猿にも出来るとか昔、何処かで見た気がする。

二つ分の大きな溜息が、上から重く圧し掛かってきた気がした。