穴と橋とあれやらこれやら -33ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

【1】より続く。

 

 

大塔線1号橋と髙倉神社を後にして進軍再開…したものの、すぐに停車。

 

200mも進まないうちに、

次なる橋が登場した。脱線しまくりですやん。場所はこのへん

 

 

 

 

記事を書くにあたり、何の気なしにストビューを見てみたら…

あららら。欄干が更新されちゃってるわ。

 

まあ長寿命化のため必要なこととはいえ、ワビサビ方面からは大きく魅力減退といわざるを得ないな~。

 

 

 

 

はい、当時に戻りまして、

唯一のサイド気味アングル。

 

 

 

 

見てのとおり、

ほぼ桟橋といっていい。

 

けど厳密にはこれも谷なんだと思う。その証拠が見えてるのがわかるだろうか?

 

 

 

 

はい、これ。

ささやかながらもしっかりと、滝~。

 

こういう立地だとたまに出会う、滝の前にある橋。これ好きなんだな~。記事にしてる中だと、これしか思い出せないが…。

 

この滝、お名前はあるのかな?あとこういうのって、斜瀑っていう分類でいいのだろうか。こんだけ急だとナメ滝とはいわんよね。

 

 

 

 

振り返り。

相変わらず行儀悪い停め方してますが、

 

 

 

 

来たらすぐ戻れるし。

まあ誰も来んでしょ~。

 

 

 

 

うーむ、それにしても。

この欄干が失われたのは残念だなあ。

 

 

 

 

現場でのわたくし、

この苔生した欄干がけっこう気に入ったようで、

 

 

 

 

まあまあ執拗に撮ってた。

…でもまあ、この傷み具合じゃ更新されても仕方ないわな。

 

 

 

 

渡りきって振り返り。

いいねぇ~。

 

すでにお察しかと思うが、どの親柱にも文字情報は見られなかった。Q地図様で名称はわかったものの、お誕生日は「不明」と。まあ、しょうがないですな。

 

では、進軍再開しよう。時刻は8時50分。

 

 

 

来月の【3】に続く。

 

 

2015年10月18日、M I H探索を決行した日。この日のネタで他に記事にしているのは白川橋ウノス橋岩屋谷橋、あとこれこれ。今宵ご紹介するのは、お昼前に訪ねた物件。

 

 

いきなり、ドン。

場所はこのへん。天下に名高い酷道425号にある。これは西側坑口。

 

 

 

 

お名前は、

トボトトンネル。

 

そういえば、これで上北山村と下北山村に遍在するカタカナトンネル四つのうち三つを記事にしたことになるな。すなわち下北山村のここトボトトンネルとカナウナギトンネル、上北山村のサンギリトンネルと、残る一つがオソゴエトンネルだが、これはろくな写真がないので、撮り直さないと記事化は難しいかな。

 

それにしても…カナウナギトンネルもそうだったんだが、ゴシック体の扁額って珍しいよなあ。つうか、カタカナだからこそか。

 

 

 

 

洞内は、こんな感じ。

んーまあ、面白くはないよね。

 

 

 

 

そのクセの強いお名前と、

「あの」R425にあるってことがウリですかね~。こんな停め方してたって一切問題なしだし。車なんて通りやしない。

 

 

 

 

抜けまして、

東側(尾鷲側)坑口。こちらはオリジナルのままっぽい。

 

 

 

 

扁額もオリジナル。

「昭和38年11月30日」。

 

 

 

 

ポータル脇に設置されていた、落石注意看板。

実際、数十kmにわたって人跡もまれなド山中だ。

 

 

 

 

最後にちょい引きで。

頻繁に通行止めになるこの区間、行く方はよく調べてから行ってくださいな。

 

 

 

以上。

 

 

4月4日の0時30分にプレミアム公開された、BAND-MAIDの新曲”Ready to Rock”。当然リアタイでカウントダウン視聴したのだが、いやいやいやいや。これがもう、完全にブッ飛ばされた。

 

 

 

事前にリリースされていたティザー動画を見て(いい意味で)覚悟はしてたのだが、そんな覚悟じゃ足りんかった~!演奏が始まって10秒以内になぎ倒されること間違いなし!な、常軌を逸したみんちょ(ギター)とAKANE(ドラム)のバトル。いや、バトルというよりは、なんだろうな…。達人同士の組手のようなというか、圧倒的な「豪の者」同士のがっぷり四つ感というか。

 

それにしても、暴れまくりでブッちぎれまくりなギターワークと狂おしくも美しいクロマチックなリフの数々。しばらくぶりに、みんちょの狂気を垣間見たように思う。そのプレイもさることながら、コントロールされた混沌とでも言うべき楽曲の完成度よ。1月リリースの前””Zen”から矢継ぎ早ながらも、またまたやってくれた。汲めども尽きぬその才能、このお嬢さん、正真正銘の天才作曲家ですわ。。

 

そしてみんちょとAKANEだけでなく、今回も5人全員が輝いている。ほんとに稀有なバンドだ。小鳩ミクに至ってはついに今回、短いながらもソロがあるし、胸アツだ~。

 

 

 

それで。

 

前回“Shambles”のライヴMVを見てあまりのカッコよさにちびりそうになったわたくし、ソッコーで6月21日の大阪公演の抽選に申し込んだわけだが、無念の落選。

あきらめないわたくし、今度は前日20日公演の抽選に参加、

今度はめでたく当選し、ホッと一息。お金も支払って、後はチケット引き換えまでに目が治るといいんだが…。まあ治ってなくても行くけどな!

 

 

このバンドにリアルタイムで並走していけること、この上なく嬉しい。

 

 

 

2012年6月2日、「亀の瀬地すべり見学会」のために訪れた大阪府柏原市。この日のネタで他に記事にしているのは、上市北架道橋築留二番樋。今宵ご紹介するのは、見学会会場へ向かう途中の脱線物件。

 

 

いきなり、ドン。

まさにいきなりすぎて、何がナンだか?な写真…なんだが、穴の上、白飛びしているところにガードレールが見えるだろうか?あそこが道路である。場所はだいたいこのへん

 

 

 

 

ぜんぜん状況がわかる写真を撮ってなかったので、ストビュー画像を貼っておこう。

目前、右側が件のガードレール、という位置関係である。

 

 

 

 

つまり、上の写真右側路外の崖からの見上げアングルだった、ということ。

伝わってる?

 

地図を見ればわかるように、すぐ横にはJR大和路線(関西本線)が走っている。実はこの上の道路、関西本線の旧線跡で…

 

 

 

 

と、思ってたんだけども。

もしかしたら、違う?

 

 

 

 

というのもこの道、龍田道と呼ばれる古道の一部(時代によっていくつかのルートがあるらしく)だということで、もしかしたら最初から道路橋梁として建造された可能性もあるんじゃないかと。

 

 

 

 

改めて観察。

鉄道橋梁ではかなり珍しいように思える、欠円アーチ。これもまた、出自が鉄道由来じゃないような、という推測を後押しするような、しないような。ちなみに巻厚は三層。

 

 

 

 

立地が立地なので、内部への進入はよじ登る感じになるが、

首尾よく中へ。

 

 

 

 

アーチ部はすべて煉瓦だが、

途中から側壁が補修された痕跡が残る。

 

 

 

 

アーチ部の煉瓦目地、お世辞にもきれいとは言えない。

けっこう施工が雑に見えるな…。これもちょっとなあ…。

 

ちなみにこれ、欠円アーチの中でもかなり扁平な部類に入ると思う。これで活荷重の極めて大きい鉄道路盤を支えるにじゅうぶんなものか?これまた道路由来説を補強するような、しないような。

 

 

 

 

抜けて振り返り。

かなり汚れたご面相だが、こちらでは巻厚が四層に増えているようだ。

 

 

 

 

まあ、現場では何の疑問もなく、

心穏やかに?撤収~。

 

なんかここでこっぴどくアタマをぶつけた記憶があるんだが、気のせいかなあ。気がするだけで具体的記憶が一切ないんだけども。

 

 

 

 

外におわすは、

見学会に先がけてすでに合流していた、よとと隊長とピカさん、往年の名コンビ。たしかお二人はすでに探索済みで、合流したわたくしを改めて案内してくださった、ような流れだったかと…。

 

 

 

前述のように、この道が古道であることは後に知ったことで、当日は完全に鉄道橋梁として見ていたし、今もどちらとも確証がない…けど、どうも自分の中では道路由来くさいぞ、の印象が強いので、思い切って「道路橋梁」テーマに入れてみる。ちなみに、愛と信頼の全国Q地図様には、この橋梁は掲載されていない。

 

 

まあ拙ブログ得意の、謎は謎のままパターンでございます。

 

 

 

以上。

 

 

 

2011年1月9日、志摩半島方面探索。この日のネタで記事にしているのは、新二見隧道&二見隧道城山トンネル(Q地図様により名称判明)、黒崎トンネル旧廃道迫間隧道アリカタ バス停変な廃車(?)。今宵ご紹介するのは、午後早くに通りすがった橋。

 

 

この頃のわたくしはまだまだ穴メインで、橋に関しては通りすがりにいいのがあったら停まる、みたいな感じで、橋をターゲットに動くことはほぼなかった。

 

 

そんなわたくしだったが、

この橋は一発でビビビときたので、すぐさま停止。現在地はこちら

 

この道路は、三重県道721号度会南勢線。わたくし度会町側から鴻坂峠を越えてきたところだが、なかなかの険道だった。ストビューを見る限りではおそらく現在もその「険っぷり」を維持しているはずなので、険道好きでまだ走ったことない方はぜひどうぞ。

 

 

 

 

右側の親柱にはお名前。

「やまかみはし」。

 

スッキリとしつつも意匠が凝らされていて、好きな感じのデザイン。いいね!

 

 

 

 

左側の親柱はお誕生日で、

「昭和八年三月」。まだ続きがあるかもしれないが、埋没して見えない。

 

 

 

 

で、当時のわたくしは今のように「橋上から望む~」系の写真など一切撮ってなく、

渡って反対側より。

 

 

 

 

こちらは漢字での橋名、

「山神橋」。しかし読み取りにくいなあ…。

 

 

 

 

先ほどとは違った字体で

「昭和八年三月架換」。あ、架換だったのか。

 

 

 

 

もう少し引きますと、

橋名の元となったであろう「山の神」様…でも写真なし。まああっさりしたもんだったなあ、当時は…。

 

 

ここ以外にもいくつか同名の橋を記録してるが、わたくしが本物の「山神さん」にお会いするのは、もっとずっと後のことだった…(笑)。

 

 

 

 以上。