深江隧道 (大分県臼杵市深江) | 穴と橋とあれやらこれやら

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初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

久方ぶりに、マトモ?な記事を。2023年7月8日、11年ぶりの大分探索第1日目、その中盤に訪ねた隧道をご紹介いたします。およそ1ヶ月ぶりの隧道記事であります。

 

 

 

まずはこれ。

ここは大分県道707号大泊浜徳浦線、深江地内。先にトンネルが見えて、その手前にわかりやすい新旧道分岐が。現在地こちら。

 

 

 

 

 

さっそく旧道に進入…したが、まず現トンネルを見ておこう。

まあ、全然面白くはないわな(笑)。

 

 

 

 

 

お名前は、

深浦トンネル。なんともいえない味のある字体やな…。

 

 

 

 

 

銘板によれば、

2018年3月の完成ということで。

 

 

 

 

 

このように旧道も塞がれていないし、

往来があるってことだろう…なんて思いながら車を進めると、

 

 

 

 

 

もう、すぐに!

見えた~。

 

わかりやすく坂のてっぺんに開口する、いかにも旧道の隧道然とした佇まいがいい~。

 

 

 

 

 

隧道前まではゆうに二車線幅が確保されているが、

隧道に向けてギュッと絞られてゆく、いわゆるひとつのボトルネック。この野面積み擁壁もイイね~。

 

 

 

 

 

絞られた先に、

なんだかオーラをまとうコンクリポータル。要塞の出入口みたいな。

 

 

 

 

 

以前はむき出しの岩盤だったんだろうが、

モルタルで固められている。

 

スパンドレル部には何か(交通看板とか?)を掲げていたとおぼしきボルトやベースが残っているが、モルタルのポータルへの被さり具合から見て、看板を外してモルタル覆工したような印象を受ける。実際知らんけど。

 

 

ところで、交通看板どころか、意外なことに扁額も掲げられていない。現トンネルの名称から考えれば当然「深浦隧道」かと思いきや、実際には「深江隧道」だそうだ。そもそも現地の地名は確かに深江であり、なら逆に深浦ってどっから来たんだ?ってなもんだが、東側の小字?が柿ノ浦ということで、双方から一字ずつ採ったってことなのかも。

 

 

 

 

 

ちなみに深江隧道、

Q地図によれば完成は1953(昭和28)年、

 

 

 

 

 

延長は186.8mとのこと。

何かもっと長く見えるが、狭いからかな。

 

なぜか一部の照明のみオレンジ色のナトリウム灯が残されており、ささやかなアクセントに。いいね。

 

 

 

 

 

では、

反対側に抜けよう。

 

 

 

 

 

真ん中よりも東側(柿ノ浦側)には、

一部、コンクリで巻き立てられた部分も。崩れたことがあるのかな?

 

 

 

 

 

抜けまして、東側ポータルに正対。

さっきは触れなかったが、こちらもポータルのおでこから3.6mの高さ制限看板が吊り下げられている。で、扁額はやっぱりなし。

 

 

 

 

 

こっちでいろいろ観察していたら、

おばあちゃんが乗った原付が隧道を抜けてきた。

 

ここを下ってすぐに集落があるようだし、やはりまだまだ普段使いされてるんだ、となぜか嬉しかった。

 

しかし、イナカ名物ですなあ。ノーヘルのおばあちゃんが乗る、時速15kmくらいの原チャリ(笑)。

 

 

 

 

 

廃隧道って好きだけど、

やっぱり、現役の隧道であるに越したことないね。

 

 

 

 

 

以上。