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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

いいネタを思い出したよ。

 

 

ここって、なんで業界的にマイナーなんだろか?なかなか面白いのに。

 

 

あ、また無駄にハードル上げてしもうた。

 

 

 

【1】に続く。

 

 

2018年2月10日、紀伊半島外道道中。この日のネタで記事にしているのは、土場隧道西谷橋峠の番人栗山橋わんだいらバス停和歌山県道r224佐本深谷三尾川線の未成道熊野大橋

 

 

今宵ご紹介するのは、時系列では栗山橋の1時間半後に訪ねた物件。

 

 

県別マップルに載ってた小さな隧道表記を目指して県道を外れたのだったが、

なかなか心温まる道(笑)。これを走ること約10分。

 

 

 

 

 

 

現われました、

なかなかワイルドな雰囲気をまとう、コンクリート隧道。場所コチラ

 

カーブして進入する悪線形のため、ファーストコンタクトはこんな感じで、

 

 

 

 

 

 

 

正対すると、こう。

カーブして進入というよりも、カーブの途中に隧道があるって感じですな。

 

 

 

 

 

 

 

まずはお約束の、

鉄板の構図。間違いなし。

 

 

 

 

 

 

洞内もすべて

コンクリ覆工。ここだけ見ると、そんなに古くもなさそうに見える。比較的近年に補修されたのかな?

 

 

 

 

 

 

 

奥側(東側)の鉄板の構図。

見てもらえばわかるように、隧道前と言えど退避スペースなんてものはない。なかなかにスパルタンですな。

 

 

 

 

 

 

奥側(東側)坑口は、

こんな感じ。なぜか奥地側にのみ高さ制限標識が。なんでやねん(笑)。

 

 

現地には扁額も銘板もなく、情報ナッシン。帰ってから調べてみたところ「白洞隧道(シラボラズイドウ)」と判明した。「平成16年度道路施設現況調査」によるスペックは、昭和22年建造、延長30m、幅員3.4m、有効高3.5m。思ったより古かったな。

 

つうわけで…誰も覚えてないと思うけど、以前この記事で名称不詳の隧道を「シラボラズイドウ」と暫定的に呼んでたのだが、真の「シラボラズイドウ」はこいつだった。じゃあ…樫山小匠林道のあの隧道は?謎が残ったままですな…。

 

 

 

 

 

 

ここまで見届けて、

戻る…。

 

 

 

 

 

 

この通り、

絶妙に離合できない幅員の道なんですなあ。

 

あんなとこにノートさんを放置してたけど、幸いというかなんというか、まったく往来はない。来たらどこでどうやり過ごすんだか(笑)。

 

 

 

 

 

 

さて、改めて

ノートさんで通り抜け。

 

 

 

 

 

 

 

この先…

どこで転回してきたかは覚えてない(笑)。

 

 

 

 

 

 

幸い、

県道復帰まで対向車は一切来なかった。

 

こういう林道の古びた隧道もまた、好きなんだな~。道中のドキドキ(笑)もコミで楽しめた。

 

 

 

 

以上。

 

 

 

2018年4月12日、仕事で訪れた西宮北口周辺で出会った橋をご紹介。

 

 

 

 

学生時代以来30年以上ぶりのニシキタだが、思ったほど変わってはいなかった。駅は全然見違えたけども。

 

そんな中で、思えばこんな橋あったな~的な。

当然その頃には興味など皆無だったので、注意を払ったことなかったけど、いかにも昭和中期なビジュアル。場所はコチラ。東側より撮っている。

 

 

 

 

 

 

 

四角四面で無愛想な親柱。

けどそれなりに立派だ。

 

 

 

 

 

お名前は、

「こおふうばし」。

 

知らなきゃ、一体どういう漢字なんだろう?と悩むとこだが、ニシキタの北西(って思えば不思議な表現やな)一帯を甲風園と呼ぶことを知っていたわたくし、あっさりと脳内変換できた。

 

 

 

 

 

 

 

左側の親柱にあったお誕生日は、

昭和廿八年九月架。昭和ミドルでも少し年長組だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

下流側からのサイドアングル。

ちなみに川の名前は、津門(つと)川という。

 

 

 

 

 

 

 

 

で、コチラ西側より。

シンプルだが決して貧粗ではない、どこか品のある佇まい。

 

甲風園といえばもともと高級住宅街として阪急が開発したはずだから、それなりの橋が架けられたのだろうか。もっとも、開発されたのは昭和初期ごろらしいので、この橋よりも先代の橋があったはずだが。

 

 

 

 

 

 

で、漢字のお名前。

やはり「甲風橋」で正解だった。

 

 

 

 

 

 

 

最後にコチラ、

上流側より。

 

 

西宮にも、地味にいい感じの橋があるんだなあ。一度ゆっくりと歩いて見たいと思った。…まだやれてないけど(笑)。

 

 

 

 

以上。

 

「リアクション動画で楽しむ」シリーズ、ただでさえ需要がないのに、お構いなしにBABYMETALもやっちゃうぞ(笑)。

 

その第一弾は、2016年の2ndアルバム「METAL RESISTANCE」収録の“Tales of the Destinies”。わたくしBABYMETALの楽曲はその8割が名曲(残りの2割は佳曲)だと思ってるのだが、その中でもこの曲は常にお気に入りリストベスト5には入ってる。

 

 

 

初めて聴いた時の衝撃は凄まじかった。ここまでヤルのか!?って。これは完全にアレだ。プログレ・メタルだ。

例えるならば、ジェットコースター。あるいは変化に富んだ激流下り。聴くほどに翻弄・幻惑・魅了される。そう、わたくしみたいな素人でも、めちゃくちゃ複雑な難曲であることは理解できるんだが、でありつつもやっぱり悪魔的にキャッチーなんだなあ。たまらんなあ(笑)。

 

 

 

まずはアルバム音源で。

YouTubeに公式のアルバム音源もあるのだが、たぶんブログに貼ったらブロックされそうなんで、こちらのやつで。背景画像はあるけど動きません(笑)。

 

 


 

このアルバム音源へのリアクションで特に好きなのがこれ。Trash Talkersさんのやつ。個人的に、今もっとも「何をしゃべってるのか知りたい」リアクターである。彼ら、チャラチャラしてるようでいて、かなりしっかり聴いて熱く語ってる。そんな様子を見てると、「あ~、何て言ってんだろう」って。

わたくしアタマから見て楽しんでるが、飛ばしたい方は4分21秒からリアクションスタート。2人の様子を見てるだけで楽しめる。めっちゃハマってるやん(笑)。曲の後半とか、正にジェットコースターに揺られてる乗客みたいになってる。どんだけ~!と言いながらも笑いが止まらない、的な。

 

彼ら、毎週月曜日を「BABYMETAL MONDAY」と銘打って、いろんな曲にリアクトしてきてるが、これまででも屈指のリアクションだと思うな~。最高。

 

 

 

 

 

 

この曲がライヴで披露されたのはたった一度、2016年9月の東京ドーム公演のみ。その様子は公式の映像作品としてリリースされてるし、以前YouTubeでも期間限定で公開してくれたのでその際にわたくしも見られたが、まあ凄まじかった。

 

 

実は、先日発売された「別冊カドカワ~総力特集BABYMETAL」でのインタビューで、最初で(今のところ)最後となっているこの曲のパフォーマンスについて、姫たちが興味深い想い出を語っていた。

 

Su-METAL

「(前略)『これは本当に披露できるのかな?』と思いながら、かなり練習を重ねた上でライヴに臨んだんです。そうしたら、私…これは今だから言えるんですけど、この曲が始まって10秒くらいで音を見失ったんですよ。それで1番の間は、ほぼずっと音を見失った状態でライヴをしていて。それが凄く悔しかったんです。

相当難易度が高いので、今すぐ披露できるかと言われたら、それもわからないです。失敗する可能性が高いから披露するのが怖いって思う反面、いまだに悔しくて、リベンジしたいっていう想いもある曲ですね。」(「別冊カドカワ」P87)

 

MOAMETAL

「あれは今思い出しても笑っちゃいます(笑)。面白いなって思いながら踊っているんですよ。途中で拍子や曲調が変わるし、自分が正しいリズムをとれているのか、踊りながらも正解がわからなくなるんです。リハーサルスタジオだと狭いのでまだ理解できるんですけど、それが東京ドームのレベルになると音の跳ね返りがすごくて。自分が何を聴いていて、みんなが何に合わせて踊っているのかわからなくなりましたね。身体に叩き込むしかなくて、もう練習あるのみです。(後略)」(同P92)

 

 

…という感じで、姫たちにとっても相当な難曲であったことが伝わってくる。

 

 

 

 

で、せっかくなんで(笑)、それが「かいま見」られるリアクション動画も。It Reatsさんのやつで。

リアクト元の動画はもちろん公式なものでなく、ファンカムを交えたファンメイドのもの。しかし、今YouTubeでこの曲のライヴ映像を観ようと思えば、この動画で「かいま見る」しかない。

 

 

先のインタビューでのコメントを踏まえてこのパフォーマンスを見ると…とても音やリズムを見失ってるようには見えない。難しい、大変だと言いながらも、全くそれを感じさせないレベルで歌い踊る姫たちが凄けりゃ、この難曲でさらっとアルバム音源再現を超えるプレイをする神バンドも凄い。ステージの上の全員、バケモノだ。

 

 

それにしても、インタビューを読んでいると、アーティストというよりはアスリート…たとえばフィギュアスケートとか体操とか、演技を披露するアスリートに近いメンタリティを感じる。己との戦いに明け暮れるストイックさと、その成果を披露する張りつめたテンション。いわゆる普通のバンド、アーティストには有り得ないその特質が、何ともいえずユニークだ。

 

 

 

 

ニッポンが世界に誇るバケモノ、BABYMETAL。追いかけるのに、遅すぎるなんてことはないぞよ?(笑)

 

 

2010年9月14日、初めての鎌倉探索。この日のネタで記事にしているのは、序盤の住吉隧道、中盤の巨福呂坂送水管路隧道と巨福呂坂洞門北鎌倉駅裏の隧道扇ガ谷の名称不明隧道二本

 

今宵ご紹介するのは、北鎌倉駅裏の隧道からそのまま横須賀線沿いを大船方面へ進んで行ったところにある変わり種隧道。

 

 

 

北鎌倉駅裏隧道と同じく横須賀線からもまる見えなので、その存在を認識している人は相当に多いと思われるのだが…

 

その唯一無二な?ビジュアルがこちら。

白飛びしていてわかりにくいが、ベンガラ色?の門が設置された素掘りの隧道で、扁額には「好々洞」、向って左の縦書き看板には、「御会席 成吉思汗料理」と書かれている。場所はコチラ

 

 

 

 

 

 

 

そして、向って右の小さな看板…いやさ、表札?には

「好々亭門」と。

 

先述のようにここはとても目立つ隧道なので、記事にしている方も非常に多い(ほとんどは街歩き的な切り口でのものだが)。それらで得た情報を総合すると、この隧道の先には「好々亭(こうこうてい)」という料理屋さんがあり、その店への入口としての隧道であるということで、このような特殊なポータル…いや、坑門が誂えられているということだ。「好々亭」への入口だから「好々洞」。完全に正しい(笑)。

 

残念ながらこの「好々亭」、現在ではすでに廃業されているようなのだが、庭園の素晴らしい、それはいいお店だったようだ。またこの隧道は、好々亭創業者が娘さんの通学の便のために掘ったとの記述も見かけた。事実であれば、(鎌倉ではさして珍しくはないが)プライベート隧道ということになるが、実際このような店の門のような誂えにしているということは、正式には私道なのかもしれない。

 

 

 

つうか、実際現場では「これ絶対私道やんな~…」と思いながら、ちょっとだけ…みたいな感じでお邪魔した。なので写真が少ない(笑)。

とても安定した素掘りの洞内、その真ん中あたりに、

 

 

 

 

 

 

 

このような、

封印された横坑が。この背後にも同じような横坑があり、つまりは隧道と左右に交差する横坑が掘られていたていうことになる。

 

これもいくつかのサイトで見た情報だが、戦時中にはこの隧道、防空壕としても使われていたということで、その時期に掘られたものかもしれない。

 

 

 

 

 

 

抜けて振り返り。

さっき書いたように現場では私道に忍び込んで撮ってる気持だったので、焦ってこれ一枚だけ撮り、すぐに引き返した。

 

こういう時ってたいてい、撮影失敗してるんよね…(苦笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脱出後、改めてこれを撮ってたら、

隧道から普通に近所のおばちゃん的な女性が出てきた。

 

なんだ、ここ普通に歩いてもよかったんや、と安心したが、思えば再度内部とか奥側とか撮り直しに行けば良かったなあ。扁額さえもまともに撮ってないっていう。つくづくあの頃の自分、ポンコツやなあ…。

 

 

 

 

 

以上。