穴と橋とあれやらこれやら -279ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

うーん、やる気がなくなってしまったんだが、前回「やる」って書いたのを直し忘れたまま記事公開してしまったしな(苦笑)。しゃあない、やるか、宮川大橋。文章量少なめで(笑)。

 

 

 

いや、めんどくさくはなっちゃったけど、好きではあるんすよこの橋。

ちょっと独特なテイストの中路アーチ橋である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポイント高いのは、

真下に行けるってとこなんだな、しかも安全に。

 

 

 

 

 

これとかねえ…

歩いて登りたくなるやん(笑)。

 

 

 

 

 

や、ウソっす。

あんなとこまでよぅ登りません(笑)。つうか、このキュルンと曲がった街灯、ちょっといい。

 

 

 

 

 

そして

この景ね。

 

 

 

 

 

これは…何するスペース?

間伐材でも使った椅子?なんだろうか。確かに景色はいいけどな~。ソーシャル・ディスタンスを保てる間隔ですな(笑)。

 

 

 

 

 

 

無駄に、

こういうの撮りたくなる(笑)。

 

 

 

 

 

でも、なんだかんだでこの橋のキモは…

個人的にこれですわ。え?わからない?

 

 

 

 

 

この、

極めてマッシヴなアーチリブ。ゴツすぎやろ~。

 

 

はい、駆け足でご紹介しましたが、まあこういう橋ですよ(笑)。

 

 

 

 

以上!

 

 

 

【2】より続く。

 

 

 

この連載の中で、何度か「半死半生橋」と書いてきた。

立入禁止とされていないにもかかわらず、実態としては限りなく廃に近い。未だ管理はされてるのだろうか、ホントに?

 

 

 

 

 

戻りに撮った、

三代そろい踏み写真。

 

こうして見ると、もうちょっとだけ頑張れば少し植生が薄まっていたようだ。気付いたとて、もう戻る気はしない(笑)。

 

 

 

 

 

それにしても、

あのカーブは不自然やな~…とか、この期に及んでまだ考えていたわたくし。

 

 

 

 

 

だが、ふと見おろしてみて…

あれは間違いなく、橋脚の基礎…ですな。

 

 

 

 

 

ようやく悟った。あの位置に橋脚基礎遺構ってことは

こういうことですな?いや遅っ(笑)。

 

つまり、こちら側の橋台のみを寺渕橋に引き継いでいるのだと思われる。それはわかるが…ワンスパンだけぴょこっと斜めに出して、中央スパンからまっすぐにするとか意味不明。なんでまっすぐ架けなかったんだろうか?橋台の構造的・強度的な要因があったんだろうか。謎。

 

謎といえば、先代橋も中央径間スパンが長く取られた型式だったっぽいが、それにしちゃあ橋脚が華奢で、鋼製アーチなんかが載っかてたとは思えないのだが…。どんな橋だったんだろうか。

 

 

 

 

見識に乏しいわたくし、

謎が解決しないままに撤収。

 

 

 

 

 

しかしながら、ここで、

行きには気づかなかったものに気づいた。

 

 

 

 

 

これは振り返ったところだが、

右側(川側)の路外に…こう見ると明らかだ。

 

 

 

 

 

間違いなくこの平場、

あの先代橋につながっていた旧々道だ。

 

明確に残っていたのはこの一画だけだったが、気付いてよかった。

 

 

 

 

 

最後にコチラ、お約束通りに(笑)

宮川大橋から望む、寺渕橋。

 

 

 

 

 

コメントをいただいたハマーズさんの記事を拝見して思ったのだが、もしかしてこの先代橋遺構、

真冬にしか視認できないのかもしれないな。だとすれば、あまり知られていないのも納得なんだが。

 

 

改めて見たら、橋脚の数や位置も含めて、なんか不自然やな~。スッキリしない点ばかりが増えてしまったが、それもまた一興(笑)。

 

 

 

 

以上完結…ではあるけど、ついでに宮川大橋も記事にしとこうかな。

 

 

 

【1】より続く。

 

 

渡って正対…じゃなくって、

ちょっと変則なアングルから振り返り。半死半生っぷりが際立つね~。

 

 

 

 

 

渡った先の旧道は、

結構な勾配で河岸段丘の上をゆく県道(三重県道31号大台宮川線)へと登っていく。

 

 

 

 

 

登りきって県道からの景が、これ。

かなり無理くりなすり付け。これきっともうちょい低い位置に、さらに古い道があったぽいな。

 

 

 

 

 

 

県道から望む、寺渕橋。

あー、これは…思いのほか県道31号からは見えづらいな。

 

車だと、国道42号方面から来た場合は左後方を振り返る感じになるし、逆の場合は川とは離れた側の車線だからそもそも見えないっぽい。この橋は基本的に、宮川大橋からでしか視認できないんだ(前回に続いて書くけど、その写真は連載最後に)

 

 

 

 

 

 

それにしてもこの橋、

どうして通行止めにならないんだろうか?

 

この橋を擁する旧道には何の施設もなさそうだし、宮川大橋は広い歩道も備えた、実に立派な橋なので、自転車や歩行者にとっても両岸ともに県道まで登り返さねばならないこの橋を使うメリットは皆無。管理者的には通行止め案件だと思うのだが…。いや、我々的には嬉しいけれども(笑)。

 

そうは書いたが、実はこの時、自転車に乗ったおじいさんがこの橋を渡ってきた(写真は撮ってないが)。ノスタルジー以外にこの橋を使う理由が思い当たらないんだが…。つうわけで、わずかながらも利用者はいるようだ。これ、貴重なひとこまだったかも?

 

 

 

 

 

 

親柱は、反対側と同じ情報だった。

次いで、橋上では見つけられなかった銘板を探してみた。

 

 

 

 

 

 

 

すると…あった。

「1966年10月」は親柱表記と矛盾しないが、注目すべきは「三重県企業庁建造」。

 

これは…と調べてみればやっぱり。三重県企業庁がここより3km弱下流建設した三瀬谷ダムが竣工したのが、まさに1966(昭和41)年。この寺渕橋は、三瀬谷ダム建造に伴う上流部の道路付け替えで架けられた橋なのだと思われる。

 

ちなみに、現橋である宮川大橋の竣工は1998(平成10)年9月。第一線を張ったのは32年間ということで、決して長いとは言えない。

 

 

 

 

 

 

さて。

 

ではいよいよ「例のあそこ」にアタックしたいのだが…

行けんのか?

 

とはいえ、現地検分の結果、これでもなんとか行けそうなアプローチ個所を撮ったものがこれだ。踏み跡なんてものはない、完全な激藪。

 

 

 

 

 

 

 

そしてさらにわかりにくいが、

これ、あの先代橋遺構上に降り立った、の景なのだ、これでも。

 

 

 

 

 

 

 

無理くり少し右方向へと移動しての景がコチラ。

これで現在位置をお分かりいただけるかと。

 

それにしても、なんなんだこの常軌を逸した激藪は。これでも夏場よりはマシなのか?恐ろしい密度で、全身を使って身をねじ込んでいく感じ。大晦日という日にこんな激藪でサーフィンしているおのれという人間に、なんだか笑いがこみあげてきた(笑)。

 

 

 

 

本当は先っちょまで行きたかったのだが、

ここで断念。さっきと比べても数mしか進んでないが、お察しくだされ(笑)。

 

 

ここの薮、ここ5年で最凶だったかも。しかも場所が場所だけに、薮との格闘に没頭しすぎると落水の危険もあるというお楽しみつきでね。

 

 

 

 

 

 

ならば、下に降りられないかともがいてみたが、

切り立っていて、わたくしにはこれが限界。中途半端やな~。

 

 

けど、久しぶりの薮サーフィン、面白かった(笑)。

 

 

 

 

 

【3】に続く。

 

 

 

2018年12月31日、歳末すべりこみ三重県散策。この日のネタで記事にしているのは…落瀬橋のみか。

 

 

今宵から何回かに分けてご紹介するのは、実はいの一番に記事にしようと思ってたネタ…だったんだが、写真を整理するのがめんどくさくて先送りにし…そして忘れてたもの(笑)。

 

このネタ、思いのほか「知る人ぞ知る」系で。ある場所からは結構目立つと思うんだが、同業者が記事にしてるのは見つけられていない。見落としてる可能性も大やけど。

 

 

 

では、始める。

 

 

 

 

まずはこの写真から。

向こうに見えるのが今回のお題…

 

ではない。

 

ノートさんが停まってるあの道。あれを下っていく。

 

 

 

 

 

 

とんでもなく迷惑なところにノートさんを停めてるように見えるだろうが、

下り始めてすぐにこんな感じになる。明らかに車道としてはほぼ使われていない感。

 

一枚目写真の立派な橋のたもとから分岐する、川に向かって下りていく道。これに匂いを嗅ぎつけたわたくし、こうして辿ってみてるわけだが…

 

 

 

 

 

 

やはりビンゴ。これは旧橋へと至る旧道に相違ない。しかも、

肉眼ではもう見えていた。ちゃんと架かってるぞ。

 

 

 

 

 

 

 

思わせぶりな右カーブの先には…

赤い塗装も剥げかけた、草臥れ気味ワーレントラス橋が。改めて現在地コチラ

 

この曲がりながらの進入が目を引く。当然ながら車道規格だが、一枚目写真の立派な橋ができたためだろう、ご覧のような車止めで通せんぼされている。こんなとこで止められても転回もできないから、バックで戻るしかない。なんとも鬼な仕打ちだが、間違って入り込む人はいないんだろうか。

 

ちなみに、橋上での離合は不可能だったと思われるが、さりとて橋の取り付きにも明確な離合スペースは設けられていない。普通車同士なら何とかなりそうだが、大型車が来たらアウトだったでしょこれ。スパルタな…。

 

 

 

 

 

 

 

左の親柱にお名前があった。

「寺渕橋」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

その側面には

「みやがわ」。河川名(宮川)だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

対して右の親柱には

「てらふちばし」。

 

 

 

 

 

 

 

そして、側面に見つけたお誕生日は、

昭和41年10月架設。素晴らしい。ここまでで欲しい情報が全て揃った(笑)。

 

 

 

 

 

 

これで心おきなく、

思いがけず見つけたこの半死半生橋を堪能できる。

 

えー、けしからんものがあからさまに写りこんでますが、ちょ待って(笑)。

 

つうかアレを見つけた時点で、この不自然な曲がり方と考え合わせて悟らねばならなかったのだが、、気付いたのはもっと後になった。だいたいそんなもんですわ、わたくし(笑)。

 

 

 

 

 

さよう、

コレですな。

 

旧橋…いや、旧々橋遺構だと思われるが、植生がエライことになっててホントにそうなのか確信が持てない。当然ながら後ほど要調査だ。

 

 

しかし目を引くのは、この美しいコバルトブルーの水。

 

この記事後半に登場する玄倉ダム上流の美しいブルーの水は「ユーシンブルー」と呼ばれて名高いのだが、ここはそれにも引けを取らないほどの美しさだと思う。タイミングにもよるのかもしれないが、これはこれで一見の価値ありかも。

 

 

 

 

 

 

橋上から望む、上流側。

 

 

 

 

 

 

 

そして下流側には、

一枚目写真にチラ見えしていた橋。

 

この寺渕橋の現橋にあたるが、実はお名前は違い、宮川大橋という。この見え方、当然ながら宮川大橋からもこの橋はまる見えのはずだが…これに引っかかった同業者はいなかったのだろうか?この後見に行った(最後に写真をお見せする)が、なかなかそそる眺めだと思ったけどなあ。

 

 

 

 

 

なぜ誰もレポートしてない?

この堂々たる半死半生橋(言いたいだけ)を。

 

 

 

 

 

 

ましてや、

こんなけしからんオプション付きだと言うのにだ。

 

しかしヤバいなあそこ。真冬だというのになんだあの植生。行けんのか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

まずは渡りきって、

どうなるか見てみよう。

 

 

 

 

 

【2】に続く。

 

 

 

 

いいネタを思い出したよ。

 

 

ここって、なんで業界的にマイナーなんだろか?なかなか面白いのに。

 

 

あ、また無駄にハードル上げてしもうた。

 

 

 

【1】に続く。