【1】より続く。
渡って正対…じゃなくって、
ちょっと変則なアングルから振り返り。半死半生っぷりが際立つね~。
渡った先の旧道は、
結構な勾配で河岸段丘の上をゆく県道(三重県道31号大台宮川線)へと登っていく。
登りきって県道からの景が、これ。
かなり無理くりなすり付け。これきっともうちょい低い位置に、さらに古い道があったぽいな。
県道から望む、寺渕橋。
あー、これは…思いのほか県道31号からは見えづらいな。
車だと、国道42号方面から来た場合は左後方を振り返る感じになるし、逆の場合は川とは離れた側の車線だからそもそも見えないっぽい。この橋は基本的に、宮川大橋からでしか視認できないんだ(前回に続いて書くけど、その写真は連載最後に)。
それにしてもこの橋、
どうして通行止めにならないんだろうか?
この橋を擁する旧道には何の施設もなさそうだし、宮川大橋は広い歩道も備えた、実に立派な橋なので、自転車や歩行者にとっても両岸ともに県道まで登り返さねばならないこの橋を使うメリットは皆無。管理者的には通行止め案件だと思うのだが…。いや、我々的には嬉しいけれども(笑)。
そうは書いたが、実はこの時、自転車に乗ったおじいさんがこの橋を渡ってきた(写真は撮ってないが)。ノスタルジー以外にこの橋を使う理由が思い当たらないんだが…。つうわけで、わずかながらも利用者はいるようだ。これ、貴重なひとこまだったかも?
親柱は、反対側と同じ情報だった。
次いで、橋上では見つけられなかった銘板を探してみた。
すると…あった。
「1966年10月」は親柱表記と矛盾しないが、注目すべきは「三重県企業庁建造」。
これは…と調べてみればやっぱり。三重県企業庁がここより3km弱下流建設した三瀬谷ダムが竣工したのが、まさに1966(昭和41)年。この寺渕橋は、三瀬谷ダム建造に伴う上流部の道路付け替えで架けられた橋なのだと思われる。
ちなみに、現橋である宮川大橋の竣工は1998(平成10)年9月。第一線を張ったのは32年間ということで、決して長いとは言えない。
さて。
ではいよいよ「例のあそこ」にアタックしたいのだが…
行けんのか?
とはいえ、現地検分の結果、これでもなんとか行けそうなアプローチ個所を撮ったものがこれだ。踏み跡なんてものはない、完全な激藪。
そしてさらにわかりにくいが、
これ、あの先代橋遺構上に降り立った、の景なのだ、これでも。
無理くり少し右方向へと移動しての景がコチラ。
これで現在位置をお分かりいただけるかと。
それにしても、なんなんだこの常軌を逸した激藪は。これでも夏場よりはマシなのか?恐ろしい密度で、全身を使って身をねじ込んでいく感じ。大晦日という日にこんな激藪でサーフィンしているおのれという人間に、なんだか笑いがこみあげてきた(笑)。
本当は先っちょまで行きたかったのだが、
ここで断念。さっきと比べても数mしか進んでないが、お察しくだされ(笑)。
ここの薮、ここ5年で最凶だったかも。しかも場所が場所だけに、薮との格闘に没頭しすぎると落水の危険もあるというお楽しみつきでね。
ならば、下に降りられないかともがいてみたが、
切り立っていて、わたくしにはこれが限界。中途半端やな~。
けど、久しぶりの薮サーフィン、面白かった(笑)。
【3】に続く。











