穴と橋とあれやらこれやら -115ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2011年7月17日、紀伊半島彷徨2日目。この日のネタで記事にしてるのは、池津川橋清水橋ふれあいトンネル小黒谷の吊り橋(Q地図によると滝之穴橋)、旧・川津大橋五百瀬隧道内原橋芝崎橋小代下トンネル旧道

 

今宵ご紹介するのは、内原橋の直後に訪ねた物件。

 

 

 

まずはこれ。

ここは、この趣味にハマって間もない頃によととさんのところで見た、いつか来たかった物件。場所はここ

 

 

 

 

 

どこに?って?やだなあ、

もうおわかりでしょ(謎)。

 

切り通しのアウト側に隧道が残るっていう、まあまあレアなケースである。

 

 

 

 

 

フェンスにはなにやら掲示されていたが、

都合のいいことになんて書いてあるのか読めない~。

 

 

 

 

 

ならば…と、

反対側に回ってみた…が、こっちもフェンスで封鎖されてるっぽい。

 

ちなみに道路の名は、十津川村道滝川奥里線というようだ。

 

 

 

 

 

封鎖はされてたものの、

まあそこはそれ。

 

 

 

 

 

てなわけで、隙間からするっとお邪魔した。

けど短いのでいきなり鉄板の構図に。

 

 

 

 

 

振り返って、

これが今入ってきた方だ。

 

これはもう12年も前の状態だが、今はどんな感じになってんのかなあ。紀伊半島で我がキャリア初期(謎)に訪ねたっきりの物件たち、再訪してみても楽しそうかも。

 

 

 

 

 

で、【次回】は、

そこに見えてるやつを、ついでに。

 

 

 

 

2023年3月30日、春爛漫の江東・墨田区境周辺散策の終盤に出会った橋をご紹介。事前にはここまで来るつもりではなかったエリアの物件ゆえにノーマークだったのだが、このタイミングで出会えてよかった。

 

 

 

まずはこれ。

鋼ゲルバー橋…

 

 

 

 

 

だけれども…

川がない!?現在地はこちら

 

実はこれ、頭上の首都高速7号小松川線直下の堅(たて)川に架かる橋で、ほぼほぼ暗渠化された結果、いささか間抜けな姿をさらしている、という状態。東側から、暗渠の上をここまで歩いてきた。

 

 

 

 

 

なので、

こんな視点で拝めたりするのはありがたいのだが…。

 

 

 

 

 

橋の脇?を通って、道路上へ。

どうやら、なにか工事が行われている。あまり良い予感はしないが…。

 

 

 

 

 

北側より。

頭上の首都高が圧倒的に存在感ありすぎ(これ、修繕中の姿だと思うが)で、橋が入って来ない。

 

 

 

 

 

で…良い予感はしない、が的中してしまった。

「新辻橋撤去・道路築造整備のお知らせ」という工事看板が掲げられていて、どうやらその命は風前の灯火といったところ。

 

この看板はまた後ほど、詳しくご覧いただく。

 

 

 

 

 

看板で先にお名前を知ってしまったが、

「しんつじはし」。親柱の意匠を見ても、戦前橋の香りがする。

 

結論的に現場ではお誕生日は判明しなかったが、Q地図によれば1930年(S5年)完成と、やはり戦前橋だった。空色に塗装された欄干は後年のものだと思われるが。

 

 

 

 

 

橋上の様子。

片側一車線ずつ、そして広い歩道部。スペック的には問題はなさそうだが、橋梁点検による判定区分は「3」(早期措置段階)。

 

 

 

 

 

その判定結果も、

「撤去」という決定の裏付けでもあるんだろうなと。

 

これは東側暗渠上の謎なスペース。先ほどはこちら側から歩いてきた。

 

 

 

 

 

そして西側を望むと、

誘導員?さんがいて向こうを見下ろしている。なにやらあちらで作業をしているらしい。

 

 

 

 

 

渡りまして、

漢字の親柱「新辻橋」。この銘板も後年の付け直しっぽいな。

 

 

 

 

 

引いて、

南側より全景。

 

 

 

 

 

反対側の親柱がトラ柵の外側で銘板が見えないので、

離れたところから…

 

 

 

 

 

ズームで…

えーい、またこれかい(笑)。

 

 

 

 

 

で、こちらにもあの工事看板があったので、

改めてよく見てみた。

 

 

 

 

 

まず目についたのが、

この「整備完了後のイメージ(牡丹橋跡)」。

 

見覚えあると思ったら、これはここに至る前に通ってきた、東側の道だった。あそこに牡丹橋という橋が架かってたんだ。つまりここもあのようになるってことね…。

 

 

 

 

 

そしてこの「全体スケジュール」。

令和5年度には「西側橋梁撤去 切回し道路築造」とある。まさに今作業しているのも西側、当たり前だけど符合してるな。

 

年度ごとに分割して部分的に撤去していく工法は、まあ都市部だけに交通を遮断することなく行うということで、当然の選択かと。しかし、けっこうな期間をかけて工事するんですな…。

 

つまり、わたくしギリで橋が健在なタイミングで訪問できたということになる。予定していたエリアからもう少し足を延ばしてみようと考えたオノレを褒めてあげたい(笑)。これやっぱ、呼ばれたかね?

 

 

 

 

 

こちらの親柱銘板もトラ柵の外。

うーん、もういいや(笑)。(後でズームしたら漢字の橋名だった)

 

 

 

 

 

ややこしいところから盗撮した(笑)、

最初に撤去される、橋梁西側。具体的作業はわからないが、準備が進められているのだろう。

 

ゲルバー桁側面に銘板がありそうな気もしたので、お願いしてあのあたりに入らせてもらえないかな~とも考えたのだが、作業のお邪魔をするのも気が引けたので、あきらめた。

 

 

 

 

 

さらにややこしいところから、盗撮パート2(笑)。

後ろ髪を引かれながらも、この場を後にした。

 

 

繰り返しになるが、橋の健在な最後の姿を記録できたのは良かった。そろそろ今頃はこの西側からの撤去が始まっているのだろうか?長い間ご苦労様でしたと言いたい。

 

 

 

 

 

以上。

 

 

 

本日、運転免許証の更新に行ってきた。わたくし生粋のサンデードライバーで安定のゴールド免許なので、30分講習でさくっと終了~。

 

 

その足で、奥様の買い物のために、免許センターからほど近い産直野菜の販売所・「おうみんち」にGO。そこで、こんなん見つけて、買ってみた。

大玉だんごメロン、またの名をモリヤマメロン団子。

 

我がホーム・滋賀県は、知る人ぞ知るご当地メロン大国(大げさか?)であり、その中でもひときわ有名な(ほんまか?)守山メロンをタレに使ったお団子。

 

どんなもんか気になったので、「こんなん絶対選ばへん」と保守的な好みの奥様にディスられつつも購入。帰ってさっそく食してみたが…

 

 

 

どうでしょう(笑)。

 

 

 

まず、わたくし基準ではまあまあうまい。ただ、自腹でもう一度買うかは微妙かなって感じ。でも誰かにいただいたとしたら、喜んで食べる(笑)。

 

 

 

今晩、奥様がひと玉だけ食べてみる、とのこと。いろいろ食にうるさい(いわゆるグルメではないけど)奥様のジャッジはいかに?

 

 

 

 

…という、なんてことない休日の駄ネタ。

 

 

 

 

月イチシリーズ、今宵はこれ。

 

 

今回もまた、提供のスポンサーに注目。よく見てみよう~。

 

ニコニコするめ」。

 

 

 

記事を書くにあたり調べてみたら、商品としてはもう無くなっているものの、これを販売していた会社は現在も盛業中(桐山食品株式会社→ホームページ)。

 

 

当該ホームページ内には同社の歴史を振り返るページがあり、そこでこの「ニコニコするめ」についての記述によると、それは「飴蜜にて味付けした「伸しするめ」を裁断し、パラフィン紙にくるんだ簡素なもの」(同HPより引用)で、大正13年の創業からしばらくは「文化するめ」とか「モダンするめ」という名前で販売していたものの反応はいまいち。そこでそれを駄菓子屋さんの当て物商品に改良してみたところ、人気を博した、ということのよう。

商品名は、「みんなが明るく笑って食べてもらえる商品になる様、願いを込めて《太陽マーク》の「ニコニコするめ」と命名」(同HPより引用)という由来があるそうだ。

 

 

戦争での一時休業を経て、戦後に京都の伏見で復業…とのことで、このニコニコするめがいつごろまで販売されていたものかは、ホームページからはわからなかったのだが、なんにせよ昭和の初頭くらいから販売されていた、いわば「おやつするめ」、どんな味だったのか食べてみたいな~。

現在の桐山食品さんは、おやつするめ的な商品は扱っていないようだけど、するめ結構好きなんで、復刻されたら買いたいかも(笑)。

 

 

 

 

 

 

以上。

 

 

 

 

 

2010年7月24日、滋賀県南部~三重県北部徘徊で訪ねた物件をご紹介。この日のネタで記事にしてるのは、野村架道橋日枝橋と…もうひとつ。

 

 

 

そのもうひとつとは、

こんな道沿いで見つけたこれなんだが、

 

 

 

 

 

この道を進んでいったところに待っているのが、

これなんである。

 

その名は、第一六五号橋梁。土木学会選近代土木遺産Bランク物件である。場所はこちら

 

 

 

 

 

そのまま

通り抜けまして…

 

 

 

 

 

こんな写真を撮ったり。

そういえば、ノートさんとお別れしてはや一年経つわ…。

 

 

 

 

 

改めて鑑賞。

煉瓦四層巻きアーチ環の端正な橋梁で、

 

 

 

 

 

特徴は何といっても、

笠石部のデンティル。焼過煉瓦を交互に配したこだわりの美しさもポイント高い。

 

 

 

 

 

ところで、脇に立つこの標識…。

こういう物件の横に立てられているのって、案外見ないな。

 

念のため、冒頭の写真はこの林道板屋線内のものだ。

 

 

 

 

 

内部は美しい総煉瓦!

素晴らしいね!

 

 

 

その後、近くは通るものの一度も再訪してないまま現在に至っているという…。近場の甘えとは言え、改めて撮り直しにいきたい逸品である。

 

 

 

以上。