久蔵 -2ページ目

久蔵

落語と歴史のブログ

定点観測するようになった歴史能力、日本の時事は世界連動で反射的に引き出せるようにしたい

詰め込みや暗記という方法は採らない、詳細はネットで調べて検証し真偽を判断する

初期の頃は調べるキーワードすら分からず、検索しても日本語なのに古風な歴史単語が理解できなかった



この一年では世界をインプットしてきた、人類創生期と近現代史を中心に、そして文化史、芸能に至っては趣味も兼ねて近世古典を重点的に五感で浴びてきた

頭の中を整理するために活字でアウトプットしてきた、記述対策で短く表現する方が難しい、本番では漢字かな交じりの手書き、文字をシャーペンで書くという行為が難易度を増している

この三連休は毎年、日本の歴史に向かい合い総整理するようになってきた


日本は大陸の華夷秩序の冊封体制と南蛮の大航海時代と欧米の帝国資本主義さらに共産圏の社会主義が外圧として大きく影響した

全てを受け入れ日本風にしてきた、日本風とは日本の風土や季節に合わせてきた

日本には世界中の文化が散りばめられている、排除せず残されているのが日本らしいところ、となると立派な日本文化となる

日本を一言で表現すると、一神教には染まらない八百万の神の国


魏志倭人伝から始まり遣隋使で日本は豊かになった、無謀な白村江の戦いもあった、遣唐使を廃止して国風文化が栄えた

日宋貿易で再び大陸国交を回復して平家が栄華を極めた、後の源氏幕府は元寇の脅威を防ぎ大陸とは国交断絶した

再び鎌倉国風文化が栄えつつ民間では大陸貿易をつづけた、中世から近世の日明貿易と南蛮貿易で日本は常に最新の文化を得ていた

しかし大量の金銀が海外に流出した、海外交易と蝦夷・琉球との交流の功罪を把握しないと近代日本を理解できない



鎖国時代はキリスト教を閉鎖していただけで南蛮と大陸・蝦夷・朝鮮・琉球との交易は盛んだった

役人や商人は鎖国をしているという認識はなかったという、幕末まで欧米との取引は必要なかった、アジア経済圏で間に合っていた

必要なモノは全て琉球から手に入れることができた、日本には武器や阿片は必要なかったが琉球と蝦夷は必要な領土だった
 


教科書の真偽の度合いが少しわかるようになってきた、嘘で塗り固めるより真実の証明は難しい

史料は本物なのか?から始まる、いつの時代も偽物の史料がある、歴史は時の為政者が前代の歴史をねじ曲げてきた、日本に限った事ではなく世界共通

南米の古代文明はスペインとポルトガルによって破壊絶滅され、北米は歴史と呼べるほどの歳月もないが欧州の異端児

欧米の植民地時代の歴史捏造の技術は貴重な史料になっている、近現代のソビエトと中国の歴史捏造も同様


学生時代の三十数年前の歴史とは変化してきた、平成史が増えたばかりではなく平成時代に歴史が変わった

戦後の左翼知識人が編纂してきた歴史教科書、史実事実は不変だから教科書の記述が変わったことになる

天声人語が現代国語の題材になるような時代だった、偏向した偏差値の高い帰化した日本人も含め

社会の中枢に散らばり戦後平成史をつくってきた、骨抜きにされた八百万のノンポリの生粋の日本人より

英米ソ中にかぶれた一神教の排他的思想の日本人の方が怖い、新興宗教を組織化し政治政党も結成するようになった

産官学にも入り込み弁護士や裁判官にもなれた、日本の三権は戦後の新しい思想に支配されてきた

彼らが日本の歴史を遡って書き換えてきた、歴史小説やテレビの時代劇や大河ドラマにまんまと騙されてきた

フィクションなんだからと言われればそれまでだが、過去の日本人を冒涜しているように思う

歴史漫画家も日本を描いているから日本が好きなのかと思っていたがそうでもないようだった、肝心なところで読者をミスリードし、それはないだろうとなるのに気づくようになった

漫画だからと言われればそれまでだが日本史教科書ですら、科学的な根拠に乏しい内容がある、このような状況をよしとするか否かは日本国民一人一人が判断することであるが

選挙には無関心なままで投票率が示している通り、どうでもよさ加減すら日本らしい、お上の成すことに間違いは御座いますまい、という皮肉が似合う
 


近代は西洋式の武力と資本主義的な経済力が勝敗を左右した、対する社会主義が反発するという構図になった

武家は武力や経済力の大小で戦をすることはなかった、天皇の存在が軍を動かす根拠になっていた

徳や大義がなければ戦争はしなかった、つまり資本主義でも社会主義でも独裁でもなかった

戦史の勝敗は善悪ではなく両者の立場の客観的主張が乏しく勝者側の理論優位が見受けられる

特定の公家や武将がどんな人格だったからこうなったかのような、のは歴史小説の分野であって歴史ではないと思う

そのリーダーを中心とした体制の政治や経済の功罪はどうだったのか、社会に与える影響など事実を簡潔にまとめて欲しい

週刊誌のゴシップネタのような内容は現在も過去もどうでもよい、事実を見失う

個々人の歴史や伝記はフィクション作家に任せればよく大河ドラマなどで大げさに演ればよい

これらを省けば歴史教科書は薄くスッキリする、戦史や政治史の無駄はだいぶ短くまとまるはず
 


幕末・明治維新そして昭和初期から戦前の記述には違和感がある、焦点をズラした内容が目立つ

嘘の記述ではないにしても他に記述すべき重要なことはある

例えば、薩長以外の政治家は何を成したのか?平民の生活はどうだったのか?

海軍に偏り過ぎ陸軍の様子がよくわからない、女性の地位が明治に急激に落ちたのはなぜか?

近代欧米の功も罪もともに記さないのはなぜか?英米ソ中は日本に何をしたのか?

などが現代史に反映されていない、そもそも現代史を学ぶ時間がカリキュラムに組まれない

社会人になってから日本史自体を見直す機会が極端に減ってきている
 


歴史小説にハマると司馬史観から入り虚像の映画や歴史ドラマを観ることになる

偏向フィクションの歴史作家が多い、歴史をつくった人々と歴史を記述する人々とは別人

日本史はまだこれから遡って書き変わる可能性がある、歴史をつくるのは常に現代人だから


日本人ならまず日本語を身につけて古典や日本史は必須だと思う、次に世界史など

生業とする理数系や社会系に必然的に専門分野の外国語、若いうちに海外含めて外の世界や畑違いの分野へも踏み込み

やがて熱が覚め祖国と母語に回帰する、アイデンティティはDNAに組み込まれている、歴史は社会学でもあるが民俗学や生物学にも近い

現代は日本昔話の語りべが減り、地域社会から過去の日本らしさを得ることが難しいくらい外国人が増えてきた、それも新しい日本


現代の日本人は郷土愛に強く愛国心が希薄な国民になってしまったという

しかし、まだ会社や組織への忠誠心があり家族や地域社会を顧みないように感じるサラリーマン族もいる

さらに、個人主義で私は日本人じゃなく地球人ですと言いかねない人も増えてきたという、ちゃっかりと日本の恩恵を受けながら

 



戦後からの傾向と明治からと近世までにはあった日本人の魂があるよう、近代の西洋文化の影響の功罪がともに大きい
 

実は日本人
なぜなのだろうか?

日本史は年号が多くて大変だから嫌い、とか日本の教育は詰め込み暗記中心だから子供には苦労させたくない、とか



なら米国籍にして移住する?アメリカはいいよ~自由で、などというアメリカナイズブームがかつてあった

明治以降、ちょっと前までちょんまげ結って刀差していのが鹿鳴館で奥さんとダンスを踊り西洋かぶれが増え滑稽だったという、戦後はアメリカに

今はオーストラリアや東南アジアになるのだろうか、教育や税制・年金制度が不満で日本を離れて生活する日本人が増えているという

戦後、手っ取り早くハワイブームをつくり日本よりアメリカに気を引かせた、早くから日本人が移民していた時代のハワイよりアメリカ合衆国の州であるハワイを好む日本人が増えた

真珠湾攻撃以降のハワイや西海岸の日系移民は捕虜になったり迫害を受けた、または米兵として欧州に参戦したという、近年ようやく補償と名誉回復を果たした

 



近代日本は良かれ悪しかれ東西思想に影響された、西側諸国そして東側の帝政ロシア崩壊後のソビエト、辛亥革命後の大陸の中国

一番は米国に大きく影響された、GHQによる間接統治時代に、日本の意思である主権が薄れ日本人が日本に関心が薄くなっていった

教科書の近現代史を真面目に学んだら自虐史観にならざるを得ない、勉強なんかしなくても国際情勢から肌感覚で愛国心は芽生える

明治維新で天皇を担いだのは徳川家から薩長藩閥に代わった、大正になりようやく護憲運動で政治に民意が反映され始めた

この頃の日本人の民意とは反体制の社会共産主義思想も含まれてくる



古代から大陸の儒教思想の日本人や明治からの欧化主義民主合理的思想の日本人と戦後アメリカかぶれの日本人が急増した

 

もともとの日本人らしい大和魂や義理人情や粋など古臭いメンタリティに反発する日本人

大陸や欧米の文化習慣をよしとし、日本の古い伝統を廃する反日思想の日本人も日本にはたくさんいるように想う

不満や文句を言いながら、海外では生活能力がなく日本のぬるま湯にどっぷり浸かっている日本人も多いように想う


母国が一番と言うヨーロッパ人が黄金の国ジパングに憧れ、明治のお雇い外国人たちは欧米に学ばなくても日本には既に素晴らしい文化芸術があるではないか、と言わしめた



いろいろあって今の日本があるのは明治以降の世代である大正昭和初期の先代のおかげ、日本や祖先を敬いこそすれ恨む理由は何もない

ドッジデフレ・ブレトンウッズ体制・シャウプ税制・マッカーサー解任リッジウェイ就任・ニクソンショック・スミソニアン協定・プラザ合意・・・




米著名・地名が目立つ戦後日本の経済政策、戦後の日本は戦勝国の間接統治、ドイツは直接統治だったという

にもかかわらず事実上、米が日本を単独統治し政治経済、文化までもが米に染まっていった、明治に浸透した英仏独伊露文化が相対的に薄まった

欧化主義にかぶれて滑稽だったように戦後はアメリカにかぶれた、自ずと親米政党が与党になった

 

サンフランシスコ講和会議で西側諸国賛成多数で日本は独立した、東側諸国は反対、インド等は不参加だったという

統一できないままでいる二つの中国はどちらも招集すらされなかった、日本は西側陣営に組み込まれ西ドイツを抜いて世界第二位の経済大国になった

 




戦後にはびこった社会主義思想は米ソ代理戦争の朝鮮戦争とベトナム戦争の高度経済成長期に影を潜めていたが

新聞メディアを中心に各業界の中枢に入り込んでいた、保守55年体制は崩れ連立政権で不安定な政局がつづく

阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件など新たな脅威が起こる、大学入試はこのあたりまでは出題範囲になっているという現在の教科書

 

北海道と沖縄は本州とは別系統のアイヌと琉球史があり、昭和文化史としてノーベル賞やプロ野球・歌謡曲、手塚治虫をさらえばカバーできるという

平成史は現在の政治経済文化であり、頽廃享楽的で西洋東洋の流行りモノ、マスメディア・大衆文化、旅行好きの日本人の特徴は江戸化政期に酷似している


 

次に来るのは黒船開国、日本近現代史において第二第三の黒船という比喩は何度も繰り返している、貿易・為替・農産物・金融・・・

全て自国のポテンシャルで乗り越えてきているのは史実のとおり

私はこの後に生まれた世代、平和で穏やかな安定した時期に十代を過ごした



所得倍増や東京オリンピック、アポロが月面着陸して列島改造論やオイルショックあたりからライブで記憶がある

GHQが仕込んだ戦後教育を真面目に勉強したら左寄りになるし、ろくに勉強しなくても食べていける日本に感謝して右寄りにもなれただろう

GHQには思惑の転換があった、当初は戦前の日本に戻さないように民主化と教育改革を徹底し経済政策は必須ではなかった

 

しかし世界情勢は変わり共産圏が拡大してきた、GHQは日本人への反日教育の行き過ぎは共産主義にたどり着くことを恐れた

 


共産圏の朝鮮半島への侵入を機に資本経済を強化した、当初財閥解体を掲げたが中止した

旧財閥の同族は解体させたが組織は再興し経済を牽引させ共産思想を排除した

 

朝鮮戦争とベトナム戦争で日本を米の駐屯基地と武器の製造工場にして経済化を図りレッドパージした

 

経済白書にはもはや戦後ではないと記され、先に経済大国に成長していた東西に分裂した西独を追い抜き米に次ぐ経済大国になった

 

極左や学生運動は下火となった、かのようだったが表面的な活動はしないであらゆる社会組織に入り込んでいったようだ

 

かと言って右傾化もせず表面的には中立なノンポリが増えた、ノンポリとはポリシーがないという意思

 

左とも右ともならずイエスともノーとも言わず、出る杭にもならず落ちこぼれもせず社会の歯車になること

 

まさにそんな時期が私の学生時代だった、政治から距離を置いてテレビや娯楽に興じ、日本国民一億総中流というキャッチフレーズだった

 

 

政治に関心を持たなくて良いほど平和ボケしていった、そしてGHQが目指した日本人が完成した

 

ノーと言ったり出る杭になったりしない骨抜きの大衆国家が一丁あがり、骨ある政治家も総理大臣もいたが今後はなかなか誕生しないかもしれない

政治ポリシーの無い芸能音楽や衣食が興味の対象となり、ますます国際政治から遠のくアホバカっぽい国民が増えた

 



かく言う私もおバカになったが、ポリシーを持たないことは苦手だった、家族が増えたらノンボリを演じる遊びには興じられなくなっていた

戦前までの芸能と戦後はだいぶ異なる、それはテレビの出現によって激変した

 

現人神だった天皇が人間宣言をして「ひと」になった、神がいなくなった後はテレビの中にいる人が「神」のような存在になったという

戦後復興期の荒廃した国民の心身はテレビの中の相撲・プロレス・野球の選手や歌謡の歌姫に勇気づけられたという

テレビ実験放送は戦後GHQに中断されまず日本放送協会(NHK)がGHQによって設立された

 

プレスコード基準のもと試験放送され本格放送に至ったという、やがて民放放送も開始した

 

スポンサーの宣伝媒体となるコマーシャル(以降CM)の商品は実際に良く売れたという

 

 

娯楽に飢えていた戦後の日本人には好評で全国同時に流行歌やヒット商品が生まれた

 

英米方式のメディア手法によってのイメージ戦略だった、とにかく英米ブームをつくったという

 

米ハワイ州になる前の明治期から日本人移民が多くいたハワイブームもあった

 

CMの効果としてレトルトカレーやコカコーラの話は有名、特別に美味しいわけでもないがあのCMのカレーやスカッと爽やかな飲み物というだけで売れたという

婦女子に受け入れられれば売れるという時代が長く続いた、番組に人気が集まりCMは邪魔だという投書もなんのその商品は売れ続けたという

 

 

番組の盛り上がり曲線の最高潮の場面でCMが入るが視聴者からのクレームにも勝る効果でスポンサー優位の状態が続いた

 

視聴者は対抗してCMのタイミングで用を足したり休息をとった

 

NHKの長時間休憩なく番組が続くとなぜCMが入らないのか!用が足せないという逆クレームになったというオチになる

 

実際にはマンネリ番組よりCMの方がインパクトがあり面白かったという、番組とCMを構成するコンテンツの芸人や音楽のイメージが視聴率を左右した

どんな商品なのかはあまり関係はなくイメージやインパクトだった、イメージで消費者に受け入れられるかどうかで商品の売上が決定した

 

どの芸人を起用しどんなBGMを使うかで大方が決まったという、つまり芸能人と音楽のイメージでほとんどが決まった

 

やがて芸能人やアーティストの人となりが視聴率や商品の売上に左右してきた

芸人の本来の芸能ではないイメージや個性が商品価値を持つようになってきた

 

しかしテレビCMが商品の売上に連動するという状態は平成に入り陰りをみせてきた

番組視聴率と製品売上は連動するもののテレビで観るモノだけが良い商品ということではないことが視聴者に浸透してきた

 

 

テレビ以外の情報源の選択肢が増えてきた、むしろテレビは虚像ということに気付いたらテレビ絶対主義は過去のモノになった

 

ネットの出現によってかつての視聴率番組はなくなりテレビ離れが進んだ

日本にも戦前から日本式の商売の広告宣伝のしくみはあった、芸人も芸能養成組織も元締めもパトロンもスポンサーもいた

 

かわら版やチンドン屋や大道芸があり見世物や露天商では商品の如何にかかわらず芸人の口上の技術によって売上が左右したという

 

がまの油売りや包丁研ぎや野菜の千切りなどたわいもないモノが芸人の演出次第で売れてしまう

 

 

大衆相手の群衆心理でますます売れるというブームの仕掛けは江戸時代から日本にもあった

 

映画の寅さんのような口上で何でも売って日銭を稼いでしまう

 

そういう芸達者口達者な芸人がいた、商品はなんだってよいという勢いのプロの芸人がいた

音響効果や華美な服装や口調表情の演出効果は歌舞伎を経て洗練されてきたという

 

芸人の養成と供給さらにその元締め組織となる胴元も存在していた、江戸なら浅草が拠点となっていたという

 

同朋衆、阿弥衆

 

芸能の興行を運営企画する芸能集団は室町時代から存在していた、同朋衆と呼ばれ公家や武家を取り巻いていた

 

戦国時代には表面上は祝宴の芸能を披露するが裏稼業では敵対勢力のスパイや暗殺などを請負う忍者集団にもつながりがあったという

衆には流派や組があり雇主の力関係によって寝返ったりもした、近世以降も存在し農民や町人には縁のない世界があった

 

支配者の武家公家と専門職の穢多非人集団との接点があった、彼らの日常は芸能を生業とし近代以降にも引き継がれたという

 

戦後も荒廃した新橋や浅草を拠点に復興した、近くには花柳界も存在した

 


見世物小屋や劇場から媒体として効果絶大な不特定多数対象のテレビになった、大きな違いは民主的で人権に配慮した電波法に基づく法規制や放送規約があった

話を戻すと、

 

芸能商売は虚像であり江戸時代なら商人の商売ではなかった、近代は新平民と在日外国人が担っていた職で平民が近づくと火傷するといわれた水モノ商売だった

戦後のテレビはその延長線上に存在する、しかしテレビ出現当初の出演者は全て「神」だった、視聴者には夢や希望のようなものを与える偶像文化にもなった

リスクをとって手っ取り早くテレビに出ることが戦後の成り上がり成功物語になった

 

 

戦後の芸能界は職業を制限されていた同和した新平民や同化した在日外国人が大活躍したという

 

現在はBSやインターネットが普及し宣伝効果は一方向ではなく双方向視聴者選択となりテレビは衰退し始めかつての勢いはなくなった

芸能界やメディア産業も二世・三世の世襲の風潮だという、中世・近世にもあった裏稼業が存在するのかどうかは知り得ないが

 

一般生活者とは異なる華があり芸能の世界には近づかない方が無難であるということは中世から近代以降も変わらない

 

 

戦後の新しい芸能は芸術性が劣化し芸能を振興するという目的よりも手段になりつつあるように想えてしまう

連合国軍最高司令官総司令部が日本史の教科書で一番長い語句なんだとか、英略語がGHQ

 

 

二代長官はリッジウェイ、戦後史最初の疑問はマッカーサーはなぜ解任されたのか?だった

 

今まで観聴き読んだドラマや映画や歴史小説と山川出版社の詳説日本史Bの内容とはだいぶ異なる

戦後、まず義務教育から地理と歴史と修身(道徳)の授業が一時停止されたという

 

 

ドラマや映画や小説は娯楽で面白い物語、教科書は単調でつまらなくて眠くなる、が簡潔故に読んで意味が分かるようになってきた

フィクションは何を伝え創作しようとしているのか分かり始めてきた、史実は事実であり善悪ではなく

 

勝者の記録で古事記・日本書紀から六国史も正史は敗者の記録は残していない、敗者が善だとしても

 

 

勧善懲悪物語や敗者の物語やタラレバなら山ほどある、フィクションは主人公を美化している

 

終戦後の子供達はGHQの教育改革で日本近代史をちゃんと学んでいない可能性がある、彼らの現役時代は高度経済成長期

日本近代の実力を知らずにGHQの思惑通りに日本を発展改造してきたことになるかも知れない

 

 

その子らも日露戦争後の40年を封印されながら過ごしてきた、親が正しい近代史を知らないのだから子世代に語ることはできない

三代くらい悪循環が続き、この40年史は昔話としてようやくオープンになってきた、GHQ駐屯7年の功績は絶大だったことになる

 

日本史・世界史教科書ブームらしいが、私が学んだ30数年前の山川教科書とはだいぶ変わった、平成史もある、とかではなく

 

 

世界の歴史を丸ごと扱う世界史という科目は日本の教育でしかないという、欧州各国ではせめてヨーロッパ史くらい

 

先進国では自国の歴史と母語をシッカリやるのが初等中等教育、他国の歴史や他言語は選択専攻して後でじっくりと学ぶ

 

日本は他国の歴史の世界史と他言語の英語を十代に重点的に学ぶ教育になっている

 

 

日本古典や日本史を多くやるのは自然なことだと想うが義務教育から消えていく

 

世界史を学ぶのは日本教育の特徴となっている、世界の歴史を丸ごとザックリ知るには世界広しと言えども日本が一番だという

 

なんで?はGHQがそうしたから、世界史を学ばせたいから、深い日本史より広い世界史を

 

 

日本の歴史をまるまる最初から学ぶには日本人による日本教育のみ、若い高校生までに身につけないと日本史を学ぶ機会を失う

 

なんで?はGHQがそうしたから、日本人に未来永劫まで真実の日本史を学ばせる機会を失くさせるため

 

日本に興味を持たせない、アメリカは良くて日本は良くない、という自虐プロパガンダをしたからだという

 

 

GHQがそうしたことにはキリがない、とにかく戦後の日本人には戦前の日本人らしくならないように改造した

間接統治が終わりGHQが去った後も、日本人自らが以前の日本人らしくならないように踊らされた層も多く左右思想は現在も存在している

 

日本の戦前戦中戦後史は海外の歴史研究者によってようやく客観的な真実が分かり始めてきたことも功を奏しているという

 


サラリーマン川柳ベスト30決定

 

骨のある日本人も表面化してきた、そしてかつて時代に翻弄されてきたリタイア世代が誤った歴史教育に愕然とし真実の歴史に興味を持ち始めてきているという

義務教育の英語・特に英会話を早期導入して時間を使うことには賛否両論がある、それは日教組の英語と日本史・世界史に異論があるから

 

 

日本人への反日教育の歴史

・平成生まれたちは国際情勢を肌で感じ、日本の自虐史観はおかしいと気付き始めてきた

・反日教育は大陸や半島だけではなく、日本国内も凄まじく気付かないくらい長く続いている

・受益者はもちろん米英ソ中の戦勝国、戦後から始まり当時の子供たちが親になり、その子供たちさらにその子供たちと三代反日教育は続きようやく気付き始めた

・戦後の多くの団塊の世代は米英ソ中の良いところ、つまり反日思想に洗脳されてしまったという

 

・戦前の日本を肯定し学生運動に走らなかった骨のある人は静かに耐えるしかなかったという

 


・戦後の運動や活動そして昭和後期から平成初期の新興宗教同様に優秀で賢い人たちへの洗脳もなかなか解けなかった

 

・核家族化が進み左翼化した親が日本の近代史を子供たち世代に教えることができるはずもなく教師すら教えない、知らないから


GHQはまず教育改革から始めた、真実を知る者を公職追放し教職員組合である日教組から改造し反日教育を始めた

 

・日本人教師がちゃんとした英語を教えることができなかったように日教組の教師がちゃんとした日本史を教えることはできなかったししなかった

 

 

・共産化の危機となった朝鮮・ベトナム戦争になり公職追放者は解放されたがレッドパージしても取り返しのつかない状況になっていた

 

・米英ソ中は旧帝大の文系を重点的に改造した結果、中央官庁や政財界・法曹界にも入り込んだという、彼らはようやく定年を迎えた

・戦時中のメディアの偏向報道と戦後のとでは内容は異なるが、国民を煽り国民も踊らされたことは変わらない

・安保反対闘争や国会デモ騒動や学生運動は大した騒ぎではなかったという、一部の誇大報道で大半の都市にはなかったという、以来メディアの偏向報道は続いている

 

 

戦後の東京や大阪は日本を代表する都市だったわけではなく、戦勝国が思いのままにした世界の大都市だった

日露戦争後の日露関係は対米方針の利害が一致し協調路線を維持したが、ロシア革命によって社会主義共産国家のソビエト連邦が誕生したことによって国際バランスはガラッと変わった


 

反共の理念で日独伊は枢軸国として対抗結束し三国軍事同盟によってソ連を仮想敵国とした

 

第二次世界大戦で独が仏蘭を侵略すると、日本は仏蘭植民地だった仏印のインドシナ半島と蘭印のインドネシアに侵攻した

1941年秋、日米交渉最後通牒のハルノートにはとても応じられない東條内閣は御前会議で開戦やむなしの判断に至り米英同時に宣戦布告することになった

12月8日未明、帝国海軍は米ハワイ真珠湾を陸軍は英植民地のマレー半島に上陸し攻撃した

 

欧米からの独立解放という大義で日本は欧米植民地に侵攻した、東南アジアのほとんどが近世の帝国主義時代から欧米の植民地になっていた

 


ABCD包囲陣(米英中蘭)によって軍事資源の輸入は制限され経済制裁を受けていた日本は資源を求めて南下し太平洋諸島全域を占領していった

しかし日本の快進撃はわずか半年、戦局が転換したのはミッドウェー海戦だった

 

大型戦艦で海戦する時代は終わり空を制することで勝敗が決する時代に主力空母の大半を失ったという

航空機と搭乗員も壊滅的大打撃を受けた海戦で以降の海・空戦力は劣勢となる

 

戦艦大和の戦闘は時代錯誤だった、1930年代の海軍省の予算編成は大きく誤っていたことになる


大日本帝国海軍の航空母艦


日本の宣戦布告と同時に独伊も米に宣戦布告し英仏は独に宣戦布告した、第一次大戦以来の欧州全域が戦場となる大戦となった

 

敗戦国だった独伊は屈辱戦の様相だったという、五大軍事大国の米英日仏伊の戦力バランスは崩れた

 

仏は独に占領され没落、英伊は戦場となり疲弊し日本は日々消耗劣勢、となれば米のみが優位となっていった

共産国家のソ中は戦力を温存していた、独ソ不可侵条約によってソビエトは中国を支援できた、米ソの国土は戦場とならず国力は蓄えられていく

日中戦争中でかつ中国共産党と中国国民党は内乱もあったが中国国民政府は日本に降伏するどころか米ソからの援助を得て復活していったという

 


欧米資本主義国のリーダーは英から米に変わり、ソ中が社会主義共産国として世界を東西勢力に二分していった

日独伊枢軸国軍に対する連合軍の主力は欧州の独伊戦に奪われ日本軍対応は手薄だったため日本にアジア太平洋の快進撃を許したとされている

独伊が劣勢となり連合軍の主力はようやく中国大陸と太平洋の日本に向かった

欧州全域がいまだかつてない廃墟と化した、日本も本土決戦間近となり硫黄島と沖縄の戦闘では日本軍は全滅した

 


米英ソ中によるカイロ⇒ヤルタ⇒ポツダム会談によって終戦処理について話合いが始まっていた

日ソ中立条約渦中のソ連がヤルタ協定で北方領土の処分を米英と密約していたため、戦後の日ソ関係は禍根を残すことになったという

絶対国防圏のサイパンを奪われた日本は東京上空への日帰り圏内となり米B29爆撃機からの本土空襲が繰返された

1945年8月ついに広島と長崎に原爆が投下された、ヤルタ密約の通り日ソ中立条約を破棄してソ連は満州と朝鮮の国境線を越えて侵攻してきた

 


降伏文書に調印署名する重光葵外相

 

日本は米英中ソに無条件降伏することになり8月14日の御前会議でポツダム宣言受諾を決定、翌月には米戦艦「ミズーリ」甲板上で降伏文書に調印署名した