欧州情勢は複雑怪奇 | 久蔵

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落語と歴史のブログ

どうしちゃったの欧州情勢

 


独ソ間の怪奇:
・日独は同じ反共の理念で軍事防共協定を締結していたのにもかかわらず独ソは不可侵条約を締結した

・ナチス独とソビエトは労働者党社会主義一党独裁の同じような成立ちの国家だった

・後にナチスは不可侵条約を破棄してソビエトに侵攻したので、満州と朝鮮と千島・樺太の日ソ国境線がきな臭くなった
・世界からみればナチスがソビエトを拡大させ結果的にソビエトは台頭しナチスは滅びヒトラーは消えた
・戦後処理で独領土半分の東ドイツがソビエト東側陣営になった

 


日ソ間の怪奇:
・帝政時代に日露戦争したもののこの戦争の経験を踏まえて以降の関係は良好で対欧米政策での日ソの利害は一致していた
・独ソに倣い日ソ間も中立条約を締結したが英米ソのヤルタ密約によって終戦直前にソビエトは中立条約を破棄して日本を侵攻した
・日ソ平和条約は締結できないまま未だに北方国境線は未確定の状態でソビエトは崩壊した、新しいロシアとも未解決のまま現在まで続いている

 

日独間の怪奇:
・明治以降ナチス以前のドイツの国家体制や憲法を日本は学び導入しお互い似たようなしくみの国家となった
・日清日露や第一次世界大戦では反同盟国家として対立した
・反共の理念で防共協定軍事同盟したが、果たして利害は一致していたのか
・共産国家のソビエトと不可侵条約を締結したが、ナチス独に反共の国家理念はあったのか

 

 

日中間の怪奇:
・結果的に中国国民党の力を奪い中国共産党が台頭した、日本は果たして反共だったのか
・日本と紛争した中国国民政府は台湾に逃れた、大陸は中国共産党の国家となり未だ統一されず二つの中国が存在する
・共産党の中華人民共和国と国交回復した、紛争した台湾に逃れた国民政府の中華民国は日本同様に民主国家で西側陣営となった
・台湾の中にも親日・親中の両党派閥があるのは元を辿れば清国の一部だった時代と日清戦争後の日本統治時代と、中国共産党分子一派とがある

英米間の怪奇:
・資本主義国家、後の西側陣営の双璧となった
・国家としては一党独裁ではない民主国家、国内には親中ソもいるので反共産とは限らない
・資本主義や民主主義を捨てても、元を辿ればバチカンローマカトリックやプロテスタントのキリスト教国家

 

 

日米間の怪奇:
・幕末の開国から日本にとっては脅威の国だった
・以来ずーっと良好な友達関係はない

・戦後GHQが日本を単独統治しアメリカにかぶれ現在まで友達関係

 

米ソ間の怪奇:
・戦前は敵対していたが直接対決はなかった
・戦後は朝鮮半島やベトナムや中近東で幾度も代理戦争した
・東西冷戦の主軸で化学兵器や宇宙開発に熱中していたが雪解けした

中ソ間の怪奇:
・1910年代の同時期に辛亥革命とロシア革命が起こり社会主義共産国家が誕生した
・結果的に戦後は巨大な共産国家となった、東側陣営の双璧

 

 

総合的に日本目線でみると
・国家間では遠くの欧州より近くの米中ソ対策優先

・日本が大東亜戦争を起こしたことによって膠着していた欧米の世界の配分を東西陣営に二分割した
・植民地だったアジアも東西のどちらかに配分された
・日本は西側陣営に置かれたが中身は東側の思想も強い、結果的に民主的に左右派(東西)で均衡している

 

国外に親日・反日の勢力があるのはもちろんのこと、国内にも他国のスパイや日本人による親米中ソ(反日)活動家や反体制労働者勢力も多かったという

メディアによる偽り報道(ディスインフォメーション)や国民への煽りそして、一部の市民による煽動や反体制活動は日常茶飯事だったという

 

軍部政府による報道統制や国威高揚もあり対立した、やがて一方が他を壊滅する統制が始まったという、戦前・戦中は反共に傾いたとされている

 

満州某重大事件(張作霖爆殺事件)


当時の内閣総理大臣は欧州情勢は複雑怪奇と叫び内閣を解散したというが国内は一枚岩ではなく一党独裁政権にでもしなければ意思統一は図れなかったのだろう

 

有史以来このような歴史はなかった、日本は古来から常に主流と反主流と第三勢力が均衡対立しバランスを取りながら進む道を取捨選択してきた

 

この時期のみ日本は歯止めが効かない意思が一つになってしまった、軍部大臣現役武官制⇒挙国一致⇒国家総動員法⇒全政党解党⇒大政翼賛会成立⇒軍部大臣内閣


日本はどこで道を誤り大規模な戦争にたどり着いてしまったのだろうか?遡れば明治・大正・昭和初期ではなく、幕末の列強接近からだったことに気付く