第554話

こんばんは
菊水千鳳です


前回の日記の続きです。

ここまでの大まかなストーリーの流れですが、三峯神社の摂社、末社の中の〈鎮火神社〉から、迦具土神(カグツチ 又は カグヅチ)さんが現れ、カグヅチさんが
【話があるからお主らについて行くぞ】って仰いました。

実際にこの後、ファミレスでカグヅチさんも交えての夕食を摂ることとなりました。 

今回はC君の口を借りてのカグヅチさんとの会話です。
C君に被さるようにカグヅチさんが視えました。


俺(心の中で)
『ほんとだーいらっしゃる』


カグヅチさんに向かい
『古事記によると、カグヅチさんはイザナギさんに殺されたのですか?』


カグヅチさん
【今は食事中だぞ 
堅苦しい話は少し待て
皆で楽しく食事をしておるのだから】 

俺 
『あ、すみません…』 
 

しかし、直ぐに
カグヅチさん

【 ワタシは産まれてくる子どもに罪はないと思うておる 】

『カグヅチさんはお母さんであるイザナミさんを死なせてしまったのは本当でしょうか?』


カグヅチさん
【(ワタシが負わせてしまった火傷の結果) 殺してしまったよ

でも 少し言葉に語弊がある


ワタシは親を傷付けるほどの命を 輝きをもって産まれてきた


何せ親が
始神(はじまりのかみ)だからね

今後の国に多くの恵みを与えて欲しくてワタシを産んだんじゃないかなぁ

多くの神々を生んだ母であるイザナミを傷つけたことが
他の神から恨まれるようになったワタシの罪で 誰もこうなるとは思わなかったんじゃないか

イザナミに火傷を負わせるほどの強い力?を持って産まれてきたってこと
ここが大事】

『イザナギさんがカグヅチさんの首をはねて殺してしまったことになっているけど、実際にはどうなんですか?』


カグヅチさん
【実の親だし逆らうことはできないよ

神が扱う剣となれば
神をも殺しうる力を持っていても なんらおかしいことはないだろう


ただ 人間が
本に都合がいいように
体のあったワタシは死んだよ


でもワタシが死んでしまったあとの話は
どこにも伝えられていないだろ

あのあとワタシは
黄泉の世界(イザナミさんの故郷) にいるイザナミと対面した

悪いことは何一つしていない
ワタシは 殺されるのはおかしいと思った
神々もまたいたことだ

ワタシにあの輝きは強すぎてしまったのだと
そのとき理解したよ

結果 イザナギによって切られたワタシの体からは
こんなにも多くの神々が生まれたんだ

これは親がくれた神格のおかげかもしれないが 紛うことなきワタシの力である

あまり多く表舞台に立たなかったワタシであるが これだけは

皆に誇れる私の偉業のひとつだと思っている


イザナギは感情的になりやすいところもあるからね

和解はしてるよ】


『カグヅチさんはイザナミさんに火傷をおわせて、イザナミさんは亡くなったのですか? イザナミさんは前回、俺の部屋にこられた時、ワタシは死んではいないと仰られましたが』


カグヅチさん

【どちらが正解ということは必ずではない

イザナミの体を傷つけて
ワタシが殺されたが
ワタシは今ここにこうやっている


それは神という存在が
人々の願いや信仰からくる概念であるからにして

ワタシの死を望まなかったものが願ったものが
今のワタシだ

母イザナミも同じ】
  
『なるほど… イザナミさんはご自身はそんなことでは死ぬわけはなかろう、と仰ったのは我々人間が思っている〈死〉という意味合いとは異なるわけか…』

更に、
『では、イザナミさんの肉体は死んで、そこから沢山の神様がお生まれになった。しかし、イザナミさんは神様としてしっかり生きてこれまで通り働きをなさってくださっているわけか…』

『カグヅチさんは
死んだこととされているし、しかも
母親殺しの悪役
として思われ、
メジャーな神様として見なされていない 
感じだし、何だか偏見だらけで気の毒です。
本来なら、輝かしい力ある立派な神様であるべきなのに残念です』


カグヅチさん
【ワタシから産まれた神の中には 偉大なあのタケミカヅチがおるほどだからな

しかし、母親殺しの罪、更に父親を怒らせ殺された身分ゆえ 哀しいが世ではワタシはあまり評価されていないのだ】


カグヅチさんから語られた内容に、驚きと胸を締め付けられる思いがして、3人ともしばらく沈黙していました。

ここでC君が自身を守護してくれている守護龍Aに対し、質問をしました。

C君の守護龍Aに対し、
C君
『ところで、なんでこんな俺にくっついてくれたの?』

守護龍A
【心が優しいから 弱い人を助けてあげられるからついてきた】

これを聴いてC君、号泣(撃沈)…


カグヅチさんは、内心ションボリしていたので、これまで過ごして来られたのが、とても切なく感じました。


カグヅチさんの波動をキャッチすると、メジャーであるべきはずの力の持ち主が、悪役紛いとして、親不孝者の神として
又、死んだ神として偏見を持たれ続けてきた無念さが流れ込んできました。

 
ファミレスを後にし、秩父の温泉に入りました。 

湯船で、
カグヅチさん

【ここでハッキリ言っておく

古事記は真実であり
真実ではない

真実を探すのがこれからのお主達の役目だ
真実を書いていって欲しい】

『了解しました。古事記には、イザナミさんやカグヅチさんは死んだとしか書かれていないのは、真実ではないってことの一部でしょうね。
何故、書かなかったのか、古事記の書かれた歴史の背景も考慮に入れて考えないといけないのかもしれません。』


カグヅチさん
【ではまた来る】
といい、帰られました。


神々は、語られること、語り継がれることを願っているけれど、偽りで書かれることは望んでいないということを感じました。

神楽(かぐら)などで、人々(民)が楽しまれるように編集されることについては、神々は寛大なようですが、私利私欲のために勝手に神はこうである、そうであるかのように広められることは、許せないそうです。

また、神様の間の〈の概念〉も、人とは異なることも垣間見させてくれた気がします。

神々の間での〈死〉とは
恐らく、とある事情により、その神の存在そのものが完全に消滅して無くなってしまうことだと思います。
しかし、殆ど滅多にないことでしょう。

また新しい展開がありましたらご紹介します。


カグヅチさん日記  完  



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