物理ネコ教室264電子の発見 | ひろじの物理ブログ ミオくんとなんでも科学探究隊

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 電子の発見は1897年。19世紀末です。そもそも、原子そのものの存在も、長い歴史があるようにみえて、物理学の研究者の間で確固としたものとして信じられるようになったのは、1905年のアインシュタインの原子の熱運動による平均自由行程に関する論文によってです。

 

 ボルツマンが原子の運動の統計的な処理によって熱と温度の正体にせまる論文を発表した当時も、学会の主流は「目に見えないもの(原子)の存在を前提にして理論を立てることは無意味だと思われていました。ボルツマンの自殺には本人の気質によるところも大きいのですが、自分の理論がなかなか受け入れられないという忸怩たる思いもあったと思います。

 

 ボルツマンが自殺する1年ほど前に、さきのアインシュタインの論文が発表されたのですが、ボルツマンはその存在を知らなかったようです。アインシュタインの論文が分子運動の存在を証明することになり、今のぼくたちが当たり前のように前提としている原子の存在が科学界で認められたのは20世紀になってからです。

 

 さて、イギリスのクルックスが陰極線の性質を研究し、多くのクルックス管を作成したことで、ぼくたちもその恩恵にあずかり、高校でもクルックス管の実験を見せることができます。

 

 以前の記事「電子と幽霊」で書いたように、クルックスは当時のイギリス物理学会の重鎮であり、学会長もつとめていたのですが、当時流行の女性の霊媒のトリックにまんまとひっかかり、一時、心霊現象を認める立場になりました。(後になって、それをなかったことにしようと画策したようですが、こうしてぼくたちが知るところになっているわけですから、悪名は轟きますね)

 

 電子の発見の物語はこのように、原子の存在自体も認められるかどうかという時代背景を考えながら見直してみると、感慨深いものがあります。

 

 では、プリントを見て行きましょう。 

 

 

 陰極線の実験は通常「真空放電」といわれますが、そもそも「真空」状態を作ることは不可能です。低気圧の状態での放電実験なので「低圧放電」などの名称がふさわしいでしょう。

 

 ぼくは毎回、この授業では物理講義室などで暗室を作り、誘導コイルで高電圧をかけた放電管から、真空ポンプで空気を抜き、減圧するとともに、目に見えない陰極線が低圧の空気を光らせる様子を見せています。(この実験の様子は、別記事「福井崇時先生の放射能特別講義顛末記」に画像の一部を紹介しています)

 

 減圧レベルがあまり強くないときには、極の間に赤紫色の光線が見えます。これは、陰極線の通り道の空気中の分子(窒素など)が光っているのですが、減圧レベルが強くなると、球状の放電球が縞模様状に光る(グロー放電)ようになります。さらに減圧すると、それも見えなくなり、陰極線の当たったガラス管が蛍光するのが見えるだけになります。(高校で使っている真空ポンプと放電管の実験では、この最終段階まで見せることはなかなか困難です。この当たりの事情は、福井先生の記事をご覧ください)

 

 教科書には、各種のクルックス管の実験から、陰極線の各種の性質が明らかになってきたように書かれていますが、その中には後になって間違いだとわかったこともあります。

 

 ぼくのプリントでは採用していませんが、陰極線の通り道に蛍光塗料を塗った羽根車をおいたクルックス管があり、高電圧をかけるとその羽根車が光りながら回転して押されて動くように見えます。昔は、これは陰極線が質量をもつ粒子である証拠だと考えられていました。つまり、飛んできた電子の粒が羽根に当たって衝撃で羽根を動かしている、と考えられていたのです。

 

 しかし、実際に計算してみると、どうもあやしいことがわかってきました。

 

 今では、電子が当たった側の羽根車の面の温度が上がり、その面に接している希薄な空気の分子の熱運動が、羽根の反対側より激しくなることで、羽根の両面が分子との衝突で受ける圧力に差ができ、それで動くと考えられています。

 

 ラジオメーターという、光を当てるとくるくる回る羽根車の装置があるのですが、これとまったく同じ仕組みですね。(ラジオメーターについては、また別の機会に紹介します)

 

 クルックス管の実験では、まだ電子の存在は明らかになりません。

 

 陰極から何かが飛びだしていることがわかるだけです。

 

 それがすべての物質に含まれる共通の基本粒子、つまり電子であることが証明されたのは、トムソンの実験のおかげです。こちらは、書き込んだプリントを見ながら、解説します。

 

 

 ミリカンの実験は、見えないものをどう量るかという、実験物理学の象徴的な例です。そういう発想で見ると、ミリカンのやった実験の偉大さが見えてきます。

 

 ぼくは、いつもこの授業の時には、模式的なミリカン実験のモデルゲームを行います。

 

 石けんの箱にビー玉を複数個入れたもの(あるいは、封筒にコインを入れたもの)を何種類か用意し、それを順番にはかりにかけて、重さをはかり、その値を黒板に書いていきます。

 

 箱や封筒は、5個くらいあればじゅうぶんです。その数値を並べ、箱のビー玉や封筒のコインの個数と、一個の重さを予想させるというゲームです。

 

 クラスで考えてもらうと、たいてい何人か、うまい方法を思いつきます。

 

 それは・・・

 

 そちらも、書き込んだプリントを見ながら、解説しましょう。

 

 では、書き込みを見て行きます。

 

 

 陰極線の実験は、ぜひ見せたいですね。というより、見せるための装置や部屋の条件があるのに、それを見せずに授業をするというのは、もはや物理の授業とは呼べないのではないでしょうか。

 

 ぼくは、このプリントの授業のさいには、真空放電とクルックス管の実験は、必ず見せることにしています。(トムソンの実験は専用のクルックス管と専用の高電圧電源<どういうわけか、こちらが無い学校が、結構あります>がいるので、条件がそろわないときは見せられません)

 

 2のクルックス管による陰極線の実験(1)〜(4)からは、陰極線が直進し、エネルギーと負電荷を持つなにものか(おそらく粒子)としか、わかりません。

 

 じつは、高校の教科書にないので、このプリントでも省略しているのですが、陰極線がクルックスがいうように粒子かどうかということについては異論もありました。1895年に、フランスのペランが陰極線を金属の円筒に当て、それが徐々に負電荷に帯電する実験をして、ようやく陰極線が負電荷を持つ粒子の流れであることが定説になったのです。

 

 それが電子だとわかったのは、次のトムソン(イギリスのJ.J.トムソン)の実験によってです。

 

 トムソンは陰極線に電場をかけ、進路を曲げることで、陰極線の粒子の質量と電荷の比を測定する実験を行いました。

 

 もし、陰極線が複数の粒子からなるなら、進路の曲がり方は粒子によって異なり、幾筋かに分裂するはずです。また、陰極の金属や、放電管の中の気体の種類によって陰極線の粒子が変わるのなら、陰極や放電管の気体の種類を変えると、曲がり方が異なるはずです。

 

 ところが、陰極の金属を変えても放電管の気体を変えても、陰極線の曲がり方は同じで、分裂することもありませんでした。つまり、陰極線の正体である粒子は、すべての物質に共通な基本粒子であるということがわかったのです。

 

 それどころか、その電荷と質量の比は、それまで知られていた水素イオン(もちろん、原子が実在すると考える人たちによって実験されていたのですが)の電荷と質量の比に比べると、2000倍ほど大きかったのです。

 

 この桁違いの電荷/質量の比(e by m)の値は、陰極線の粒子が、それまで知られていたどの粒子とも異なる、新発見の粒子であることを示しています。

 

 トムソンは、これらの結果から、陰極線の正体が、負電荷をもつ物質の基本粒子で、しかも今まで知られていない新粒子であることを見抜きました。これに「electron電子」と名づけたのも、トムソンです。(この名称は1891年にアイルランドのストーニーが電荷の基本単位として名づけたものを、トムソンが流用したのです)

 

 

 ミリカンの実験は、目に見えない電子の電荷をどうやって測定するかという難題を、コロンブスの卵のような発想で解決したものです。実験物理学者の発想方法が垣間見られるよい例ですね。

 

 さきほど書いたとおり、ミリカンの実験の模擬実験として、見えないビー玉の数と一個の質量を当てるゲームをすると、頭の切れる生徒が、うまい方法を思いつきます。

 

 なんでしょうか。

 

 それは、データの「差をとる」という発想です。

 

 データを大きいものから小さいものへと順に並べ、その差を取っていきます。

 

 見えないビー玉の1個あたりの質量が、その差を見ることでわかりやすくなるとの発想です。

 

 実際、実験をしてみると、差の値は、ある値の整数倍になります。

 

 そこから、1個の質量が見抜けるんですね。

 

 ここで、さらに実験物理学ならではの手法があります。

 

 すべての測定値は誤差を含んでいますから、差を取った数をそのまま眺めていても、共通の数値は見えてきません。有効数字で少し粗いレベルで、共通の数をさがす作業をしなくてはいけないのです。

 

 4のミリカンの実験の例でいえば、有効3桁で考えると意味がないので、それより粗い有効2桁で予想します。すると、電気素量eの値として、だいたい1.6×10^-19(10のマイナス19乗)という数が見えてきます。

 

 この値を使って、それぞれのデータがeの何個分かを予想し、合計して個数で割ることで、有効数字3桁でのeの値を求めることができるのです。

 

 みごとな方法ですね。

 

 なお、電子の電荷/質量がトムソンの実験でわかり、電子の電荷がミリカンの実験でわかったので、必然的に、電子の質量がわかることになります。

 

 

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