X線の発見は19世紀末、ドイツのヴィルヘルム・コンラート・レントゲンによってなされました。でも、その正体がわかったのは20世紀に入ってから。
結晶にX線を当てると干渉模様(回折)を起こすことから、X線が波の一種であることが判明しました。これは、ドイツのマックス・テオドア・フェリックス・フォン・ラウエやイギリスのウィリアム・ヘンリー・ブラッグ&ウィリアム・ローレンス・ブラッグ(ヘンリーの息子)の功績です。
可視光を回折格子で干渉させる実験は、回折格子の間隔(格子定数)が可視光の波長程度のスケールになっていることが必要です。
X線は可視光よりずっと波長が短いので、可視光用の回折格子にあてても、干渉模様をつくりません。しかし、X線の波長と同程度のスケールで、回折格子のように規則正しく並ぶものが、自然界にありました。それが、結晶です。結晶の原子の間隔は、ちょうどX線の波長程度のスケールなので、結晶が回折格子として使えるわけです。
ブラッグのイラストはまだ描いていないので、またまた代役として寺田寅彦を使いました。(なんどもおでましいただいて申し訳ないのですが)
寺田とブラッグの関係は、一方的ですが、運命的。
ラウエのX線回折は透過光によって行われていたので、X線にたいして結晶の位置を変えるためには、毎回装置を組み直さなくてはなりません。寺田は反射光によって回折像をつくる方法を考え、結晶の位置を実験中にも自在に変えることができる装置を自作しました。
当時の東大物理研究室には自由に使えるX線源がなかったので、医学部で使っていたお古をもらってきてセットしたのですが、何から何まで手作りの寺田の装置は、X線回折の実験に革命をもたらすものでした。
意気揚々と論文を発表しようとしていた矢先、船便で何か月遅れかのヨーロッパの科学誌が届きました。それを見た寺田はびっくり。そこに、自分が開発したのとそっくりなアイディアの実験ーーブラッグの干渉実験の論文が掲載されていたのです。
がっくりした寺田は、自分の英語論文に「これはつまらない工夫をつけくわえたものにすぎないが」という一文を付け加えて雑誌「Nature」に発表しました。
ブラッグはこの研究でノーベル賞を取っていますから、その後のノーベル賞の基準からすると、寺田も同時受賞するべきだと思います。寺田の論文は時期遅れということで注目されなかったのですね。
船便で最新の科学論文が何か月もおくれて届く日本で、物理の研究をしていくことがいかにキビシイか、寺田は身をもって体験し、その後、研究方針を大転換しました。
欧米と同じテーマで研究しても、数ヶ月のタイムラグが不利になる。
それなら、欧米の研究者が関心を持たない独自のテーマを研究した方がよい。
寺田は、金平糖の出来方やら、地震の研究やら、とにかく手当たり次第、日本で独自に研究できる身近なテーマを選びました。
これらは、20世紀になってから脚光を浴びる複雑系の科学にあたるテーマです。寺田の発想力のすごさがわかります。
寺田は文学では夏目漱石の一番弟子にあたりますから、随筆などの本の発表で一般には有名な人になりました。
しかし、寺田は最後まで、自分に物理学上での業績がないことを苦にしていたといわれます。
運が悪かっただけなんですが・・・
またまた、大いに脱線してしまいましたが、波動性と粒子性の2番手は、X線です。(いつも授業で話していることを書くと、こんな感じになってしまいますね。この分野では、脱線につぐ脱線ですが、教科書的な内容を淡々と扱うより、よっぼといいと思っています)
では、プリントを見て行きましょう。
1と2(1)により、X線が電磁気の波であることが見えてきますね。
2(2)のブラッグの実験は、それほど難しい内容ではありません。波の干渉の理論をそのまま適用するだけでブラッグの条件式が出てきます。
でも、黒板とチョークだけの授業では、誤解してしまうことがあるんですね。
それは、なにか・・・
ブラッグの干渉実験は、原子・原子核の分野で初めて登場するため、このブラッグ反射が、X線特有の現象だと誤解してしまうことです。
ぼくは昔は、この実験を実際に水の波でやって見せていました。これはぼくのオリジナルではなく、岐阜物理サークルの人たちが愛知物理サークルに来て見せてくれた実験がもとになっています。
透明なアクリル板に等間隔にドリルで穴を開け、そこに釘のようなものを通し、巨大な剣山のようなものを作ります。これを水波投影機という、水の波に光を当ててスクリーンなどに投影する装置に置き、平面波を斜めからおくると、角度や波長によって、反射波が現れたり消えたりします。
つまり、ブラッグ反射は波の一般的な干渉実験にすぎないんですね。
でも、この実験をいちいちセットして見せるのは、結構大変でした。
その後、カナダの会社が作った理科教育のループフィルムが手に入りました。その中に、ぼくたちがやっていた実験とそっくりの実験の映像があったんですね。
非常に丁寧に実験されていたので、その映像を見せる方がわかりやすかったので、それ以来、実験のかわりにそのフィルムを見せるようになりました。(なんでもかんでも手作り実験の方がいいとは、ぼくは思っていません)
ループフィルムは特別な映写機にかける必要があり、やがてなくなる運命であることは予測できましたので、それをビデオカメラで撮り直した映像を使うようにしました。(今でも使っています)
では、プリントの後半へ。
3はコンプトン散乱と呼ばれる、X線を粒だと考えないと説明できない現象を扱っています。
つまり、プリントの左側がX線の波動性、右側が粒子性、というふうにすっきりわけているんですね。
コンプトン散乱は光電効果と同様に、不思議な現象です。
でも、その前に、波の散乱に関する「常識」がないと、その不思議さを感じることすらできません。
波の授業で散乱を習ったとき、四方八方へ波が散ることばかりに気を取られて、ある基本的な、しかし、重要なことを見逃さなかったでしょうか?
散乱した光も、透過した光も、入射した光と同じ長さの波長になっている、ということです。
そんなの、当たり前じゃん!・・・と思った人は、正解。波の基礎知識がしっかりしている人です。
コンプトン散乱では、散乱光の波長が変化するのです。詳しいことは、書き込みプリントで見て行きましょう。
2で、コーヒーシュガーの回折像(ラウエ斑点と呼ばれます)がまるでクモみたいな形になっているのは、コーヒーシュガーの結晶の原子配置が複雑だからです。もっと結晶構造の単純な食塩の結晶を使えば、回折像ももっと簡単になります。
3のブラッグ反射は、さきほど述べたとおりで、波の一般的な干渉条件【道のりの差=mλ(波長の整数倍)なら強め合う】を示す実験です。プリントの書き込みにあるように道のりの差は結晶の間隔dのsinθ倍のさらに2倍にあたることが、図をみればわかります。
したがって2dsinθ=mλが、反射光が現れる条件になりますね。
2、3ともに、X線の波動性を示す実験で、X線が電磁波の一種であることを示しています。
さて、いよいよコンプトン散乱(コンプトン効果ともいう)です。
アメリカのアーサー・コンプトンが実験によって見つけ出した、光の粒子性を示す現象です。
書き込みにあるように、複雑な式がいっぱい登場するので、難しいイメージのあるコンプトン散乱ですが、じつは原理は単純です。
X線を物質に当てたとき、どういうわけか散乱されるX線の波長が、入射するX線の波長より長くなっていることが観測されました。これは、波の理論では考えられない現象です。
しかし、X線が光子として振る舞っていると考えれば、単純に説明がつきます。
光子のエネルギーhν(νは振動数)は、物質中の電子との衝突で、電子を動かします。簡単のため、最初の電子は止まっていたものとしましょう。すると、電子が衝突後に得た運動エネルギーKの分だけ、光子のエネルギーは減ってhν’(ν’は衝突後の光の振動数)になります。これはもちろん、エネルギー保存則のためです。
hν>hν’
ですから、
ν>ν’
つまり、衝突後は、X線の振動数は小さくなります。
ところで、光を波動として考えたとき、c=νλ(cは光速、λは波長)という波の基本式にしたがいます。光速cは衝突後も変わりませんので、振動数νが小さくなるということは、波長λは大きくなることになります。
λ<λ’
ですね。
これで、衝突後の散乱X線の波長が入射X線より長くなることが理解できます。要は、衝突で光子のエネルギーが減って、振動数が小さく、波長が大きくなる、ということだったわけです。
今は、エネルギーの関係だけで説明しましたが、アインシュタインの光量子説では、光子の運動量p=h/λも与えられていますから、光子と電子の衝突に、運動量保存則も用いれば、散乱X線が進む角度に応じて、波長がどの程度長くなるのかという、詳しい計算もできます。
その詳細は、プリントの(a)〜(c)の計算を、自分で追いかけてみて下さい。
計算途中で、ちょっとした近似計算が必要になり、難しいのはそこだけです。(難しいので、どのように計算するかという例を、欄外に書いておきました。筆記試験ではこの計算ができないと困るので、よく練習しておいて下さい)
これで、光電効果、コンプトン効果と、光の粒子性を示す代表的な実験の紹介が終わりました。
つぎは、いよいよ、発想の飛躍。
波動だという常識のあった光が粒子としての性質を持つことがわかってきたのだから・・・
つぎは・・・
では、次回をお楽しみに。
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