フランスのルイ・ド・ブロイは、最初は歴史学と古文書学を学んだ人。実験物理学者だった兄の影響で、理論物理学者になったという、変わった経歴の持ち主です。
ブラッグ親子のX線回折の実験は、X線の波動性を示す実験として有名です。しかし、ブラッグ(父)は、1912年にX線に関して、波動、粒子、両方の性質を持つ理論が必要だと述べています。
ド・ブロイはこのブラッグの主張に共感し、波動と粒子の間にはなんらかの対称性があるはずだとの信念を持つようになります。
ド・ブロイは当時発表されて間もなかったアインシュタインの特殊相対性理論に沿って考え、ついに「物質波」の理論にたどり着きます。
ド・ブロイは当時、それほど有名ではない、一介の物理学者にすぎず、また、ある原子の解釈を巡って、ボーアやコペンハーゲンの物理学者と激しく対立していました。
ド・ブロイの着想を知ったアインシュタイン(当時、またたくまに大学者として有名になっていた)が、「ド・ブロイは大きな垂れ幕の端を持ち上げた」といって賛同してくれなかったら、ド・ブロイはへこたれていたかもしれません。
では、プリントを見て行きましょう。
今度は粒子だと思っていた電子が、波動性を持つ、というお話です。
1「物質波ド・ブロイ」は、あまり深入りせずに、結果だけ紹介するようにしています。
授業の流れとしては、アインシュタインの光量子説から、電子の物質波の式を見つけたことになっていますが、実際にはもっと曲がりくねった道筋です。むしろ、アインシュタインの運動量の式p=h/λは、最初はド・ブロイがアインシュタインの相対性理論を利用して式を変形しつつ、発想を飛躍させて生み出したものです。だからこそ、アインシュタインが感心したんですね。
それは、また後ほど。
2「電子波の干渉デビソンとジャーマー」(ガーマーと発音するかもしれませんが、高校の教科書ではジャーマーと書かれているので、こちらにしました)は、教科書では単純に「ド・ブロイが電子波の波長を予言し、デビソンとジャーマーがそれを裏付ける実験をした」という感じで書かれています。
が、これも本当は違っていて、わりと偶然に見つかったことです。
「ウェスタン・エレクトリック」という電力会社の研究員だったデビソンとジャーマーは、「ゼネラル・エレクトリック」との真空管に関する特許訴訟に絡んで、真空管の陰極(金属の酸化物)に電子を当てる実験をしていました。裁判の後も、この実験は続けられ、酸化物から裸の金属へ、そして、たまたまの事故から、金属の単結晶へと、実験対象が変化していったのですが、単結晶に当てたとき、まるでX線を結晶に当てたときのようなきれいな模様(このときはまだ干渉の結果かどうか謎だった)が観測できたのです。
その後、2人はド・ブロイの波動説のことを知り、それを実験に当てはめたのです。
この話は「新しい物理学の発見は論理的に積み重ねられることはほとんどない」という例の一つにすぎませんが、教科書の書き方はいろいろと誤解を生みそうです。
プリントの後半の3は電子顕微鏡の仕組みをちょっとだけ書きました。それほど重要な話題ではないので、さらりと流してあります。
4は、後々の量子力学の解釈につながるので、実際に粒子であるはずの電子がいかにして波動性を示すのかという、時間を追った実験結果の画像を紹介しています。(光でやっても、おなじような画像が得られます。こちらは、林煕崇氏が行った実験結果を別記事で何度か紹介していますので、そちらをごらんください)
では、書き込みを見て行きましょう。
1物質波
申し訳ないとは思っているのですが、ぼく自身も授業の流れの中で、ときどき実際の歴史を無視して、あたかもこんなふうに科学は進んだみたいな紹介の仕方をすることがあります。あまり複雑になりすぎることもあるし、ぼく自身が詳しい裏話を知らなかったケースもあります。
プリントでは、書き込みにあるようにアインシュタインの光量子についての式p=h/λから着想を得て、ド・ブロイがこの式を変形し、λ=h/pとして、物質の持つ波の波長を予言したと説明しています。
でも、じつは、歴史的には、アインシュタインの光量子の式p=h/λはアインシュタイン自身が作った式ではなく、ド・ブロイが(論理的ではなく、現在の理論から見れば間違っているが)すばらしい発想の飛躍で、アインシュタインの特殊相対性理論とプランクの理論を結びつけて、作り出したものです。
前回、P=E/cという相対性理論の式から作れるという話をしたばかりですが、それは相対性理論の正しい式を使った場合の話です。
物理の発見は、つねに正しい論理から導かれるわけではなく、たいていは間違った理論によって、まぐれ当たり的に見つかることが多いのです。例えば、光速がc=1/√(ε・μ)という、マクスウェルの見つけた式は、最初はマクスウェルの電磁方程式から見つかったのではなく、マクスウェルがその前に考えていた謎の渦理論から、偶発的に見つかったものです。ド・ブロイのλ=h/pも、そうしたものの一つです。
でも、アインシュタインは、直観的に、ド・ブロイが導いた結果は自明なもので、新しい物理学につながるものだと絶賛したのです。
授業ですら話さないことですが、興味をお持ちの方のために、ド・ブロイの思考の流れを紹介しておきます。(参考:ウィリアム・クロッパーの『物理学天才列伝』・・・ただし、この本に書いてあるとおりではありません)
プランクの式E=hν
アインシュタインの特殊相対性理論の式E=mc^2(cの2乗)
この二つが等しいとして、hν=mc^2
また、波の基本式c=νλよりν=c/λ
よって、h・(c/λ)=mc^2
cが共通しているので、h/λ=mc
さて、cは光の速度なので、mcは通常の粒子でのmvつまり運動量pに当たると考えて、光子の運動量pは、
p=mc
よって、h/λ=p
これで、アインシュタインの光量子説に登場する光子の運動量pの式がでてきます。
あとはプリントの通りで、ド・ブロイはこの式を電子にも当てはまるものと考え、
電子の波長λ=h/p
また、電子の運動量p=mv
よって、λ=h/(mv)
これが、ド・ブロイ波長です。
もちろんmcを光子の運動量と発想すること自体が、現在の相対性理論の知識から見ればブキミですね。光子の静止質量はm=0ですから。
それはさておき、プリントにもどりましょう。
簡単な問がありますが、「物質波」という不思議な発想を理解するのは、理屈の上では難しいので、「慣れ」るために簡単な問題を解くといいですね。何度も見ているうちに、そんなものかなと思えるようになります。あやしげなことをいっているように聞こえるかもしれませんが、物理学で新しい概念を理解するのには「慣れ」が一番大切な要素なんですね。
野球ボールの物質波を実際に計算してみると、とんでもなく短くて、とても観測できないことがわかります。
つまり、日常のスケールでは、粒子の波動性は見えてこない・・・ということがわかりますね。
2電子の干渉
前にコーヒーシュガーの結晶でのX線回折画像をみていただきましたが、今度のは塩の結晶での電子線回折画像です。塩の結晶は単純ですので、回折像も単純ですね。
なお、電子を高電圧で加速して打ち出す装置(電子銃)で飛び出して来た電子の物質波の波長は、それほど難しくないので、プリントの書き込みを見て、自分で求められるようにしておいてください。
3電子顕微鏡
普通に使われています。
ここでは、顕微鏡で物を見るということと、使用する波(光や電子)の波長との関係を押さえておきたいですね。
分解能の問題で、可視光では可視光の波長より小さい物の姿が見えません。
その場合は、可視光よりもっと波長の短いもので見る必要がありますが、光で波長を極端に短くしていくと、エネルギーがとんでもなく大きくなってしまい、見ようとする目標物をはじき飛ばしてしまいます。
したがって、電子の波長を使う、という選択肢が生まれました。これだと、比較的低いエネルギーで、極端に短い波長を得られますから。
4電子によるヤングの干渉実験
電子の数を少なくして実験すると、どのようにして波動性が表れてくるかが、画像でわかります。一粒一粒は粒子っぽいですが、全体を通してみると、明らかに波の性質である干渉を起こしているのがわかりますね。
書き込みに「林ヒロさんの光子の実験画像も同じ」と書いてあるのは、関連記事「ひみつきちでシングルフォトンの実験」のリンク先をご覧ください。
なお、この光子や電子の干渉実験の量子力学的解釈については、ぼくの本『いきいき物理マンガで冒険』の第9話「怪盗クァンタム対科探隊」で書きましたので、興味のある方はそちらでごらんください。
ファインマン物理学V「量子力学」でのファインマンによる解説をマンガにしたものです。(本のリンクは下の方をごらんください)
では、今日はここまでにしておきましょう。
今回は、授業でしゃべらないことまで書いてしまいました。
関連記事
電子と原子<物理ネコ教室3年>
波動性と粒子性<物理ネコ教室3年>
核反応・素粒子と宇宙<物理ネコ教室3年>
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