物理ネコ教室277新しい物理学への架け橋 | ひろじの物理ブログ ミオくんとなんでも科学探究隊

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 ニールス・ボーアはデンマークの物理学者で、マンチェスターのラザフォードのもとで働いていました。初期の量子力学(量子論)において、中心的な存在となり、アインシュタインとも量子力学の解釈をめぐって論争を繰り広げました。(両者は人間的には友好関係にありました)

 

 ボーアの水素モデルは量子論の代表的な成功のひとつです。

 

 水素原子のスペクトルの謎を、類い希な発想で解き明かしたボーアの水素モデルの理論は、もちろん高校物理でも学びます。ですが、ボーアの考えた道筋にしたがって説明することは、角運動量など大学でしか習わない物理量の知識が必要だし、そもそも新しい事を見つけるときには論理の飛躍もありますから、そのまま紹介しても、あまり意味がありません。

 

 ですから、高校生向けに、物理的な意味が見えるようにしています。

 

 2枚のプリントで連続してボーアの水素モデルを扱っています。

 

 1枚目はその背景と、ボーアの水素モデルの3つの柱を紹介しています。

 

 

 1は、水素原子が放射する光のスペクトルに関する、謎の規則性の話です。

 

 2は、ボーアの師匠にあたるラザフォードの原子モデルについて、致命的な欠点の話。

 

 3は、古い物理学と新しい物理学をどうつなぐかという「ボーアの対応原理」とよばれる考え方を紹介しています。これは、その後も、素粒子の研究など、新しい世界を研究するさいの指標になっています。

 

 4は、ボーアの水素モデルの3つの柱です。ボーアは矛盾していて理論が行き詰まるときには「開き直る」ことも必要だという事を教えてくれています。

 

 書き込みを見た方がわかりやすいですね。

 

1「水素原子の謎」

 水素原子など、原子発光のスペクトルは、炎や白熱電球から出る光と違って連続的でなく、とびとびの波長の光が、一見、不規則に並んでいます。

 このスペクトルの並びに、単純な整数が関係する規則性があることを見つけたのが、スイスのヨハン・バルマーです。

 規則性の裏には何らかの実体があるはずです。

 

2「ラザフォードの原子モデルの謎」

 これは重要なので、一項目作りました。

 原子核の周りを電子がくるくると円運動するという単純なモデルなのですが、電磁気をきちんと学ぶと、このモデルが実際にはありえないモデルであることがわかります。

 力学の範囲では、問題ありません。しかし、電磁気の範囲で考えれば、くるくると円運動する電子は、かならず電磁波を放射するはずで、それによってエネルギーを失い、原子核に墜落することになるのです。これでは、原子が安定して存在できません。

 

 なお、余談ですが、ぼく自身、大学生の時、同級の学生とともに「いまさらこんなことを聞いて恥ずかしいのですが、電子が回転運動をするとどうして電磁波を出すのでしょう? 電子が単振動しているなら電磁波が出るのはわかるんですが」と、ゼミの教授におそるおそる聞いたことがあります。自分の不勉強(まあ、日本の大学生は、おおむね不勉強ですが)を棚にあげて平気でこういうことを聞ける強心臓だったのですねえ。

 

 このブログを読まれているみなさんは、他の記事でも書いたことがありますから、もうお気づきでしょう。

 

 単振動も、円運動も、波を出すという事ではほとんど変わりがありません。ためしに、水に指を突っ込んで、小さくくるくると回してみて下さい。円形の波が周りへ広がっていくのが見えるでしょう。

 

3「ボーアの対応原理」

 高校の物理では、ちょっとでてくるだけで、あまり大きな扱いをしませんが、物理学がどういう学問なのかを端的に示す発想なので、時間をとって紹介しています。

 だれか、とんでもない天才が生まれて、新しい理論を作ってくれるのを座して待つ・・・というわけにはいきません。今あるクワ(古い理論)で荒れ地を耕す(研究をすすめる)ほかないのだけれど、今あるクワでは、荒れ地の岩が砕けない・・・という状況に似ているでしょうか。ブルドーザーの登場を待つのではなく、先端を硬く作り直したクワでなんとか耕すことで、やがて登場するブルドーザーが備えるべき性能も見えてくる、ということですね。

 実際、ボーアのこの対応原理により、ごつごつと間違いを重ねながらも、量子論の研究は進んでデータが蓄積されていき、やがて量子力学が誕生するのに大いに役に立ったのです。

 

 

4「ボーアの理論」

(1)定常状態

 ラザフォードの原子モデルの欠点は先ほど述べた通りです。ボーアは、原子が安定に存在する以上、なんらかの理由で電子が電磁波を放射しないで円運動することのできる特別な軌道があるはずだと考え、それを定常状態と呼びました。まさに「開き直り」ですね。

 この定常状態は、エネルギーレベルの違う何種類かがあり、電子は定常状態と別の定常状態の間を飛び移ります。これを「遷移」といいますが、この「遷移」は通常の古い物理学の理論では説明できないとしました。

 

(2)量子条件

 このプリントでは、わかりやすい論拠として、ド・ブロイの電子の物質波を用いて説明していますが、実際には、ボーアは最初から「物質波の定常波」を用いて量子条件をもとめたわけではありません。ボーアが考えたのは、最終的にバルマーの見つけた規則的な式に辿り着くために必要な式でした。それを「角運動量がある飛び飛びの値の物だけ許される」という表現でも表しましたが、「角運動量」を学んでいない高校生には理解できません。

 ボーアの量子条件の式を変形すると、ド・ブロイの物質波が定常波を作る条件が出てきますので、そちらで考えた方がすっきりとわかりやすいはずですが、物質波を用いて量子条件を理解するやり方は、ボーアよりあとの人たちが解釈し直した結果です。

 しかし、ここでは、生徒の理解のしやすさを念頭において、ド・ブロイの物質波を用いた説明にしてあります。

 

 書き込みを見れば一目瞭然ですが、円軌道上に波を描いた場合、円軌道の長さと波の波長が整数倍の関係にあるときだけ、定常波が生まれることが理解できます。そうでない場合は、自分自身の波が多重にずれて重なり合って干渉し、消えてしまうからです。

 

 円軌道の周囲の長さ=電子の物質波の波長のn(整数)倍

 

 という式が、量子条件、つまり、定常状態の軌道があるとびとびのものしか許されない条件を表しています。

 

(3)振動数条件

 こちらはプランク・アインシュタインの光子の考えを使います。電子が古い理論では理解できない方法で、定常状態から別の定常状態へ飛び移る(遷移する)とき、そのエネルギー差にあたるエネルギーを持つ光子が出入りする、というのが量子条件です。なぜ振動数条件というかというと、出入りする光子のエネルギーが決まると、光子のエネルギーは振動数νのh倍に等しいので、出入りする光の振動数が決まるからです。

 

(1)〜(3)は、ボーアの開き直りである定常状態という発想に、ド・ブロイの電子の物質波、アインシュタインの光量子と、3つのまったく新しい理論が使われています。しかし、次のプリントでわかるように、ボーアは、これらの3つの柱以外は、すべて古い理論を用いて、水素モデルを作り、バルマー系列の謎を解いたのです。

 

 すこしだけ、予告しておくと、このボーアのアクロバットのようなやり方は、のちに完成した量子力学の理論からみると、間違いだらけです。でも、物理学が新しい世界に挑戦するときは、かならずといっていいほど、間違いの理論を用いて、地平を切り拓いていきます。

 

 完成した量子力学ではなく、間違いだらけの量子論を、高校でも大学でも教える理由の一つが、これなのです。もっとも代表的な歴史を教えることで、物理学の研究の典型的な進め方を学んでもらおうということなのですね。

 

 もうひとつ、教科書を書く研究者たちが、自ら体験した生々しい出来事を書きたいと思ったことも、教科書が量子論からはじまる原因ともいわれています。

 

 量子論から始まらない、完成された量子力学を最初から教えるということに挑んだ教科書で、もっとも代表的なものは、アメリカのリチャード・ファインマンの「ファインマン物理学V量子力学」でしょう。

 

 もっとも、ファインマンがカリフォルニア工科大学で行ったこの講義録は、現在のカルフォルニア工科大では「難しくて学生がついてこられない」ために使われなくなっているということを聞いたことがあります。

 

 

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