(湯浅醤油と金山寺味噌の歴史15)味噌作りの知恵 | 世界一の醤油をつくりたい 湯浅醤油有限会社 社長 新古敏朗のブログ

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湯浅醤油の社長、新古敏朗が想いを綴ります。
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丸新本家湯浅醤油有限会社の新古敏朗です。

 

中瀬賢次 著より 抜粋

 

ミソ作りの季節は地方によって違いますが、一年中で一番乾燥した時から始めることが失敗を防ぐ秘訣で、長野地方では三月から四月にかけて行われます。

大豆を煮て、いわゆる「ミソ玉」として日陰の軒下につるして空気中のミソカビをつけて経験と勘によって仕込み日を決めたものです。

上記の味噌の製造方法は、韓国の製法にそっくりです。
おそらく、心地覚心(法燈国師)が、中国から持ち帰った味噌の製法と別で、
もう一つの製法として現存する製法だと思います。

私が、韓国で見た製法は、こちらです。

 

「ミソ玉」は地方によって大きさが違い、乾燥の激しい所は大きく、湿度の高い所では小さく期間も違い、適当に青カビがついて割れが入ったところを見計らって水洗いをして、塩と混合かき込みをしました。

一杯についた「ミソ玉のカビ」を良いものと悪いものと区別して、削り落としたり、時によっては塩を強く種ミソを入れて失敗しない工夫が何百年も繰替えされるうちに確立されました。

然し米麹が手に入るようになるとこうじカビの力を借りて雑菌に打ち勝つ工夫がされましたが、貴重な米を大量に使用に使用することは出来ませんから一、二割程度でした。

それでは十分な菌数がありませんから最低の塩で酵素を助けた訳ですが、それでも三年かかったミソ作りが二年で出来るようになりました。塩の量が少ないので湿度が高いと酸敗しますので俗にミソ倉と呼ばれる冷暗所に貯蔵して、湿度と感想を防いで醗酵を待つのですが菌数が不足していますから、長い期間を要しました。

大豆を洗うことから始めて、自然の菌を利用して長い眠りからさめるミソ、そこには受け継がれ、磨きをかけられた伝統の技術が生きています。ミソ作りには、人間の生活の知恵を表現した自然に生きる微生物と人との美しいドラマがあるのです。

ミソの醸造期間の長短がよく問われる所ですが長い理由に有効菌が少なく、不必要な菌の多い中で酸敗を防ぐために低い湿度で寝かせた事と、貯蔵食品としたからです。

昔武田信玄により封鎖された当時、上杉方から塩を贈られた友情温まる話がありますが、

敵に塩を送る 長野県の民話 <福娘童話集 きょうの日本民話> (hukumusume.com)

(リンクはフリーと記載ありました。お借りさせて戴きます。)

貴重品である塩を合理的にミソとして確保したことから、必要以上の塩分を使用したために、四~五年の長期間になった名残りもあるようです。

上杉 謙信

上杉 謙信

 

一般にこうじの割合が五割を超えますと微生物の働きが十分にありますので、夏季を過ぎた一年で味、香りとも立派なミソになります。

従って当初より醸造期間を定めていますから、一年で仕上がるミソを三年置いたり、三年かける予定のミソを一年でいただいても真価を問う事は出来ません。

最近は美味しく頂けるために出来上がりの最もよいミソの有効菌を摘出して、必要とする酵母や乳酸菌を培養、加えることが工夫されて、空気中のカビを利用したことからこうじを使った時代を過ぎて、今は第三世代の技術が生かされています。

田舎風、コクのある赤口、香りの強い淡色、あらゆるミソが添加物を用いず自然の条件を生かした管理で作られます。

今では戦後の一時期からは考えられないより良いミソが、知らず知らずの内に頂ける様になりました。