(湯浅醤油と金山寺味噌の歴史13)興国寺 | 世界一の醤油をつくりたい 湯浅醤油有限会社 社長 新古敏朗のブログ

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丸新本家湯浅醤油有限会社の新古敏朗です。

 

中瀬賢次 著より 一部抜粋

 

法燈派の総本山鷲峯山興国寺(和歌山県日高郡由良町門前)は、

鎌倉時代、源実朝が非業の再期をとげたのを惜み、その菩提を吊うために、

実朝の近侍であった葛山五郎景倫入道願性が建立した西方寺、

のちの興国寺の庫裏に国師自らが仕込んだ味噌が後世広く庶民の間に普及して、

日本人の座右のものとなって既に七百有余年を経るに至ったわけである。

国師は帰日後、間もない日に請われてこの寺の開基となった。

 

興国寺 (源実朝の墓) - 平家物語・義経伝説の史跡を巡る (goo.ne.jp)

mitsue172様 のブログ お借りしました。

 

願性は俗姓を葛山景倫といい、関東の武士であった。

源実朝に仕えており、入宋の命令を受けて九州に渡宋のため滞在していたが、

承久元年(1221)実朝が暗殺されたこと聞いて剃髪し、高野山に登った。

西入なる者が実朝の頭蓋骨を入手し、

将軍の母である鎌倉二品禅定尼真如(北条政子)が

西入の恋慕追福の志を視て、

由良荘の地頭職を賜った。    

 

かげまるくん行状集記より引用かげまるくん行状集記