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民営文化センター

民営の文化センターを開設するのが夢。このブログを書いているうちに何かヒントが掴めると思ってやっています。不器用で華やかさに欠ける画面ですが、少しでも世の為人の為になればとwrite everything forever

 

 

 

「3丁目の夕日」の時代までは、一週間ごとに昼夜が逆転する勤務形態はありませんでした。

 

 

 そのような生活はいつまでも続けられるものではなく、大半の人は体を崩します。

 

 

 最近では、こんな働かせ方をしておいて、産業医とグルになってストレス・チェックなどとアホな事をやっているようです。

 

 

 ストレスの源?「敵は本能寺にあり」でしょう。

 

 

 産業医もグルやっている場合か?

 

 

 あるWeb記事の質問コーナーの回答に

 

 

  そこは日本を代表する大手自動車メーカー。残業した分給与にもきちんと反映もされるし、ニュースで聞くブラック企業並みの残業はありません。

 

 

と ありましたが、睡眠を奪っておきながら、「ウチはブラックではございません」はないだろう。

 

 

  ブラック企業は有名大企業の中にもいっぱいあるが故に見えにくく“隠れブラック企業”と呼ばれるのです。

 

 

  トップに上り詰めた者たちは、時差ぼけ人間を何人作ろうがへっちゃらのようです。

 

 

 「体内時計」を滅茶苦茶にするのは犯罪です。

 

 

  こんなに犠牲の大きい労働環境が何故いつまでも続くのかと言う点ですが、これは企業が単に収益アップのためにやっているのではないのです。

 

 

  現状を続けておればこの国がドンドン劣化していくことは明白であり、彼らはそれを承知でやっているのです。

 

 

  本当の働き方改革はこの点を熟知したうえでなされるべきです。

 

 

 

日本の経営者ってなんであんなに長時間労働させたがるの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある歴史本が読むに値するかどうかを判断するには真っ先に聖徳太子に関する記述をチェックします。

 

 

 例えば、2018年1月に発行された倉山 満 著『世界の歴史はウソばかり』では、小見出し“愚かな「聖徳太子不在説」”の中で著者は

 

 

“必死で聖徳太子の存在を否定したい人はいったいどこを向いているのでしょうか”、“聖徳太子不在説など、学問の何たるかを心得ない不届きものの詭弁にすぎません。”と憤っています。

 

 

 実は飛鳥時代、大和平野の何者かが九州王朝・法興帝の業績を乗っ取り聖徳太子を名乗ったのであり、この著者の過剰反応は“倭国隠し”研究者に特有なものです。

 

 

 定説を守る者たちは、米田氏を含めた大半のノン・プロ著者による歴史本に何が書かれようがお構いなしですが、

 

 

歴史研究の主流から若干離れているとはいえ大山誠一、古田武彦両氏の“教授”という肩書きには敏感に反応するのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 1970年の大阪万博を契機に、日本とオーストラリアは、同じ経度上のパートナーとして明るい“日豪新時代”の幕を開く筈でした。

 

 

  しかし、その後の流れを見ると、両国の関係は必ずしも期待するほどの発展は遂げなかったように思います。

 

 

 バブルの頃、日本人がクィーンズランドの土地を買ったところ、隣地のオバサンが血相変えて反発しているという新聞記事を読みましたが、白豪主義的発想の持ち主なら“さもありなん”と見ていました。

 

 

 しかし、最近のネット記事を見て驚いたのですが、既にかなりの中国、韓国人がオーストラリアに定住し、あの国はAustkoreaと呼ばれる程だそうです。

 

 

 あの国の人々が“日本嫌い”だとすれば、キャンベラにある戦争記念館の展示の洗脳が効いているかもしれません。

 

 

  歴代の首相の態度も響いているのでしょう。

 

 

  日本のことを褒めまくるネット記事を見ると、興味ある話が載っています。

 

 

  短期出張にしろ、定住にしろ、世界中で日本人が住み着いた地区は“雰囲気が良くなる”効果があるそうです。

 

 

 私はこれを“あげまん効果”と名付けているのですが、タイトルの「オーストラリアの失敗」とは この果を取り損ねたことを指しています。

 

 

 昔見た“日豪新時代”の週刊誌の記事は、当時の両国の若者に向けて発信されていたのですが、反応はイマイチだったようです。

 

 

 その先駆けになるはずだったシドニーの若者たち(当時高校生)との交流の写真をUPします。

 

 

 名古屋駅西の和風旅館に泊まり、伊勢神宮に行った時のものです。

 

 

  マーゴウという生徒さんが胡坐をかいて仲間のシャツのアイロンがけをテキパキとこなしていたのが印象的でした。

 

 

 彼らもそろそろ還暦を超え、元気のいい奴は今頃ニセコでスキーでもしているのかな?

 

 

 きっと「日本は素晴らしい」と連発していることでしょう。

 

 

 “あげまん効果”に早く気付いておれば、今頃母国はもっと素敵な国になっていただろうに

 

 

 

 

 

 2015年からこのブログを書いています。

 

 「米田史学」がメインですが、採り上げるテーマは様々で、いわば雑食系です。

 

  今回は気まぐれに、ミニ・アーカイブ的に 愛知県立旭丘高等学校関連の記事を集めました。

 

 すべて既出であることを御承知下さい。

 

 

ノスタル爺 1961~2016

 

若い僕らの修学旅行(舟木一夫)
 

いつの世も燃える 学校祭・体育祭

 

「軽音」の原点はハワイアン

 

今となっては懐かしの受験勉強

 

同窓会の楽しみ方

 

 

鯱光祭を見に 2017

 

大曽根駅から学校まで

 

鯱光祭

 

玄関ホール

 

吹き抜け

 

中庭

 

ダンス部

 

ロックとストリングス

 

競技かるた部

 

鯱光館

 

モニュメント

 

校舎

 

 

おしまい

 

 

 

 

 

  昼夜逆転・二交代勤務の話題はNHKの番組でも取り上げられず、下請けに有無を言わせず無理を押し付けるカンバン方式は賞賛される不思議。

 

 

  社是であるカイゼン(改善)については、鉛筆一本の扱いにも細かな提案がなされるのに、「夜勤」はテーマにすらなりません。

 

 

  海外に進出した企業の「夜勤」に関する情報はネットでいくら探しても見つかりません。

 

 

  アメリカ、ヨーロッパ、中国などのトコク自動車の工場は深夜稼動しているのでしょうか。長年の夜勤の影響で自死に追い込まれ た友人がいました。

 

 

  マスコミがこのテーマに触れるのは極めて稀です。

 

 

  彼らは睡眠泥棒による犠牲者です。そろそろ言うべきことは言う時代がやってきたと思います。

 

 

  会社はダンマリ、働く連中とその家族は何も言える筈もなく、第三者は“我関せず”です。

 

 

  しかし、間もなく大昔からの社会構造のペテンが明らかにされ、世の中が激変します。

 

 

  今まで勢いを持っていた者たちの根拠が消滅するので、逆転のチャンス到来です。

 

 

  現状に耐えて黙々と働くだけでなく、もっと勉強して、自身が軽く扱われないような佇まいを備える努力を続けて欲しいと思います。

 

 

  最後は会社側が「皆さんから睡眠を奪った私たちが悪かった、許して欲しい」と頭を下げれば「水戸黄門」のようにスカッとするのですが・・・・

 

 

fin

 

 

 

 

 

「3丁目の夕日」の時代、深夜、うろつき回っている人間は怪しい奴でした。

 

 

  大半の国民が夜は“ちゃんと眠る”生活をしていれば、24時間営業の店は不要です。

 

 

  年中時差ぼけのお父さんは子どもから尊敬されない存在です。

 

 

  本は読めない、コンサート、美術館、講演にも行けない、ひたすら体調を整えるだけの毎日。

 

 

  そんな体調なので、食事をしながら洗脳の仕掛けが満載の情報を見るしかエネルギーが残っていない。

 

 

  一家に独り、変則的存在であるお父さんに家族は神経を使います。

 

 

  次世代の教育どころではありません。まさに為政者の思う壺です。

 

 

  会社は国際競争力に勝つためなら止むを得ないと言いたい所でしょうが、こんな生活は勝負以前の問題です。

 

 

  そこで、ネットで外国の夜勤事情について検索するのですが、記事がなかなか出てこないのです。

 

 

“我が国がよほど特殊である”としか言いようがありません。

 

 

  働くこと自体が罰ゲーム的発想である白人社会が昼夜逆転労働の存在を知ったら、日本のこと をなんと思うのでしょうか。

 

to be continued

 

 

 

 

 医療、警察、消防、交通などの分野では夜勤から逃れられない仕事がありますが、当番の直後に体調を取り戻すスケジュールが確立しています。

 

 

 この自動車産業のお膝元にある大病院の新生児センターで実験的にトコク方式(二交代勤務)を採用したところ、二日と持たずナースはダウン。

 

 

 体はともかく、思考力低下がひどく危険極まりない、と言う結論が出ています。

 

 

 体調が戻りかけた頃、再び昼夜逆転などというのはスパルタカスもアブラハム・リンカーンもビックリの奴隷制度以下(奴隷だって眠りは保障されていたはず)の扱いです。

 

 

 慢性的睡眠不足の危険性についてはNHKの「睡眠負債」という番組で大いに議論(二交代勤務に比べたらお話にならないくらいの軽症)され、番組の終りの方で「二交代勤務」について質問が出たのですが、バッサリ無視されていました。

 

 

 この基本的人権を無視(眠いのに眠らせない)した労働を強いる企業は究極のブラックであり、奴隷状態に置かれている仲間に無関心でいる“夜しっかり眠れる”同僚・社員は共犯者といえるでしょう。

 

 

to be continued

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの頃は良かった!」と言う人が結構多いのは“過去は余程のことがない限り美化される”からで、あの映画のヒットの理由もそのあたりにあるのでしょう。

 

 

  当時の生活を振り返ってみると、本当に良い時代と言える理由はただ一つ、未だ二交代勤務(主に製造業に於ける1週ごとに昼夜が入れ替わる方式)が始まっていなかったから、と思うのです。

 

 

  人生の大半を時差ぼけ状態で過ごす働き手の存在が、この国全体の心からの幸せを奪っているのです。

 

 

  このような非人道的な仕組みはどのように始まったのでしょうか。

 

 

  高度経済成長期以前、トコク(常苦)自動車は傘下の下請け企業の社長に招集をかけ、二交代勤務の実施を迫り、下請けはその考えに同意したのです。

 

 

「やります」と尻尾を振ったのがウンのつき、古今東西稀に見る“ありえない働き蜂神話”が始まったのです。

 

 

トコク自動車を良く知る昭和14年生まれの人が教えてくれたお話です。

 

 

to be continued

 

 

 

 

 

 

法隆寺金堂壁画について“突飛”と言われる米田説を離れ、定説(一例として『二万年の日本絵画史』宮島新一 著)を見てみましょう。

 

まず、法隆寺の建造物は「670年焼失した後の再建」であり、「再建なった後の金堂壁画」は「708710年頃の制作」としています。

 

そして、「則天武后期の美術をいち早く取り入れたのが法隆寺の壁画と五重塔の塑像群であった。」と述べているのですが、実際は100年弱遡る創建・観世音寺時代のものでありますので、則天武后とは無関係です。

 

著者は「天蓋部分の文様が装飾古墳の鋸歯・円文に類似する点」を指摘していますので、「法隆寺の壁画には倭薈に始まり、延喜・天慶・天暦の4人の帝という実在した人物が描かれている」ことに気付くまであと一歩というところです

 

“実在の人物”と気付かれないようにするのが歴史研究者の役目ですので、本当の歴史を話題にしたいのなら、プロになってはならないのです。