~Integration and Amplification~ クラシック音楽やその他のことなど -22ページ目

~Integration and Amplification~ クラシック音楽やその他のことなど

学生時代から断続的に聞いてきたクラシックCD。一言二言で印象を書き留めておきたい。その時の印象を大切に。
ということで始めました。
そして、好きな映画や読書なども時々付け加えて、新たな感動を求めていきたいと思います。

【CDについて】

作曲:マーラー

曲名:交響曲第8番変ホ長調 (74:16)

演奏:クーベリック指揮、バイエルン放送交響楽団

   アーロヨ(s)、スポーレンベルク(s)、マティス(s)、ハマリ(a)、プロクター(a)

   グローベ(t)、フィッシャー=ディースカウ(br)、クラス(bs)、クラウス(org)

   バイエルン放送合唱団、北ドイツ放送合唱団、西ドイツ放送合唱団

   レーゲンスブルグ大聖堂少年聖歌隊、ミュンヘン・モテット女声合唱団

録音:1970年6月 ミュンヘン

CD:UCCG-3954(レーベル:DG、発売:ユニバーサル・ミュージック)

 

【曲に関して】

 マーラーの第8番は、演奏者が千人必要なことから、一般に千人の交響曲と呼ばれたりします。今ほど一般的でなかった時代には、まだ録音が少なく、雑誌などでそのことが強調されて、敷居が高く感じたものです。そのせいもあってか、ほとんど聴いてこなかったのですが、マーラー自身は、この呼び方には否定的だったようです。

 

【演奏についての感想】

 マーラーの第8番は、マーラーの交響曲の中でもかなり苦手な曲で、ごくたまにトライしますが、いつも、なにか捉えられないまま終わっています。今年の目標の一つとして、そんなマーラーの第3番と第8番に対する苦手意識を解消しようということを計画して、さっそく始めてみました。CDは、うちに聴いていないものが、いくつかありましたが、まずは、クーベリックのCDを入手したので、これから始めてみました。クーベリックのマーラーは、私にとって安心のブランドなんです(笑)。

 

第一部。いきなり明るい合唱から始まります。全体としては、マーラーの管弦楽で彩られたカンタータという雰囲気でした。ということで、カンタータなら歌詞は気にせずとも、流して雰囲気で聴いても楽しいので、そういった感じで楽しみました。迫力がある合唱が展開します。

第2部は、ファウストと言えば少々オペラ的なのかな?あるいはオラトリオという感じでしょうか。ファウストのお話は周知ですので、ここも歌詞無しで曲を楽しみましょう。管弦楽だけの部分もあって、いろいろなスタイルのマーラーの音楽が展開します。それぞれを楽しみながらの50分あまり。ラストは盛大に盛り上がって、大変爽快でした。

 

といったような感想を書いても、あまり意味がないですね。敢えて否定的に聴かない限り、普通はそうなります(笑)。演奏は、クーベリックのマーラーで、いつもの通りメリハリが効いていて、素晴らしいものだと思います。合唱も力強くしっかり盛り上がります。マーラーいわく、この曲は集大成ということで、「これまでの私の交響曲は、すべてこの曲の序曲に過ぎなかった。これまでの作品には、いずれも主観的な悲劇を扱ってきたが、この交響曲は、偉大な歓喜と栄光を讃えているものです」と語っていたとのこと。「これまでの曲はすべてマーラーの主観的な悲劇…」それはよく分かります!それがこの曲の序曲に過ぎず、歓喜と栄光に繋がるのですね。なるほど、この曲が集大成であるのであれば、きわめて正常ですので、少し親近感がわきました👍。

 

【録音に関して】

今や古い録音となりましたが、大編成が問題なく捉えられています。当時、この曲を録音するにあたっては、かなり気合が入ったのでは?と思いました…。

 

【まとめ】

正直、第8番については、何もわかっていませんが、雰囲気はわかりました、という感じでしょうか。一つの曲の中に楽想が多すぎで、なかなかとらえられないという事もあるかも知れません。

 

購入:2024/01/15、鑑賞:2024/01/21

 

クーベリックのマーラーも幾つか聴きましたので、リンクをしてみました。

 

 

 

ショスタコーヴィチの時代 ㉗

交響曲第7番は、第二次世界大戦中に作曲された交響曲。大戦中という環境の中で、作曲には大きな制約が伴うものですが、その中で作曲されたこの曲は、時事的なエピソードが数多く語られることとなっています。この曲を聴くと自ずと第二次世界大戦の一端に触れることとなります。

【CDについて】

作曲:ショスタコーヴィチ

曲名:交響曲第7番ハ長調 op60 (70:31)

演奏:バルシャイ指揮、ユンゲ・ドイチェ・フィルハーモニー管弦楽団

   モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団員

録音:1991年6月21-22日 ライプツィヒ Neues Gewanthaus

CD:CD 515(レーベル:BIS)

 

【曲と演奏について】

第二次世界大戦の発端をポーランド侵攻とするならば、1939年9月1日が開戦となります。ポーランド侵攻にはソ連も一役かっていて、東西両側から侵攻することになりました。この時期に作曲されていたのが交響曲第6番になります。この1939年から終戦の1945年に至るまでのショスタコーヴィチの作品は、かなりの部分を映画音楽や劇音楽などの娯楽作品が占めています。戦時下の娯楽は、日本でもそうであったように、国威発揚の作品や、当たり障りのない教育的な娯楽作品が主流になり、芸術的な作品や厳しいドラマなどは作られない傾向にあると思います。そして1941年には、ソ連側の死者だけでも3000万人にものぼると言われる、人類史上最大の死者を出した独ソ戦が開始されました。

 

この時期のショスタコーヴィチの主要作品としては、1940年のピアノ五重奏曲がありますが、これは独ソ戦開戦前でした。そして、1941年6月に独ソ戦が開戦。ショスタコーヴィチが交響曲第7番の作曲を開始したのが1941年8月(但し構想は独ソ戦前からあったとも言われています)。そして9月には1944年までの3年間に及ぶ、レニングラード包囲が開始されました。そのさなかにショスタコーヴィチはレーニンに捧げる交響曲を作曲中であることを公表します。これは多分に市民を鼓舞する意味も込められていたと思います。

 

曲は1941年12月に完成し、1942年3月にクイビシェフで行われます。そして、それはソ連としても戦時下の国家的イベントとなり、また連合国の各国でも盛んにこの曲が演奏され、特にアメリカでは、トスカニーニやストコフスキーらによって、盛んに演奏が繰り返されることとなりました。この曲は、ファシズムへの抵抗という意味合いを持ちますが、ショスタコーヴィチは、ファシズムは単にナチズムを指しているのではなく、普遍的な恐怖、屈従、精神的束縛であると語り、のちにソビエトの全体主義も描いたとも語っていたとのことです。ただし戦時下の標題的な雰囲気の作品でもあり、国威発揚的な色彩もかなりのウェイトを占めていたのではないかと思います。

 

さて、この曲をどの演奏で聴きましょう。バーンスタインの名盤はありますが、85分という演奏時間で、当時のバーンスタイン流の思い入れたっぷりの濃い演奏になっています。これは、ちょっと疲れそうなので、思い切ってネルソンズとかの新しい演奏?とも考えましたが、ショスタコーヴィチの演奏では信頼の、バルシャイの指揮のものにしました。70分前後の標準的な演奏時間のライヴ録音です。このライヴは独ソ戦開戦50周年にあたって、1991年にゲヴァントハウスで行われたもので、ドイツの若き学生オーケストラに、モスクワ・フィルのメンバーが加わった編成で演奏されたエポックメイキングなコンサートでした。

 

この演奏は、開始早々から引き締まったテンポでスタートし、どんどんこの曲がその場の雰囲気を支配していくのを感じます。第一楽章は、平和な生活を遠くから聞こえてくる戦争が蹂躙していきます。第二楽章、第三楽章は美しき回想や祖国と戦争の影の描写、そして第四楽章の勝利で完結します。コーダはとても迫力のあるものでした。大変引き締まった彫りの深い演奏で、録音も素晴らしいものでした。

 

元来西側では、国威発揚の映画音楽的交響曲という目で見られていたこの曲ですが、ヴォルコフの証言などを経て、寧ろ平和を脅かす暴力的な侵略は、スターリンの圧政をも表すという考え方で語られるようになります。このライヴ会場の圧倒的で壮大なコーダと、そのあとに沸き上がる拍手との間に静寂が一瞬訪れます。それは、かつて国威発揚という側面も背負っていたこの曲が、人間を抑圧し脅かすファシズムや圧政など諸々の事象からの勝利と解放の曲となる瞬間なのでした。

 

ストコフスキーとNBC響による、大戦中の1942年の演奏(カーネギー・ホール)

 

余談ではありますが、ジョン・ヒューストン監督の「勝利への脱出」に、この戦争のテーマが使用されていますね。この映画は、独ソ戦のさなかで行われたウクライナのチームとドイツのチームの「The Death Match」と呼ばれるサッカーの試合が元にはなっているのですが、史実とはかなり違った形になっているようです。

 

購入:不明、鑑賞:2024/01/19(再聴)

【CDについて】

作曲:ブラームス

曲名:①交響曲第3番ヘ長調 op90 (33:09)

   ②悲劇的序曲 op81 (14:36)

演奏:カラヤン指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

録音:①1988年10月、②1983年2月 ベルリン Philharmonie

CD:427 496-2(レーベル:DG)

 

【曲に関して】

このCDの演奏時間でも解るように、ブラームスの交響曲の中では、最も演奏時間が短い曲です。また、第三楽章が有名で、映画音楽に使用されたり、歌詞をつけて歌われたりしています。交響曲としては、静かに終わるという異色の曲でもあります。

 

【演奏についての感想】

このカラヤン最晩年のブラームス交響曲全集が出た頃は、私はバーンスタインにご執心でしたので、カラヤンなんて…と無視していました。ただただ、斬新なジャケットが印象に残っていたのです。時を経て最近少しづつ買い集めて、これが最後の1枚となって、ついに4つ揃えることができました。しかし、再発盤とか混じっているので、ハイドンの主題による変奏曲が2つあったりします。今は、この第3番は第2番とカプリングされているようで、この色のジャケットは希少?(笑)。

 

ブラームスの交響曲は、カラヤンの核になるレパートリーだと思います。DGだけでも3回全集を録音していますし、それぞれの違いもあると思いますが、これは亡くなる前年の録音になりますね。聴いてみると、旋律がよく歌われて、全体が流れるように演奏されるスタイルだと思います。細部や内声にはそれほど耳がいかない感じで、いつものカラヤンのスタイルだと思っています。

 

基調はそうではあるのですが、第一楽章は、どっしりして、かつ推進力が凄いと思いました。まず、音が相当に重厚で、ベルリンフィルが響き渡ります。それが前へ前へと進む迫力を感じました。第二楽章は速めのテンポで、比較的あっさり、第三楽章はとても美しい演奏です。そして、第四楽章は第一楽章と同様にベルリン・フィルの迫力を感じることができました。そして、静かな終結を迎えました。これは、最後まで集中して楽しむことができる、とてもいい演奏だと思います。

 

【録音に関して】

この時期のカラヤンの録音と同じ感じです。問題はないですが、DGだなぁという感じですね。

 

【まとめ】

もう歳も歳なんで、カラヤンアレルギーは消えたかな(笑)。もう今年で没後35年にもなるのですね。すっかり世界は変わりました。今ならカラヤンはどうするのでしょうね。

 

購入:2024/01/15、鑑賞:2024/01/16

 

このブログの過去記事からのリンクです

 

 

 

 

【CDについて】
作曲:ヴィヴァルディ

曲名:協奏曲集「四季」 (39:38)

演奏:シモーネ指揮 イ・ソリスティ・ヴェネティ トーゾ(vn)
録音:1982年4月 ピアッツォーラ・スル・ブレンタ ヴィラ・シメス

CD:R32E-1033(レーベル:ERATO、発売:RVC)

 

【曲について】

ヴィヴァルディの「四季」は、ヴァイオリン協奏曲集「和声と創意の試み」op8の、第1曲から第4曲です。なんて書いても仕方がないですね。この曲の一番の聴かせどころというか、聴きどころはどこでしょう。私はベタに、夏の第三楽章か、冬の第一楽章ですね。やはり、何物にも代え難いスリルと躍動感。と、あまりにも普通だと思いますが、普通が一番です(笑)。

 

【演奏について】

いろいろハードルを上げて、知らない曲など聴いているうちに、美しい合奏をリラックスして楽しみたくなってきました。これなら、有無を言わさず楽しめるだろうという曲で、今日はヴィヴァルディの四季を聴くと決めました。実は、この曲はそれほど聴いている訳でも無くて、天下のイ・ムジチも聴いたことがありません…。でも、街中とかテレビとか、いろんなところで否応なしに聴かされますね。さて、楽しみ…。

 

シモーネは聴くのが初めてですが、まず出だしのあのメロディで驚きます。音を長く伸ばして切らずに弾いているのですね。はぁ~そういうのもあるんだ。そして、第二楽章のラルゴは思い切りテンポを落として歌っています。これは、すごくニュアンスに富んだ演奏でした。思えば今まで真面目な演奏か、ナイジェル・ケネディみたいな極端な演奏しか聞いたことがなかったかもしれません。イ・ムジチも聴いていないので、世間一般の普通の四季はどうなのか、いまいち良く解ってないかも…という感じです。ちなみに私は真面目で明るいパイヤールで育ちました。

 

夏に入ると、ニュアンスはさらにしっかりつけられています。早い曲は激しく速く、遅い曲は思い切りじっくり歌いという感じなのでした。こまかなニュアンスもたっぷりです。通常の演奏の範囲を踏み外していないのも、好感が持てます。あぁ、四季ってこんなに面白いんだと改めて感心しました。バロック音楽って、基本こんなに自由で楽しんですかねぇ。と思いつつ、何度も聴き返していたのでした。

 

【録音について】

合奏の音がとても美しい録音です。個々の楽器がくっきり聞こえます。

 

【まとめ】

なかなか楽しい一日でした。でも、もっといろいろあるのですよね。ちょっと有名なビオンディなんかも聴いてみたくなりました。バロック演奏からHIPに向かった人たちも、こういった自由さを持ちながら、進んでいったタイプもいるのでしょうね。

 

購入:2024/01/15、鑑賞:2024/01/15

 

このブログからのリンクです

 

 

 

最近リリースされた新譜から ㉖

ロトの新譜で、ブルックナーが出ていたので聴いてみました。ロトのブルックナーは、第7番、第4番に続く3曲目の録音になります。出るCDが全て話題になるロトですが、実は聴くのは初めてなんですよ(笑)。

【CDについて】

作曲:ブルックナー

曲名:交響曲第3番ニ短調 第1稿ノヴァーク版 (61:45)

演奏:ロト指揮 ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽曲

録音:2022年9月11-13日 ケルン Philharmonie (ライヴ)

CD:MYR033 (レーベル:myrios classics)

 

【曲について】

ブルックナーの交響曲第3番の第1稿(1873稿)は、ブルックナーがワーグナーの元に持参した版で、その時はまだ第四楽章は未完成であったようです。そして、トリスタンやワルキューレなどの引用が各所にありましたが、その後の改訂によって、引用は取り去られています。この版が出版されたのは、1977年のことなので、クラシックの演奏の歴史から見ればごく最近ですね。

 

【演奏について】

ロトの指揮は今まで縁が無くて聴いていなかったのですが、ブルックナーの新譜が出ていて、お手頃な値段だったので、買ってみました。ロトの新譜は高いという印象があって手を出していませんでした(笑)。この第3番がブルックナーの3曲目の録音なのですね。フランスの指揮者の演奏するブルックナーというのもあまり印象にないのですし、ロトは人気なので、それなりに構えてしまいます。演奏はギュルツェニヒ管弦楽団で、歴史の古いオーケストラですが、ブルックナーの録音は僅かのようです。でも、楽しみです。

 

第一楽章。はやっ…。サクサク進みますね。それに、とても音が澄んでいていて美しいと思います。これはロトの音作りによるものでしょうか?ところで、この演奏は第1稿なので、今まで聴いたことがありません。ですから、感想も版によるものか、演奏によるものかわからないので、そこはご容赦ください。さて、休止がワンテンポ長めで、こだわりのニュアンスを感じます。一方、フレーズの息が短い感じがして、ふっと終わる感じがします。軽くふわふわした浮遊感がある感じです。一方で、盛り上がるところは思い切り盛り上がるので、この落差は面白いと思いました。そして、その時の音が、一転とても重厚に聞こえます。このあたりは作り込んでいるのかなと思います。

 

第二楽章も、印象は第一楽章と一緒で、流れていくというよりは、浮かんでは消えという雰囲気を感じました。この感じ、正直言うと乗れないので、流れが悪く感じます。そして、後半の盛り上がりは、まさにワーグナーですね。第1稿の特徴でしょうか。第三楽章も早めで、なかなか闊達な感じが気持ち良かったです。第四楽章も流れはいいと思います。盛り上げるところなど、ニュアンスがよくつけられていると思います。流石のコーダの盛り上がりで終わりました。

 

といった感じでしたが、何か割り切れない感じもあったので、何度も聴き返していました。とてもうっとりするような美しい音ですが、聴けば聴くほど流れが良くないところが耳についたり、盛り上がりに品が無いと思う様になりました。版の影響もあると思いますが、いろいろな細工が鼻についてきたのだと思います。という訳で、我ながら保守的だなぁと思いつつ、今回はこれ以上聴くのはやめて、また改めてですね…。

 

【録音について】

細かいところまで精緻に表現された、非常に美しい録音だと思います。

 

【まとめ】

ロトは第4番も、一般的な版とは大きく違う第1稿を使ってますし、これも第1稿なので、今後もそういった路線でいくのでしょうか。第1稿はまだ演奏の歴史がそれほど長くないのですが、だいぶ録音も出そろってきたようです。他の演奏も聴いて再トライです。版による相違があまり大きくない第7番とかで聴いてみたいですね。

 

購入:2024/01/14、鑑賞:2024/01/14

 

このブログからのブルックナー交響曲第3番のリンクです。

 

 

 

 

【CDについて】

作曲:ドビュッシー

曲名:前奏曲集第1巻 (43:51)

演奏:ベネテッティ=ミケランジェリ (p)

録音:1978年6月 ハンブルグ

CD:413 450-2(レーベル:DG)

 

【曲について】

前奏曲集第1巻は、古代ギリシャ、イタリア、スコットランド、スペイン、イギリス、アメリカ、フランスといった世界各国の音楽や芸術文化に喚起されて、多彩な小品集として作曲されました。標題性はあるものの、あまり標題性に捉われないようにとの示唆もされているようです。曲からイメージが沸き上がってくるような、ドビュッシーらしい小品集です。

 

【演奏について】

定番のミケランジェリのドビュッシーです。70年代にDGに録音された2枚のLPは、ドビュッシーのピアノ曲の名演奏として語り継がれてきたものと思います。その後、いろいろカプリングも変えてお得な感じで再発売されていますが、CD初期のオリジナルの第1巻だけ収めたCDです。潔い感じでいいですね。

 

ドビュッシーの前奏曲集は、より標題の映像を意識できる第1巻の方が親しみやすいと思います。ですが、私は少々苦手な所があって、他の映像とか、ベルガマスクとか、いろいろ組み合わせて聴く方が好きです。名曲ばかりだと偏ってしまうので、いろいろとですね。全曲通して聴くのは随分久しぶりと思います。12曲の中では、「雪の上の足跡」とかすごく雰囲気が良くて好きです。一番の大曲である、「沈める寺」も、一曲の中に荘厳さや豪華さ、そして儚さを湛えた素晴らしい曲だと思います。もちろん、それ以外の曲も一曲一曲が美しい印象を呼び起こします。

 

ミケランジェリの演奏は、素晴らしく輝くようなピアノの音と、完全ではありますが、ゆったりと軟らかい雰囲気から出てくる音楽がとても充実しています。最近は新しい演奏もいろいろ出てきているようですが、このCDはいつまでも座右に置いておきたいものだと思います。

 

【録音について】
ミケランジェリのピアノの音がよく捉えられている、いい録音と思います。

 

【まとめ】

ミケランジェリは、第2集もこの演奏の10年後に録音しています。そちらはまだ聴いていないのですが、いずれは聴いてみたいと思います。

 

購入:2024/01/15、鑑賞:2024/01/16

 

ドビュッシーのピアノ曲に関する過去記事から

 

 

 

1月はメンデルスゾーンで ④

メンデルスゾーンの作品の中でも、ピアノ曲もそこそこの地位を占めていると思いますが、今回はそのピアノ曲から聴いてみました。昨年夏にGETして聴いていたかった、ロロフの演奏です。メンデルスゾーンのピアノ曲の中でも比較的有名な曲が入っているので、イメージが湧くのではと思いました。

【CDについて】

作曲:メンデルスゾーン

曲名:厳格な変奏曲ニ短調 op54 (11:46)

   幻想曲嬰へ短調 op28 (14:55)

   ロンド・カプリチオーソ op14 (6:56)

   無言歌集 op19-1 甘き思いで (3:19)

   無言歌集 op19-3 狩の歌 (1:48)

   無言歌集 op19-4 ないしょ話 (2:13)

   無言歌集 op38-5 情熱 (2:35)

   無言歌集 op38-6 デュエット (2:55)

   無言歌集 op62-5 ヴェニスの舟歌 (2:32)

   無言歌集 op62-6 春の歌 (2:42)

   無言歌集 op67-4 紡ぎ歌 (2:06)

   無言歌集 op85-3 うわごと (2:22)

演奏:ロロフ(p)

録音:1963年10月21-22日 ベルリン Studio Zehiendorf

CD:TOCE-3152(レーベル:EMI、発売:東芝EMI)

 

【曲に関して】

メンデルスゾーンのピアノ曲といえば無言歌が有名ですが、この名称はメンデルスゾーンが最初に用いたもので、ファニーの発案とも言われています。曲は広く演奏されるように、技巧的な難易度は下げられていて、文字通り言葉の無いリートといった感じのメロディが主体の小品です。ロマン派音楽の中で広まり、後世の作曲家もしばしばこの名称を用いました。

 

【演奏についての感想】

厳格な変奏曲は、メンデルスゾーンのピアノ曲の代表的作品の一つのようで、いろいろな曲集で登場してきます。哀愁を伴う短いメロディを、これも短い変奏で第17変奏まで奏でられる作品で、目まぐるしく曲の雰囲気が変わり、いろいろな楽想を楽しめる作品でした。メンデルスゾーンが曲の中に、いろいろな要素をすべて盛り込んだという曲なのかもしれません。古典的な変奏曲の様式ですが、メンデルスゾーンはほとんどピアノの変奏曲を作曲していないので、貴重な作品です。

 

幻想曲嬰ハ短調は「スコットランド風・ソナタ」とも呼ばれています。メンデルスゾーンがスコットランドを訪れたことから生まれた曲は交響曲など有名ですが、この曲もその一つとのことです。出版前までは実際にスコットランド・ソナタと呼んでいたようです。形式的には第一楽章と第三楽章がソナタ形式になっていました。ロマン派の他の作曲家もそうですが、敢えて幻想曲という形で出版されました。伝統的な形式に拠りながらも、ロマン派ピアノ曲の名曲の一つと思います。

 

さて、ロンド・カプリチオーソを経て、最後に無言歌が9曲収録されています。ここは、じっくりメロディに耳を傾けて見ましょう。ヴェニスの舟歌とか、春の歌とかいいですね。そもそも有名曲ではありますが…。ロロフは、ライプツィヒやベルリンが本拠のピアニストで、大学教授でもありました。録音を聴くのは初めてかもしれません。まさにメンデルスゾーンが活躍したエリアと重なりますが、ロロフの演奏はこの時代のドイツの巨匠スタイルを持つ、実直な感じのピアニストと言っていいのではないかと思いました。

 

【録音に関して】

ピアノの音は、そもそもの音がどうだったかという事もありますが、今一つクリアに輝かない雰囲気がありました。

 

【まとめ】

1月のメンデルスゾーンは4回目でピアノ曲を聴きました。幻想曲はちょっと気に入りました。もちろんヴェニスの舟歌(第3)もいいですね。さて1月はあと1回、メンデルスゾーンを聴いてみたいと思います。

 

購入:2023/08/29、鑑賞:2024/01/14

 

当ブログからの関連記事です

 

 

 

ベドルジハ・スメタナ生誕200年①

今年は、ベドルジハ・スメタナ生誕200年になります。ブルックナーの影に隠れておりますが、同じ1824年生まれですね。そもそもスメタナのフルネームって、すぐにはでてきませんでした。どっかで見たかな…という程度で、そもそもこの下のCDのジャケットだって、フルネームで書いていません😅。

ということで、今年の年間テーマの一つで、ベドルジハ・スメタナを聴いてみましょう。月いちは無理かな…。

【CDについて】

作曲:スメタナ

曲名:連作交響詩「わが祖国」 (75:10)

演奏:アンチェル指揮、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

録音:1963年 プラハ 芸術家の家

CD:20CO-2818(レーベル:Supraphon、発売:日本コロムビア)

 

【曲に関して】

スメタナといえば、「モルダウ」であり、モルダウと言えば「わが祖国」という事ですね。モルダウは、かつてLPの「新世界より」の余白に入っていた印象があります。「わが祖国」は、6曲からなる連作交響詩で、チェコ国民音楽として記念碑的な作品を交響詩の形で創作しようと構想されました。スメタナはこの頃聴力を失うという悲劇に襲われながらもこの曲を完成させ、「わが祖国」はチェコの国民的な音楽となっていきます。

 

【演奏についての感想】

スメタナ生誕200年ということで、新たに「わが祖国」のCDを調達してみました。少々古めではありますが、演奏は期待できると思います。届いたので、さっそく聴いてみましょう!

 

冒頭の「ヴィシェフラト(高い城)」が、穏やかなハープの音色で始まります。暖かな雰囲気の演奏で、いかにも「わが祖国」、「わたしの国」をしみじみ思うような開始でした。そう言えば、この曲の全曲版は、ほぼチェコの演奏家でしか聴いたことがないな…、と思ってうちのCDを調べてみたら、チェコ以外のものを一枚持ってました。マルコム・サージェント…😄。

「ヴィシェフラト」も進むにつれて盛り上がっていきますが、アンチェルの演奏は、とても引き締まったもので彫りが深く、メリハリが効いたものです。穏やかな部分は暖かい感じがするので、曲の中の対比も見事です。

 

次は、おなじみのモルダウ(最近は「ヴルタヴァ」の方が通りが良いのかな?)。いつもの美しくもドラマティックな曲です。アンチェルの指揮は、楽し気な部分は弾むようで、静かな流れは煌めく音で、といった具合にとても表情豊かな演奏でした。これは曲自体がそういう性格という事かもしれませんが、音楽がとても活き活きと息づいています。素晴らしいです。もちろんチェコフィルの音も素晴らしいと思いますが、この時期の録音なので、少々広がりに乏しい感じがするのが惜しいところ。それでもスプラフォンの音質は安定しています。

 

モルダウを過ぎると、単独では比較的聴く機会の少ない4曲に入っていきます。とは言っても、それぞれ特徴的でドラマティックな曲ばかりで、少し聴けば頭に旋律が蘇ってきます。この曲調で連作の75分を聴くのは、長い感じもしますが、アンチェルの情感の豊かな、かつ引き締まった演奏で聴き通すのは、実は贅沢な75分と言えるかもしれません。

 

【録音に関して】

当時のチェコフィルの滑らかな音はよく捉えられていますが、少々広がりが少ないように思いました。それでも美しい録音だと思います。

 

【まとめ】

今年のアニバーサリーということで、スメタナを始めてみました。しかし、気軽に聴ける曲が少ないですね。とりあえず家の中で探しても、「わが祖国」と「わが生涯より」と「売られた花嫁」しかありません。さて、どうしたものか…。

 

購入:2024/01/08、鑑賞:2024/01/08

ふショスタコーヴィチの時代 ㉖

交響曲第6番は、以前に少しだけ登場しましたが、他の曲のついでに聴いた感じなので、今回改めて聴いてみます。1937年に交響曲第5番、1938年に弦楽四重奏曲第1番に続いて、この作品は1939年。年に1曲という感じですが、この間にはいろいろと映画音楽を作曲しています。

【CDについて】

作曲:ショスタコーヴィチ

曲名:交響曲第6番ロ短調 op54 (30:05)

作曲:リムスキー=コルサコフ(シテインベルク編)

曲名:組曲「見えざる街キーテジと聖女フェヴローニヤの物語」 (18:58)

演奏:チョン・ミュンフン指揮、ザールブリュッケン放送交響楽団

録音:1985年6月 ザールブリュッケン

CD:311 202(レーベル:KOCH SCHWANN)

 

【曲と演奏について】

1937年の交響曲第5番で名誉を回復したショスタコーヴィチは、1938年になると、マヤコフスキーの詩「ウラジーミル・イリイチ・レーニン」を使用して、ソリスト、合唱、オーケストラのための大規模な「レーニン交響曲」の構想を発表します。しかし、やがてこの話しは頓挫し、純粋な器楽交響曲として、レーニン交響曲のためのフレーズも取り入れつつ、この第6番を完成させました。ショスタコーヴィチは、この第6番について、公式には「悲劇と緊張の瞬間が特徴的であった第5交響曲のトーンとは異なり、瞑想的で叙情的な音楽が優勢です。春、喜び、若さのムードを伝えたかったのです。」と述べています。

この交響曲は初演が成功しましたが、批評家は賛否両論で、ショスタコーヴィチが形式主義的な傾向から離れたことを称賛したものや、交響曲の偏った構造とムードの並置を否定的に評価したものなどがありました。実際聴いてみると、これらのコメントや論評はどうもこの曲を聴いた感じとはピタリとは合わないような気がします。少なくともこの重苦しい第一楽章から春や喜びは感じ難いですし、形式主義的傾向から離れたと言われても、交響曲第5番や弦楽四重奏曲第1番の古典的なスタイルから再び冒険的な方向に向かっているような雰囲気が感じられます。偏った構造となっていますが、これは第一楽章と、第二第三楽章が見事に対称的にバランスしていると言えなくもありません。一筋縄ではいかないような、いろいろな要素が込められているかもしれません。

 

このCDは、確か新譜リリースからそれほど経っていない時期に買ったのではないかと記憶していますが、チョン・ミュンフンがバスティーユへの就任が決まってはいましたが、DGからの録音はまだ出ていなかった頃のことだと思います。ちょうど話題になり始めた頃でしょうか。この時、初めてチョン・ミュンフンを知ったのですが、当時同じ組み合わせで、第6番と第14番を続けて録音しています。そもそもこの2つの曲の新録音が、全集以外で出るのはかなり珍しかったので、さっそく購入した訳です。そして、今回聴くのも随分久しぶり。何十年ぶりというレンジかもしれません。

 

演奏の印象は今聴いても当時と変わらないのですが、平たく言えば、音が小さくて響きが薄いです。当時もヴォリュームを上げて聴いていましたが、それは今でも変わることはありません。ただフォルテになると、普通に大きくなるので、静かな部分が極端に小さいのかもしれません。蚊の鳴くような印象です。言いすぎですが…。これは、オーケストラ自体の問題もあるかもしれませんし、録音の問題も大きいと思います。

 

そんなCDの演奏内容はと言えば、第一楽章はゆったり演奏され、静かで残響が多め。室内楽的な雰囲気も感じます。テンポや表情は巧みに思いました。対して第二第三楽章は闊達な演奏で、ラストはしっかり迫力があります。全体を覆う印象は、クールで、澄んで張り詰めた感じでしょうか。これは第14番のほうも同じで、ショスタコーヴィチの演奏としては、ちょっと異彩を放っているかな?と思います。

 

エイドリアン・ボールトの演奏があったので、ちょっと貼り付けて見ました(笑)。

この曲の演奏の歴史なども感じつつ…。LPOの演奏です。Everestの録音ですね。

 

そうそう、このCDのカプリングは、リムスキー=コルサコフ(シテインベルク編)の歌劇から組まれた組曲「見えざる街キーテジと聖女フェヴローニヤの物語」でした。これも当時はあまり聴くことの無かった曲。雰囲気はシェエラザードに近いものがありました。決して似ている訳ではありませんが…。

 

購入:不明、鑑賞:2024/01/11

【CDについて】

作曲:マーラー

曲名:交響曲第5番嬰ハ短調 (65:05)

演奏:ドホナーニ指揮、クリーヴランド管弦楽団

録音:1988年6月 クリーヴランド MasonicAuditorium

CD:POCL-5063(レーベル:DECCA、販売:ポリドール)

 

【曲に関して】

マーラーの5楽章からなる交響曲ですが、第一楽章と第二楽章が「第一部」、第三楽章が「第二部」、第四楽章と第五楽章が「第三部」という形で、楽譜に表示されています。5楽章の曲としていつも聴いていますが、三部構成の曲として聴いてみると、また感触がかわるのでしょうか…?

 

【演奏についての感想】

昨年末に、少し聴いていた第5番。ちょっとだけ聴き慣れた感じですかね。ということで、今年の最初のマーラーは、またまた第5番で、ドホナーニの演奏で聴いてみます。御年94歳でいらっしゃいます。ドホナーニと言えば、クリーヴランド管弦楽団時代が録音も豊富で話題も多かったのではないかと思いますが、その充実した時代の録音ですね。

 

冒頭のトランペットは、最初は抑えめで軽めかと思いますが、強奏になるとしっかり大きな音になりました。この落差はドホナーニのニュアンスなんでしょうね。第一楽章はゆっくり進みますが、最後まで聴くとサクサク進んでいった感じがするので、ちょっと不思議でした。まずは、金管の音が華々しくて、全体的に乾いた音がしています。これはクリーヴランドの音なんでしょうか。そして意外と細かなニュアンスが豊かな演奏と思います。

 

一方で、大きな感情の噴出といったものの表現からは距離を置いた感じで、ゴージャスな音に頼っている訳でもないと思いました。独特なニュアンスに、ん?と思う事も一部ありますが、こういった表現はけっこう好きですので、なかなか良かったと思います。第四楽章のアダージェットも必要以上に頽廃的になることはなく、あっさりしている感じです。押しなべて明るい感じのマーラーでした。

 

【録音に関して】

細部までよく音が捉えられていると思います。いい録音です。

 

【まとめ】

マーラーは今年は第5番から聴き始めました。昨年よりはもう少し聞いてみたいという感じです。続けて聴いているので、アレルギーは消えつつあります(笑)。

 

購入:2023/12/08、鑑賞:2024/01/07

 

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