穴と橋とあれやらこれやら -72ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2023年7月9日、第二次大分県探索二日目。大雨警報下の国東半島徘徊の中盤に訪ねた、けしからん物件をご紹介。10年以上前に初めて知って以来、ずっと気になってた物件だった。この日のネタで記事にしているのは、序盤の川部橋第2循環隧道、ラストの掛樋隧道

 

 

国道213号から海へ向かって下り、内迫の集落を抜け、

内迫漁港のどん詰まりへ。

 

 

 

 

 

ここに車を停めた。

現在地こちら。ちなみにこの場所で後ほど心ざわつく体験をすることになる。それについては最後にね。

 

 

 

 

 

さて、こんなとこにアレが?とにわかには信じがたいが、

もう見えちゃってんのよなあ。

 

 

 

 

 

まずは年季の入った堤防に立てかけられた木製はしごで…って、

カニさんおった~。

 

 

 

 

 

カニさんに挨拶しながら堤防上へ。

左を向けば、この景。

 

 

 

 

 

そして~、右向け右!

イヤイヤイヤイヤ…たまりませんなこれは。紛うことなき、人道サイズの隧道だ。

 

さて、この物件を初めて知ったのは、たぶん2012年夏。仕事の加減で第一次の大分県探索が実行できそうだとなった時に、色々調べまくった中でのことだったと思う。結局その時はこっち方面には来なかったのでそれっきりだったが。

 

知ったのは、最初に本件を世に知らしめたてっく氏のサイト「この道を行けば」を拝見していて。なんとこの内迫にご実家があるという氏のレポを読めば、ほぼこの隧道のことは知れる。

後篇最後に貼らせていただくリンクでご覧いただければ一目瞭然だが、本記事で書く「主観以外の情報」は、すべて氏の記事から得たものだし、この国東遠征全体でも改めて全面的に参考にさせていただいた。併せて心より御礼申し上げる。

 

そういえばてっく氏、ヤフーブログ時代に丸塚隧道の記事の時にリンク許可をメールでお願いして快諾の返信をいただいたことあったなあ。長く更新がないけど、お元気にしてらっしゃるだろうか。

 

 

 

 

 

さて、隧道だ。

見にくいが、降りるところにはちゃんと階段が設えられていた。

 

あと余談ながら、この先はフナムシの巣窟だった。こういう立地の隧道あるあるだが、あれなかなかグロいのよねえ…ザザザー!って黒い大群が…まあこっちに向かってくるんじゃなくて逃げてくれるからマシなんだが。

 

 

 

 

 

そうそう、改めて立地の確認だが、

コレモンですわ。

 

なんだこの隧道!?ってなりますわな。なんのために掘ったんだ?って。まあその辺も後篇にて(全部受け売りだけど)

 

 

 

 

 

隧道は、

これたぶん礫岩って呼ぶのだと思うが、独特なテイスト。国東はじめ、大分では何度か目にした類いのものだった。

 

 

 

 

 

その洞内は…

うわーなんか凄い!

 

 

 

【後篇】に続く。

 

 

 

2024年8月1日に敢行した「そうだ、七宗行こう」ツアーにおいて通りすがった滝が、ノーマークだったがいい感じだったので動画を撮った。

 

滝はともかく動画自体は大したもんじゃないんだけれども、酷暑が続くこの時期にはいいかもねということで、投下しておく次第。

 

 

 

ここはターゲットに向かう途中で、

その存在も現地に行ってから認識したような感じで、

 

 

 

 

 

当初はスルーするつもりだったんだが、

林道からすぐっぽいし、せっかくなんでちょっと寄ってこうか、となった。

 

場所は、今は明かさないでおく。っても上のお写真もあるし、調べたらすぐわかるけどね。

 

 

 

 

 

林道からの滝道。

その真ん中に、なんか立ってる。

 

 

 

 

 

それは、

「境界標第一號」。

 

ここの林道は民有らしいので、町または県の土地との境界ということだろうか。「號」の漢字が年季を感じさせる。

 

 

 

 

 

その先には、

小さな祠。それなりに手入れはされていそう。

 

 

 

 

 

滝のそばといえばお約束の

不動明王さまね、やっぱり。

 

いつものように、お賽銭と遊ばせていただいたお礼、無事な帰還をお願いした。

 

 

 

 

 

そっからもう少し進んで川を渡れば、

お出まし!これが南天の滝か。

 

 

 

 

 

おお、思ってたよりも素晴らしい滝だ。

寄ってよかった。

 

 

 

 

 

では、ようやくながら動画を。

滝壺は周囲をぐるりと崖に囲まれた、いわば巨大なポットホールのような場所で、そこから川の流れ落ちる方向だけが開けている感じ。動画でも伝わりにくいかな~。

 

こういう滝ってありふれているのかどうかわからないが、なかなか神秘的だった。少しでも涼を感じていただければ幸いであります。

 

 

 

 

 

しかしこういう内容、既存のテーマでは分類が不可能なんよね…。「どうでもいい話」しかないのか。

 

 

 

2023年11月24日、中国地方TSHO周遊の二日目。この日のネタで記事にしているのは、大崎上島のかいかんはし

 

今回ご紹介するのは、橋でつながってはいるもののやはりれっきとした島、上蒲刈島で訪ねた橋。事前の期待を上回った。

 

 

 

ファーストコンタクトがこの景。

田戸の集落内の狭い道を進んだところ。たまたま空き地があったので、ちょっとだけ停車させていただいて…。

 

 

 

 

 

西側より!

石の高欄がステキな、クラシカルな橋。場所はこちら

 

 

 

 

 

右側の親柱にお名前で、

「明治橋」。

 

 

 

 

 

左側は

「めいじはし」。「じ」は「志」に濁点がついたやつだ。

 

このお名前をQ地図で見つけ、ストビューでこのお姿を見た時に、ここは絶対に訪問しようと決めていた。ただ、Q地図によれば完成年は昭和20年と。ほんまか~?お誕生日表記に期待しよう。

 

 

ところで、親柱側面にそれぞれ人名が刻まれているのにお気づきかと思う。これはおそらく、架橋時の寄附者か石材の寄進者か、地域の名士か…そういった人たちの名前だと思われる。このテイストも、昭和20年じゃない気がするけどなあ…。

 

ちなみにこの昭和20年は言わずと知れた終戦の年であり、社会的にも動乱の極み、銘板その他でこの年に完成したという橋はほとんど見たことがない(皆無ではないけど)。

 

 

 

 

 

上流側からのサイドビュー。

波を思わせるような高欄デザインが軽やかでイイ。

 

 

 

 

 

そして~、ここで確認。

石桁!間違いなく石桁!

 

やっぱこれは、もっと古い橋のはずだ。たぶんお名前どおりの。

 

 

 

 

 

渡って東側より正対。

ブロック塀の圧迫感があった西側と違い、こっちのほうがスッキリと鑑賞できる。いや、イイねえ~。

 

 

 

 

 

親柱はこちらも、

 

橋名のセットのみ。あららら…お誕生日はないのかえ?

 

 

 

 

 

てなわけで改めて探したら…

まさかの束柱にあった!レアケース。

 

 

 

 

 

ご覧あれ。

「明治四十三稔三月架設」。やはり明治の石橋だった!

 

 

 

 

 

瀬戸内の小島の集落内に、

車道として現役のままでひっそりと生き永らえていたとは…。

 

三面コンクリ張りのこの川を見れば、河川改修の際に架け替えられなかったのは奇跡だと思う。地域の人たちが残してくれたのか、あるいは他の事情があったのかはわからないが、まさに胸アツとはこのこと。

 

 

 

大いに感動した、その名も明治橋でありました。

 

 

 

以上。

 

 

「七宗(ひちそう)」って、マニアックすぎましたかね?

 

岐阜県七宗町は、飛水峡の飛騨川右岸歩道で衝撃的な発見をした、わたくしとしても印象深い土地なのだが、その後も教えていただいたりネットで見つけたりで、知る人ぞ知るお宝物件が複数あることがわかり、再訪を誓っていたエリアだった。

夏休みもなく相変わらずどこにも行けないフラストレーションが高まった結果、発作的に「そうだ、七宗行こう」となったわけでありますな、前日に。

 

 

つうわけで、2024年7月31日の夜に出立、8月1日に敢行したツアーのダイジェスト。七宗町だけじゃなく、周辺の市町も含んでおります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日は仕事なので14時過ぎにこの橋で切り上げて帰途へ。ふたつほどシバキ残したが、無理したら翌日どうなるかはよくわかってる。

 

二枚目写真のメインターゲットは素晴らしかったが、ヤマビルの脅威に怯えながらの探索となった。車に戻った時には四匹ついてたが、幸いにも吸血はまだされておらず、セーフ。でも取るのが精一杯で殺し損ねてしまった…。

 

 

そうそう、そういえばこの日が、新しいカメラのデビューとなった。モニターの明るさが前のと感じがちがい多少戸惑ったが、実際撮ってきたのを見れば、ほぼ撮りたい感じに撮れてたので、よかった。まあこれから慣れていくかな~。

 

 

他もすべて心から楽しめた~。やっぱたまに出かけないと、心がすさんでしまうわ。さて、どれから記事にするかはわからないが、おいおい。

 

 

 

 

 

おまけ。

帰途の名神高速で事故渋滞。これしんどかったわ~。あ、もちろん動いてないときに撮ってますよ。

 

 

その時の気温。

うーん、今や39度くらいじゃ誰も驚かんかね(笑)。

 

 

 

 

 

2014年7月20日、二度目のニコイ探索決行前の朝練にて訪ねた物件をご紹介。この日のネタで他に記事にしているのは、丸山の災害用桁下小鳥ダム

 

 

 

ここは岐阜県道483号稲越角川停車場線、河合町大谷地内。現在地こちら

単に県別マップルに載っていたトンネル表記を見て訪ねただけだったが…なにこれ?

 

 

 

 

 

改めて正対するも、

どう見てもボックスカルバート、山岳トンネルには見えない。

 

 

 

 

 

まともな銘板はなかったが、

お名前はこれで判明。「稲越トンネル」ですか。

 

 

 

 

 

確かにこれ目立たせとかないと、

猛スピードで突撃しちゃったら惨劇必至だ。

 

改めてQ地図で確認すると、1974(昭和49)年完成とのこと。「平成16年度道路施設現況調査」にある昭和50年とは一年の誤差があるが、これいかに。

 

 

 

 

 

それにしても当然、なんでここにこんなに唐突にトンネルが?となった。まあ現地では怪訝な気持ちのまま特に調べることもなかったんだが(あんま時間もなかったし)

 

基本的にこのパターンは、「なにか」の下を通すためにトンネル上になってるのがお約束。つうわけで地理院地図を見ると、

川がこのトンネル上を渡ってることになってる。

 

 

 

 

 

ちなみにトンネル脇には、

稲越川沿いに旧道っぽい道路敷が見て取れた(実際旧道なのかは不明だが)

 

状況的には路線改良の一環として旧道をトンネル化した際に、稲越川に流入する支流の改修も併せて行った結果、ボックスカルバート上を渡して流す現在の形となったのではないかなと。

あるいはこの支流が暴れて土石流か何かを引き起こした結果、河川改修としてこの形になった可能性もある。とりあえず今のわたくしなら、この旧道?を辿ってどうなってるのか見に行ったと思うな(繰り返すが、あんま時間なかった)

 

そういう意味で、当時のわたくしはまだ、この物件をしっかり楽しむことはできなかったと思う。ボックスカルバート=つまんな!だったのでね…。

 

 

 

 

 

波動砲…

発射ーーーーー!!!(バカ

 

 

 

 

 

抜けまして北側。

 

写真撮ってなかったが、この左側の稲越川には取水堰堤があった。もしかすると、これとの関係もなしではないかも。

 

 

 

つまり、この後のニコイ探索の集合に見事遅刻したのは、この物件のせいではなかったということで。

 

 

 

以上。