穴と橋とあれやらこれやら -72ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

【1】より続く。

 

さて、再び渡り返して、美咲町側に戻ってきた。

続いては、橋自体は完成してるだけに、現道との不陸っぷりが際立つ新旦土大橋を見てみよう。

 

 

 

 

 

これ!この感じ!

誰もが撮りたくなるでしょ~このアングルで。

 

まあ見事なぶったぎれっぷり。現道との擦り付け部分は工事管轄が違ったってことなんだろうな。

 

 

 

 

 

このまま橋に登ると見せかけて、

そりゃあアナタ、橋は下から見てナンボですよ~。

 

桁下に抱いているのは、ケーブル類を収めた箱かな?それにしても、旦土大橋を渡る車が写ってるが、わたくし丸見えだっただろうな。

 

 

 

 

 

新橋の下から望む、旦土大橋。

未練がましい?(笑) 

 

でも実はこの写真、先代橋の遺構も写り込んで3世代揃い踏みショットとして撮ったものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、実際さあ、

この角度からも凄まじくカッコよかったので思わず撮りまくり。

 

 

 

 

 

 

で、再び上に。

で、この時は橋上には登らなかった。この後反対側に回るつもりだったので、あっち側から渡ってこようと思って。

 

 

 

 

 

なので、これらの銘板は、

ズームで撮影。「しんだんどおおはし」。

 

 

 

 

 

お誕生日は

「令和3年9月竣工」。

 

やはり橋自体はこの訪問から一年近く前にできていたんだな。この状態から結局供用まで2年を要したわけだが、どういう状況だったんだろうか。自治体が別という事情もあった?

 

 

 

 

 

そしてこの工事銘板。

これ実はもっと後に対岸側で見つけたんだが、流れ上ここで載せておく。

 

しかしなんつうか…最新の橋の銘板って、なんかシュッとしてますな。

 

 

 

 

 

まあ当然ながら、

どこもかしこもピッカピカですわ。

 

 

 

 

 

はい~。

こっち側でやれることはやり尽くしたかなってことで。

 

これ、ある意味貴重な写真かも。

 

 

 

 

 

さて、今から

第二のターゲット・旦土小橋へとアプローチする。その過程でさらなる橋が登場するんだが、そのへん次回以降に。

 

 

 

 

 

今では存在しない地平から、

旦土側へ移動!

 

 

 

【3】に続く。

 

 

今宵から何回かに分けてご紹介するネタは、先日記事にした追憶の青原橋と同じく、以下のハルニチさんの記事にきっかけをいただいたものである。この記事に二番目に登場しているのが今回のネタ。

 

 

 

ここには旦土大橋と旦土小橋という二本の橋があり、それぞれに三世代にわたって現存(遺構含む)していた、橋好きとして非常にアツいスポットだったんだが、そメインたる旦土大橋(土木学会選近代土木遺産Bランク)がつい先ごろ撤去されたということで、ここに改めてその勇姿を公開しておこうと。

 

 

で、それだけではもったいないので、三世代計六本の橋たちをすべてご紹介しておこうという、そういう記事である。

 

 

 

 

 

訪ねたのは2022年8月26日、中国地方縦断迷走・初日。この日のネタで記事にしているのは稲荷橋横部橋簗瀬橋力谷隧道。時系列では稲荷橋と横部橋の間になる。

 

 

 

10時28分、

現場到着。現在地はこちら。マピオン地図でもすでにお亡くなりになっている。仕事早いね…。

 

 

ここは岡山県道30号落合建部線(手前から左奥へ)と岡山県道370号江与味上河内線(左奥から右へ)の分岐点だが、お気づきだろうか、正面の古めかしい橋に並列して、真新しい近代橋が架かっている。

新しい橋の方は現道との擦り付け部分を残して完工しているようであり、一見して新旧橋の関係であるとわかった。

 

こうなっているとは全然知らずに来たんだが、これは…アカンやつかもしれん。ギリ間に合ったパターンかも。この時点でそう思った。

 

 

 

 

 

まずは正対したこの橋が、旦土大橋。

火袋を備えた非常に立派な親柱。一見して、地域の最重要橋である(あった)ことが理解できた。

 

 

 

 

 

予め書いておくが、

 

親柱やトラスに銘板の類が見当たらなかった(見つけられなかった)。

 

 

 

 

 

なのでここでお伝えしておくと、

完成は1937(昭和12)年、下路曲弦ワーレントラス橋。1934(昭和9)年9月の室戸台風で流失した先代橋に代えて架けられたものだという。いや~、恰好宜しい橋だったんだけどな。

 

 

 

 

 

適度にヤレたワーレントラスが非常にイイ。

もう一度書くが、土木学会選近代土木遺産Bランク…だったんだが…ねえ。

 

 

 

 

 

上流側に架かった新橋は、

いかにも最新技術の橋でございます的なオーラ(なんやそれ)を撒き散らし、新旧の対比がいやが上にも強調されていた。

 

 

 

 

 

で、その新橋の下を通して目に入った。

ささやかな、一見して古そうな橋。

 

実はあれもまた、事前にターゲットとして認識していた橋だった。あれが旦土小橋で、おそらく【4】でご紹介できるはずだ。どんどん前倒しで紹介していく実験的手法(笑)。

 

 

 

 

 

そして眺めた下流側に、重要な痕跡を発見。

河中に列をなして倒壊しているのは…橋脚、だな。

 

 

 

 

 

視線を移すと、

橋台も確認できた。

 

 

 

 

 

間違いなく、

あれが室戸台風で流失したという先代の旦土大橋の遺構だろう(現場ではまだ室戸台風云々は知らなかったが)

 

先述のとおり、(この時点では)上流側と下流側、合わせて三世代の旦土大橋が共存(先代は遺構のみだが)していたわけだ。

 

 

 

 

 

間もなく旦土側へ。

書き忘れていたが、先ほど車を停めたのは美咲町西川上で、この橋で市町界を越え、対岸が真庭市旦土となる。

 

余談だが、今回紹介していく一連の物件はほぼすべて旦土にあるため、県別記事リストでは「真庭市」にて上げることにする。

 

 

 

 

 

なぜか気になってしまった、

トラス端部と親柱の間の金属棒の処理。トラスに軸受けが取り付けられてるんだな。

 

 

 

 

 

旦土側から正対。

親柱の仕様は同じようだ。

 

 

 

 

 

下流側からサイド気味に。

このまま進めば先代橋の橋台まで行けるはずだったが、なぜか行かなかった。理由は忘れたが、行っときゃよかったとプチ後悔してる。

 

 

 

 

 

わたくしの訪問から14ヶ月後の2023年10月に新旦土大橋が供用開始され、旦土大橋はその役割を終えたようだ。そして2024年2月28日と3月1日の2回に分けて撤去が行われた。

 

つまり、まさに今月。この世から姿を消してまだ1ヶ月経ってないわけだ。

なんとか同じ月のうちに記事にできて良かった。2023年9月までの86年間の貢献に、敬意を表したい。

 

 

撤去にあたっては、河中に仮設台を設置してトラスを支え、真ん中で切断する工法が採られたようだ。

 

撤去作業時の写真が岡山県土木部のFacebookに載せられているので、気になる方は探してみていただきたい。

 

 

 

 

 

先述したように、当時の現場でもこれは撤去濃厚だと感じていたので、

心の中で労いながら、往復した。お疲れ様でしたと。

 

 

さて次は…とてもスルーできない新橋をチェックだ。

 

 

 

 

 

【2】に続く。

 

 

 

 

 

連載直前でPC故障のため待ったがかかったネタを、改めて。

 

 

なんとか今月に滑り込ませられてよかった。

 

 

 

【1】に続く。

 

 

 

今年初めてのBAND-MAID記事。

 

 

本日は仕事休みということで、昨日ゲットした3月27日リリースのBAND-MAID映像作品、

「BAND-MAID 10TH ANNIVERSARY TOUR FINAL

 in YOKOHAMA ARENA (Nov.26,2023)」を朝から観た。

昨年10月20日にはわたくしも大阪公演に参戦した、その10周年記念ツアーのファイナルとなった横浜アリーナ公演全33曲を収録した、いわば節目の集大成的な内容となってるわけだが。

 

 

本来わたくし、どんな好きなアーティストでもライヴ作品に関してはさほどそそられないっていうか。実際に参戦するのは大好きなんだが、それを映像なり音源なりのパッケージにしたものには入れ込めない、という性質があって。

なので正直、BAND-MAIDに関しても「好きだから持っとこうか」を超える期待値ではなかった(どんなに素晴らしいライヴをやるバンドか体験済みなのにもかかわらず)んだが、それでもいやぁこれは、もう…。

 

 

 

このひと月ほど、先行してオフィシャルライヴMVが立て続けに4本(!)公開されていて、全体のおおよそのクオリティは予想していたんだが、それを軽く超えてきた感。特に最後の曲である"endless Story"は、先行MVで観た際にもグッとくるものはあったものの、フル尺でひと公演観てのラストでこれが来た日にゃあ、おもわず目に熱いものが…(笑)。

 

 

多少なりとも彼女らのことを知っている人には、この横アリ公演がどんな意味を持つのかわかっているから、余計にね~。まあね、白状すれば大阪公演の時にもやっぱ泣いたよ。この記事で予言してたとおりにね!

 

 

 

 

 

セットリストをよく見れば、「あ、この曲もあの曲も演ってない!?」と気づいた。

彼女らの場合、いわゆる認知度の高い人気曲はいくつもあるけど、それがすなわち「代表曲」ってことではないのだな。

 

ファンが10人寄れば10人ともに好きな曲TOP5は違うだろうし、「どれが一番なんて選べない」と言うだろう。だから、やって当然と思える曲が外れていても気づかないというか、持ち曲のクオリティの高さと層の厚さがヤバイというか。

 

 

 

 

まぁとにかく。

いいバンドですわ。ほんとに。奇跡の5人やな。

 

 

 

 

 

2010年10月23日、第一次福井県遠征。この日のネタで記事にしているのは、雄島隧道大内隧道二代目・下荒井隧道谷戸口トンネル長野ダム隧道

本日ご紹介するのは、長野ダム隧道の32分後に通りすがった、さくっと書ける小ネタであります。

 

 

いきなり、ドン。

国道158号を東進中、地図にないトンネルが現れた!?と思ったら…違ったこれ。場所はこちら

 

 

 

 

 

通り過ぎての振り返り。

見た目はほぼトンネルなんだけども、異様な土被りの薄さは明らか。

 

 

 

 

 

そう、これは

「大谷スノーシェルター」。

 

思えば大野市界隈のR158にあるスノーシェッドたちは、おしなべて「~シェルター」という名称のものが多い。その中でも「見た目ほぼトンネル」なコンクリート製のものはこれだけだったと思うが、お名前はいずれも「シェルター」。

 

「シェルター」となると、「シェッド」よりも一歩踏み込んだ施設なイメージがある(個人的見解)が、何か名称の使い分けとかあるんだろうか?あるいは「シェッド」を使う方が特殊?

 

 

 

 

これがいつできたものか不明だが、九頭竜ダム建設に伴い道路が付け替えられた結果、この近辺のトンネルや橋梁はだいたい1967(昭和42)年~翌年にかけてのものが多く、このシェルターもほぼ同時期かその後数年以内、ってとこだと思われる。

 

ちなみに、本記事公開時点で当地最新のストビューは2023年6月のものだが、化粧直しもされてないようで、良くも悪くも(?)ほぼこの時のままだ。

 

 

 

以上。