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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

今回は、わたくし的には珍しいテイストの記事かも。

 

 

それには2023年4月14日、TKY~初の山梨進出の最後の訪問場所で出会った。

このような、ガチ廃屋。

 

廃屋・廃墟は基本的に弊社業務範囲外だが、いやでも内部が見えてるので、思わず吸い寄せられた。

 

 

 

 

 

が、その前に…

上の写真右端に写ってる、あんまり見たことない配電箱?的なものの下におわした石仏に気づいた。

 

 

 

 

 

手を合わせて帰路の無事をお祈りしてから、内部を…。

これはしかしまあ…どういう状態?

 

 

 

 

 

壁際の…

あれは誰だろう?

 

 

 

 

 

引き出しがすべて飛び出した学習机と、

昔ながらの秤。

 

 

 

 

 

ブラウン管テレビと、

お年寄りのものとおぼしき荷車。

 

すんごい荒れ具合だが…住んでた人はどうなった?亡くなってそれっきりとかだろうか…。最初に書いたように営業範囲外で、本来怖くて苦手なんだが、ここは窓が抜けてて明るかったし、怖さは感じなかった。

 

そしてなんか…心を掴まれた。その詫び寂びに。

 

 

 

 

 

最後に、この廃屋がどういう場所にあるかというと…

こういう感じのね。

 

 

あの橋、見かけと違う変な橋だったので、いつか別途記事に…するかも、しないかも。

 

 

 

 

ロケ地:山梨県甲州市某所

 

 

 

【4】より続く。

 

 

 

それでは三代記最後の橋、

旦土小橋へ。小橋と言いながら、立派な橋である。

 

 

 

 

 

今回もこれ出しとこうか。

現在地…わかってくだされ。この時点ではr30とr370、r333の交点だった。

 

 

 

 

 

意外と交通量あるので、

ササっと変な位置から撮影。

 

 

 

 

 

右の親柱、

「だんどこばし」。

 

 

 

 

 

左の親柱、

「旦土川」。この三代記での旧来の橋で初めて、銘板がちゃんと残ってた。

 

 

 

 

 

橋上から望む、

上流側。特にコメントなし。

 

 

 

 

 

そして下流側。

以前のストビューを見ると、新道工事に当たって谷が大きく埋められたことがわかる。ここでは出さないけど。

 

 

 

 

 

そしてこっからだと一番しっかりわかるかな。

三世代の旦土小橋。

 

うち二世代が失われた大橋に対し、こちらすべてが現存していて嬉しい。いつまでこの三世代そろい踏みが見られるのかはわからないけど。

 

 

 

 

 

橋上北(西)詰にあるこの道路情報板、

回転幕式で、なかなか味ある。今やレアになりつつあるよね。

 

 

 

 

 

その脇から。

親柱含めて高欄の背が低くて、時代を感じる。けどスッキリしてていいな。対岸に見えている真新しい平場がもちろん新道。

 

 

 

 

 

そのまま視線を左へ移すと、くどい感じで(笑)三世代そろい踏み。

冒頭の地図と併せれば、改めて位置関係をお分かりいただけると思う。新道のルートも。

 

 

 

 

 

右の親柱、

「旦土小橋」。

 

 

 

 

 

左の親柱、

「昭和29年3月竣功」。

 

前回書いたとおり、1954(昭和29)年に完成した旭川ダム建設に合わせて県道30号(当時も県道だったのかは不明)が付け替えられ、そのルート変更で誕生したのがこの橋ということで、竣功年もそれを物語っている。

 

 

 

 

 

最後に、たもとの國玉神社境内から。

今や旧道落ちしたこの橋含む旧道区間にあるのは、この神社のみ。もしかするとこの橋も、撤去あるかもしれないな…。

 

 

 

 

 

ハイッ!というわけでね!

 

 

こういう濃厚な展開は予想してなかったんだが、現地に来てみれば錯綜する新旧道路と橋でテンション上がり、思わぬ長居。およそ1時間強、このエリアで遊ばせてもらった。

 

もっと早く記事にしてれば大橋の撤去前にご紹介できたのが残念といえば残念だが、そこはまあ、手向けとして。ハルニチさんの情報がなかったら、撤去のことも知らないままに、まだしばらく記事にしてなかったと思う。地図をお借りしたことも含め、改めてハルニチさん、ありがとうございました!

 

 

以上。

 

 

【3】より続く。

 

 

冒頭でまた、これを出しておこうか。

位置関係、頑張ってついてきておくれ(笑)。

 

 

 

 

 

つうわけで、6⃣新旦土小橋から見下ろす、4⃣旧・旦土小橋。

「旦土小橋」が2本あってややこしいため、「旧」を付けて区別する。まあそれはともかく、ここから見る限りは廃橋オーラを醸し出してるが。

 

今行くから待っておれ。

 

 

 

 

 

供用を待つ県道バイパスから、よくわからん作業道みたいなのを降りていくにつれ…

おおおお…キタ~。

 

ここ実はストビューでちょっとだけ見ちゃったのだが、いや~楽しみにしてきたのよね~。

 

 

 

 

 

降りたところで右を向くと、

新旦土大橋橋台…をくぐるカルバートが設置されている。

 

かつてはここに道路があり、旦土大橋のたもとへダイレクトにつながっていた。

 

 

 

 

 

上の写真とほぼ同位置からの2014年のストビューをご覧いただきたい。

かつて流失した1⃣旧・旦土大橋が現役だったころにはひと続きであった…つまり、県道30号の旧々道に当たる道だったと思われる。

 

ちなみに、1954(昭和29)年に完成した旭川ダムの影響によって、県道30号は次回ご紹介する5⃣旦土小橋ルートに付け替えられたようで、そのため旧・旦土小橋は限られた川沿いの農地へのアクセス橋へと転落。そして今や…。

 

このように新橋が架けられて旧々道はほぼ潰されたも同然だが、最低限人が通れるカルバートは用意されたということで、かろうじて命脈をつないだ格好だ。もしかしたら、新道から新たな取付道路が作られる可能性もあるが…。

 

 

こんな感じにね。

まあ、望み薄でしょうな~。

 

 

 

 

 

そのカルバートをくぐって、

新旧大橋の間から。

 

 

 

 

 

さてお待ちかね、いよいよ旧・旦土小橋へと。

 

うわ…なんかこの感じ…。

新橋とバイパスの工事で周辺の地形が大きく変わったことが感じ取れた中、この橋の周囲だけ時が止まったかのような。

 

 

 

 

 

先述のように、道路としてはほぼ終わっているものの、

かろうじて現役…でいいんよね?

 

 

 

 

 

生きてんのか死んでんのかよくわからない、まさにわたくし好んで言うところのリビング・デッド橋。

橋だけタイムスリップしてきたかのような、まるで白昼夢のような。不思議な空気感だった。

 

 

 

 

 

立派な親柱が4本ともしっかり残っているのは素晴らしいのだが、

結論から申せば、こちらも大橋同様に銘板は全て失われていた。

 

 

 

 

 

この旧・旦土小橋、Q地図にも掲載されておらず、詳細が不明なのだが、

とある先人のXによれば竣工1918(大正7)年とあり、確かにビジュアル的にも納得感はある。

 

 

 

 

 

いいなあこの高欄デザインも。

こういうデザインの自由さ・多彩さが、古いコンクリート橋の醍醐味よね~。

 

 

 

 

 

冒頭写真の逆アングル、

見上げる新旦土小橋。おじいちゃんと孫…いや、年齢差を考えれば曾孫でもおかしくない。

 

 

 

 

 

あー、なんか…

よくわからんけど沁みる~。

 

 

 

 

 

渡って正対。

世界から忘れ去られたような佇まいが、たまらんわ。

 

 

 

 

 

いや~、

最&高。楽しみにしてきた甲斐があった。

 

 

 

 

 

さて、あとは…

新大橋を渡っとこうかね。

 

 

 

 

 

 

新大橋の上から、

新旦土小橋と旧・旦土小橋。

 

 

 

 

 

そしてー。

旧・旦土大橋!

 

 

 

 

 

しつこいようだが今一度、

在りし日の姿を!

 

 

 

 

 

一応端まで渡ったが、すでにご紹介済みなので写真はなし。

いつ開通するのかな~とか思いながら、来た道を戻った。

 

 

 

さあ、残すはあとひと橋。

 

 

 

 

 

【5】に続く。

 

 

【2】より続く。

 

 

 

旦土大橋を再び渡り、真庭市旦土側から旦土小橋を目指す(ややこしいな)

 

 

行くだけならもっと最短ルートで行けたが(次回参照)

せっかくなので新旦土大橋に接続する新道ももちろんチェックしておく。現在地はこのへん。もちろんこの時点では未供用状態だった。

 

 

 

 

 

向こうには、

その新旦土大橋が見えている。

 

 

 

 

 

ここで、ハルニチさん作成地図に文字情報を加えた一帯の地図(ハルニチさん、ありがとうございます)をご覧いただきたい。

この時点でお見せしてしまうが、これが記事タイトルの「旦土の橋三代記」、つまり三代にわたる旦土大橋と旦土小橋の位置関係である。ここまでに1⃣~3⃣をご紹介してきたわけだ。ちなみに旦土大橋は旭川に、旦土小橋はその支流である旦土川に架かっている。

 

 

 

 

 

ここが新しくr30とr370の接続点、かつr333の終点となる場所で、

このまま進めば新旦土大橋。

 

 

 

 

 

だがまずは先に、左折!

こちらも新旦土大橋と同時に建造されたのであろう、新しい橋。これを見ておきたい。ここもまた、この時点では未供用状態。

 

 

 

 

 

まあ正直、

こういう展開でなければわざわざ記事にはしない類の橋だ。

 

 

 

 

 

すでにご紹介しているとおり、

お名前は「しんだんどこはし=新旦土小橋」。下流側にあるもの、あえて隠して撮っております(笑)。

 

 

 

 

 

お誕生日は…おっ。

「平成30年11月竣工」。新旦土大橋よりも3年も古いやん!しかし平成と令和が混じるとわかりにくいな。

 

じゃあこの小橋に至っては、完成から供用まで7年もかかったってことか。なんでこの道路計画にそこまで時間がかかってしまったのかは不明だが…予算的なことか、あるいは地権的なことか…?

 

まあなんにせよ、未成道路に終わらずちゃんと完成・供用されたことは喜ばしい。

 

 

 

 

 

旦土川の上流方向を見ると見える橋、

あれが今回旧橋となった、当時はr30現道の旦土小橋。あの橋は連載最後にご紹介する。

 

 

「旦土川」。

 

 

「新旦土大橋」。

 

 

 

 

 

渡りきって、正対。

よく見たら、めっちゃ中途半端な位置で舗装面が途切れてるな。ある意味大橋の方よりさらに中途半端やん。

 

 

 

 

 

さらに引くと、こんな感じ。

r30。今はここを直進するのが現道、右へ向かうのが旧道となっているわけだ。

 

えーと、位置関係とかついてこれてるかな(笑)。さっきの地図を随時参照しながら見ていただけたら。

 

 

 

 

 

ちょっとサイドぎみに。

向こうに新旧の旦土大橋が見えてる。

 

 

 

 

 

さて、いよいよ。

あちらに向かおうか。

 

 

 

 

 

いや~、

楽しみだったのよね、旧(今や旧々)旦土小橋。

 

 

 

 

【4】に続く。

 

 

 

連載の途中ではありますが…。

 

2年前の春に書きかけて放置してた記事を発見、今こそ供養しとこうと思ったので、内容改変の上でサルベージしとく。卒業式シーズンは終わったけど桜は今まさに花盛りを迎えつつあるから、時期的にはピッタリ…かと。

 

 

 

和楽器バンドのヴォーカル、鈴華ゆう子さんによる"さくら(独唱)"(森山直太朗)のカヴァー。

いや~この人の声、ホントにきれいだ。

 

きれいだけじゃない。この人、詩吟の師範なので基礎がバリバリにある方なのだが、単なる歌うまとは一線を画す、心を揺さぶられる声音を持っていると思う。ぜひ万人に聴いていただきたい~。

 

そういえば和楽器バンド。今年いっぱいで活動休止だっけか。復活はあるのかなあ…。

 

 

 

シンプルな記事~。

 

 

 

 

(写真は去年のです)