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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2019年9月16日、西宮での昼からの仕事の前に、ちょっと…いや、けっこうブラブラした際のネタ。西宮の勤務先を「娘」に引き継いだ後もちょいちょい様子を見に行ってたのだが、そんな時期のことだ。この日のネタは初めてだが、当時インスタにはアップしたかな。

 

 

 

地図を見ていて、阪神武庫川駅から南西方向の川筋にたくさんの橋があるのが、かねてから気になっていた。その名も

鳴尾新川筋(なるおしんかわすじ)

 

いいネタがあるのかどうか、全然知らずにやってきたのだが、結果思いがけない展開になったので、それらを順を追って紹介していく。ただ、「ある事情」により連載にはせず、不定期に回を重ねていくスタイルでお送りすることにする。

まあ…同じようなスタイルでもう何年も続きを書き忘れてるやつもあるので、そうはならないように月イチくらいで(笑)。

 

 

 

 

まず最初は…

おっ。あんなところに。

 

 

 

 

 

…わかります?

ちょっといい感じの橋があるじゃないの。

 

 

 

 

 

改めて、ここからが

鳴尾新川筋の旅(大げさ)スタートだ。

 

 

 

 

 

さっそく接近しまして…正対。

場所はコチラ。これは西側から。

 

どうしても上空に目が行くと思うが、これは阪神高速神戸線からR43へと降りるループ型ランプウェイである。この取り合わせ、なかなかいいな。

 

 

 

 

 

お名前は

月見橋。

 

 

 

 

 

お誕生日は、

昭和八年架設。

 

どことなく戦前橋の風情があると感じていたがビンゴ!昭和ひとケタ橋だった。母親と同い年だ。

 

 

 

 

 

戦前橋の風合いを感じていたのは、やはりこのあたり。

高欄のデザイン。

 

 

 

 

 

こういう、

さりげないオシャレさがね。

 

 

 

 

 

いや~洒脱。

センスいいね~。

 

 

 

 

 

渡って、

東から正対。

 

前後の市道よりも橋の幅員のほうが広そうな、堂々たる仕様。立派な橋だな~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下流側からのサイドアングル。

ちなみに高欄側面に掲げられている掲示は、「橋の下を不法に占拠している人」に向けての警告(笑)。この感じだと、すでにお住まいではないかと。

 

 

 

 

 

この月見橋、やはり最後はこのアングルで〆たい。

インスタにアップしたのがこの景だったが、我々的にはなかなかバエてると思うのだ。上空のやつに引っ張られて水平が取れてないけど。

 

 

 

では、来月(予定)の【2】に続く。

 

 

 

【前篇】より続く。

 

 

 

 

轍が気になったのは一瞬のこと、

この美しい廃景に心奪われた。完全廃道だ。

 

 

 

 

 

わかりにくいと思うが、ここの左側に狭い縦長の横穴があって、

湿気で膨れ上がった腐れ畳が突っ込まれていた。気持ち悪かったので、これ以上は確認していない。

 

こういう横穴は房総素掘り隧道ではよく見られるものだが、これはけっこう狭い部類じゃないかと。

余談ながら、こういう横穴でのハートウォーミングな想い出はこちらを。

 

 

 

 

 

そして右側の側壁には、こんなの。

昭和61年12月21日?かな?

 

こういうことができてしまうことが、柔らくて掘りやすい地質を如実に表わしているな。本来こういうことはやめてほしい…のだけど、ガキんちょかな?まあやりたくなっちゃうのかなあ…(笑)。

 

他にもいくつか、こういう訪問者による記念の彫り込み(笑)があった。

 

 

 

 

 

で、隧道の先、美しい廃景は、

荒れるに任せた竹の群生エリアのようだった。

 

 

 

 

 

抜けて、振り返り~の

北側坑口。

 

隧道が目的だったわたくし、本来はここで撤収してもよかったのだが、もうちょっと進んでみることにした。

 

 

 

 

 

言われなければ、

ここが道だったんですよ、とはそうそうわからないだろうな~。

 

 

 

 

 

そして、隧道からほんの1~2分で、

なんか見えてきた~。

 

 

実はあれこそが、先日の記事で紹介したあの草ヒロなんですな。しかもなんと!ブロ友の星★二郎さんがピンポイントでここの草ヒロだと看破、あのあとソッコーでリアクション記事を書いてくださいまして。

 

 

ありがたや~。ってことで、ここにリブログしておきまする。

 

隧道と草ヒロの(変わり果てた)最新状況も見られますので、ぜひどうぞ。つうわけで、草ヒロの車種は、コロナマークⅡGLでした~。

 

 

 

 

さすが房総ケモ道ライダーの二郎さん、車種のみならず場所さえも簡単に特定されるとは。脱毛 脱帽です。改めてありがとうございました!

 

 

 

 

 

ちなみにわたくしはここで引き返したのだが、二郎さんの記事でも書かれているように、古道をさらに進んでいくと、房総スカイラインへと合流できたようだ。もちろん後からできた房スカに上書きされたという関係だが。このあたりは大御所・ヨッキれんさんのレポートに詳しい。

 

 

 

 

 

ちなみに房総スカイライン側から見る合流点は、

こんな感じ。

 

またまた余談。この記事を書いているのは2022年2月6日だが、ヨッキさんの探索日は2010年2月6日。ちょうど12年前のこの日だった。偶然ですな…。探索日ではわたくしに先んじること4ヶ月半ってことになるが、ヨッキさんが探索後8ヶ月でレポートにまとめられたのに対し、わたくしは12年も後になっちゃった(笑)。

 

 

 

 

 

恥ずかしながら、戻る段になって初めて気づいてのだったが、

隧道脇にもうひとつ、穴ありますやん!

 

早速見てみたが、奥行きはなく隧道ではなかった。防空壕か横井戸か、あるいは横穴墓か。正体は不明だ。写真は撮ったがピンボケばっかなので割愛。

 

 

 

 

 

オプションもコミで、

素晴らしい隧道だった。

 

 

 

 

 

最後に一瞥。

ああ、久しぶりにまた房総の土を踏みたくなってきた~。

 

 

最後の最後に、わたくしの知る限り本隧道最古の記録であるまきき師匠のレポートもリンクしておく。探索日は、2008年11月23日だ。

 

 

 

 

以上。

 

 

 

2010年6月23日、第三次房総探索。この日のネタで記事にしてるのは旧・小松橋山太郎隧道ギロッポン正木1号橋梅ノ木台一号・二号隧道長浦橋&清水橋清水隧道鍵掛橋その奥、そして岩井袋隧道

 

こうして記事にしてるのはなぜかほとんど前半のブツばかり、今宵のお題もギロッポンと正木1号橋の間で、かなり序盤のネタは網羅してきたな~って感じ。

 

 

 

 

 

まずはこれ。

ここは君津市二入(ふたいり)地内、集落内の道のどん詰まり。場所はこちら


どん詰まりなんだが、実際は正面にまだ道が続いているのがわかる(マピオン地図でも道が描かれている)。

 

 

 

 

 

ほれ、このとおり。

古道の趣を感じるめっちゃいい道が続いている!

 

このネタを知ったのは房総の隧道王子ことまきき師匠のレポートだった(お元気だろうか?)のだが、以前はこの正面に道があるなんてわからないほどの植生だったらしい。ありがたや。

 

 

 

 

 

そして歩くことわずか数分で、

お出ました~!ザ・房総ちっくな素掘り隧道!

 

 

 

 

 

先ほど古道の趣と書いたが、実際ここはかつて君津方面へのメインルートだったようなのだった。こちらをどうぞ。

【「今昔マップon the WEB」より作成】

【リンクも貼っておく】

中央にあるのがこの隧道だが、ご覧のように現在の国道465号とは異なり、この隧道を抜けてその先現・房総スカイライン(県道92号君津鴨川線の一部)をかすめ、やがて上書きされるようなルートだった。

 

 

 

 

 

ちなみに上の古地図は1894年~1915年のもの。つまりはこの隧道、

最新でも大正初期、かなりの確率で明治以前の隧道ということになる。当然ながら、1979(昭和54)年開通の房スカよりもこちらの道のほうが圧倒的に古い。

 

 

この隧道はかなりの有名物件であり、「二入の隧道」とか「二入トンネル」などの名称でググれば多くのレポートがヒットするわたくしが知る限りはまきき師匠のものが最初だったと思うが)

 

訪問から放置すること11年以上。そんな、レポとしては最後発(笑)な拙ブログだが、今回記事を書くにあたって調べてみたら…なんとあっけなく隧道の正式名称が判明してしまった。ええ、もちろんいつのように、愛と信頼の「全国Q地図」のおかげである。またしても恩義が(笑)。

 

そのお名前は、「前坂(まえさか)隧道」

 

 

 

…。

 

なんか、フツーね(笑)。

 

 

当たり前だけど、改めて「平成16年度道路施設現況調査(国土交通省)」を調べたら、普通にこの名前があった。堤山隧道と同じパターンで、これのことだったのか!っていう驚きが。

 

 

 

 

 

単になじみの問題か、「二入(ふたいり)隧道」のほうが全然しっくりくるけど、まあこれが事実。


この古洞のお名前は、前坂隧道です。皆さんよろしくお願いします(笑)。「いいや、俺の中では二入隧道だ!」と頑なな態度を取るのも、また良し(笑)。

 

 

 

 

 

ザ・房総ちっくたる所以の、

この滑らかな岩肌。柔らくて掘りやすいと評判の(笑)上総丘陵の典型的な地質ではないかと。

 

 

 

 

 

さて、入洞して振り返って~の

鉄板の構図。

 

やっぱ、坑口の形に個性のある素掘り隧道だとよりイイねえ~。ここのは、まるで蠟燭の炎みたいな面白いシルエットですな。

 

 

 

 

 

この写真を撮ってふと気づき、振り返って再確認。やっぱあるやん。

これ、いつの轍!?

 

 

 

 

 

とても最近のものとは思われなかった。だって、

抜けた先はコレモンなんだから。

 

 

 

 

 

【後篇】に続く。

 

 

 

予告通りに、有名物件を。

 

 

え?そんな予告してたっけ?って?ええ、してましたよ~。

しかも、正解も出してくださったことだし!

 

 

ちなみに、記事を書くにあたって正式名称がわかってしまったというね…。

 

 

 

 

 

まあとりあえず【前篇】に続く。

分けるほどのボリュームもないんだけどね…(笑)。

 

 

先日リブログした謎ガードレールネタ以来つらつら考えてたのだが、やっぱりあののっぺりガードレールはこれまでにハントした記憶がない。うーむ、悔しい(笑)。

 

じゃあ何か他に…というところで思い出したのが、今宵のお題。こういうことでもなければ、まず記事にはしなかったかもな(笑)。ちなみに、撮影したのは2013年5月3日のこと。

 

 

 

 

 

はい、これなんだが、

箱型ガードレール(正式名は不明)。場所はコチラ。これは南側より。

 

 

 

 

 

後ほどちゃんとお見せするが、まずはお名前。

「いちのはし」。

 

 

 

 

 

河川名は

「子生川」。いきなりだが、これで何と読むと思う?答えは終わり近くで。

 

 

 

 

 

そしてお待たせしました。

これが、箱型ガードレール。

 

 

 

 

 

上の写真は上流側。そしてこれが

下流側。

 

ガードレールネタ界隈の記事を拝見していた時に、この「箱型」はそれなりに数が多いらしいとあった。確かに、ここ以外でもどこかで見た気がしなくもないが、たぶん写真は撮ってなさそう。

 

わたくし的にはガードレール欄干の橋って基本的にすなわちボツ系なので、よほど地形的にあるいは立地的になにかニオイを(下部構造が面白そうとか)感じない限りは、あるいはネタ系な名称であるとかのケースを除けば、ほぼスルーしている。

もちろん、例ののっぺりガードレールみたいな異様なものであれば、さすがに反応はすると思うんだが、よほど車を停めやすいシチュエーションでなければわざわざは停まらないかも。けどまあ結局通っていたはずの橋でも全然記憶がなかったので、まあしょせんそんなもんなんだろう、この人の感性は(笑)。

 

 

 

 

 

渡って、北側より。

やっぱ、客観的に見て地味ですなあ(笑)。

 

 

 

 

 

左の親柱、

「一の橋」。

 

 

 

 

 

そして右の銘板には、先ほどのクイズの答え。

子生川と書いて「こびかわ」だそうだ。難読ですな。

 

結局現場ではお誕生日がわからなかったわけで、ずっとそのまま放置していたけど、記事を書くにあたって愛と信頼のQ地図様で調べてみたら、1967(昭和42)年完成だそう。なんと、わたくしと同い年ではないかいな。

 

 

 

 

 

最後に、サイドアングル。

つうことは、もういい加減おっさん(おばはん?)なわけですな。

 

 

ちなみに、高浜町の平成27年度点検結果は2(予防保全段階)とのこと。うーむ、親近感(笑)。そうそう、このトシになると予防保全が大事よな、ご同輩(笑)。

 

 

 

つうわけで、変なシンパシィの発露で終わります~。果たしてこの橋、貴重なのか否か?