穴と橋とあれやらこれやら -140ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2011年9月25日、第二次岐阜県探索。この日のネタで記事にしているのは、時系列で上野トンネル觀音橋ミタキ隧道階段暗渠日帰隧道白倉隧道丸山ダム骨材散布塔群柏木隧道などなど。

 

今宵ご紹介するのは、時系列では日帰隧道の前に通りすがった橋…なのだが、記事を書くにあたって改めて調べてみたら、その後あえなく架け替えされていた。なので自動的に追悼記事ということに…。

 

 

 

まずはこれ。

10t制限標識と左側親柱が目立つ、いかにも年代物の橋。場所はこちら。これは東詰より。

 

 

 

 

 

お名前は、

榮橋。

 

なぜか欄干に対して30度ほどオフセットしている。何かがぶつかってズレたにしては特に損傷がないし、不思議。

 

 

 

 

 

で、問題の?左側の親柱は、

このようなモノリス型。戦前の橋に散見されるやつだ。何らかの理由で、右側の親柱の上のものは失われてしまったのか?

 

 

 

 

 

お誕生日は、

昭和四年九月竣工。やはり昭和ひとケタ橋だった。

 

 

 

 

 

サイドぎみアングルでチラッと。

いや、カッコいい。

 

 

 

 

 

幅員も、架橋年代を考えれば堂々たるもの。

モノリス型の親柱が設えられていることからも、また橋名からも、重要な橋だったに違いない。

 

 

 

 

 

橋上から望む、下流側。

ちなみに川の名は妻木川。

 

 

 

 

 

欄干意匠も古めかしく、

あちこち、こんな状態。

 

考えてみれば、この時点でもう先は長くなかったようだ。

 

 

 

 

 

渡って西詰より。

こっちに至っては親柱は両方失われていて痛々しい。親柱を欠いた橋は、どこか間抜けた感が否めない…。

 

この訪問から後、2014年度には本橋の架け換え工事が着工。理由は「老朽化が進んだため」。なんも言えねぇ(笑)。

 

 

 

 

 

で、新橋は2018年4月1日に供用開始されたようで、とっくの昔にこの世から消えていたとは知らなんだ…。

 

で、ストビューから現在の橋を同じく西詰から。

橋の車道部幅員自体はほとんど変わってないことにちょっと驚いた。まあでも歩道部はしっかりと設置されているので、安全な橋になったと言える。

 

 

 

 

 

最後に、西詰からのサイド気味アングルで〆。

こうして記録を残しておいたことは良かったな。

 

 

 

 

 

この「歴年の老兵」感が改めて素敵だった。

こうした古い橋…特に戦前架橋の橋は、どんどん架け替えや修繕改修が進んでいる。以前もどっかで書いたが、引き続き一本でも多く記録していきたい。

 

 

 

 

…なんか、久々に橋記事を書いた気がする。実際ひと月近くぶりっすな。

 

 

 

 

 

以上。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【7】より続く。

 

 

 

13時21分、岩屋谷を後にした。

1108mピークへのこの登り返しで、いきなり残りの体力の半分を持って行かれた。

 

 

 

 

 

16~7分かけて登り返し、思わずヘナヘナと(笑)。

でもまあ、往路と違って基本あとは下るだけだから…そう思ってた。実に甘かった(笑)。13時47分ごろ、下山開始。

 

 

 

 

 

こっからしばらく、休憩しても空しか撮らなくなった(笑)。

本格的に現実逃避か(笑)。これは14時11分撮影。

 

 

 

 

 

これはどこだっけかなあ。

【写真提供:ペッカーさん】

天を仰ぐわたくし。疲れてるなあコイツ(笑)。

 

 

 

 

 

15時9分ごろ、往路で必死に登った涸れ谷の上まで戻ってきた。

久々に撮った、空以外。つうか、おんなじ姿勢じゃんわたくし(笑)。

 

下りだけじゃんとか甘い考えだったが、いやいや~。往路で一番しんどかった支尾根から主尾根パート、リバースも大変だった。落ち葉でめっちゃ滑るってことは、下りはさらに滑るわなそりゃ。で下ろした足が思いっきり流れて、一度派手にすっ転んだ。止まった時は頭が斜面の下になってたっけ。もうヘロヘロ~…な状態で。

 

 

 

 

 

なのでやっぱり、

空を撮る(笑)。ああ、奇麗だなあ~(呆

 

この復路は、往路とは違う手がかりの多いルートで下ることになっていたので、支尾根の突端となる876mピーク付近まで少々の登り返しがあったんだが、これがアホみたいに急で。

 

 

 

 

 

ダメージを被ったところで、

15時30分、激下り開始。

 

文字通りの激下りがずーーっと続いたが、確かに手がかりは豊富。これらを掴みながら降りていった。

 

 

 

 

 

最後には、

ガチの崖をズザザザー!と滑り降りて、

 

 

 

 

 

さらに滑り降りて(笑)、

【写真提供:ペッカーさん】

元の涸れ谷に復帰。

 

 

 

 

 

そして~

ぶっ倒れ(笑)。

 

 

 

 

 

から~の、

やっぱり空。

 

 

 

 

 

さらに~、

真上~(笑)。いや、マジで奇麗だったので思わず~。

 

 

 

 

 

あとはこの涸れ谷を

【写真提供:ゆたさん】

またひたすら下り…16時15分、最初の谷へとランディングした。ここでの休憩では、もはや一枚も写真撮らず。

 

 

 

 

 

もはやわたくし完全にヘロヘロ、歩き方もゾンビみたいになってた。

 

最後の最後にこの難関。

【写真提供:ペッカーさん】

これを慎重にクリアして…

 

 

 

 

 

16時54分、

前鬼川まで帰還!もう一息だ~。

 

 

 

 

 

ここでもゾンビのようにノロノロと

ウェーダー装着。

 

そういえば今回、迷った挙句に長靴でのアタックを敢行した。トレッキングシューズでやるべきかとも考えたのだが、これを履いた過去の探索ではもれなく足(小指とか)がめっちゃ痛くなってしまったので思い切って長靴登山とした。

結果的に疲労以外での足の痛みは一切なかったので、これはわたくし個人においては正解だった。やっぱあのトレッキングシューズ、微妙に小さいのを買っちゃったのね。

 

 

 

 

 

引き続きゾンビのように前鬼川を渡渉し、

【写真提供:ゆたさん】

最後の斜面を登るわたくし。極めて動きづらいウェーダーでのこの最後の急斜面直登、地獄のようにキツかった~。

 

 

 

 

 

そしてほぼ陽も落ちた17時10分、

【写真提供:ペッカーさん】

無事にデポ地へと生還!お疲れ様でした!

 

復路の所要時間は約3時間50分、進軍開始からだとほぼジャスト10時間。水平距離だと全然大したことないのだが、高低差も踏まえると、近年のわたくしとして間違いなく最高レベルのハードな探索だった。

 

 

目的を果たして無事に往復できたのは、すべてペッカーさんとゆたさんというこれ以上は望めない同伴者のおかげ。午後の深い時間に山中にいるのは個人的にはいつかのガチ遭難を思い出してキツくなるところだが、お二方のおかげでそうした不安を感じることもなく、落ち着いて戻ってこられた。

問題は、我が体力だけだったかな。やはり結局だいぶ足を引っ張ってしまって、時間が足りなくなってしまった感じなのが反省点…。

 

 

しばし談笑の後、現地解散。まさかこの期に及んでペッカーさんに恐ろしい運命が待ち受けていたとは、この時点では知る由もなかった…。それが何かは書かないけど(笑)。

 

あ、ちゃんと無事に帰宅されてるので、そこはご安心を(笑)。

 

 

 

 

 

最後に、業界初レポートとなったペッカーさん初訪問時の記事をリンクさせていただく。

 

 

 

いつものように大変なところをサラッと書いておられるので、油断しがち(笑)。

 

 

 

 

 

確かに、あんなにしんどかったのにまた行きたいとか思っている自分がいるなあ。外から見てみたいし、木馬道と仮定しての「道の続き」があるのかないのか、それも確かめてみたいし、もちろん滝も仰ぎ見たい。

 

…一日では無理っすな。

 

 

 

 

改めてペッカーさん、ゆたさん、その節はありがとうございました。これに懲りずまたご一緒させてください。

 

 

 

 

 

 

 

おまけ。

 

帰路、にんにくガッツリの濃厚なラーメンが喰いたくなって、天理市の彩華ラーメン(通称・天理ラーメン)本店に突撃。

サイカラーメン・バラチャーシュー入り大!

 

足!

 

なんかラーメンブログみたいな美味そうな写真が撮れたので載せたかっただけ(笑)。

 

 

 

 

 

以上。

 

 

 

すいませ~ん、またしても記事書ききれずで、そんな時はこういうネタで…。

 

飛び出しっていうか、こっちを殺りに向かってきてるようにしか見えない(笑)。こんなん走ってきたら失禁するわ~。抱いてる人形?がまた怖いし…。

 

 

 

ロケ地:久留米市某所

 

 

【6】より続く。

 

 

 

隧道を鑑賞しつくしたわたくし。

残すは、岩屋谷滝・雄滝への表敬訪問。

 

 

 

 

 

つうわけで、その落ち口に接近して行くわけだが…

もうこの時点で、壮大な滝であることが如実に理解できる。

 

 

 

 

 

タメなしで、ご覧いただこう。

これが岩屋谷滝・雄滝落ち口からの景!超~絶景ナリ!


通常は滝ってまずは下から鑑賞するものだと思うが、滝外道なわたくしはいきなり上から失礼。

その落差130m(!)とも言われ、分岐瀑では日本一だとか。にもかかわらず、日本の滝100選からは漏れているらしい…なぜに?

 

 

ググっていただければ、この滝の姿は多くの先人たちの記録によって見ることができる。その壮大かつ優美な姿をどうぞ確かめていただきたい。

 

 

 

 

 

ちなみに、上の写真でいえば左上のほうはるか彼方に、一本の橋が見えた。…さすがにわからんか。

 

拡大してみると、

この赤いトラス橋。これは国道169号と白川集落をつなぐ白川大橋だ。

 

つまり逆に言えば、あの橋からこの滝が遠望可能だということで、実際ネット上ではその写真も上がっている。

 

 

 

 

 

この写真を、当日の帰りに「とんでもねぇ所に行った。」というタイトルで急ぎアップした。

こうして見るとめっちゃヤバそうなのだが、さほど怖さは感じなかった~。なぜかこういうのは割と平気なんよね。

 

 

 

 

 

そんなわたくしの姿。

【写真提供:ペッカーさん】

自殺志願者には見えないと思うけど、どうすか?

 

 

 

 

 

時間と体力さえ許せば、この滝を下からも仰ぎ見たかった。

いやあ凄いわこの滝は。

 

つうか実際のところ、本当は先輩お二人は「外からこの隧道を見る」つまり断崖の中腹に開口しているこの隧道を見られるところを見つけることを目的とされていたはずだが、わたくしのペースに合わせていただいたせいか、すでにそういうオプションには時間を割けなくなっていた。申し訳なし…。

 

時刻は、13時。岩屋谷での滞在、もうすぐ一時間になろうとしていた。

 

 

 

 

 

滝への表敬訪問を終え、

そういえばやり残したことを思い出した。

 

 

 

 

 

前回にもう写真は出したが、

対岸からの隧道観察をね。

 

例の隧道は索道のものではないか、という推測もあった。索道であれば、対岸あたりに支柱の基礎など遺構があってもおかしくないってことで、チェックに来たのだが、そういうのも皆無。

まあ食べながら話していた時に、ゆたさんがそういうのはなかったとおっしゃってたのだが、まあ自分でも確認したくて。

 

 

 

 

 

対岸からの隧道ズーム。

色んな意味でガチな、謎の隧道。いつ頃に誰が何のために掘ったのか。

 

たぶん、真実がわかることはないんだろうな~。

 

 

 

 

 

そろそろタイムリミット。

美しい天上界ともお別れだ。

 

 

 

 

 

13時21分、岩屋谷を後にした。

ありがとう、天空の隧道と岩屋谷滝・雄滝。

 

 

 

【8】に続く。内容ほぼ残ってないけど。

 

 

 

【5】より続く。

 

 

 

20分近くもお待たせした後、

先輩お二人も隧道に無事再会。すいませんでした!

 

 

 

 

 

狭い洞内で、改めて鑑賞~。

【写真提供:ゆたさん】

 

 

 【写真提供:ペッカーさん】

 

 

 

 

そして、隧道出口のキワが陽当たり良くて気持ちいいので、

お食事ターイム。

 

 

 

 

 

食べてるところを

【写真提供:ペッカーさん】

撮られてました~。ガツガツ食ってる(笑)。

 

 

 

 

 

わたくし一番キワに座らせていただき…

断崖を愛でさせていただいた。ナントカは高いところが好きとか…(笑)。

 

 

 

 

 

ぐるっと振り向いて…

まさかこれ…道じゃないよな…。いやいや、さすがに…。

 

 


食べながら、結局この隧道はなんなんでしょうね~?なんて話した。個人的にはやっぱり状況的に…紀伊半島名物(知らんけど)「材木流し用隧道」ではないのかな~と思って現地に行ったものの…うーん、どうも釈然としない点が多くて。

 

 

 

 

拙ブログでは、かつて林業が隆盛を極めた紀伊半島に点在する材木搬出のための隧道を、これまでいくつか記事にしてきた。一雨の材木流し隧道大鯛木馬道の隧道池郷川不動滝の隧道千人場の滝の隧道中崎の材木流し隧道などがそうで、いずれも滝や川の屈曲など材木を川に流して、あるいは木馬道を介して搬出する上での地形的制約を克服またはかわすために掘られたものだ。

その意味において、岩屋谷滝・雄滝という壮大なる滝の上流に位置するこの隧道もまた、同じ文脈で語れる立地であることは確か。

 

 

 

 

 

で、記事にしている中では、池郷川不動滝の隧道がイメージ的には一番ここに近いと思うのだ。

 

滝の規模こそ違えど、

断崖絶壁のどてっ腹に開口していて、滝をバイパスしている点は全く同じだ。

 

 

 

 

 

ひとつ違うのは、あちらには

断崖絶壁にこの「死亡遊戯的な桟橋」(わたくし命名)による通路がついていたこと。

 

ただこれは、材木流し用として現役だった時から設置されていたのかについては疑わしいと思っている。材木を流せばいいだけなら、こんな(文字どおり)外道な桟橋は必要ないはずだから。

なので、ここ岩尾谷滝・雄滝上の隧道にそれがなくとも、まあおかしいことではないと思われる。

 

ちなみにもし、ここに同様な桟橋があったとしたら…絶対に行けないわ。池郷川のやつですでにめちゃくちゃ怖かったし、行ける可能性はなくとも逝く可能性は大だし…言うてる場合か(笑)。

 

 

 

ただ、引っかかっていることがいくつかあって。

 

ひとつは、ここ雄滝をバイパスしたとしても、その下流には雄滝ほどではないにせよそれでも十分に大きな雌滝がある。ならば雌滝上流側にも同様な隧道があって然るべきだが、滝屋さん、沢屋さんたちによる多くの記録において、そんなものは一切登場しない。

 

岩屋のような窪みがある、みたいな記述は一部で見たことあるので、もしかしたらそれが閉塞した隧道だったりみたいなロマンの可能性は絶無ではないが、どうもありそうな感じがしない。

 

 

 

 

 

もうひとつは、材木流し用だとしたら、開口位置が釈然としないっていうか。この写真を見ていただきたい。

これは岩屋谷の対岸を少し登り、隧道の真正面から撮ったもの。見えにくいが正面の隧道、わかりますかね?

 

池郷川の隧道は、流れが左へと曲がるところの正面に開口していてスムーズに導流できそうだったが、ここのはとてもそんな位置ではなさそう。そして高さ的にも、いささか流れからの比高が高すぎないか?

 

さらに言えば、材木流し隧道へは隧道すぐ下流側に堰を組んで流れを隧道へ向けることにより導流するはずで、これも池郷川の隧道付近の岩には、堰を組むためであったであろう孔がたくさん開いていたものだったが、ここにはそういった痕跡は全然見つけることができなかった。

 

 

現地踏査によって確認できたこれらのことから、材木流し用であろうと思いながら来たのに、確信が持てなくなってしまった。皮肉なことに。

 

 

 

なので、【5】にいただいたおろろn教授のコメントには、そうかもしれない、という魅力があった。曰くもしかしたらこの隧道昔は今より長かったかも。滝上の木材資源目当に軌道か木馬道を作って滝横の岩盤を穴で避けて落口の上に達したけれども岩盤が隧道もろとも大崩壊おこして現在の部分だけ残ったとか。」

 

 

 

 

あると思います。(懐かしの天津・木村ふう)

 

 

 

 

確かにそうなんだな。隧道開口位置からは、導流のしやすさというよりは、最短距離で岩屋谷から外界へ抜ける位置をピンポイントで突いたような、そんな印象を受けるのだ。おろろn教授の仮説は、この印象と矛盾しない。

 

 

 


 

はい、結論出てません。だからこそ「謎の隧道」なわけでね。

 


まあね、これこそまさに「知らんけど」の世界っすよ。

 

 

 

 

 

【写真提供:ゆたさん】

三人で叫びましたよ、「知らんけど~!」って(ウソ

 

 

 

 

 

謎は残れども、隧道に関しては観察できるところは見つくした。大満足だ。

 

 

 

 

 

わたくしとしては、残るはアレなんだが…。

なにこの、圧倒的オーラ…。

 

 

 

 

 

【7】に続く。