カメルーン弁フランス語
大学で英語を学んでいたとき、正しい発音や文法に気を遣うあまりネイティブの人と話す際にしり込みしていた。アメリカ人やイギリス人のぺらぺら~つらつら~と話すあの高速イングリッシュを聞けないことに根拠もなく罪悪感を抱いて、TOEFLのスコアが上がらないからと言って英語力が全然伸びないと思い込んでいた。そんなしょうもない思い込みと臆病な性格の周りを言い訳でくるんで、大学にたくさんの外国人留学生がいたにもかかわらず、ネイティブ・スピーカー英語を話す機会は非常に少なかった。ネイティブのような発音や言い回し正しい時制と活用の使い方うまい具合のスラング小気味よい会話の切り替えし――同期の学生がどんどん英語が上手くなっていく中で、一人燻りながらニュースの音読やオンライン英会話をひっそり続けるしかできなかった小心者の私だったので、海外旅行好きでありながら、行先は決して英語圏ではなく(アラビア語やヘブライ語やインドネシア語の国)ボロボロの英語で旅をした。でも、そのボロボロ度を相手のせいにするという本当にどうしようもない奴だった。さて、カメルーンの公用語はフランス語と英語である。英語は主に北部で話されているので、私やほかの協力隊員のいる中央州や南部州などはフレンチ・スピーカーが大半である(フレンチ・スピーカーの多くは英語を話せない、というか自称バイリンガルも、ピジン語という英語に似た言語を織り交ぜて話すので理解不能)。というわけで、一年近く前に受けさせてもらった語学訓練ではフランス語を学んだ。フランス語でコミュニケーションをとり、ボランティアとしての活動ができるように――という目的で受けた訓練だったので、大学で抱いたようなテストのスコアのプレッシャーや文法の細かいミスに対してのストレスは感じなかった(テストである程度の得点を取る為に異常に勉強したけど)。話せるようになって、書けるようになって、それが通じればそれで良いのだと割り切ることができたから、自然とモチベーションも高かったし、たった三か月集中して勉強するだけで、BonjourとMerciしか言えなかった私が、「国際協力とは何か」を語ったり「服を買いに来た客をもてなす店員の役」をしたり、「日本に居る外国人客に対する意見」を作文したり…随分急成長を遂げたと思う。その中身の濃い訓練のお陰で、現在も、任国カメルーンでもフランス語を使って生活・仕事をすることができている。過ごしている中で、ずいぶん語彙も増えたように思う。最近になって、「訛り」つまりカメルーン弁の特徴に興味を持ち始めた。カメルーン人のフランス語は、フランス人のフランス語――いわゆるネイティブ・スピーカーの話し方とは大きく異なっているので、私が染まってしまったカメルーン弁は、フランスのパリでは恐らく通じないだろう(セネガルでも通じなかった)。そんなカメルーン弁、いくつか例を挙げてみる:① C’est comment?調子どお?と軽く挨拶で使われるのだが、恐らくカメルーン人しか使わない。フランス人の方に聞くと、Comment vas-tu?というのが普通なのだそう。セコモ?と発音。道を歩いてたら知り合いが道の向こうからセコモォ!?と叫んでくることがよくあったり。② Ça fait depuis!久しぶり!という意味。多分日本語だと、結構軽めの「おひさ~!」に近い(?)depuisは英語でsinceなのでdepuis+時間と何かに繋げて使うのが普通。例えば、depuis longtemps(長い間)という風に使う。でもなぜかカメルーン人は、depuisを単体で扱う。週末が明けて仕事場に行くとサフェデュプイ!とともに、どこおったんさ?とよく聞かれる。③ VOILA! カメルーンでは、ボワーラ!と‘ボ’に力を入れて発音します。フランス人も、ボワラ!と軽く発音して、「どうぞ」とか「ほら」という風に使うのだが、カメルーン人は、これをなぜかどや顔で言う。しかも‘ボ’がしつこいぐらい長いので、うざい。そして使うときというと、相手が何か自分の思い通りに行動したり、発言したりするときに「その通りや!」って感じで使うので、なんか上から目線に感じる。④ Tu vois, non?「分かるやろ?」とか「分かったやろ?」みたいな感じで使う。チュボワノン?と発音するのだが、Tuはテュが本来の発音で、口先をとがらしてチュ、というのはたぶんカメルーン独特の発音である。これもVOILAと似ていて、すごく上から目線に感じる言葉の一つ。チュボワノン?チュボワ?チュボワ?とひたすら連発してくる奴は、本間に黙れと思う。と、いう感じで、個性あふれるカメルーン弁フランス語は、書き出してみると面白い。しかし、今後フランス語を使って仕事したいなあと思っている人や、DELFやフランス語検定を受ける場合は、別個で発音練習をする必要があるかもしれない。スーパーの店員や道で会う人に声をかけられた時の会話は大体パターンがあるので、特に新しい発見はない:店員「おはよマダム、調子どお?」私 「元気やで、ありがと」店員「どうや、考えたか」私 「何を」店員「アタイの息子との結婚よ」私 「既婚てゆうてるやん(嘘)」店員「ええやん~旦那日本におるんやったらカメルーンでも旦那つくりよ~」私 「いや、いいわ。」店員「なんでよ~…ぶつぶつ」私 「はやくおつりくれませんか。」店員「電話ばn・・・・」私 「携帯ないねん。じゃ!」本当に、本当にいつもいつもいつもパターンが決まっており、しかもTu(お前)呼ばわりしてくるので馴れ馴れしくてうざい。が、慣れたし、むしろ無口なレジ店員の方が違和感を抱く。対して、職場の同僚は、よくもまあ私のボロボロなフランス語を聞き取ってくれるなあと感心する。毎日仕事をして、愚痴りあったり、酒を酌み交わしたり、音楽をしたり、深く語らったりしていると、次第に気持ちや性格から言わんとしていることを読み取ることができるようになってくるのかもしれない。いままでの会話を思い返すと、ずいぶんいろんな話をした。私はノートと辞書を膝にのっけて、分からない単語を調べながら話を聴くので頭を使うが、毎日発見だらけでとても楽しい。言葉が上手いとか下手とか発音がきれいとかきれいじゃないとか文法が正しいからとか正しくないからとか会話をする際にはそんなに重要じゃない。話し方には個性がある。私の話を聴こうとする人は、私がどれだけヘタクソなフランス語を話したとしても、分かってくれる。聴こうとしない人は、仮に私がどれだけきれいで上手なフランス語を話しても通じることはないだろう。大阪弁がそうであるように、カメルーン弁(州によってもまた話し方が違うのだろうが)にだって濃い個性がある。それは、一人一人が個性的なのと同じで、すごく、魅力的なことなのかもしれない。