時間はゆっくりと流れているはずなのに、日々だけが静かに失われてゆく。私はそのはやさについていくことができない。その場しのぎの授業を行いながら、ただ仲のいい友人に逃げる毎日が過ぎて言っていた。ただ焦り、悩み、考えていた。

 

「カメルーンでは肘をつくのは良くないことなんだよ。」

 

率直に教えてくれたのは一緒にビールを飲んでいた同僚(と言っても50歳過ぎてるのだけど)のエバルさんとリミスさんだった。薄暮の優しい光が照らす店内でおなじみのぬるいビールをテーブルに置き、彼らの仕事の愚痴や互いの国への印象を聞いたり話したり、日本酒について語ってみたり、ビールの種類や含まれる化学物質についての熱弁を聞いたりした。

 

彼らと過ごすときが、普段の多忙さや活動の難しさを忘れられる唯一の時間である。

若いから、日本人だから、ツグの後任だから――多くの人が固定概念や他者との比較といったフィルターを通して私を見るけれど、二人は少し違っていた。

 

私の拙いフランス語から私を理解しようとする姿や、私が本当に彼らの言うことを理解するまで繰り返し繰り返し説明をしてくれる姿勢――ときに申し訳なくなるほど彼らの優しさは深いものだと感じた。

 

「肘をついているのを見ると疲れているのかと心配してしまうし、俺たちを見捨てるのか?と聞きたくなるんだ。」

 

活動の方向性が見えなかったり、無気力で何もする気になれなかったり、目の前にあるチャンスを素通りしてしまったり――私は何をしに来たんだろうと思うことも多い。そんなことを沢山考えて途方に暮れていたのも、心を開ける彼らの前だったからなのかもしれない。

 

悩み事は部屋に帰ってからね――その言葉が心に優しく響いた。

彼らの正直さがあるから、私も正直になれた。

 

私は二人と居る時間がとても好きなんだ――そう伝えると彼らは満足そうに笑って、空になったビール瓶を倒して、自由で意味のない会話が続いた。

 

昼にカラッと晴れて夜に滝のようなスコールが降り注いでいた雨季があと数週間で終わるらしい。乾季は雨など全く降らず、非常に暑いのだという。

 

「乾季が来たら一緒に川下りに行ったり、魚を釣って木陰でビールと楽しもう」

と本当に楽しそうな顔でエバルさんが言う。

 

JICAやCOE、自分の活動をしっかり尊重して、それで時間があったら私たちと一緒に出掛けたりしよう、そうやって二年を過ごせばいいんだよ――とエバルさんは続ける。とても優しく語り掛ける口調で。心に温かく響いた反面、私はまだまだ子どもなのだなあと思いしらされるのであった。

 

「自分の活動を創れ」

ある時リミスさんは言った

 

私は分かっていたようで分かっていなかった。第一章と第二章が違うということや、自分が動いて何かをしなければ何も変わらないということも――私はとても受け身だった。逃げてばかりいた。なぜだろう?

 

生徒全員の名前を覚えたいと思った。

モニカの夢やここへ来た経緯を知りたいと思った。

日本クラブを提案してくれた生徒に何か応えたいと思った。

バレーボールクラブをニーナだけではなくて他校でも行うことができたらと思った。

一人頑張っているピコと一緒に働きたいと思った。

動き出したカメルーンの環境系企業やNGOと一緒に何かしたいと思った。

 

方向性など決まっていない。

悩んで立ち止まっていても正しい答えが出るはずがない。

 

行動しなければ何も始まらない。

その考えこそが私らしさだったはずなのに。

 

少しエンジン切れだったけれど、ゆっくり過ぎてゆくカメルーンの時間に合わせて、地に足をつけて、もう一度一歩ずつ踏み出していきたいと思った。

 

彼らとの時間はいつも飛ぶように過ぎる。しとしと冷たい雨が降る。それはいずれ果てる雨であった。音のない雷と稲妻が漆黒の空を照らす。美しい夜だった。

 

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写真: 環境をテーマにしたデッサン