ここへ来て、たくさん文章を書くようになった。

 

その日に起こった出来事や、見たもの、感じたものを

頭の中でぐるぐると反芻して、パソコンのキーボードをたたく。

 

20時とお決まりの夕食を摂り、

会話のない食卓で時々空虚な会話をしてみたり、イタリア語の弾む響きにぼんやり耳を傾けながら、淡々と食事を味わう。

 

時々夜22時まで女子生徒が自習をするので、一緒に勉強する日もあるが、

今日は皿洗いを済ませて、そそくさと部屋へ駆け込んだ。

 

電球色のランプを机に置き、蟻が列を作っている窓際を横目に、蚊取り線香を焚き

紅茶を淹れる――頭の中を「仕事」から「生活」に切り替える私なりの儀式だ。

 

外で虫が鳴いていて、スイス人のボランティアがBob Marleyを部屋で弾き語りしているのが聞こえてくる。そんな音を古いウォークマンのプレイリストがかき消してゆく。

 

オレンジと、漆黒とが混ざった薄暗くて明るい夜。なんだか今までの夜と少し違う気がした。

だから、久しぶりに書きたくなったのかもしれない。

 

今日、授業で「花は咲く」を歌った。

たまたま、先輩隊員のちかさんがニーナ中学校に来てくれたので

一緒に授業に来てくれることになった。

 

一緒に歌いませんか。

 

そんな突然の要求に快く答えてくれて、

理系専門の、音楽の授業のないクラスで

私たちは思い切り「花は咲く」を歌った。

 

この歌を聴いて、どう思った?

 

――悲しそうだった

――綺麗だった

 

何のために作られた歌だと思う?

 

――原爆のあとの復興

――日本とどこかの国の友好のため

――大災害ののちに作られた

 

生徒達と、私たちの対話が今日はなんだかいつも以上に鮮やかで、

すごく愛おしく感じた。なぜだろう。

 

一つ一つの言葉が教室に響くのが心地よくて、

とにかくゆっくり、かみしめながら話をした。

 

そして、少しだけ津波の話をした。

拙い言葉ではあったけれど、伝えることにした。

 

環境教育、という授業を教えているけれど、

日本人として、少しでも生徒に日本のことを知ってもらえたら、将来憶えていてもらえたら…

そんな思いで毎日過ごそうと思った。

 

大人になったときに、

「あ、中学時代にあんな歌を歌っていた日本人がいたな」

と想い出す生徒が一人でもいればうれしいなあ。

 

私たちが大好きな「花は咲く」を

生徒たちが綺麗に、心を込めて歌ってくれた。

ちかさんが、とても丁寧にメロディーを教えてくれて、

私自身本当に勉強になった。

 

なんだか歌うのが楽しくって

放課後には、毎週開催している日本クラブで

「上を向いて歩こう」をフランス語で歌った。

 

私のヘタクソなギターとフランス語にもかかわらず

生徒たちは耳を傾けて聞いてくれていた。

 

今日まで、授業一つ一つをいい加減にこなしていた。

今日まで、生徒や先生一人一人に向き合うことから逃げていた。

今日まで、あまり話したことのない人とわざわざ話す必要もないと思っていた。

 

今日まで、いいわけをして、色んなものから目をそらしていた。

そんな、わかり切っていたはずのことに今日気づいたのだった。

 

ねじれていて、まっすぐで、不安定だけど、確かな何かを求めている。

――そんな分かりにくい私を

 

黙って包んでくれているこの不思議な世界と

遠くから優しく見守って、心配しながらも我慢強く待ってくれている人に

 

感謝でいっぱいだ。