着任して三カ月半、前も後ろも向かずただそこに在るものを必死でこなしてきた日々。
あらゆるものをプレッシャーに感じ、時に一人消極的になって気持ちが沈んでいたこともあったけれど、生徒や友人の中で元気にこなしてきた…つもりだった。
先日、日々の疲れからか生まれて初めて40度の高熱を出した。
意識は朦朧として、体の節々が痛み、起き上がるたびに頭の内側から痛みを感じ、立ち上がると倒れそうになり、服を何枚重ねて着て、毛布にくるまっても寒気が止まらなかった。
眠ろうに眠れないのは、身体の痛みによるものだったのだろうか。一時間おきに目が覚め、激しい腹痛に襲われ、何度熱を測っても40.0という数値が出た。
このまま死んでもおかしくないなあとバカみたいなことを考えながら
孤独な夜を過ごしていた。
夜に、私が住んでいる寮の運営者モニカが「Chao, Pion」と静かに部屋をノックしてきてくれた――何とか立ち上がってドアを開けると、パパイヤの入った小皿を持って来てくれていた。
「何も食べてないでしょ、パパイヤ食べる?」
彼女こそ朝から晩まで激務で大変だというのに、この弱い私を気にかけてわざわざ持って来てくれたのだ。
「ありがとう、モニカ、本当にありがとう」
彼女の名前を呼び感謝の言葉を伝えることが、私の精一杯だった。
翌日、先輩隊員が呼んでくれたタクシーに乗って首都の病院まで行き、薬と果物を買い、JICAの車でドミトリーまで戻ってきた。
身体を壊すと心まで挫けてしまう。
何もかもが悲観的で、現実に顔を向けることができない。
The Legend Of 1900という映画夢中で観ながら滑らかな英語の発音や見事な名言に感動したり、その見事なピアノを誰が奏でているのか調べたりして眠れない深夜を過ごした。
日本語もフランス語も――言葉自体を話すことが下手になっているような気がした。
自分が以前よりも小さくなったような、弱くなったような気がした。
本に逃げ、読みつかれては何かを書きなぐり、映画を観た。
美しい主人公に陶酔し、甘い音楽に溺れた。
ただ身体を任せて、ネガティブな心の「療養」を行う日々。
いつまでかかるのか。いつまで私は挫けたままなのか。
数ヶ月ぶりに母と一時間くらい電話をした。
言葉にならない無力感や、ずっと重くのしかかった漠然とした不安を軽くしてくれた。
すっかり身体が良くなってきて、食欲ももどってきた。
ドミトリーで『鋼の錬金術師』を読んでいた。日本に帰ったかのような心地だった。
昨日ニーナに帰ってきて、私の非現実的な「現実」が再スタートした。ぴょん!と真っ先にかけてきてハグをしてくれる量の女子生徒たち、白衣を羽織った先生たち、モニカ、新しいイタリアボランティア、優しい庭師さん、強面の食堂のおばちゃん…そして相変わらずのリミスさんとエバルさん。
弱々しくニーナの入り口に佇んでいたけれど、
進まなければと感じた。
二年って長いようで早い。どんどん行動に移さないと、考えているうちに終わってしまう。
でも焦ったら焦ったでヘマするし、体調崩すし。
どうするのがベストなんだろう?
病み上がりの授業