セネガル旅行も残り3日
協力隊員にたくさんお世話になり、
素敵な出逢いに恵まれ、
おかげさまで
とっても幸せなバカンスを
過ごさせてもらってます。
カメルーンに暮らし始めてから約半年が過ぎて
寮暮らしから一人暮らしに
切り替える決断をしたり、
授業の仕方を
大きく変えようと思ったり…
何かしらバタバタしている中
「多分この機会を逃したら一生行かないだろ」
というそれだけの理由で
セネガルに来ることを決めた。
任国でゆっくり
ってのも良かったのかも知れないけど
久しぶりに「旅」
ができて良かった。
長いこと忘れてた
「旅」という感覚を
一気に取り戻せたような、気がする。
そこで、
ちょっとばかし
大学3年のときに
モロッコへ旅をしたことについて
少し振り返ってみる。
ある写真展の広告に載っていた
シャウエンという青い街で切り取られた
一枚の写真がきっかけだった。
「ここへ行ってみたい」
それだけの理由で
親友と一緒に地球の歩き方を買って
梅田でお茶を飲みながら
どこへ行こうかと話し合った
旅は始まる前から楽しい
荷造りも必要なものの買出しも
知らない言葉を勉強することも
未知の世界を頭の中で描き出すことも…
あのときは拙い英語しか話せなかったのに
「なんとかなるでしょ」
と根拠のない自信を持っていた。
ラクダの背中
砂漠の陰影と風
飲み込まれるような星空
朝靄とアザーン
青い街の青いアトリエ
ヒジャブから覗く鋭い瞳
ベルベル人の文字
タジン鍋の並ぶ店
水平線に落ちてゆく夕陽
言葉は話せないし
この国のこと全然分かってないけど
「ああ、来て良かったなあ」
なんて言葉を
素直にこぼすことのできた
なんだかあの頃の私たちが懐かしい。
でも、あれから2年くらい経った今も
私の旅のスタイルは
変わっていないような気もする。
旅をすると必ず
自分とのにらめっこ
をすることになる。
自分のスキな部分以上に
キライな部分が
いつもよりもはっきり
浮かび上がるのだ。
海岸をぶらりと歩くとき
無から湧き上がる思考に潰されそうになったり
出逢ったセネガル人が
親切で案内をしてくれているのか
金を目当てにつきまとってきているのか
見分けがつかずモヤモヤしたり
たくさん聞きたいことがあるのに
うまく言葉が見つからなかったり
疲れていて頭が働かなかったり…
細かいことを言い出せばきりがない
醜くて弱くてちっぽけな自分が
ここにいるんだ!!!!!!!
って嫌になる程気づかされる。
それを優しく寛容に包み込んでくれるのが
世界と、そこで出逢う人たち。
荒地に佇むバオバブの木々
白くてきめ細かい砂の道
水色の海岸線
裸足の子どもたち
馬の蹄が鳴らす音
世界の下ですっぽんぽんな私は
偶然のような必然のような出逢いの中で
色んなことを学ばせてもらっている
気まぐれな旅の計画が生み出す
どこか特別な出逢いと別れが
愛おしく、優しく、刹那なのだ。
そう、つまり
私は「旅」が大好きなんだなあ。
長いこと忘れてた。
セネガルきてほんと良かったなあ。
旅は終わってからも楽しい
そこで感じたことをそのまま
文字にすることも、
写真を見返しながら
匂いや気温を想い出すことも、
帰り着いた場所で
土産話をしたりすることも。
まだ終わってないけどもね。

