もう今から一年以上前になる。
大学生の時にダメ元で志した青年海外協力隊になるための試験の中に、「ボランティアとは何か」という問いがあった。
そこに具体的に何を書いたのかもう忘れてしまったけれど、一般的に筋の通る答えを書いたのだろう――だから今私は、ボランティアとしてカメルーンに居る。
けれど机上の模範解答は現場では全く通用しないようである。
「ボランティア」に対して単なる一労働者としてしか見ていない人からすれば、
私など仕事のできないフランス語片言の外国人若造教師なのだろう。
今でも時々言われる――
「前任が帰ってからゴミ分別は機能しなくなった」
「前任が居なくなってから本校の環境システムはおろそかになっている」
「あなたに前任が残してきた成果のようなものを残す力はあるのか」と。
「ボランティア」がマンパワーで仕事に専念することが当たり前
というこの任地の雰囲気に、前任は忠実に従ったのだった、いや、従うことができたのだった。元教師だからこそできたことなのだろうか。理科の知識があったからできたことなのだろうか。
経験・知識ともに彼に劣る私は、前任のように「労働者」になることができないでいる。
悔しくて、どうしようもなくて、理解者があまりにも少ない――だから、言い訳をするしかなかった。「あくまで私はボランティアだ」と。ボランティアは報いを求めずに自分の意志で働く存在だから、するもしないも私が選択できるのだと。
でも、ちがう。
それはボランティア自身が定義することではない。
「客は神様」と言えるのは、客自身ではなく店員であるように、
「ボランティアとはこうだ」と言えるのは、ボランティアを受け入れる側であるということ。
今更そんなことに気付いて、散々言い訳してきたことを恥じ、胸が苦しくなった。
だって、そう考えると、私は任地で一体何をしてきたというのだろう。
生徒全員の名前を未だ覚えられずに、授業も穴だらけで、誰かとチームティーチングをするにしてもほとんどできておらず――何もかもおろそかなまま。何もかもやりかけて放置してしまう私の性格がこんなところにも出てしまった。
「私ここでなにしてんねやろ」
と自問自答し、「あかん、自分で自分を落ち込ませてはダメだ」と必死で激励する。
心が不安定だ。誰かを、何かを責めたいけれど、よくよく考えればやっぱり私のせいなのだ。
これで良いと思っていたものが全て崩れていく感覚――この七カ月の間に何度も、嫌というほど体験してきた感覚。
きっとこれからもそうなんだろう。日本に帰る頃には、些細な問題には容易く対応できるほどに強くなれているだろうか。
もはや尽きてしまった授業のネタを脳みそから絞り出そうとしても、何も出てこずにただ身体に疲労がたまる――力不足なのか、自分のモチベーションの問題なのか…。
思春期真っただ中の中学生は、日本の中学生と同じような感じである。
反抗的で、些細なことで笑い、先生によって態度を変え、走り回るのが好きで、髪の毛を結い上げたりおめかししたりするのが好きで、歌を歌うことを恥じたり、発表することを恥じたり、制服をちゃんと着ることを恥じたりする。
そんな彼・彼女らにとって私はあくまで「先生」だった。
彼らに幾度「私はボランティアだ」といっても、私は「ぴょん先生」であり、毎週九コマを受け持つことがある意味義務付けされている教師なのであった。
若い教師になめてかかるのも、中学生の一面である。
私のような小柄なやつは尚更で、フランス語の言い回しが不自然だったり、彼らの言う言葉が聞き取れなかったりするたびに笑われる、面白くないと寝始める、内職する、出ていく…
「ぴょんだけじゃないよ、数学や理科を教えてる時も、寝てるやつはいるし、出ていくやつもいるし、全然勉強しないやつもいるよ」
と、他の先生はなだめてくれるのだが、何度言っても授業を一人で教える状況を改善してくれようとする人はいない。
多々積み重なる問題があり、最近は小学校や幼稚園での活動に方向転換を試みている。
だって、小学生学ぶ姿勢が素晴らしい。中学生になったらなぜ、あんなにも教室の雰囲気かわるのだろ。
(小学校の様子 Photo by なおみさん←Merci!!!)
中学校の先生が、私の状況を知りながら改善できないのは、彼らが、彼らの生活に必死だからであるということは知っている。
だから、態度を改めなければいけないのは私なのだと思う。
どうしてもネタが尽きてしまった今週は、十代後半のクラスで授業に関するアンケートを取った。
「授業の仕方が斬新で楽しい」「歌を歌ったりしたことが印象に残っている」とうれしいことを書く生徒もいれば、「もっとがっつり環境教育を学びたい」と書いている生徒もいた。
でも、とにかく、みんな優しかった――日本文化や歌を紹介すると、彼らはいつまでも覚えてくれていて、「今度いつ歌うの?」と嬉しそうに問うてくれる。これまでに思い付きと継ぎはぎのアイデアで行った紙ビーズづくりやプラパンづくりが面白かったから家でもやってみたと言ってくれる生徒もいた。
私は自己中心的だ、と思った。
校内の寮を出て一人暮らしを始めて、自分の時間を確保できるようになっても尚、こんな風に活動したい、あんなふうに活動したい、これはボランティアらしくないと勝手な意見主張する(協力者がいないのはとっても辛いから仕方ない部分もあるのだけど!)。
こんな私では、きっとどんな活動先でもうまくいっていなかっただろうなぁ
ふとそんな考えが頭をよぎる。
とにかくこの中学校のために環境教育のカリキュラムを安定させないと…と突っ走りながら、行き当たりばったりな授業をしてきたことに、一体どれほどの意味があったのか。
そんなことを考えていると、悲しくなって、切なくて、胸が痛くて、
「あ、私、ここ来てから今まで何もしてないやん。」
と思わず同僚に呟いてしまうほどだった(同僚は気にも留めませんでしたけどね!笑)。
脳裏で無意識に前任と比較してしまう弱さ
十代後半の生徒を前に逃げ腰になってしまう弱さ
なんでもかんでも曖昧にしてしまう校長に怒りをぶつけたくなる弱さ
私は弱い。きっとこの弱さを克服しない限り、進むことはできない。
少しでも正しいフランス語を話せるようになって、少しでも生徒の心に残るような授業を考えること。きっと、それが今の私ができる精一杯のベストだ。
こんな自己満足な文章を最後まで読んでくれた方に感謝感謝です。読んでくれる人がおると思うと明日も頑張れます。笑
次はもっと面白い文章書くでえー!

