滝みたいな雨が降っている。

ムバルマヨの、小高い丘の上のニーナ。

 

皆が寝静まった中、眠気を取り払いながらパソコンに向かう。

 

日々変化する視点と感覚

書き留めておかないとすぐに忘れてしまう――覚えとくべきものでもないのだけれど。

 

彼は最終上京を帰国一日前にまで引き延ばし、最後まで教材づくりを全うし、最後まですべての教室を回って挨拶をし、最後まで先生方と抱擁を交わした。

 

彼が部屋の荷物を片付けて、スーツケースを両手にどこかに去ろうとしている姿が信じられなかった。彼は本当に日本に帰るのだろうか?

 

寮の生徒たちが彼の細い腕にしがみついて泣いている。

「ツグ、本当に行っちゃうの」

 

彼は困った顔をしながら笑っている――いつもの「ツグ」だった。

 

彼の2年3か月の物語が、遂に幕を閉じる――彼のエピローグの中に、私は彼の後任として存在していた。彼の働きぶりを傍で眺め、時に手伝い、時に多忙さを理由に文句を言った。公私混同のニーナにおける生活になかなか慣れることができず、全うすべきだった前任との引継ぎの時間を大切にすることができていなかったかもしれない。

 

それでも、私が帰るのではなく、ツグが帰るのだった。

そして私は彼の「第一章」の次に「第二章」を創ってゆく。

 

とても奇妙な感覚だ。

 

彼はニーナの一部だった。ムバルマヨの市民だった。

彼が道を歩けば誰もが名前を知っていた。

タクシーの運転手も、マルシェの店員も、下校中の子どもたちも――彼がここからいなくなることが、信じられないし理解できない。

 

なぜこんなにも寂しいのだろう?

 

ニーナの財政などを管轄しているイタリア人のマダム、ジョバンナさんが私の肩を叩いて言う――大丈夫だから。難しいことを考える必要はないのよ。

 

授業の変更が繰り返され、他の先生と働く以前に授業の方向性も失っていたとき、彼女の優しさに触れたからか、ツグが帰った翌日のことだったからか、どこかのねじが緩んで涙が止まらなかった――弱い弱い私が、不意を打たれた私が、「強がり」の仮面をはがされたのだった。

 

そんな日を境に、自分の周りに――或いは自分の中にだろうか――いくつか変化を感じ始めるようになった。

 

配属時に緊張でがんじがらめになっていた心が緩んできたからだろうか。

 

孤児院の子どもたちが微かに私の観察を始め、磁石のように寄ってくること。

ニーナの中に教室と言う居場所ができたということ。

ムバルマヨの街を散歩するのが楽しいと感じ始めたこと。

街を歩いていると必ず2、3人の知人と長話をすること。

タクシーが拾えないと困っていると、通りかかった知人が家まで送ってくれたこと。

言葉の壁が少し低くなったこと。

 

それは良い変化なのだろう。

ニーナを家だと感じ始めているのだ。

 

自分の心を落ち着ける方法もいくつか見つけた。

そして遠くで支えてくれている人がいる。

 

けれどなぜ、こんなにも寂しいのだろう。

 

前任とニーナ、私とニーナ。

それは全く違うものだけれど、比べるものでもないけれど、

私とニーナの物語の中に

「ツグ」がいないなんて未だに信じられない。

 

二年は長いのか、短いのか――

私はどんな思いで帰国するのだろう。