[大和国十市郡] 畝尾坐健土安神社の境内に立つ「天香山赤埴聖地」石碑




■表記
*紀 … 埴山姫(五段第二一書/第三一書)・埴山媛(五段第四一書)・埴安神(五段第六一書)
*記 … 波邇夜須毘賣神・波邇夜須毘古神
*「先代旧事本紀」 … 埴安姫・埴安彦
*「延喜式」祝詞 鎮火祭 … 埴山姫
*「延喜式神名帳」 … 波尓移麻比弥
*その他 … 健土安神・埴生女屋神・波爾移麻比禰・土生田神 等


■概要
病に伏したイザナミ神の大便から化生したという神。土・陶芸・鎮火等の神として信仰されています。

◎紀 五段第二一書
━━伊弉冉尊は軻具突智を生んだために焼けて終わり(かむさり)した。直前に土神 埴山姫及び水神 罔象女を生んだ。そして軻具突智は埴山姫を娶り稚産霊を生んだ━━(大意)
「本書」に於いては伊弉冉尊が死んでいないため、登場しません。

◎紀 五段第三一書
━━伊弉冉尊は火産霊を生む時に子のために焼けて神退り(かむさり、神避り)した。直前に水神 罔象女及び土神 埴山姫、また天吉葛(アマノヨサツラ)を生んだ━━(大意)

◎紀 五段第四一書
━━伊弉冉尊は火神 軻具突智を生もうとする時に悶え苦しみ嘔吐し、金山彦が化為った(なった)。次に小便(ゆまり)から化為った神が罔象女。次に大便(くそ)から化為った神が埴山媛━━(大意)

◎紀 五段第六一書
━━伊弉諾尊と伊弉冉尊は共に大八洲国を生んだ。伊弉諾尊は「私が生んだ国は朝霧のみがあり薫りに満ちている」と言い、吹き払う氣(いき)が神と化為ったのが風神 級長戸辺命(級長津彦命)。また飢えた時に生んだ児が倉稲魂命。また生んだ海神(わたつみ)等が少童命(ワタツミノミコト)、山神等が山祗。水門(みなと)の神等が速秋津日命、木神等が句句廼馳、土神が埴安神という。火神 軻具突智が生まれた途端に母である伊弉冉尊は焼かれて化去った(かむさった)━━(大意)

◎記の記述
━━伊邪那美命は国を生み終え、次に神を生んだ。産んだ神の名は大事忍男、次は石土毘古神、次は石巣比売神 …(中略)… 次に火之夜藝速男神(別名 火之炫毘古神)。この子を生んだ時、ほと(女陰)を焼かれて病み臥した。たぐり(嘔吐)で成った神は金山毘古神、次に金山毘女神。次に屎(くそ)で成った神は波邇夜須毘賣神、次に波邇夜須毘古神。次に尿(ゆまり)で成った神の名は弥都波能売神。次に和久産巣日神、この神の子は豊宇気毘女神と謂う。伊邪那美命は火神を生んだために、遂に神避り(かむさり)坐した━━

◎「延喜式」祝詞 巻八 鎮火祭
━━神伊佐奈伎 伊佐奈美乃命 妹妋二柱嫁継ぎ給ひて國の八十國 嶋の八十嶋を生み給ひ 八百萬神等を生み給ひて 麻奈弟子(*)火結神を生み給ひて 美保止(*)焼かえて石隠り坐して 夜は七夜 昼は七日 吾をな見給ひそ 吾が奈妋乃命と申し給ひき 此の七日には足らずて 隠り坐す事奇しとて 見そなはす時に火を生み給ひて 御保止を焼かえ坐しき 如是る時に 吾が名 妋乃命の吾を見給ふなと申すを  吾を見阿波多志給ひつと申し給ひて 吾が名 妋能命は上津國を知食すべし 吾は下津國を知らむと白して石隠り給ひて 與美津枚坂に至り坐して思食さく 吾が名 妋命の知食す上津国に 心悪しき子を生み置きて来ぬと宣りて 返り坐して更に子を生みたまふ 水神 匏(*) 川菜(*) 埴山姫 四種の物を生み給ひて 此の心悪しき子の心荒びそば 水神 匏 埴山姫 川菜を持ちて鎮め奉れと事教へ悟し給ひき 此に依りて称辞竟へ奉らば 皇御孫の朝廷に御心一速び給はじと為て 進る物は明妙 照妙 和妙 荒妙 五色物を備へ奉りて 青海原に住む物は鰭廣物 鰭狹物 奥津海菜 邊津海菜に至るまでに 御酒は𤭖邊高知り 𤭖腹満て雙べて 和稲 荒稲に至るまでに 横山の如く置き高成して 天津祝詞の太祝詞事以て称辞竟へ奉らくと申す━━(読み下し文、抜粋)
*「麻奈弟子」 … 「まなおとご」、可愛い子。

*「美保止」 … 御陰(女陰のこと)

「與美津枚坂」 … 「よもつひらさか」

*「匏」 … ひさご
*「川菜」 … 水苔
「心の悪い子」(火結神に対して「心の悪い子」とはしているが「可愛い子」ともして、配慮がなされている)が暴れて現世に害を及ぼすのなら、水神が「匏」で水を掛け、埴山姫が「川菜」(水苔)を以て、それを鎮めよと教え悟したという内容。平易に言うと暴れる火結神を鎮める神として、水神と埴山姫がいるということになります。

◎「埴(はに)」について
土器や陶器など須恵器となる原料。土の神として土壌の守護神と考えられます。
また火の神、金属神、土の神、水の神、食の神が相次いで生まれていることから、金属加工技術や「焼畑農業」のような原始的な農耕文化の誕生を象徴しているとも。

◎「埴安(はにやす)
本居宣長は「古事記伝」の中で、「埴黏(はにねやす)」と解しました。つまり「粘土を捏ねたり練ったりして粘り気を出す(ねやす)」ということ。
これとは別に「やす」を字の通りに「安」とし、火神(カグツチ神)を水神とともに安らかにする(火鎮め)神とする考えも。また尿から生まれた水神(ミヅハノメ神)とともに、糞尿という下肥として、土壌を安定させる義とする考えも。

◎「農耕神」としての神格
上記のように土壌の守護神という神格を持ち合わせていると思えるものの、粘土は農耕には不適切なもの。ただし五穀豊穣を祈願する祭器の原料としても用いられることから、詰まるところ農耕神の神格をも持ち合わせているものと考えることも可能かと。

「和名類聚鈔」には「土薫りて細密なるを埴といふ」とあります。

また上部に掲げた紀の五段第二一書に於いては、「軻具突智は埴山姫を娶り稚産霊を生んだ…」とあります。稚産霊は同じく紀に、頭の上に蚕と桑を生じ臍(へそ)の中に五穀を生じたと記される食物神。また子は同じく食物神である豊受大神。

◎「埴」の霊力
神武東征神話に於いて紀には、行く手すべてに陣取られた際に「天香山の埴を採って祭器を拵え、天神地祗を祀り或いは呪詛すれば、敵は自ずから平伏する」と神託があったと記されます。またその通りに祭器を拵え、「丹生川の川上」にて祭祀を行うと、その後は連戦連勝で大和平定を成し遂げました。
崇神天皇紀には、ほぼ同名の健埴安彦命(母は埴安媛)が反乱を起こし、平定されるという事件が記されます。この時、妻の吾田媛が密かに「天香山」に来て土を取り、領巾(ひれ、たすき状のもの)の端に包んで「是は倭国の物實(ものしろ)」と呪いをかけています(参照埴安彦の謀叛(前編)埴安彦の謀叛(後編))

「天香山」の「埴」
上記のように神武東征神話、埴安彦の謀叛に於いてともに「天香山の埴」で拵えた祭器が、天神地祗への祭祀、或いは敵への呪詛に用いられているのが興味深いところ。また神名の酷似も気になるところ。
その「天香山」の北側麓には畝尾坐健土安神社が鎮座。健埴土安比売命を祀り、埴安姫と同神とされます。

他にも摂津国の住吉大社が祭器を作るのに、「畝傍山」山頂の「埴」を採って来るという祭礼があります。


◎「埴生(はにふ・はにゅう)
「万葉集」や地名等にしばしば「埴生」ということばが見られます。平田篤胤は「古史伝」の中で、「埴生(はにふ)」から「は」が脱落して「にふ(丹生)」となったと説いています。従って埴安姫と丹生都比売は関連ある神としています。
これは上記、神武東征神話に於いての「天香山」の「埴」で拵えた祭器を用いて、「丹生川の川上」にて天神地祗を祀ったこととも繋がります。「丹生川の川上」については、丹生川上神社 中社の元社であり、丹生都比売神が行幸したという丹生神社が有力な候補地。

◎興味深い説として、紀伊国造家が奉斎した神と見るのが、宝賀寿男氏(日本家系図学会会長・家系研究会会長)。紀伊国造家とは大伴氏や久米氏等と同族。天道根命を祖とします。

宝賀寿男氏は彼らは日本列島で原始的な「焼畑農業」を営んだ「山祇族」系統であり、本来の「ムスビ(産霊)」は安牟須比命、その実体はカグツチ神(=火産霊神)であったとしています。「古屋家家譜」から次代の香都知命をカグツチ神(=火産霊神)と同神とみなし、また安牟須比命と同神であるとみています。

そして彼らの故郷を筑前国「夜須郡」(福岡県朝倉郡筑前町辺り)、つまり「筑後川」中流域の北側ではないかとしています。彼らには安牟須比命の「安」を始め、拠点とした「夜須」等が各地に見られます。「古屋家家譜」は安牟須比命の3代後に天石門別安国玉主命(天手力男神と同神)と、こちらもまた「安」を含む神名。もちろん埴安姫(波邇夜須毘賣神)の「安(夜須)」も。

◎宝賀寿男氏は丹生都比売神を奉斎した丹生一族も紀伊国造家と同族と見ています。それを正しいとするなら、上記の平田篤胤による、「埴安姫と丹生都比売は関連ある神」とするのは符号するもの。
伊勢国安濃郡には埴安姫を祭神とする小丹神社が鎮座(後ほど記事UPします)。またカグツチ神或いは火雷神を祭神とするのではないかと考えられる比佐豆知神社も鎮座。「古屋家家譜」に於いては、安牟須比命の3代後になる多久頭魂神(天手力男神磐排別命と同神とする)の後裔に「爪工連」が見えます。「六国史」に「伊勢国安濃郡の人、右弁官史生正七位上爪工仲業に姓を安濃宿祢と賜う。神魂命の後なり」(貞観四年七月条)とあります。つまり小丹神社や比佐豆知神社は、紀伊国造家と同族である「爪工連」が奉斎した社であろうとしています。


[大和国十市郡] 畝尾坐健土安神社



■祀られる神社(参拝済み社のみ)
[伊勢国安濃郡] 小丹神社
[伊勢国飯高郡] 丹生神社
[伊勢国多気郡] 宇流布津神社
[伊勢国多気郡] 畠田神社

[伊勢国川曲郡] 西土師神社
[近江国犬上郡] 阿自岐神社
[山城国愛宕郡] 賀茂波爾神社
[大和国十市郡] 畝尾坐健土安神社
[石見国] 迩幣姫神社(記事未作成)

*相殿・配祀・合祀、境内社等(参拝済み社のみ)
[越後国] 十柱神社(彌彦神社 境内社)
[美濃国] 南宮御旅神社(配祀)
[伊勢国多気郡] 川添神社
[伊賀国] 都美恵神社(合祀)
[大和国宇陀郡] 室生龍穴神社(配祀)
[紀伊国牟婁郡] 新宮神社(熊野速玉大社 境内社)

[紀伊国牟婁郡] 大斎原(下四社 第十殿 米持金剛)

[出雲国] 伊邪那美神社(熊野大社 境内社)
[出雲国] 宮御前社(美保神社 境内社)
[石見国] 佐毘賣山神社(相殿)(記事未作成)
[安藝国] 厳島神社(配祀)(記事未作成)

*関連社
[河内国丹比郡] 埴生野神社

[阿波国] 上一大粟神社 … かつては「埴生屋女神社」と称し埴生屋女神(埴安姫と同神とされる)を祀っていたとも

*相当数の漏れがあると思われます。発見次第追加修正を施します。


[伊勢国安濃郡] 小丹神社