名古屋市美術館
『いのちの煌めき 田渕俊夫展』(2012年)



今回ご紹介するのは、
日本画家の田渕俊夫さん(1941-)キラキラ
(かつて20年ほど愛知の長久手に住み、
愛知県立芸術大学で教鞭を執り…と、愛知ゆかりのひとでもあります)

田渕さんは大学院を修了したのち、
ナイジェリアに約10か月間滞在しました。
内戦のさなかの地で、過酷な自然環境に生きる植物の生命力の凄まじさを見せつけられ、そのたくましさに感動し、
「生命の連鎖性」を描くことを終生のテーマに定めたんだそうな。


帰国後すぐに描いた作品が、こちら。


田渕俊夫
《ヨルバの花》
紙本着彩 1968年 130×160
名古屋市美術館


で。田渕さんと言えば、
愛知県美術館の《青木ヶ原》(1969年)もなじみ深いですが、、、
最近ずーっと目がお疲れモードのワタシには、
植物たちの「緑」はホント心地よかったですピンクハート


繊細な筆致で描かれる、草木のしなやかな強靭さ。


田渕俊夫
《灼熱の夢》
紙本着彩 1970年 123×76.8
大川美術館


田渕俊夫
《秋詩》
紙本着彩 1970年 90×102
個人蔵


田渕俊夫
《やまはぜの頃》
紙本着彩 1974年 116.5×72.5
今治市大三島美術館


田渕俊夫
《叢叢讃歌》
紙本着彩 1985年 170×220
成川美術館


田渕俊夫
《春萌ゆ》
紙本着彩、屏風(四曲一隻)
1987年 165×338
成川美術館


田渕俊夫
《流転》
紙本着彩 1982年 170×220
成川美術館

ひとつの画面に並べられた、すすきの一生。


田渕俊夫
《流転》
紙本着彩 1983年 170×217
成川美術館

刈り取られ山積みされてもなお、花を咲かせる朝顔。

生と死の営みを繰り返しつつ、
命の鎖は未来へと繋がってゆくんですね。


田渕俊夫
《収穫の頃》
紙本着彩 1988年 116.5×91
セレネ美術館

こういう牧歌的な情景にも和みますなぁ……
(場所は長久手です)


こちらは20世紀末の名古屋の夜景。


田渕俊夫
《刻》
紙本着彩 1989年 145.5×112.5
名古屋市


そして、幽玄な水墨画の世界をたっぷりと堪能キラキラ


田渕俊夫
《めだけ》
紙本墨画、屏風(四曲一隻)
2007年 171.4×364
個人蔵


田渕俊夫
《爛漫》
紙本墨画、屏風(四曲一隻)
2003年 171.4×364
今治市大三島美術館

このしだれ桜は墨一色で描かれてます。
なのに、花びらがほんのりと桜色に見えてくる(!?)から凄いっ目


ほかにも絵巻、スケッチ…と、展示作品は計60点。
(名古屋での展示は、そのうち50点)
東日本大震災の被災地への鎮魂、再生の願いを込めた新作《惶 Ⅰ》《惶 Ⅱ》(2012年)も展示されています。

お近くのかたは、
ぜひぜひ実物をご覧くださいませキラキラ


『いのちの煌めき 田渕俊夫展』
◆2012年4月7日(土)-5月20日(日)
 名古屋市美術館
・Twitter →
渋谷区立松濤美術館(東京)、富山県水墨美術館福島県立美術館に回ります)


名古屋市美術館 →
(名古屋市中区栄2-17-25 白川公園内)

「ワタシのイチ押し」 関連記事
・『田渕俊夫展』②(2012年)


【画業60年 田渕俊夫展@日本橋三越本店(2021年)】



また、こちらでも個人展を開催中~音符

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『田渕俊夫展 技のひみつ』
◆2012年4月7日(土)-6月17日(日)
 メナード美術館(愛知)
・Facebook →


メナード美術館 →
(愛知県小牧市小牧5-250)

・テーマ「日本画」の記事一覧 →
名古屋 松坂屋美術館
『ダリの世界』(1999年)

1


いよっ、待ってましたっ!の
サルバドール・ダリ(1904-1989)ですピンクハート


昔みた『ダリ展』はリトグラフがメインでしたが、
今回は油彩画も51点来てました。
交錯する夢と現実、変幻し続けるイメージ、
そしてCGも真っ青タラーの精緻な描き込みに惚れ惚れしますね!
まさに魔術的乙女のトキメキ
(展示作品91点+資料)

サルバドール・ダリ
《シュルレアリスム的コンポジション―発生的鳥肌》
1928年
ガラ=サルバドール・ダリ財団
1

この展覧会のポスターにもなっている
《シュルレアリスム的コンポジション―発生的鳥肌》。

ワタシの頭の中ではアニメーションと化してますよ!
ぷにょぷにょと伸び縮みする鳥肌の「繭」が画面手前から続々と飛び跳ねてゆき、画面の奥で次々と羽化して宙に舞い上がる~~。
そういう光景がエンドレスで繰り返されるんです。
夜、眠れなくなりそうです~チーン


で、そのほかの展示作品乙女のトキメキ

サルバドール・ダリ
《イメージが消える》
1938年
ガラ=サルバドール・ダリ財団
2


サルバドール・ダリ
《ドレスを着た自動車》
1941年
ガラ=サルバドール・ダリ財団
3


サルバドール・ダリ
《3つのガラの顔の出現》
1945年
ガラ=サルバドール・ダリ財団
4


サルバドール・ダリ
《白鳥の羽根の原子内均衡》
1947年
ガラ=サルバドール・ダリ財団
5


サルバドール・ダリ
《ネロの鼻の近くの脱物質化》
1947年
ガラ=サルバドール・ダリ財団
6 389×650


サルバドール・ダリ
《見えない鏡を見つめる後ろ向きの裸のガラ》
1960年
ガラ=サルバドール・ダリ財団
7


サルバドール・ダリ
《ガラの足 立体視絵画》(部分)
1975-76年頃
ガラ=サルバドール・ダリ財団
8


サルバドール・ダリ
《ヴィーナスの誕生をガラに見せるために地中海の皮膚をめくるダリ》(部分)
1977年
ガラ=サルバドール・ダリ財団
9


サルバドール・ダリ
《球体群の調和》
1978-79年
ガラ=サルバドール・ダリ財団
10


サルバドール・ダリ
「風の宮殿」(ダリ劇場美術館)の天井画
1973年頃
11 274×650

ダリ劇場美術館(スペイン、フィゲラス)の天井画は
実物を見てみたい!
直立した人間の身体を真下から見た構図だなんて……
やはり目のつけどころが違うっポーン


2

『ダリの世界』
◆1999年7月15日(木)-8月17日(火)
 松坂屋美術館(名古屋)
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松坂屋美術館 →
(名古屋市中区栄3-16-1 松坂屋名古屋店 南館7階)

【フィゲラス : ダリ劇場美術館】


・テーマ「シュルレアリスム」の記事一覧 →
【一枚の絵・49】

名古屋市美術館
『没後20年 徳岡神泉展』(1992年)より
徳岡神泉
《月明》
1930年 264.4×175.6
東京国立近代美術館



このひとの絵は初めてでしたドキドキ 
パンフレットによると、若い頃から才能はあったのだけど、世の中に認められるまでの道のりが大変で、悩みに悩み、迷いに迷った末、ついに彼独自の画風をつくりあげた…とあります。

が、が、実際に作品を年代順に観ていくと、ちょうどこの画風が確立された頃から、売るための絵をたくさん描き始めていて、それらは全体的につまらない作品になってしまってる…汗 「売り絵」が裏目に出た、という見本だなぁあせると。
で、そこから脱却して、また新しいことを始めよう!としていたところで亡くなってしまったので、なんとも惜しい限り汗

この《月明》は、画風を確立する以前の、写実を追求していた頃のものです。
一見、すごーく綺麗な絵だけど、背中合わせのこのおどろおどろしさは何なんだ?
オジサン、イッちゃってるネドキドキと嬉しくなっちゃいました!
(1992年6月)


『没後20年 徳岡神泉展』
◆1992年6月13日(土)-7月26日(日)
 名古屋市美術館
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名古屋市美術館 →
(名古屋市中区栄2-17-25 白川公園内)

「ワタシのイチ押し」 関連記事
・『徳岡神泉展』①(1992年)

・テーマ「日本画」の記事一覧 →
愛知 瀬戸市新世紀工芸館
『現代アメリカの陶芸とガラス―西海岸を中心として』(1999年)

風景写真 カメラ1


アメリカ陶芸の中心作家であるピーター・ヴォーコス(1924-2002)は、1950年代、日本の陶芸作家との出会いやアメリカ前衛美術家との出会いを通じて、独自の土の造形作品を制作するようになりました。その中心舞台となったのは、カリフォルニアでした。
1954年にはロサンゼルスのオーティス・アート・インスティテュート、1959年からはカリフォルニア州立大学バークレー校の陶芸部門で教鞭をとり、アメリカを代表する数多くの作家を育ててきました。

その精力的で実験に満ちた土の造形運動は、従来の土の領域を越えた表現で、カリフォルニアを中心とするアメリカ工芸界のすべての分野に大きな影響を与えました。
そしてその動向は、60年代の日本陶芸界にも影響を与え、現在の現代陶芸界にもつながっています。

(展覧会のチラシより)

瀬戸市新世紀工芸館(愛知県)の開館記念、
アメリカ西海岸を中心に活躍する5名の作家の作品展です。
(陶芸3名、ガラス2名、展示総数約50点)
いずれもピーター・ヴォーコスと少なからず関係があり、
現代のアメリカ陶芸、ガラス界を代表する作家たちとのこと。


そのなかでのワタシのイチ押しは!


ロバート・ブラディー(陶芸)
《Untitled Mask #2》
1999年 83.9×33×28
風景写真 レンズ1

ロバート・ブラディーの作品サイト →

ネイティブな部分に惹かれましたねキラキラ
原初的な "祈り" のイメージというのか……ざわざわしていた心が、すーっと静まってくるような感じ。

そのほかの作家の作品は、、、


ギィフォード・マイヤー(陶芸)
《IMMINENT/EMINENT DOMAIN》
1992年 7.6×12.7×5.7
風景写真 レンズ2

ギィフォード・マイヤーの作品サイト →

ミニチュアの家から、タイルを何枚も組み合わせた巨大な壁画までを表現。


金子 潤(陶芸)
《UNTITLED》
1996年 58×48×32
風景写真 レンズ3

金子 潤のサイト →

名古屋市美術館豊田市美術館などで常設展示されている「ダンゴ」シリーズ↓
その作者でもあります。

4


リチャード・マクイス(ガラス)
《Granulare Vase/Anvil(Bowler)》
1997年 52×47.6×19
風景写真 レンズ5

リチャード・マクイスのサイト →

まるで陶器のような、ガラスのオブジェ。
遠近感がわからなくなりそうな色づかいです。


サーマン・ステイタム(ガラス)
《Blackbirds》
1997年 67.3×47×36.8
風景写真 レンズ6

サーマン・ステイタムのサイト →

ガラスで閉ざされた箱庭の世界。


「???」なものもあり、そういった作品はそれぞれが醸し出す雰囲気を楽しみましたウインク
アメリカの陶芸には「へええ~~」でしたが、
カリフォルニアで盛んなのも初耳で、その点は勉強になりましたね。
自由な発想というのが、いかにも西海岸らしいかな音符


風景写真 レンズ7


『現代アメリカの陶芸とガラス―西海岸を中心として』
◆1999年5月28日(金)-8月3日(火)
 瀬戸市新世紀工芸館(愛知県)
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瀬戸市新世紀工芸館 →
(愛知県瀬戸市南仲之切町81-2)

【瀬戸市新世紀工芸館】


・テーマ「アメリカ」の記事一覧 →
名古屋市博物館
『妙法院と三十三間堂』(1999年)



神社仏閣を巡ったり、仏像を拝観したりする機会のないワタシですが、招待券をいただいて出かけてきました。
『妙法院と三十三間堂』キラキラ

妙法院も三十三間堂も京都の東山七条にあり、
どちらも後白河法皇(上皇)や豊臣秀吉とゆかりがあります。
妙法院は、建物の中は非公開。
春または秋の特別拝観時のみ一般公開されています。
(普段は玄関と庫裏(台所)のある建物を外から見学できます)

一方、三十三間堂は小・中・高校時代に何度も遠足で訪れていて、近くにある清水寺とともに京都では最もなじみの深い場所のひとつ。
(妙法院に所属しているというのを今回初めて知りました)
展覧会のチラシにも載ってるように、
等身大の千手観音1000体が10段50列×2で整然と並ぶさまは、荘厳かつド迫力!!目


三十三間堂
千手観音立像(重要文化財)
妙法院蔵

このうちの15体が会場に展示されてました。
一番古い像と一番新しい像とでは、つくられた年がおよそ100年違い、その間の制作年代や制作者(仏師)によってお顔のかたちや表情が微妙に異なるのが面白かった~。

15体のうち14体は丸顔で、彫りが深くて、力強い印象を受ける像でしたが、制作者不明の一体だけは卵型のお顔で、やさしげで、気品があって、現代受けしそうだったピンクハート
作者は位の低い仏師で、像に自分の名前を入れることを許されなかったらしい。でも、技量ではまったく見劣りしていないグッ


今回のイチ押しは、その制作者不明の観音さまなんですが、
ポストカードがなくて残念…タラー
なので、二押しの像を!


普賢菩薩騎象像(重要文化財)
妙法院蔵

ほんにお美しい~~キラキラ
この像の前に立つと自然に手を合わせたくなります。

普賢菩薩とは
「世界にあまねく現れ、釈迦如来の慈悲と理知をもって人々を救う賢者」。
文殊菩薩とともに釈迦如来の脇侍として祀られることが多く、単独の場合は、蓮華座を乗せた六牙の白象に胡座(あぐら)し、合掌する姿で描かれるのが最も一般的、とのことです。


また、このような品もありましたよ。


ポルトガル国印度副王信書(国宝)
桃山時代
妙法院蔵

1588年(天正16年)、インド半島西岸に位置するポルトガル領ゴアのインド副王ドゥアルテ・デ・メネーゼスから豊臣秀吉に宛てた外交文書。
上部と左右に油彩による細密画が描かれ、下部には組紐と房が付けられています。上部にはローマの七丘が描かれ、中央に軍神マールス、左にローマ市民と元老院を意味する「SPQR」の文字の入った盾、右にはローマの建国神話に関わるロムルスとレムスが描かれた盾が配されています。
中央の本文は冒頭の飾り文字「C」の内側に豊臣家の家紋である桐が描かれ、ポルトガル語で本文が記されています。本文のうち「Vossa Alteza(殿下)」の敬称とその略称である「V.A」は金文字で記されており、最下段中央にインド副王の署名。
内容は秀吉の天下統一を祝し、秀吉が行っていたバテレン追放令の緩和を求めたものです。

妙法院のWikipediaより)


ほかには、、、


三十三間堂
風神像(国宝)
鎌倉時代
妙法院蔵


三十三間堂
雷神像(国宝)
鎌倉時代
妙法院蔵


個人的には女性的または中性的な、
きれいなお姿・お顔立ちの像が好みですピンクハート

一番好きなのは、
広隆寺(京都市右京区)の弥勒菩薩……


弥勒菩薩半跏像(参考画像)
飛鳥時代
広隆寺蔵

この像のファンは多いでしょうな~!
日本史の教科書にも載っていた、半跏思惟像です。

同じく大人気、奈良の興福寺の阿修羅像も嫌いではないけれど、像の表面の漆があちこち剥がれているのがちょっと気になってしまって…パンチ!パンチ!
(ファンのみなさま、すみませんタラー


『妙法院と三十三間堂』
◆1999年5月22日(土)-6月20日(日)
 名古屋市博物館
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名古屋市博物館 →
(名古屋市瑞穂区瑞穂通1-27-1)

妙法院 →
(京都市東山区妙法院前側町447)

【妙法院門跡】



三十三間堂 →
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(京都市東山区三十三間堂廻り町657)

【国宝「三十三間堂」を巡る】


・テーマ「寺院」の記事一覧 →
【一枚の絵・48】

名古屋 名鉄百貨店本店
『アルフォンス・ミュシャ展』(1992年)より
アルフォンス・ミュシャ
(左)《桜草》(装飾パネルの下絵)
紙に鉛筆、水彩 1899年 78.5×29
(右)《羽根》(装飾パネルの下絵)
紙に鉛筆、水彩 1899年 75.5×29



というわけで、またもやミュシャです!
よいものは何度観てもよいので、また観に行ってしまったわ~(これで5回目ドキドキ)。
でも、心の恋人《百合の聖母》は別格として、毎回、展覧会のたびに「あっ、これいいな~音譜」という作品は変わるんですねぇ、なぜか。

今回の「一枚の絵」は、この対の二作です。
下絵なので鉛筆と水彩で描かれてるのだけど、まるで印刷されたみたいなタッチと、100年前のものとは思えん鮮やかな色彩に、ただただうっとり…ドキドキ

この『アルフォンス・ミュシャ展』、日本での会期は1年の予定だったところが、延長につぐ延長で、ついに4年目に突入!
「パリ時代のミュシャ」にスポットを当てた、もうひとつの『アルフォンス・ミュシャ展』とともに国内を回ってますので、機会のあるかたはぜひ!ご覧ください。
わたしのダントツ花丸いちばんの超おすすめ品ですよぉ~キラキラっと。
(1992年6月)


『アルフォンス・ミュシャ展』
◆1992年5月29日(金)-6月10日(水)
 名鉄百貨店本店(名古屋)


名鉄百貨店本店 →
(名古屋市中村区名駅1-2-1)


【2012年・追記】
《桜草》と《羽根》はそれぞれ単独で制作されたんですが、構図やサイズが似てるってことでセットになったそうです。

そのほかの展示作品は、こちらキラキラ

アルフォンス・ミュシャ
《春》(連作「四季」より)
カラーリトグラフ
1896年 94.5×48


アルフォンス・ミュシャ
《夏》(連作「四季」より)
カラーリトグラフ
1896年 92×49


アルフォンス・ミュシャ
《秋》(連作「四季」より)
カラーリトグラフ
1896年 92×49.5


アルフォンス・ミュシャ
《冬》(連作「四季」より)
カラーリトグラフ
1896年 96×48.5


アルフォンス・ミュシャ
《夢想》
カラーリトグラフ
1897年 64×47.5


アルフォンス・ミュシャ
《木蔦》
カラーリトグラフ
1901年 62.5×45


アルフォンス・ミュシャ
《月桂樹》
カラーリトグラフ
1897年 62.5×45


アルフォンス・ミュシャ
(左)《カーネーション》(連作「四つの花」より)
カラーリトグラフ 1898年 100×41
(右)《薔薇》(連作「四つの花」より)
カラーリトグラフ 1898年 100×41


アルフォンス・ミュシャ
(左)《百合》(連作「四つの花」より)
カラーリトグラフ 1898年 100×41
(右)《アイリス》(連作「四つの花」より)
カラーリトグラフ 1898年 100×41


「ワタシのイチ押し」 関連記事
・『アルフォンス・ミュシャ展』①(1989年)
・『アルフォンス・ミュシャ展』②(1990年)

・テーマ「アール・ヌーヴォー」の記事一覧 →
名古屋ボストン美術館
『モネ、ルノワールと印象派の風景』(1999年)



1991年に松坂屋美術館がオープンしたとき、
第1回目の展覧会が
『光の讃美 世界の印象派展』だったように、
ここ名古屋ボストン美術館も、
開館記念第1回企画展は「印象派」キラキラ

印象派って、日本では人気ありますよねー。
しかも、最も人気の高い「モネ、ルノワール」の名前を冠しているところが、なんとも……
ワタシ自身は、印象派よりもシュルレアリスムやエコール・ド・パリ、現代アートに興味があるんですが、ボストン美術館の傑作が名古屋に来た!ってことで、おのぼりさん気分で観に行きました音符
(展示総数62点)

いや~、さすがに混雑してましたよガーン
モネの《積みわら、日没》《アルジャントゥイユの画家の庭のカミーユ・モネと子ども》、ルノワールの《野原で花を摘む娘たち》の前には黒山の人だかりがタラー


で、、、今回の「イチ押し」、
あまのじゃく(?)なワタシが選んだのは
モネでもルノワールでもなく、コローですピンクハート


ジャン=バティスト・カミーユ・コロー
《ボーヴェ近郊の朝》
キャンバスに油彩
1855-65年頃 35.9×41.6
ボストン美術館

いかにもコロー!という雰囲気の風景画、
ステキですねグッ

もう少し天気が良いといいのだけど、
こういう自然の中で朝食などいただきたいものです。

【ジャン=バティスト・カミーユ・コロー作品集】



そのほかの展示作品~キラキラ


ウジェーヌ=ルイ・ブーダン
《海岸の着飾った人々》
キャンバスに油彩 1865年 35.5×57.5
ボストン美術館


エドガー・ドガ
《ロンシャン競馬場の競走馬》
キャンバスに油彩
1871年(1874年に加筆) 34×41.9
ボストン美術館


クロード・モネ
《アルジャントゥイユの画家の庭のカミーユ・モネと子ども》
キャンバスに油彩 1875年 55.3×64.7
ボストン美術館


クロード・モネ
《ヴァランジュヴィルの崖の漁師小屋》
キャンバスに油彩 1882年 60.6×81.6
ボストン美術館


クロード・モネ
《ジヴェルニー近郊の積みわらのある草原》
キャンバスに油彩 1885年 74×93.5
ボストン美術館


クロード・モネ
《積みわら、日没》
キャンバスに油彩 1891年 73.3×92.7
ボストン美術館


ピエール=オーギュスト・ルノワール
《ガーンジー島の海辺の子どもたち》
キャンバスに油彩 1883年頃 91.4×66.4
ボストン美術館


ピエール=オーギュスト・ルノワール
《野原で花を摘む娘たち》
キャンバスに油彩 1890年頃 65.1×81
ボストン美術館


カミーユ・ピサロ
《エラニー、自宅の窓からの眺め》
キャンバスに油彩 1885年 54.5×65.1
ボストン美術館


ポール・セザンヌ
《池》
キャンバスに油彩 1877-79年頃 47×56.2
ボストン美術館


フィンセント・ファン・ゴッホ
《オーヴェールの家並み》
キャンバスに油彩 1890年 75.6×61.9
ボストン美術館


『モネ、ルノワールと印象派の風景』
◆1999年4月17日(土)-9月26日(日)
 名古屋ボストン美術館
(2018年10月8日にて閉館しました)


ボストン美術館 →

・テーマ「印象派」の記事一覧 →
・テーマ「新印象派・ポスト印象派」の記事一覧 →
【一枚の絵・47】

名古屋 松坂屋美術館
『ムンク展 画家とモデルたち』(1992年)より
エドヴァルド・ムンク
《吸血鬼》
キャンバスに油彩 1916-18年 83.5×104
オスロ市立ムンク美術館



実を言うと、わたしはつい最近までムンクの作品といえば、あの《叫び》しか知らなかった~汗
2年ほど前に彼のリトグラフ(《罪》と《マドンナ》)を観て、「これはすごいっ!」と、いっぺんにファンになってしまったのですが…。
今回の展覧会は、オスロ市立ムンク美術館のコレクションから、ムンクとそのモデルたちという側面にスポットを当てて、彼と女性との関わりをさぐろうというものでアリマス。

で、わたしはこの《吸血鬼》が、いっちばん好きドキドキです。
女性が男性のうなじに死の接吻をするという、「女の魔性」をあらわにしたかのような作品。
これはムンク50代のときのものだけれど、30歳頃から同じタイトルで、さまざまなバリエーションで描いています。
そして、それらの《吸血鬼》は、彼が20歳の頃の初体験の相手、人妻ミリー・ベルクとの思い出によって生み出されたものらしい。

ムンクは、愛しいひとに吸いつくされてしまいたかったのかも…。
(1992年6月)


『ムンク展 画家とモデルたち』
◆1992年5月21日(木)-6月14日(日)
 松坂屋美術館(名古屋)
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松坂屋美術館 →
(名古屋市中区栄3-16-1 松坂屋名古屋店 南館7階)

オスロ市立ムンク美術館 →


【2012年・追記】
実は、この一連の作品に《吸血鬼》というタイトルを付けたのはムンクではないそうです汗
ムンク自身は、
「ひとりの女がひとりの男のうなじに接吻しているのにすぎない」
と語っているそうな。

で、、、そのほかの展示作品~キラキラ

エドヴァルド・ムンク
《頰に手をあてた自画像》
キャンバスに油彩 1911年 83×69.5
オスロ市立ムンク美術館
頬に手をあてた自画像


エドヴァルド・ムンク
《浜辺の接吻/月明かりの接吻》
キャンバスに油彩 1914年 78×100
オスロ市立ムンク美術館


エドヴァルド・ムンク
《ガウンを着るモデル》
木炭、水彩、グワッシュ
1919-21年 98.1×60.8
オスロ市立ムンク美術館


エドヴァルド・ムンク
《カウチに座るモデル》
キャンバスに油彩 1924年 136.5×115.5
オスロ市立ムンク美術館


エドヴァルド・ムンク
《ボヘミアンの結婚式 Ⅰ》
キャンバスに油彩 1925年 138×181
オスロ市立ムンク美術館


エドヴァルド・ムンク
《カウチに座る裸婦》
キャンバスに油彩 1925-26年 100×80
オスロ市立ムンク美術館


エドヴァルド・ムンク
《公園での戯れ Ⅱ》
キャンバスに油彩 1942年 82×81
オスロ市立ムンク美術館


【ムンク・アートギャラリー】


・テーマ「表現主義」の記事一覧 →
京都国立近代美術館
『身体の夢 ファッション or 見えないコルセット』(1999年)

風景写真 カメラ1


女性は、自分自身の身体とファッションを通じて理想の美を求めてきました。
時代の美意識を表現するファッションを完璧に着こなすために、コルセットや下着で、またダイエットやフィットネスによって、自分自身の身体をも造形してきたのです。
20世紀初頭のコルセットとの訣別は、女性のファッションに大きな革新と表現の可能性をもたらし、女性の社会的平等の実現への契機ともなりました。
ある意味で20世紀ファッションは、女性自身の身体意識の変化と共に歩んできたと言えます。

また、美術家たちも、個人が外界との関係を結ぶ基本単位として 身体を重視し、さまざまな角度から検証しています。
彼らは、身体の意味を問い直す過程で、ファッションと身体との関係に関心を抱くようになりました。
ファッションを華やかな被服であると同時に社会の枠組みの中に女性たちを拘束する記号(見えないコルセット)と捉え、その両義性に美術表現と批評の可能性を見ているのです。

世界を覆うコンピュータ・ネットワークの成立や脳のメカニズムの解明は、私たちの身体意識を未知の世界に解放しつつあります。
こうした状況を前に、ファッションと身体の関係、ファッションを通じて女性が求めてきた理想の美についても、別の位相で考える必要があるのかもしれません。

(展覧会のチラシより)

要約すると、20世紀のファッションの歴史と、明日のファッションと身体との関係を展望しよう!というものです。


難しい話はさておき、、、
似合うかどうかは別にして、
着てみたい服がたくさんありましたよ〜音符


ドレス(ローブ・ア・ラ・フランセーズ)
1770年代後半
京都服飾文化研究財団
風景写真 レンズ1


ドレス
1908年頃
京都服飾文化研究財団
風景写真 レンズ2


クリスチャン・ディオール
イヴニング・ドレス
1956年春夏
京都服飾文化研究財団
風景写真 レンズ3


パコ・ラバンヌ
ドレス
1967年頃
京都服飾文化研究財団
風景写真 レンズ4


ジャン=ポール・ゴルチエ
ドレス
1987年春夏
京都服飾文化研究財団
風景写真 レンズ5


(左)ジャック・ドゥーセ
イヴニング・ドレス
1903年頃
(右)ジョン・ガリアーノ/クリスチャン・ディオール
ジャケット、スカート、チョーカー
1997年秋冬
京都服飾文化研究財団
風景写真 レンズ6


ヴィヴィアン・ウエストウッド
ジャケット、ボディス、ショートパンツ、パンツ、ガーター・ベルト
1997年秋冬
京都服飾文化研究財団
風景写真 レンズ7


こういう展覧会は「試着コーナー」があるといいのだけど……
特に、18~19世紀の裾の長いドレスピンクハートピンクハート
でも、コルセットでウエストをぎゅうぎゅうに締めつけることを考えたら、やめておいたほうがいいかタラー

服に(無理矢理?)身体を合わせるのではなく、
体型に合わせて服を選べるようになってきたのは、
ありがたいことです。


風景写真 カメラ2

『身体の夢 ファッション or 見えないコルセット』
◆1999年4月6日(火)-6月6日(日)
 京都国立近代美術館
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(京都市左京区岡崎円勝寺町26-1)

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今回は、これまでに掲載した
ゴッホの「自画像」をまとめてみましたキラキラ


チョコ『ゴッホとゴーギャン展』(2017年)
フィンセント・ファン・ゴッホ
《パイプをくわえた自画像》
1886年
ファン・ゴッホ美術館


チョコ『ゴッホ展』(1996年)
チョコ『印象派を超えて―点描の画家たち』(2014年)
フィンセント・ファン・ゴッホ
《自画像》
1887年 32.5×24
クレラー=ミュラー美術館


チョコ『ゴッホ、ミレーとバルビゾンの画家たち』(2004年)
フィンセント・ファン・ゴッホ
《自画像》
1887年 38.1×31.8
ワズワース・アシニアム美術館


チョコ『ゴッホ展』(2011年)
フィンセント・ファン・ゴッホ
《灰色のフェルト帽の自画像》
1887年 44×37.5
ファン・ゴッホ美術館


チョコ『デトロイト美術館展』(2016年)
フィンセント・ファン・ゴッホ
《自画像》
1887年 34.9×26.7
デトロイト美術館


チョコ『至上の印象派展』(2018年)
フィンセント・ファン・ゴッホ
《自画像》
1887年 47×35.5
ビュールレ・コレクション


チョコ『ゴッホ展』(2005年)
フィンセント・ファン・ゴッホ
《芸術家としての自画像》
1888年 65.5×50.5
ファン・ゴッホ美術館


チョコ『ワシントン・ナショナル・ギャラリー展』(2011年)
フィンセント・ファン・ゴッホ
《自画像》
1889年 57.2×43.8
ワシントン・ナショナル・ギャラリー


そして番外編~キラキラ


チョコ『猫のヨーロッパ名画展』(1995年)
スーザン・ハーバート
《自画像/ファン・ゴッホ》
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