名古屋市博物館
『妙法院と三十三間堂』(1999年)
神社仏閣を巡ったり、仏像を拝観したりする機会のないワタシですが、招待券をいただいて出かけてきました。
『妙法院と三十三間堂』
妙法院も三十三間堂も京都の東山七条にあり、
どちらも後白河法皇(上皇)や豊臣秀吉とゆかりがあります。
妙法院は、建物の中は非公開。
春または秋の特別拝観時のみ一般公開されています。
(普段は玄関と庫裏(台所)のある建物を外から見学できます)
一方、三十三間堂は小・中・高校時代に何度も遠足で訪れていて、近くにある清水寺とともに京都では最もなじみの深い場所のひとつ。
(妙法院に所属しているというのを今回初めて知りました)
展覧会のチラシにも載ってるように、
等身大の千手観音1000体が10段50列×2で整然と並ぶさまは、荘厳かつド迫力!!
三十三間堂
千手観音立像(重要文化財)
妙法院蔵
このうちの15体が会場に展示されてました。
一番古い像と一番新しい像とでは、つくられた年がおよそ100年違い、その間の制作年代や制作者(仏師)によってお顔のかたちや表情が微妙に異なるのが面白かった~。
15体のうち14体は丸顔で、彫りが深くて、力強い印象を受ける像でしたが、制作者不明の一体だけは卵型のお顔で、やさしげで、気品があって、現代受けしそうだった
作者は位の低い仏師で、像に自分の名前を入れることを許されなかったらしい。でも、技量ではまったく見劣りしていない
今回のイチ押しは、その制作者不明の観音さまなんですが、
ポストカードがなくて残念…
なので、二押しの像を!
普賢菩薩騎象像(重要文化財)
妙法院蔵
ほんにお美しい~~
この像の前に立つと自然に手を合わせたくなります。
普賢菩薩とは
「世界にあまねく現れ、釈迦如来の慈悲と理知をもって人々を救う賢者」。
文殊菩薩とともに釈迦如来の脇侍として祀られることが多く、単独の場合は、蓮華座を乗せた六牙の白象に胡座(あぐら)し、合掌する姿で描かれるのが最も一般的、とのことです。
また、このような品もありましたよ。
ポルトガル国印度副王信書(国宝)
桃山時代
妙法院蔵
1588年(天正16年)、インド半島西岸に位置するポルトガル領ゴアのインド副王ドゥアルテ・デ・メネーゼスから豊臣秀吉に宛てた外交文書。
上部と左右に油彩による細密画が描かれ、下部には組紐と房が付けられています。上部にはローマの七丘が描かれ、中央に軍神マールス、左にローマ市民と元老院を意味する「SPQR」の文字の入った盾、右にはローマの建国神話に関わるロムルスとレムスが描かれた盾が配されています。
中央の本文は冒頭の飾り文字「C」の内側に豊臣家の家紋である桐が描かれ、ポルトガル語で本文が記されています。本文のうち「Vossa Alteza(殿下)」の敬称とその略称である「V.A」は金文字で記されており、最下段中央にインド副王の署名。
内容は秀吉の天下統一を祝し、秀吉が行っていたバテレン追放令の緩和を求めたものです。
(妙法院のWikipediaより)
ほかには、、、
三十三間堂
風神像(国宝)
鎌倉時代
妙法院蔵
三十三間堂
雷神像(国宝)
鎌倉時代
妙法院蔵
個人的には女性的または中性的な、
きれいなお姿・お顔立ちの像が好みです
一番好きなのは、
広隆寺(京都市右京区)の弥勒菩薩……
弥勒菩薩半跏像(参考画像)
飛鳥時代
広隆寺蔵
この像のファンは多いでしょうな~!
日本史の教科書にも載っていた、半跏思惟像です。
同じく大人気、奈良の興福寺の阿修羅像も嫌いではないけれど、像の表面の漆があちこち剥がれているのがちょっと気になってしまって…

(ファンのみなさま、すみません
)
『妙法院と三十三間堂』
◆1999年5月22日(土)-6月20日(日)
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(名古屋市瑞穂区瑞穂通1-27-1)
★ 妙法院 →
(京都市東山区妙法院前側町447)
【妙法院門跡】
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(京都市東山区三十三間堂廻り町657)
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『妙法院と三十三間堂』(1999年)
神社仏閣を巡ったり、仏像を拝観したりする機会のないワタシですが、招待券をいただいて出かけてきました。
『妙法院と三十三間堂』
妙法院も三十三間堂も京都の東山七条にあり、
どちらも後白河法皇(上皇)や豊臣秀吉とゆかりがあります。
妙法院は、建物の中は非公開。
春または秋の特別拝観時のみ一般公開されています。
(普段は玄関と庫裏(台所)のある建物を外から見学できます)
一方、三十三間堂は小・中・高校時代に何度も遠足で訪れていて、近くにある清水寺とともに京都では最もなじみの深い場所のひとつ。
(妙法院に所属しているというのを今回初めて知りました)
展覧会のチラシにも載ってるように、
等身大の千手観音1000体が10段50列×2で整然と並ぶさまは、荘厳かつド迫力!!

三十三間堂
千手観音立像(重要文化財)
妙法院蔵
このうちの15体が会場に展示されてました。
一番古い像と一番新しい像とでは、つくられた年がおよそ100年違い、その間の制作年代や制作者(仏師)によってお顔のかたちや表情が微妙に異なるのが面白かった~。
15体のうち14体は丸顔で、彫りが深くて、力強い印象を受ける像でしたが、制作者不明の一体だけは卵型のお顔で、やさしげで、気品があって、現代受けしそうだった
作者は位の低い仏師で、像に自分の名前を入れることを許されなかったらしい。でも、技量ではまったく見劣りしていない
今回のイチ押しは、その制作者不明の観音さまなんですが、
ポストカードがなくて残念…
なので、二押しの像を!
普賢菩薩騎象像(重要文化財)
妙法院蔵
ほんにお美しい~~
この像の前に立つと自然に手を合わせたくなります。
普賢菩薩とは
「世界にあまねく現れ、釈迦如来の慈悲と理知をもって人々を救う賢者」。
文殊菩薩とともに釈迦如来の脇侍として祀られることが多く、単独の場合は、蓮華座を乗せた六牙の白象に胡座(あぐら)し、合掌する姿で描かれるのが最も一般的、とのことです。
また、このような品もありましたよ。
ポルトガル国印度副王信書(国宝)
桃山時代
妙法院蔵
1588年(天正16年)、インド半島西岸に位置するポルトガル領ゴアのインド副王ドゥアルテ・デ・メネーゼスから豊臣秀吉に宛てた外交文書。
上部と左右に油彩による細密画が描かれ、下部には組紐と房が付けられています。上部にはローマの七丘が描かれ、中央に軍神マールス、左にローマ市民と元老院を意味する「SPQR」の文字の入った盾、右にはローマの建国神話に関わるロムルスとレムスが描かれた盾が配されています。
中央の本文は冒頭の飾り文字「C」の内側に豊臣家の家紋である桐が描かれ、ポルトガル語で本文が記されています。本文のうち「Vossa Alteza(殿下)」の敬称とその略称である「V.A」は金文字で記されており、最下段中央にインド副王の署名。
内容は秀吉の天下統一を祝し、秀吉が行っていたバテレン追放令の緩和を求めたものです。
(妙法院のWikipediaより)
ほかには、、、
三十三間堂
風神像(国宝)
鎌倉時代
妙法院蔵
三十三間堂
雷神像(国宝)
鎌倉時代
妙法院蔵
個人的には女性的または中性的な、
きれいなお姿・お顔立ちの像が好みです
一番好きなのは、
広隆寺(京都市右京区)の弥勒菩薩……
弥勒菩薩半跏像(参考画像)
飛鳥時代
広隆寺蔵
この像のファンは多いでしょうな~!
日本史の教科書にも載っていた、半跏思惟像です。
同じく大人気、奈良の興福寺の阿修羅像も嫌いではないけれど、像の表面の漆があちこち剥がれているのがちょっと気になってしまって…


(ファンのみなさま、すみません
『妙法院と三十三間堂』
◆1999年5月22日(土)-6月20日(日)
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