1378.将来に託して
私は今の地に移り住んで早21年目。近所に昭和の時代に建てられた木造家屋が一軒だけ残っていました。大通りを挟んだ向かいにはビル、右隣も左隣もビルやマンションが建ってしまい、陽も当たらなくなったその家の雨戸はいつからか開けられることはなくなりました。それなりの庭があって、昭和の良き時代の象徴のようにビルやマンションに囲まれても、気概を持って一軒だけで存在していました。でも、時代の波には耐えられず、いつしかなくなっていました。昔は隣に小さな交番もあったのに。この街は止まることなく変化に変化を遂げています。確かに便利になり住みやすくなってきたというのは否めませんが心中複雑ですね。でも、なんだかその家はビルやマンションに囲まれて陽も当たらなくなっていて、ちょっとかわいそうにも思えていましたので、これでよかったのかもしれませんね。このようなことはオリンピックを控えた勢いついた東京のあちらこちらで起きているのでしょう。一見進化するのはいいことです。新しい未来に期待できますからね。でも何か手放しに喜べないのです。新しいものと古いものは共存できないのでしょうか。古いものをなくさなければ新しいものは成り立たないのでしょうか。私は古いものがあったから、それを礎に新しいものがあると思います。古いものをなくしてしまうのではなく、たとえ形がなくなっても、その魂を残しつつ新しくなるべきだと思うのです。日本の例えば邦楽が衰退してしまいましたが、これは非常に残念なことであり、現代の日本の音楽界はどこへ向かって歩いているのでしょうか。もしかしたら、クラシックピアノを弾く人も、このままではいつかいなくなってしまのかもしれません。世界を見渡すと本番ヨーロッパ人よりも東洋人、しかも今では中国人の活躍が国際的な場所で目立ってきましたね。日本は、私の子供の頃よりピアノ人口は明らかに減ってしまったと思います。それなりの家ならば、どこの家にも大抵ピアノがあったものです。なんだかそんな時代が懐かしいですね。まあ、時代の流れと言ってしまえばそれまでなのですが。そんな現状を憂いを持って見ています。いいものは必ず残ると信じたいですね。衰退するどころか、細々とでも日本のピアノ界が過去の功労者の魂を引き継ぎ、生き延びるどころか、いつかホロヴィッツのような偉大なピアニストが誕生してほしいですね。私が思うにまだまだ何年もかかるかもしれませんが、いつの日かそんな日がやってくると信じています。そのためにも私たちの世代が、まだまだ過渡期の世代が頑張らなくてはいけません。